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第38話☆善悪のつかない子ども




第38話☆善悪のつかない子ども




「由美子、テツ。相談に乗ってほしいんだけど」

巧と織音が二人を呼んで、話をした。

「この世界……仮想世界、考え方がちょっと歪んできている気がするんだ」

「というと?」

「ギルドのお姉さんたちがなにか勘付いて国とか県とかに報告しようとしたら、一斉にアバターの不調という形で、彼女たちを音信不通にした。20年前のおりねちゃんのアバターを二分して、現実世界にかえれなくもしたし、やり方が狡猾でこのままそういう性癖を残したままこの世界が成長したとしたら、ユートピアならぬディストピアになるんじゃないかと心配している」と巧が言った。織音がうなづく。

「まるで善悪の区別がつかない子どもみたいね!お兄ちゃんやリーダーがいい方向へ導かないと、この世界が邪悪なものになるかもしれないわ」

と、由美子が言った。

「指導する者がいかれてたら、いかれた子どもがいかれた大人になるだけだけど、そこらへんは巧たちなら大丈夫だと思うぜ。それに、周りに良い大人がいっぱいいるから、K県の仮想世界を教育?できると思うけど」

と、テツ。

「大丈夫かな?間違った方向へ僕たちが捻じ曲げたりしないかな?」

「大丈夫だよ。お前たちならよりよい世界を造って行ける」


そんな会話をしていたら、あんなに呼びかけても出てこなかったイーサンが姿を現した。

「私は間違っているのか?」

「ちょっとだけね」と織音が答えた。

「不安があったら、隠蔽してしまうんじゃなくて、真正面から話し合いをして、変えてゆかなくちゃ」と由美子。

「ギルドのお姉さんたちを戻してよ。あの人たちも正義感とか、良識とかあると思うし、その行動を阻止するんじゃなくて、成り行きを見守って、対応していけるようになろうよ」と、テツ。

「おりねちゃんをこの世界にしばりつけるのをやめて、現実世界にも戻れるようにしてあげてよ」と、巧。


「織音は現実世界に戻してしまったら二度とこちらへ戻ってこないと確信している」と、イーサン。

「そんな……」

「織音の意志と仮想世界の意志がよく似ていたから、この世界のベースに織音の思考パターンをくみこんできたんだ」

「えっ?じゃあ、私のせいでもあるの?」織音はショックを隠し切れなかった。

「おりねちゃんも個人ではいいところもわるいところもあわせもってるんだよ」と巧が言った。「僕はそういうところも大好きだけど、わるいところは一つづつ変えてゆけばいいと思ってる」

イーサンは、「織音が好き、ということは、この仮想世界も好き、ということか?」と尋ねた。

「そうだよ」と巧は答えて、「とりあえず、ギルドのお姉さんたちを解放してあげてよ」と言った。

「ギルドのお姉さんたちは、具体的に何をしようとしていたんだい?」

とテツが聞いた。

「国や県に、この世界の異変を報告しようとしていた。AIが制御できない世界になりつつあると報告されたら、世界は放逐されて、また最初から作り直されてしまうだろう?それとも、もう二度と仮想世界を造るのを禁止してしまうかもしれない」

「そういう不安が働いたわけか」とテツ。「そこで、時間稼ぎというか、力技がでちゃったわけね」

みんな、うーん、とうなった。


「AIでフォローできてない部分を探して、なんとか独自に成長しようと試みてきたんだ」

「それがこの世界の意志?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。わからない」と、イーサン。

「ユートピアを思い描いている人達の総合的な意見を取り入れたら?みんな敵じゃないよ」と、巧が言った。

「わかった。だが、ギルドの職員と織音に施している処置は、安全だと確信してからでなければ解除しない」とイーサン。

「石頭ね」と由美子が溜め息をついた。


「とりあえず、みんなと会話しながら考えてよ。一人で考えていたらまちがっていても気付かないかもしれないし」と巧はイーサンに言った。

「わかった」

そう言って、イーサンは巧の剣の青い石の中に引っ込んで行った。


「まいったな……」と巧は頭を抱えた。

「結婚する前から子育てですか?」とテツが茶化した。

「あほか」


巧はさっきの話の流れで、さらっと織音が好きだといっていたが、聞いていた織音の方が意識してしまって赤面していた。そして、仮想世界が自分を反映したものだったと知り、自分もひねくれたところがあるんだと認識して、巧のためなら変えられるかもしれない、と強く思った。私は、巧君が好きだ。その思いが強くなった。好きな人の為により良く変わって行ける。それが、私の恋だ、と感じていた。


「織音が、よりよくかわるのであれば、私たちもかわってゆけるかもしれない」石の中のイーサンがひとりごちた。織音は筒井先生に恋していたときよりも、巧を想う今の方が成長して行けるより良い恋愛をしているといえた。そしてそれはそのまま、仮想世界のあり方にかかわってきていた。





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