第37話☆ギルドのお姉さん
「やっぱり、おかしいわ」
ギルドのコンピュータルームで、彼女はひとりごちた。
それぞれのギルドには国立大学や県立大学から派遣された人員が配置されている。
優秀な彼女らが気付かないはずがなかった。
仮想世界のAIが構築した『秩序』ある日常に、いつの間にか『混沌』が混じり始め、予測不可能な事象があちこちで起こり始めていた。
「ダンジョン攻略後のダンジョンの成長について」
「街中でのモンスターの出現頻度について。また、そのモンスターにみられる特異性について」
国や県に提出するレポートに最近の異変を綴る。
「仮想世界自体がまるで意志を持っているかのよう」
「AIの枠を超えた未知の力」
ギルドに持ち込まれる仕事の依頼や、各地で起こった事柄。そのどれをとっても、明らかに変化がみられる。
戸惑いこそすれ、彼女らは状況の変化に対応しながら業務をこなしていた。
「AIが学習しただけだとはどうしても思えない。他の力が作用している」
ピンポーン。
誰かが来たことを知らせるチャイムでレポートを中断した。
今の時間帯には普通の来客は来ないはずだ。
「はい」
「こんにちは。露店の許可証を採りに伺いました」
また『彼女』だ。
普通の高校生たちが現実世界に戻っている時間帯にうろついている少女。見た目は高校生だが、態度が大人びていて、抜け目がない。他の子たちに、たしか『おりねちゃん』と呼ばれている子。
「今日は、学校はお休みですか?」
「……許可証をお願いします」
余計な情報は口にしないらしい。
彼女は出来上がったばかりの新しいランクの許可証を用意しながら、
「最近、変なことが多いと思いませんか?」と尋ねた。
「どういうことですか?」と、織音。
「AIが演算するよりも早く、この仮想世界が成長しているように思えるんです」
内緒話をするように、声をひそめて言った。
「そういうことも、あるかもしれませんね」
受け取りのサインを書いて、織音はあたりさわりのない答えを言った。
この子は、何か知っていそうだ。
彼女は直感でそう確信した。
「ありがとうございました」
用事を済ませて、足早にギルドを出てゆく織音の後ろ姿を見送って、再び奥の部屋に彼女は戻って、レポートの続きにとりかかった。
☆
「えっ?レポート、届いてないんですか?」
現実世界で県や国から催促の電話があった。しかも、しばらく連絡不通だったことも知らされた。
「私はメールで添付して、レポートを十数回送ったのですが?」
「全くそのような事実はありません」
「確かにギルドのコンピュータルームのデバイスから送信したのですが」
「……なにかの手違いかもしれません。或いは仮想世界のシステムがおかしくなっているのかも。今後は現実世界で連絡をとるようにしましょう」
「はい、わかりました」
なぜ?彼女は親指を噛んだ。不安と同時に、この件はなにか危ない、と彼女の勘が告げていた。
でも、現実世界の方でまでそんな不安は感じなくてもいいだろう。
食事を摂り、身体のコンディションを整える。しばしの休息。
そして、仮想世界に再びダイブしようとして、彼女は悲鳴をあげた。
ダイブを拒絶された。ものすごい圧力だった。
彼女はしばらく気絶していた。
目覚めて仮想世界に関する事柄を考えようとすると、ものすごい頭痛が彼女を襲った。
電話がかかってきたが、話の内容が頭に入らない、理解できない。
「レポートも、今は無理ですか?」
問われて、
「なんのレポートですか?」
と、彼女は聞き返した。
☆
「あれえ?ギルドのお姉さんがいない」
仮想世界で利用者たちが戸惑っていると、見知らぬ女性がひょっこり現れて、応対を始めた。
「あの、いつもの方は?」
「アバターの不調でこちらへダイブできないそうです」
「大丈夫なんですか?」
「ええ。業務に支障はありません」
「いや、そういう意味じゃなくて、いつもの人が大丈夫ですか、って聞いているんですよ」
「私は詳しいことは聞いていないので……」
「そうですか……」
結構ギルドのお姉さんは人気者だったので、彼らの落胆はひどかった。
「ここのギルドもか……」
何件かギルドを回ってみた者は、そうつぶやいた。
☆
風のうわさで、巧たちもギルドの異変を知った。
「アバターの不調、それも同時に何人もギルドのお姉さんばかり」
「なにか起きているな」
巧は自分の剣の青い石をぴん、とはじいてみた。イーサンは姿を現さない。
「おりねちゃん、僕は、イーサンが何か知ってそうな気がするんだよ」
「そうかもね。でも、イーサンは自分の考えでしか出てこないから」
「ずるいね」
「ほんと。そうね」
織音はそう答えながら、自分が20年ここで足止めをくらっているくらいだから、そのくらいのこともイーサンたちは平気でやりそうだ、と思っていた。
「あんまり深く追求しない方がいいと思うわ」
と、織音が言うと、
「今はね。でも、いつかは対峙しなくちゃならない事態も想定しとこう」
と、巧は言った。
織音は巧がいる心強さを感じた。
「おりねちゃんは一人じゃないよ」
巧が微笑んで見せると、織音はとても嬉しく感じた。