第36話☆ピーコックとの別れ
ぴーちちち。
「ピーコック?」
由美子が声をかけた。
「今の鳴き声、お前じゃなかったよね?」
ピーコックは尾をピン、と張って、ぴっぴっ、と踊った。
ばささ。
どこからか、ピーコックとそっくりな青い色の小鳥が現れて、二匹連れだって由美子から離れた木立に飛んで行った。
「ピーコック」
ああ、そうか。恋の季節なんだ……。
ピーコックはすぐ由美子の肩に戻ってきた。
もう一羽は、つかず離れず姿を見せた。
「リーダー。ピーコックにお嫁さん候補が現れたの」
「えっ?そう。由美子ちゃんはどうしたい?」
「ピーコックに幸せになって欲しい」
「わかったわ」
織音は由美子のステータス画面を開くと、由美子とピーコックのつながりのデータを変更した。
「いきなさい、ピーコック」
そう言って由美子がピーコックを放つと、ピーコックは何度も由美子の頭上で旋回してからどこかへ飛んで行ってしまった。
「うっ。ぐす」
由美子は寂しくて泣いた。
「由美子ちゃん、よく決心したね」
テツが由美子の頭の上にぽん、と手を置いて、やさしい言葉をかけた。
「うん……」
由美子は、テツに微笑んでみせた。
旅の幌馬車が再びその辺りに差し掛かったときに、織音が由美子を呼んで、木立の中の鳥の巣を見せた。
ぴいぴいぴい。
雛鳥が五匹、元気よく餌をねだっている。
青い鳥が二匹で餌をせっせと運んでくる。
「こっちがピーコックよ」
「なんでわかるの?」
「位置情報を保存してたから」
「ああ」
なんだかほっとして、由美子は「ありがとう」と織音に言った。
「順調に子育てが進んでるみたいだし、よかったわね」
「うん。なんかふっきれた」
そう言った由美子の肩に、ピーコックが飛んできていったん留まった。
「かわいいね。よかったね」
ぴーちちち。
高らかにさえずって、ピーコックは向こうへ行ってしまった。
「行こうか?」
「うん」
由美子は元気を出して、再び冒険に臨んだ。
☆
「メーテルリンクの『青い鳥』って、たしか、幸せの象徴で、遠くまで探しに言ったけど、実は身近なところにいた、って話じゃなかった?」
と、巧が夕食のテーブルで妹に言った。
「そうよ、実はすぐ近くに幸せはあるのよ」
「そういうお前は何を編んでるんだ?」
最近、編み物に凝りだした由美子。青い毛糸で大物を編んでいる。
「セーターよ」
「僕のか?」
「いいえ」
「誰の!?」
「教えたげないよ」
「由美子たん、かわいくなーい」と、巧がふざけて言った。
「お兄ちゃんのは来年編むから」
「よし。それなら許そう」
「許すってなにが?」
「テツには出来上がるまで内緒にしといてやる」
「なんだとー」
「なんだよう」
「あらあら兄妹げんか?」
母親が料理の皿を運んできた。
「けんかってほどじゃないよ」
巧がフォークをふりふり言った。
「ならいいけど。あんたたち、二人きりの兄妹なんだから、仲良くしなさいよ」
「言われなくても仲良しだよ」
由美子がふっと笑って言った。
「お母さん、いつもおいしいごはん作ってくれてありがとう」
「そう?そろそろ由美子にも作ってもらおうかしら?」
「げっ。やぶへび」と由美子。
「家事はできていた方がいいよな」ひとごとのように巧が言った。
「巧もやりなさい。男の子でも家事ができていた方がいいわよ」と、母親。
「ほんっと、やぶへび」と巧。
「それにしても、遅いわね」
「なにが?」
「お父さんよ」
「お父さん?帰ってくるの?」
「えっ」
巧と由美子がそわそわした。
「久しぶりの一家団欒じゃないの?」
「そうね」
父親はだいぶ前から出稼ぎに行って家に帰ってこなかった。途中、若い女性と逃げたとかいろいろあって、それでもやっぱりうちへ帰ってくる。
「ここが一番だって気付いたのかな?」
「そうかもね」
母親は嬉しそうだった。
ぴんぽーん。
ドアチャイム。小走りに玄関へ向かう母親。その姿を見守る巧と由美子。
「お母さんが許したから、僕たちも許そうか?」
「そうね」
「ただいま」
「「「おかえりなさい」」」
☆
ばさばさばさ。
「えっ?」
由美子が右肩を見ると、青い色の鳥が三匹、とまっていた。
「なになに」
「ピーコックが増えて帰ってきたぁ」
「んなわけあるか?……わーほんとだ」
他の四羽は由美子の上空を旋回していて、入れ替わり立ち代わり由美子の肩に目まぐるしくとまった。
「おりねちゃん、なんかやった?」
「てへ」
織音が舌をぺろっと出した。
「さて問題です。本物のピーコックはどの子でしょう?」
「わかるかー!」と巧。
由美子はしばらく鳥たちをみていて、「この子!」とピーコックを当てた。
「大正解~」
織音がぱちぱちと拍手した。
「子どもがみんな巣立ったから由美子ちゃんのところに来たのよ」
「もう、会えないかと思ってた」
「なんのなんの」
「僕はもう、知らない」
巧があきれている。
「由美子。もうそろそろセーターできるころじゃないのか?テツに学校で渡しといてやろうか?」
「あのね、あのセーター、お父さんにあげちゃったの」
「なんだ、そうか」
巧はそれもありかな、と思った。