第33話☆二頭のケルベロス
J市の中級者向けダンジョンで、アクシデントが起きた。
次の間に行く通路の両側にケルベロスが一頭ずつ陣取っていて、なかなか手強くて先に進めなかった。
「ケルベロスは、番犬、だからなぁ」
テツがしかめっ面で両手の剣を握りなおした。
一頭に頭が三つ。計六つ。こちらは四人。
「怖いっ、怖いっ、怖い」
由美子が逃げ惑う。自分の放った矢の方向に向かって、がうがう大きな口でかぶりついてこようとするのだ。
「ファイヤーボール!」
織音が攻撃呪文を何度も試みたが、あまり効果がなかった。
「巧!今だ」
イーサンの掛け声で一頭袈裟切りにした。
「やったぁ」
みんなが湧きたった。
次の瞬間。
もう一頭のケルベロスが巧の背後から容赦なくかみついてきた
「こんちくしょう」
巧は返す剣でそのケルベロスも動けなくした。
「巧君!」
「巧!」
みんな巧に駆け寄った。
「大丈夫。左足をかまれただけだよ」
「大丈夫じゃない!テツ君、巧君を運んで!一時撤退よ。巧君の怪我の治療しなくちゃ」
織音がめずらしく、焦って言った。
「どうやって治したらいいの?」
由美子が青い顔で聞いた。巧の傷口を見たが、かなりの重症だった。
「ポーションを手持ちのもの全部飲ませたり、傷口にかけたりして、私の治癒魔法をかけるわ」
織音が早口でまくしたてた。
「治る?」
「わからない」と、織音。
「そんな……」
「大丈夫。みんな心配するなよ。僕は運がいいんだからな」と、巧が空元気で言った。
「かまれておいて運がいいわけないでしょ」
織音が叱咤した。
幌馬車の床に横たわると、巧の意識が途絶えた。
「どうすればいいの?」
やれるだけのことをやった織音が、途方に暮れた顔でつぶやいた。
「……巧、巧」
左足が燃えているような熱を放っている。
「イーサンか。ひどいよ、掛け声のタイミングがなってない」と巧が言った。
「悪い。一頭の方にしか集中していなかったのだ」
「イーサンでも失敗するんだ?」
「そう言わないでくれ」
「僕はどうなる?」
「今のままだと、仮想世界での死につながるだろう」
「死?」
だって、さっきまであんなに元気だったのに?
巧はショックだった。
「おりねちゃんが一生懸命治療してくれても死んじゃうの?」弱気になりながら巧がイーサンに問うと、
「いや、私がなんとかしよう」と、イーサンが言った。
「できるの?イーサン」
「アバターの左足の部品を交換すればいい」
「じゃあ、おりねちゃんにそう伝えないと」
「織音にはできない。私が巧の身体を預かってゆく」
イーサンは、仮想世界の織音たちに、巧をK市の湖に運ぶように指示した。
「イーサン、巧は本当に治るんだろうな?」
テツが、半信半疑でそう言った。
「私の責任だ。なんとかしよう」
「イーサン、お願いね」
織音がしおらしく頭を下げた。
イーサンは巧を湖の底へ運んだ。
「左足の交換を」
「「「了解しました」」」
大勢の人ならぬ人がいて、巧のアバターを分解、組立、した。
巧はぼんやりとした意識の中で、いくつも横たわっているアバターの一つがどうしても気になった。
「あれは、おりねちゃんじゃないのか?」
しかし、巧は動けず、確認することが出来なかった。
「巧!」
「巧君!」
「お兄ちゃん!」
湖のほとりで、仲間たちが待っていた。
「ありがとう、イーサン!」
織音が涙を流して喜んでいた。
「おりねちゃ、ん。湖の底に……」
巧が必死で伝えようとしたが、イーサンが巧の記憶から断片を抜き出して自分の管轄に置いた。
「まだ、教えるには早すぎる」
イーサンはそう呟いて、巧の剣の青い石に納まった。
「すごい回復力。いったいどうやって治したの?」と、由美子。
「アバターの部品を交換してもらったんだ」
「湖の底ってどうなってるの?」
「それはー」
ものすごい頭痛。巧は情報をジャミングされていた。
「秘密の修理工場か。普通の冒険者には教えられないだろうな」
テツはうすうす、巧と織音が特別だと気づいていた。もし怪我したのが巧じゃなくて自分の方だったなら、きっとおしまいだっただろう、と思った。
「とにかく、しばらく安静にしていて様子を見ましょう」と織音が言った。
「あーあ、ダンジョン、いいとこまでいってたのに」と、悔しがる巧。
「今のうちに、ケルベロスの対策を考えると良いかも」とテツが提案した。
「一頭に頭が三つついていて、三人の方向をみてるよな?ケルベロスが一頭なら死角の一人が攻撃すればいいんだが、二頭いるし」
「頭を攻撃しよう!一つづつつぶしていけば、なんとかなるかも」
「頭を一つづつみんなで集中攻撃するのね?」
「いけそうじゃん」
「んー」
「とりあえず、その方向で。もしそれでうまくいかなかったらすぐ撤退しよう」
三人寄れば文殊の知恵。すぐに良い案が出た。
「僕、もう大丈夫だよ」と巧が言った。
「じゃあ、行くか」
四人は改めてダンジョンに向かった。