第27話☆アルトさんの家、出頭命令
用事があってギルドに立ち寄ったとき、巧にアルトさんの家(県庁の出張所)にすぐにくるように通達があった。
「なんだろう?」
他の三人は露店で例によって例のごとくアクセサリーを売ってくると言って別れた。
「こんにちはー」
「ああ。松永君。良く来てくれました」
「なんですか?用事って」
「筒井先生の子どもさんと現実世界でお会いしたそうだね」
「はい」
「彼女を君たちのパーティにいれてやってくれないか?」
「彼女?!明日香ちゃんは男の子ですよ」
「いや、れっきとした女の子だよ」
なんでだ?
巧は顔をしかめた。
「それに、その子、まだ中学生ですよ」
「推薦で西高校に内定してるから大丈夫だよ」
大丈夫ってなにが?
巧は軽い頭痛を覚えた。
「あんまり、気が進みません」
「なぜだい?」
「おりねちゃんがショックをうけるかもしれません」
「いやいや。逆に喜ぶんじゃないのかね?」
「そんなわけないと思います!」
だん!
机を思わず叩いた。
職員はちょっと鼻白んだ。
「どっちにしろ、筒井先生も乗り気だし、決定事項です。今度の月曜日にここへきて彼女を迎えてやってください」
ぶうー。
巧は苦虫をかみつぶしたような顔で仲間の元へ向かった。
「どうしたの?」
織音がびっくりして聞いた。
「どうもしないよ」
「うそ。変な顔よ」
「どーせ、変な顔ですよ」
織音があははは、と笑った。
「なに?どした」
テツが聞いた。
「明日香ちゃん、僕らのパーティに入れろってさ」
「明日香ちゃん、って、あの明日香ちゃん?」
「うん」
「あの明日香ちゃん、ってどの明日香ちゃん?」
由美子が茶々を入れた。
「僕とテツが現実世界で会った中学生の子だよ」
「どういうつながり?」
由美子が興味津々で聞いてくるのを無視して、巧はテツに、
「明日香ちゃん、女の子だってさ」
と言った。
「うそーん」
テツが引き気味に言った。
「いや、かわいかったけどさ。なんていうか中性的でぼくはあんまりお近づきになりたくない」
「そうか?俺もだ」
「新しいメンバーが増えるの?」
「その予定」
「予定?」
「予定は未定ってこと」
「なんで?」
「いまいち巧も俺も乗り気じゃないから」
「どんな人が来るんだ。ふふ」
「中学生だよ由美子ちゃん」
「じゃあ、後輩じゃない。可愛がってあげないと」
「えー?」
「いったい何がひっかかってるの?」
織音が聞いた。
君に教えられないんだ、と巧は内心で叫びたかった。
「んもう。煮え切れないわね」
テツと巧を織音は勘ぐっている様子だった。
翌日。
織音がやけに神妙な顔をしてみんなを出迎えた。
「ごめんなさい。ちょっと巧君と二人きりにして」
「わかった」
テツと由美子は事情を聞かずに部屋を出て行った。
「おりねちゃ、ん」
織音が巧に抱き着いて、わんわん泣き出した。
「あの人の、こども、なのね?」
「そう、だよ。どうして僕の頭覗いたの?」
「だって、だって!」
巧は織音を抱き寄せた。
「よしよし」
ひっく、ひっく。ぐすん。
「知らない方がいいこともあるね」
「うん」
子どもみたいに巧に甘える織音。
「断って来ようか」
「ううん。いいの。連れてきて。会ってみたい」
「そう?君がそう言うならそうするよ」
織音が落ち着くまで抱きしめてあやすようにゆらゆら揺らした。
月曜日。
巧がアルトさんの家まで明日香ちゃんを迎えに行った。
「おりねさんはぼくのこと受け入れてくれるかなぁ」
「うん。大丈夫だよ」
「えっ?もしかしてお父さんのこととかぼくのこととか全部知ってるの?」
「うん」
「そっか……」
「知らなかったらどうするつもりだった?しばらく様子を見るつもりだった?」
「はい」
「でも、なんで今会おうと思ったんだい?」
「お母さんが……、膠原病で亡くなったので」
「それは……」
巧にも衝撃だった。
そういえば、あの演劇鑑賞の日に法事があるって言ってたっけ。それはお母さんのことだったのか。
終始無言でアルトさんの家から宿屋まで二人で歩いた。
「みんな、明日香ちゃんを連れてきたよ」
巧が部屋のドアを開けると、
「やあ、よく来たね」とテツが自然に言って、明日香ちゃんが会釈をした。
「よろしく、明日香ちゃん」
由美子がにっこり笑った。
「いらっしゃい。会いたかったわ」
織音がいつもの調子で言った。
「すみません、みなさん。おりねさんと二人だけでお話がしたいんですが」
「みんな、いいかしら?」
「「「いいよ」」」
三人は部屋を出て、宿屋の一階のカウンターに座って待った。
「お父さんは、あなたに私のことどう言った?」
「もしかしたらお母さんになるかもしれない人だって」
「えっ?」
「母は先日亡くなりました。でもぼくはあなたにお母さんになって欲しいとはおもっていません。お父さんはあなたに早く現実世界に戻ってほしいと伝えてくれといってましたが、ぼくは、正直なところ、ずっとこのままこっちの世界にいてほしいです」
「ほんとに正直ねぇ」
織音は大きく息をついた。
「いけませんか?」
「いいえ。それでいいと思うわ」
「私は今、他の三人とこの世界の願いをかなえるための旅をしてるの。それが終わるまで現実世界には戻れないし、戻ってもあなたのお父さんに会いたいとは思わないわ」
「なぜですか?あなたがうそを言ってないとどうやってぼくは信じればいいんですか?」
織音はにっこり笑った。
「今、他に好きな人がいるの。私を支えてくれる、頼もしい人よ。あなたのお母様はとても惜しいことをしたわ。あなたを残して逝くのはつらかったでしょう」
「おりねさん……」
最初はけんかごしだった明日香ちゃんは、ほっとした表情になって、力が抜けそうになった。
「大丈夫?だいぶ気負ってきたのね」
「はい。ほんと、どうしようかと思った……」
「あなた、男の子ね?」
「はい。あわわ。なんで」
「しっかりしてるからよ」
「しっかりしてるなんて初めて言われました。お父さんはいつもしゃんとしろ、ってうるさいんです」
「あの人の基準は厳しすぎよ」
「確かに」
二人はふふっと笑った。
「で、どうする?」
「え?」
「今回の目的は今の話でしょ?わたしたちとパーティ組んで宝探しの冒険はする気あるの?」
「ええと……」
「みんな、またせちゃったわね」
「リーダー。どうなった?」
「明日香ちゃんが、冒険はもう少し先まで考えてから決めさせてほしいって」
みんなほっとした表情になった。
「中学生の子を危ない目に遭わせられないよ」
「私たちだけでもやっとこさなのに」
テツと由美子が口々に言った。
「うまくいったんだね。話し合い」
「ええ。巧君、ありがとう」
織音は微笑んで言った。