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第26話☆明日香ちゃん




第26話☆明日香ちゃん




「学校行事で街に演劇見に行くのも、なんかかったりぃなぁ」

現地集合、現地解散。

巧とテツは電車に揺られていた。

「おい、あれ見ろよ」

テツがひじで巧を突っついた。

おんなじ西高校の男子生徒たちが数名、一人の中学生にからんでいた。

「やめさせよう」

巧とテツはそちらへ急いだ。


「俺ら、金もってないんよー、めぐんでくれない?」

「いやです」

「かわいい面して生意気じゃん」


「悪いな。その子、俺らの連れなんだけど」

全く関係ないのにテツがそう言った。

「うちの高校の悪い噂立つと困るから、やめてくんない?」

巧もそう言った。

「なんだと?」

「お?やる気?」

テツが指をぽきぽき鳴らした。

「ち。おい、行こう」

男子生徒たちはばらけて行った。


「ありがとうございます。お強いんですね」

「いや、はったりがきいたみたいです」

中学生はぷっと噴き出した。

「良かった。来年受験する高校の印象、悪くなるところでした」

「へー。俺らの後輩になる予定なの?」

「そりゃ、なんていったらいいか。でもさっきのあいつら、三年生だったから、君とは入れ代わりだね」

「あの、あなたがたは?」

「二年の松永巧と池端哲也」

「ぼくは筒井明日香です。助けていただいてありがとうございました」

筒井?

巧ははたと気付いた。

「お父さんは北高校の校長先生じゃないかい?」

「なんで知ってらっしゃるんですか?」

「ちょっと、知り合いなんだ」


「君、男の子?」

「えっ」

見かけが女の子みたいだったから、確認するつもりで聞いた。

「うそ?まじ」

テツがしげしげと中学生を見た。

最近の制服は女の子もズボンだったりするから、初見では女の子かと思っていた。

「よく言われるんですけど、男です」

「明日香ちゃん、かぁ」

「おい、悪いよ」

ちゃん付けはいかんかな?と巧は思った。

「いえ、好きに呼んでください」

「そう?」

「明日香ちゃん、今日、これからどこに行くの?」

「早退して法事に」

「ああ、ご不幸があったんだね」

「はい」


「仮想世界に通ってるから、こっちの現実があんまり重く感じないなぁ」

テツがぼやいた。


「仮想世界?」

「うん。何人かでパーティ組んで宝探ししてるんだ」

「いいなー、ぼくも行ってみたい」

「高校あがってからな。勉強しろよ。未来の後輩」

「はい」

破顔一笑。素敵な笑顔だった。


演劇は原作がイギリスのお堅い哲学的なものだった。テツはかまわずぐうぐう眠っていた。巧もつられてうつらうつらしていて、演劇の内容はほとんど覚えていなかった。

「感想提出だってよ!うへえ」

テツがしかめっ面で用紙をぺらぺら振り回した。

「しょうがないなぁ、原作読むか」

「まじ?お前正気か?」

「こういうのの積み重ねだと、僕は思うんだ」

「へえへえ」

帰りしな大型書店に寄って分厚い本を購入。

「なー、巧。本気でそれ読むの?」

「つんどく」

「やはり!」

「なんちゃって」

「うわー。でも、読んだ感想俺にも教えて」

「いいよ」

「巧さまさま!」

ははは、と二人は笑いながら帰りの電車に乗った。


「明日香ちゃん、かあ」

そうつぶやいて、巧が溜め息をついた。

「なんか気になるのか?」

「うん。おりねちゃんに話すべきかどうか……」

「なんか複雑な事情がありそうだな」

「うん」

「なんでもさ、物事には臨界点があると俺は思うわけよ」

「うんうん」

「隠していても、いずれわかるときがくるさ」

「なるほどね」


いつから僕たちはこんな風にお互いが相棒みたいな存在になったのかな?

巧はテツの存在をありがたいと感じた。


「じゃあ、今日も向こうでまた会おうぜ」

「おう」


帰宅後、巧は買ってきた本にかぶりついた。

「やべ。新訳の方買ってきて正解かも。難解だぞー」

ぺら。

ぺら。

ぺら……。


「お兄ちゃん!」

「なんだ、由美子か」

「さっきから声かけてるのに全然気付かないんだから!」

「悪い悪い。で、なんか用?」

「お母さんが晩御飯に二階から降りてこない、って心配してる」

「あっ」

スマホを見ると夜の9時をまわっていた。

「そのまま制服姿で行くの?」

由美子に言われてはた、と気付く。

「ありがと。由美子」

大急ぎで着替えて、階下へ階段を駆け下りた。

「今日の課題が難しくて」

「いいから、早く食べなさい。もう。冷たくなっちゃったわよ」

母親がおかずをレンチンしてくれた。

「巧。あなた、勉強ばっかりしてるけど、将来の夢とか決まってるの?」

「うん。一応」

「よかった。目標があってがんばってるのね」

母親は安心したようだった。

「この前、巧と由美子両方からお金をもらって、私はほんとにほっとしたのよ。私ががんばらなきゃって思い込んでいたのが、肩の荷が下りたような気がして」

「うん。おかわり」

「はい」

母親がご飯のおかわりをよそってくれた。

「まあさ、お母さんも骨休みしてよ。はりつめた糸は切れやすいっていうし」

「ありがとう、巧」

「僕さ、いや、僕と由美子さ、仮想世界でがんばって稼いでくるよ。進学も奨学金で行くし、いずれ卒業して大人になったら、ちゃんと仕事に就くから」

「ええ。……だけど、無理はしないでね」

「うん。ありがと」

僕ら、親孝行してるよな。と、巧は安心した。





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