第20話☆アルトさんの家
幌馬車はK県K市に向かっていた。
テツは高校を中退して出稼ぎに行く、と言っていたが、もっといい方法が無いか県庁の人に相談に行こう、と巧が言ったのだった。
「私はついて行けないけれど、うまくいくことを祈ってるわ」と織音。
由美子もハラハラしながら過ごしていた。
「テツと僕が話してくる。みんな待ってて」
巧はそう言ってアルトさんの家=県庁の出張所へ入って行った。
「ああ、松永君!久しぶりだね」
「ちょっと相談がありまして……」
かいつまんで事情を説明すると、お役所の人は、
「そうだねえ。家の事情だったら、高校中退して働くのもありだね」と言った。
「でも!テツは将来薬剤師になりたいって夢があって、進学を希望していたんです」と食い下がる巧。
「じゃあ、育英会とかから出資してもらって進学するのは?」
「すみません。俺、頭悪いんです。奨学金もらえないかも」と、テツ。
「君次第だよ。君が頑張って勉強するなら将来の道は拓ける。でもここであきらめてしまうのならこれから先いろんなものをもっとあきらめなくちゃならないだろう」
お役所の人の言葉には含蓄があった。
「俺、俺、進学したい!」
「お母さんにK市の窓口で生活保護の申請をしていただいて、お父さんには病院で治療に専念してもらおうか」
「はい。はい!」
テツの目に希望の灯がともった。
「テツは僕たちのパーティに欠かせない人材です。僕の妹やおりねちゃんとも仲がいいし」
巧がそう言うと、
「そうかね?!吉川織音さんともうまく過ごしているのかね?!それじゃあ、ますますここで踏ん張って頑張ってもらわないと!」
お役所の人はテツの手を握って、ぶんぶか振った。
「は、はいっ!頑張ります」
「「ありがとうございました!」」
巧とテツは軽い足取りでアルトさんの家を出た。
「テツ君、お兄ちゃん」
由美子が駆け寄った。
「今まで通り、大丈夫!」
「良かった」由美子が心底ほっとした。
「いや、テツよ、今から受験地獄に立ち向かう準備をせねば」
「巧。勉強教えてくれ」
「おう。お互いがんばろうぜ」
二人は固い握手を交わした。
「よかったじゃない」幌馬車で待機していた織音が嬉しそうに言った。
「これからもよろしく!」
テツがカッコつけて言ったので、みんなが笑った。
「さあ、俺はこれまで以上にバリバリがんばるからな!」
「頼もしいなぁ」
みんな笑顔だった。
☆
くかあ。
翌日。大いびきで、巧とテツが寝ていた。
「もう!」
由美子がしかめっ面をする。
「寝かしといてあげましょう。昼間学校で猛勉強してるのよ」と織音がとりなした。
「でも、ダンジョン攻略とかは?」
「二人が調子良い時に相談してきめましょ」
「じゃあ、私たちはそれまでどうしてたらいい?」
「アクセサリー作りと販売!」
「うわあ。ほんとにそっちが本業になったりして」
「それもいいんじゃない?」
「うーん」
「現実世界でも、由美子ちゃんなら本業にできそうな気がするわ」
「できるかなぁ」
「うん。もし飽きたときには」
「飽きたときには?」
「ギルドで情報集め」
「そっか。それも大事だね」
由美子は納得したようだった。
「ゆいちゃん!無理だって!むにゃむにゃ」
?
織音と由美子は寝言を言った巧の方を注目した。
「ほんとに勉強してるのかな?」
「つねってやりましょう!」
織音が巧の頬をつねった。
「ひてててて」
涙目で巧が目を覚ました。
「なにすんだよお」
「ゆいちゃんて、誰?」
ずごごごご。
「リーダー、迫力あるう」と、思わず由美子が言った。
「トトカルチョの女の子だよ」
「トトカルチョ?お菓子かなにか?」
「ちがう。学力の順位を賭け事にしてる子のこと!」
「「えー!」」
「そんな子いるの?」
「いる。いつも脅されてる」
「なんで?」
「学年首位の座を争ってるから」
「だれが?」
「僕だよ」
「「うっそー!」」
普段の巧を見ている織音たちには寝耳に水だった。
「もっとあほかと思ってた」
「ひでえ」
巧は隣で眠っているテツを見た。
「あー。やっぱ、きついよな」
「でしょう?ダンジョン攻略はしばらく無理ね」
「うん。おやすみ」
こてん。
巧は再びすうすう寝息を立て始めた。
「やっぱり、無理そうね」
「うん」
織音たちは肩をすくめた。
ある程度売り物のアクセサリーの数が揃ったので、幌馬車の近くで露店を開いた。
「君たち、女の子だけでやってるの?」
チャラい感じの男たちが声をかけてきた。
「ええ。だけど、後ろの幌馬車で男の子たちも待機してます」
「君たちに売り子させて自分たちはなにやってんの?」
「寝てます」
「そんな奴らほっといて俺らのパーティに来ない?」
「いやです」
ほとんどやりとりは由美子がしていて、織音は黙ってことの成り行きを見ていた。
「他のお客さんの邪魔です。アクセサリーに興味ないんでしたらお帰りください」
「なんだと、このあま!」
男が織音の胸倉をつかんだ。
ぎゃおう。
「!?」
ホワイトタイガーが威嚇している。
男たちはわが目を疑った。
恐ろしい牙をむいて、今にもとびかかってきそうだ。
「ひっ。ひええ」
男たちは我先に逃げ出した。
「リーダー?」
由美子がきょとんとして声をかけた。
「あいつらに幻覚の魔法をかけたの。しばらくとけないと思うわ」
「幻覚?」
由美子には、ただ、織音にむかっていた男たちがいきなりおびえだして逃げていったようにしか見えなかったのだ。
そのうちお客さんたちがアクセサリーを買いにきて、うやむやになった。
「おりねちゃん、由美子。大丈夫か?」
巧が起きてきて聞いた。
「大丈夫よ。気にしないで休んでて」と、織音。
「そう?」
「おにいちゃん、来るのが遅い」と、由美子がぼそっと言った。
「何か言った?」
「いいえ。なんにも」
「一応、テツと相談して、交代で用心棒しよう、ってことになったから」
「そう。頼もしいわね」
織音がくすっと笑った。