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第11話☆筒井校長



第11話☆筒井校長



「こんばんは。昨日の夜、吉川の容態に変化があったって聞いて来たんですが」

脱いだ上着を左腕にかけて、右手に黒い鞄を持った男が病室を訪れた。

「筒井校長先生!」

織音の母親がパイプ椅子から立ち上がって出迎えた。

病室にはやせ細って、幾本ものチューブに繋がれて横たわっている女性の姿があった。

「この子、微笑んで、頬にもうっすらと赤みがさしてきて、もしかして目覚めるんじゃないかって思ったんですけど……」

「そうですか」

「ですが、明け方過呼吸になって、また元の状態に」

「……。吉川。吉川。聞こえるか?もうそろそろ起きてこいよ」

彼は織音の耳元で話しかけた。

「なんで、20年も……」

母親がすすり泣く。

「こんばんは」

別の男性の声が病室の入り口でした。

「ああ、県庁の」

「仮想世界担当の者です」

「あっちで織音はどうしてますか?」

母親が聞いた。

「お元気ですよ。最近は高校生の子たちとパーティを組んで冒険を始めたようです」

「まあ!こっちはどれだけ心配してると思ってるの。織音。織音」

ゆさゆさ。母親が横たわって意識のない織音を揺さぶった。

「お母さん、落ち着いて」

男たちは母親を止めた。

「高校生って、現役の子たちですか?」

「はい。K県立西高校だったかな?特に松永巧くんという子が織音さんと仲がよくなりまして」

「西高の松永巧くん。……今度近いうちに会いに行ってみます。話を聞きたい」

筒井校長は、そう言って、手帳にメモをとった。


「松永、ちょっといいか?」

数日後。テストを一通り終えたばかりの巧は、先生から呼ばれて職員室に行った。

「僕なんかしたっけかな?」

首をひねりつつ行ってみると、「進路指導室がちょうど空いてるから、お通ししてます」と、事務の先生に案内されて進路指導室へ入ることになった。

「あの、僕、テストの成績今回自信なかったんですけど、そんなに悪かったですか?」

巧は思わずそう聞いてしまった。

先生たちはきょとんとして、どうやらそれとは別口の用事らしかった。

「君が松永巧君かい?」

先に奥の椅子に腰かけていた男性が立ち上がって巧を出迎えた。

「はい。あのぅ、あなたは?」

「県立北高校の校長で、筒井健身といいます」

「たけみ先生?校長先生?」

「そう。吉川から何か聞いてない?」

「おりねちゃんから?」

なんでこの人は織音ちゃんのことを知ってるんだろう?巧は不思議に思った。

「とくに聞いていません」

「実は20年前に吉川を仮想世界に置き去りにしてね。彼女がこっちに戻ってこないから心配しているんだよ」

「ああ!」

巧は改めて筒井校長を見た。面影がイーサンと重なる。

「なぜか私があちらへ行こうとすると、エラーがでて実行できないんだ」

「あなたのアバターは、別の存在が使用していて、そのせいだと思います」

「そうなのか」

「はい」

「そのぉ、吉川は元気だろうか?」

「はい。僕、何度も助けられてます」

「そうか」

筒井校長は目をつぶって、溜め息をついた。

巧は、筒井校長の左手の薬指に銀色のシンプルなデザインの指輪をみつけた。

「先生は、結婚してらっしゃるんですね?」

「ん?ああ。そうだ。……長男が来年高校進学の年だよ」

「おりねちゃんが知ったらショックうけるかもなぁ」

「もう、20年経過してるんだよ。彼女も納得してくれないと困る」

「おりねちゃんの中では時は止まったままかもしれませんよ」

「しかし、私は……」

筒井校長は口ごもった。

「私は、いつでも最善だと思うことをやってきた。だから後悔はしていないよ」

「そうですか」

巧はなぜか腹が立った。

「それならどうして僕に会いに来たんですか?少しは後悔してるからじゃないんですか?おりねちゃんのことどう思ってるんですか?」

矢継ぎ早に巧が言うと、筒井校長は顔をしかめた。

「彼女は現実逃避してばかりで、こちらの言う事に耳を貸さなかった。正直、手を焼いていたんだよ。でも、私のことを好きだと言ってくれて、根はいい子だった。今でもあの時置き去りにしたことを悔やんでる。私のすぐ後から戻ってくると思ってたんだ!」

だん!

筒井校長は、テーブルを拳で叩いた。

「……すまない。こんなことを言いに来たつもりじゃなくて、ただ、今の彼女が向こうで幸せかどうか、知りたかったんだ。君が今の彼女のことを知っていると聞いて、居ても立っても居られなかった」

「……。僕の知っているおりねちゃんは、ツンデレで、明るくて屈託がなくて、いつも笑ってます。ただ、今回テスト期間でしばらくログインできなかったから、次に会うのがちょっと気まずいですけど」

「いつも笑ってる?そうか。それだけでも私は嬉しいよ」

筒井校長は、ほっとした様子だった。

「松永巧君。彼女をよろしく頼むよ」

筒井校長が握手を求めた。巧はその手を握り返しながら、

「僕にできることは、精一杯やってみます。早くおりねちゃんの夢がかなってこっちへ戻ってこれるように手伝ってきます」

と言った。


「巧!お前、進路指導室に呼ばれたって?」

教室でテツが心配して声をかけてきた。

「うん。ちょっとおりねちゃんの関係者が来てたんだ」

「俺はてっきり、成績のことで呼び出されたのかと思ったぜ。でも、よく考えてみりゃ、今日でテスト期間が終わるんだから、今回の結果はまだでてないよな」

「そうだよ。びっくりさせられて寿命が縮まった」

「今晩からあっちへログインするんだろ?リーダー怒ってないといいけどな」

「由美子は、あれから別にどうもないよ、っていってたけどな」

「過呼吸起こして辛そうだったもんな」

「なるべく気を付けてやらなきゃな」

「うん」




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