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第10話☆バルタンおやじ


第10話☆バルタンおやじ



カランカラン。

ドアを開けると、頭上でベルが鳴った。

「いらっしゃーい」

若い声がして、青年が出迎えた。

「あなたじゃ話にならないわ。店主を呼んで頂戴」

「ええ?」

青年は出鼻をくじかれてすごすごと店の奥に引っ込んだ。


「威勢のいい客はあんたらかい?」

凄みのある声がして、店主が現れた。

「お店の一番いいものを知ってる人に用があるのよ」

織音の言葉に、店主はふぉっふぉっふぉと笑った。

「で、何が入り用なんだね?」

「四人分の防具と武器。なまくらは売りつけないでね。できれば最新鋭のものが欲しいわ」

「ふうむ。じゃあ、こっちの部屋へ来たまえ」

普段客に公開していない部屋に通された。

「具体的に長剣3本、弓と矢、小ぶりのナイフ数本」

「いいのがあるぜ」

店主は太い腕で棚からそれぞれの武器を抱えて出してきた。

織音は一つずつ手に取って、振り回してみたりした。巧たちもおっかなびっくりで見よう見まねで同じようにやってみた。

「鑑定」

そう言って、織音が武器の精度を確認している。巧たちもそれにならった。


「ためし射ちさせてもらえますか?」

由美子が弓と矢を抱えて聞いた。

「店の奥に練習場があるよ」

「ありがとうございます」

さっきの青年が由美子を練習場に案内してくれた。

由美子がこころゆくまで練習すると、他の三人が防具に身を固めて練習場へやってきた。

「あ!ずるい、私も」

「さっきのところに由美子の防具、一式置いてあるよ」

「わー」

由美子が駆けて行った。


「こんなに軽くてちゃんと防御できるの?」

と、練習場に戻ってきた由美子が聞くと、

「おやじさんの言うには、最新の技術、カーボンファイバーで造られてるって。身動きしてもあんまり疲れないし、いいね」とテツが答えた。

「おやじさん?」

「バルタンおやじ」

「バルサン?」

「それは殺虫剤」

「バルタン星人?」

「そうそう。笑い方がふぉっふぉっふぉっていってただろ?」

みんなくすくす笑った。

それもあって、一気に親近感が増した。

織音だけでなく他の三人も店主と雑談して、楽しんで買い物ができた。

「練習場はいつ使用してもかまわんよ」と店主は言ったが、それがどういう意味を含んだ言葉なのか、その時はわからなかった。ただ単に親切な人だと、みんなは認識していた。


「おい、あんた」

織音が呼ばれた。カウンターの奥で店主と織音の笑い声が響いた。

「リーダー、バルタンおやじに気に入られてるね」

テツがそう言った。

支払いを済ませて、織音は一本の瓶を受け取ってきた。

「なにそれ?」

「宿屋に行ったら、パーティの今後を祈って、これで乾杯しましょ」

「僕ら未成年だからお酒は飲めないよ」

と巧がまじめくさっていうと、

「お酒じゃないわよ。アルコールなんて一滴も入ってない飲み物よ」

「ふうん」

「急がないと、みんなのログアウトの時間が来ちゃうわ」

織音のその言葉に、他の三人は、改めてここが仮想世界だったと気づかされた。

「なんか、ログアウトしたくない」

「俺も。ここの雰囲気に浸かってたい」

「そうだなぁ」

「ほらほら!」

織音がみんなをせかした。


宿屋に部屋をとると、おかみさんにグラスを四つ頼んで持ってきてもらい、織音がさっきもらってきた飲み物を均等に注いだ。


「これ、何の飲み物?」

一口飲んで、みんなが聞いた。

「いいものよ」

「わかった!ポーションでしょ?」

テツが言った。ポーションとは怪我を治したり、回復したりするときに飲むものである。

「どおりで力がみなぎってくる気がするわ」

由美子が言った。

「いや、ポーションじゃないな。僕、ポーション見たことあるけどこんなじゃなかった」

巧が首をひねった。

「エリクサーよ」

ぶふぉ!。テツが思わず噴き出した。

「エ、エ、エリクサー?」

「あの寿命をのばしたりする高級薬?」

「イエス」

織音が涼しい顔で肯定した。

「では、みんな。あらためて。今後の先行きに幸多からんことを!」

「「「おおー!」」」

乾杯!

みんな一息にエリクサーの固めの杯をあおった。


「おりねちゃん」

「なに?」

窓際に椅子を引っ張って行って、外を見ながら物思いにふけっていた織音は、巧の方を振り向いた。

「今、すんごい盛り上がってて、いっちばん良い時だってわかってるんだけど……」

「だからなに?」

「楽しいのに水を差すようでやりきれないんだけど、僕、明日から数日ここに来れないんだ」

「なんで?」

織音が思わず椅子から立ち上がった。

「ごめん、リーダー。俺も来れない」

テツがすまなさそうに言った。

「どうして?」

「現実世界の学校のテスト期間なんだよ」

「そんなのどうだっていいじゃない!こっちはこれからなのよ!」

織音は叫んだ。

巧とテツは顔を見合わせた。

「おりねちゃん、僕は現実も仮想も両方大切だよ。とくに仮想世界は、現実世界があってこそ成り立っているって思ってる」

「でも……」

織音は泣き出しそうだった。

「現実世界で、テストという現実の戦いに挑んでくる。絶対逃げない」

逃げない、という言葉は、織音にとって胸の痛い言葉だった。

「ばっくれようか、逃げようかって、さんざん迷ったんだ。でも、結論は現実に立ち向かうことだった」

「俺も、いずれ時がたって、大人になったときに、後悔したくないんだ。ただでさえ成績悪い方だけど、家族とか、将来面倒みなきゃなんないし」

巧とテツの言葉に、織音は拒否反応をみせた。

「おりねちゃん、大丈夫?」

過呼吸の織音はしばらくおちつかなかった。

「ごめん」

そう言って背中をさすってやりながら、巧は、織音の精神的な弱点がこの辺りにありそうだと感じていた。

「リーダー。私は来るから。ね?だから二人で弓や剣のけいこを一緒にやりましょうよ。そうしてお兄ちゃんたちに差をつけてわらってやりましょう」

由美子がそう言うと、織音はやっと微笑んだ。

由美子は巧とテツの高校と違う高校に通っているので、テスト期間がずれていた。

「でももしテスト期間の最中でも、私はこっちに来ると思うなぁ。すごく楽しいから」と由美子は言った。




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