第7話☆湖の精・イーサン
なんだか柔らかくて、あたたかい。
巧は最初にそう感じた。
「起きたなら、早くどいて」
織音の声がすぐ近くでした。
巧が目を開くと、自分が織音の膝枕で寝ているのがわかった。
「おりねちゃん……ずっとこうしてくれていたの?」
「そんなわけ、ないでしょ!」
織音は赤い顔を巧からそむけて、つん、としてみせた。
ああ、これがいわゆるツンデレか、と巧は思った。
すると、織音は立ち上がり、巧はごろんと地面に転がされた。
「あなたのこと、疑ったり、警戒したりしたんだけど、よーく考えたら、あなたは、ただ単純なだけだってわかったの」
「単純?」
「そう。裏がないのよ」
「うーん、ほめ言葉ととっておこう」
「ほめてないわよ」
じゃあ、なんなんだ?と巧は首をひねった。
「イーサンが不思議がっていたわ」
「イーサン?誰?」
「この湖の精よ。あなたは、これっぽっちも欲しいものがないって」
「僕が?」
「うん。めずらしい、って」
「ぼくにだって欲しいものはあるよ」
「なにが欲しいの?」
「えーと……」
巧は腕組みして考える。なにも思い当たらない。
「ほらね」
「いやいや、ちょっと待って、なんかひねり出すから」
「ひねり出さなくていいの!」
「あ、そうだ。この前、おりねちゃんのこと助けたいって言ったのはほんとだよ。だから、欲しいものというか、やりたいことはそれだ」
「え?」
織音が鼻白んだ。
「実に面白い。ユニークな性格だ」
男性の声がした。巧は誰だろう?ときょろきょろ辺りを見回した。
「イーサン」
織音が呼ぶと、青年が湖面に立っていた。
「なに?マジック?どうして水の上に立てるの?」
巧は驚きながら聞いた。
「私はこの湖の精・イーサン」
彼は、すうーっと湖面を滑るように近づいてきて、岸にあがった。
見た目には学校の教師みたいないでたちだった。
「織音と私には、願ってやまない願望がある。君ならそれをかなえられるかもしれない」
「んな、むちゃくちゃな」
巧はあたふたした。
「君が私たちの願望をかなえた時に、私たちは呪縛から解放されるだろう」
「それって、おりねちゃんを助けられるってこと?」
「そうだ」
「……。じゃあ、やるよ」
「本気?」
織音がびっくりして聞き返した。
「願い事は多くかなったほうがいいだろう?」
「私はK県のシステムで管理されていて、自由ではない。ほんの些細なことでもいいから、ネットワークのほころびを見つけてほしい」
イーサンはそう言った。
「つまり、自由が欲しいんだね?」
「そうだ」
「心に留めておくよ。できるだけのことをやるから」
「そうか」
巧の言葉に、イーサンが初めて笑顔を見せた。
織音は不思議そうにその笑顔をみつめていた。
やがてイーサンは湖に戻っていった。
「イーサンが笑ったの、初めて見たわ」
織音がため息交じりに言った。
「そうなの?」
「でも、具体的にこれからどうしていくか、何か考えがあるの?」
「いいや。でも、ここの世界の仕様がRPG風だから、基本的にそれに合わせて行動していってみようと思ってる」
「でも、あなた、この前パーティ追放されたばかりじゃないの」
「おりねちゃんとパーティ組むよ」
「えっ?私、できるかしら?」
「それに、明日、新しいパーティのメンバーを他にも呼んであるから、みんなで冒険しようよ」
「冒険……」
「そう、冒険!この世界を楽しんで探索するんだ。いつも気を付けていれば、問題の突破口もみつかると思う」
「そう、かな」
「そうだよ!」
巧は屈託なく笑った。
「私、変装した方がいいかもしれないわ」
「なぜ?」
「街で出没して徘徊していた時期があって、みんなから亡霊だって、忌み嫌われているのよ」
「なんでそんなことしたの?」
「自暴自棄になってたのよ。現実世界に帰りたくても帰れないストレスでそういう行動をしたの」
「変装できるの?」
「ほら」
すうっと、織音の顔立ちが変わった。二割増し美人になった。
「どう?」
「んー、元のおりねちゃんの方が見慣れてるし、好きだな」
織音は赤面しながら、
「これにもそのうち慣れるわよ」
と言った。
「イーサンの願いはわかったけど、おりねちゃんの願いはどんなことなの?」
巧が聞くと、織音は困ったような顔をした。
「聞かない方がいい?」
「……いいえ。私の願いは、私の好きな人と、私の思い描く世界で一緒に過ごすこと」
「好きな人って?」
「さっき、イーサンが現れたときの姿、その人に瓜二つなのよ」
「へえー。かっこいい人なんだね」
「ほんとにそう思う?」
「うん」
「本物の方は私をここに置いてけぼりにして、現実世界で活躍中」
「なんだい、それ」
「おかしいでしょ?私捨てられたんだ」
「そんなこと言うなよ」
「……。うん。ごめんなさい」
「おりねちゃんの思い描く世界ってどんな世界?」
「いろんな世界が混じり合って、なんでもできる世界」
「……それって、現実世界のことじゃないの?」
「えっ?」
「違うかな?」
「違うと思う。現実世界は挫折とか理不尽とかあるけれど、私の思う世界は、なんでもかなう世界なの」
織音は目をつぶって、自分を抱きしめるしぐさをした。
「そっか……」
巧は、織音には織音の世界観があるんだな、と思った。