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第5話☆吉川織音の正体

第5話☆吉川織音の正体



ダンジョンの入り口に立つと、風が内部へ吸い込まれていくように吹いていた。

後ろの草むらに、お役所の人達が身を潜めている。

巧はそっと足を踏み出す。


「また罠にかかりにきたの?」

果たして、巧の背後で織音の声がした。

「おりねちゃん、逃げて!」

巧は振り向き際に叫ぶ。

「えっ?」

「県庁の人達が来てる」

「……。あなたが連れてきたの?」

織音の声は怒気を含んでいた。


わー!!

屈強な男たちが走り寄ってきた。


「あとで森の湖まで来て」

「湖?」

巧にだけ聞こえるように織音は言った。


そうして、巧は信じられないものを見た。

レッドドラゴン!

みるみる織音は体長8mのレッドドラゴンに姿を変えて、人々を蹴散らした。

「なんでだ!なんで女の子がレッドドラゴンに?」

みんな大慌てでわーっと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

レッドドラゴンはごう、と火を吐くと、そのまま仮想空間の大空に羽ばたいて姿を消した。


「松永くん、これはどういうことかわかるかね?」

「いえ。僕も今初めて見ました。思うんですが……」

「なに?」

「20年帰りたくとも帰れない理由があるのかもしれません」

「ううむ」

お役所の人も納得するしかないようだった。

「猶予をください。もう、僕もかかわっちゃったから知らないふりはできません」

「何か策があるのかね?」

「いいえ。なんにも。でも、放っておけません」

「協力してくれるんだね?」

「まあ、彼女が望むようにしてあげて、それが最終的には協力することになると思います」

「そうか」

お役所の人は、まぶしそうにレッドドラゴンが飛び去った空を仰ぎ見た。

「普通の状態なら、変身して空を飛ぶことなんてできないはずだ。仮想世界のコンピュータのバグだろうか?なんにしろただごとじゃない。我々もコンピュータにアクセスして、原因を探してみるよ」


お役所の人達と別れて、巧は一人になった。

湖へ来るように、と織音から言われた。行くしかないだろう。巧はステータス画面のマップを開いて森と湖を探した。

今から行って、もどってくるのにどのくらいかかるだろうか?なにか込み入った話になったら仮想空間のログアウトの時間までに宿屋にたどり着けないかもしれない。

「最悪、森の中でログアウトだな、こりゃ」

ふう、と巧は息を吐いた。


しん、と静まり返った森に分け入り、コンパスをときどき確認しながら進んでいった。

後ろを振り向いて、誰もついてきていないことを確認した。きっと織音は他のだれかを連れて行ったら相手にしてくれないような気がする。

広い森だった。小動物が時折ちらりと姿を見せた。モンスターの姿は無いようだった。

ひんやりした空気。植物と土のにおい。

「ここに、おりねちゃんがいる」


20年?

まだ17年しか生きていない巧にとって、推し量るのが難しい年月だった。

姿が女子高生のままだから、彼女の時間は止まっているのかもしれない。

「僕が20年もこの世界に閉じ込められたとして、何を思うだろう?」

エンジョイしている高校生活も、進学も、就職も、結婚も、それからそれから……未来をみんな取り上げられて、正気でいられるだろうか?


ある程度歩き回ったが、湖にたどり着けなかった。

「なんか、同じところをぐるぐる回ってる気がする」

巧はとうとうその場にしゃがみこんだ。


「来たわね」

織音の声がして、巧は顔を上げた。

「おりねちゃん、湖どこ?」

「ここよ」

さっきまでなかったはずの湖が近くにあった。

「なんで?」

「そういう場所なのよ」

そういう場所って、どういう場所なんだ?

巧は唖然とした。


「あなた、私に県庁の人達がいるから逃げてみたいなこと言ったわね?」

「うん」

「あなたが案内してきたの?」

「そう」

織音は、かあっと頭に血が上ったようだった。

「いくらでひきうけたの?」

「前金で500」

「そう。良かったじゃない」

「うん」

「じゃあ、なんで残りの後金もらうために向こうの手伝いしなかったの?」

「理不尽だと思って」

「理不尽?なにが?」

「向こうが一方的に、君が現実世界に帰らないとダメ!みたいな口ぶりだったから。それに、なんか、罪悪感でいっぱいで……」

「……」

織音は無言でしばらくなにか考えていた。

「それで?それだけのコインであなたの願いはかなうの?ここに宝探しにきている訳だし、500もあればじゅうぶんでしょう?」

「まだ、僕の願いはかなっていない」

「どんな願い?」

「君を助けること」

「ば、ばっかじゃないの?」

「バカじゃない。大真面目さ」

「やめときなさい。私にかかわるとろくなことないから」

「なんで?」

「今の今まであなたをそこの湖に突き落とす気でいたからよ!」

「……そりゃそうだよな。頭にきたよな。ごめん」

「なんで謝るのよ?」

「僕が悪いから」

「なに認めてるの!」

「……おりねちゃん」

「なに?」

「ログアウトの時間が来た」

そう言って、巧は動かなくなった。

「バカね……」

織音は動かなくなった巧を前に、つぶやいた。

「織音。彼をどうしたい?」

織音の背後にいつの間にか青年が立っていて尋ねた。

「そうね……」

織音は、よく考えてみるわ、と返事した。



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