第2話☆20年後
「あーもう、ただでさえ時間がないのに!巧、お前なんでみんなの足ひっぱってばっかなの?」
仲間たちから白い目でみられて、巧は恐縮するしかなかった。
「ごめん」
松永巧は高校生。今日はみんなで仮想世界に宝探しに来ていた。
RPG風のダンジョンに入って、巧はことごとく罠に引っかかり、毎回仲間から助けられて、とうとうみんなの堪忍袋の緒が切れた。
「お前もう帰れ。俺たちだけでやるから」
「そんな……」
「いこうぜ」
みんなさっさと歩いて行ってしまった。実質、パーティ追放だった。
K県は、実験的にRPG風の街を県独自の仮想空間に構築していた。そこを活用している松永巧も、他の仲間も、K県の高校生だ。主に高校生が対象のイベントが実験的に行われていた。県庁の管轄で、仮想世界の設定が行われ、実行されていた。それでも、大人が全くいない、というはずもなく、あちこちの施設に常駐している人達もいた。
巧は仕方なくダンジョンを引き返した。そしてまたしてもさっき引っかかった罠の一つにかかってしまった。
右足をロープで天井から吊るされて、にっちもさっちもいかない。
「おーい、だれか!」
呼んでも誰も来るはずもない。
心細さに負けそうになる。
結局、落ち着いて考えて、腰に差したダガーでロープを切ろうと思った。
「落下したら痛いだろうなぁ」と、巧がためらっていると、
「見てられないわね」
ふいに間近で女の子の声がした。
「レビテーション!」
ふわり。巧の身体が宙に浮いた。
「なっ、なに?」
「浮遊の魔法よ」
そう言って、ロープをほどいてくれる。巧はそのままふわふわと地面に降ろされた。
「ありがとう。助けてくれて」
白い靴下とローファーをはいた白い足が見えた。それをたどって見上げると、セーラー服姿の女の子が巧を見下ろしていた。
巧は女の子の顔をよく見た。
ごく普通の風貌で、かわいいといえばかわいいかもしれない。黒髪を肩まで伸ばし、右手でかきあげる。
「あなたのパーティの他のメンバーは?」
「奥に進んでるよ」
「あきれた。その人たち吊るされたままのあなたを置いていったの?」
「そうじゃなくて、みんなに助けてもらってたけど、別れて一人で引き返そうとしてたときに、また罠にかかったんだ」
「なんで?」
「パーティにいられなくなったんだよ。失敗ばっかりしてたからさ」
「なーんだ。パーティ追放か」
女の子はそう言うと立ち去ろうとした。
「待って!」
巧は立ち上がって女の子のあとを追った。
「ついてこないで!」
「ごめん、せめてダンジョン抜けるまで一緒に行かせて」
でも、この女の子はどこから現れたんだろう?と、巧は思った。彼女の装備はこれといってダンジョン攻略のためのものではないし、それが目的じゃないのだろうか?それに彼女は、奥に進むのではなく、外へ向かっていた。
「僕、松永巧。きみは?」
「たくみ?」
「そう、巧」
「……。私は吉川織音」
「おりねちゃん。良い名前だね」
「……」
織音は何か考え事をしている風だった。
たくみ、たくみ、ねぇ。あの人と一字違い。
でもそれだけのこと。全然似ても似つかない男の子じゃないの。
巧はそれとなく聞いてみた。
「魔法が使えるなんてすごいや。きみは宝探ししないの?」
「宝探し?」
「今、K県でブームなんだよ。仮想空間で取得したスキルだったり、コインだったりを現実世界で欲しい商品に交換できるんだ。みんなこぞって仮想世界に入ってるよ」
「道理で最近人が多いと思ったわ」
「でしょでしょ」
このとき、織音は、巧を馴れ馴れしいと感じていた。
「あっ!また」
織音が何度目か巧を制止して、言った。
「なに?」
「あなたどうして、わざわざ罠の方へ罠の方へ歩いて行っちゃうのかしら」
「そう?気付かなかった」
「生きた罠探知機ね。逆に意識して避けるように気を付けないと、ダンジョン攻略は一生無理よ」
「んー」
巧は眉根を寄せた。
「問題はそこか」
「気を付けなさいよね」
「うん、ありがとう」
「ほら、外に出たわよ」
「わあ」
明るい陽射しが二人を照らした。
あれから他の罠にかからずに戻ってこれた。巧はお礼を言おうと、振り返った。
「おりねちゃん?」
いつのまにか織音の姿は掻き消えていた。
陽はまだ高かった。
巧は大きく息をつくと、ダンジョン周辺を回って薬草集めを始めた。
ステータス画面で鑑定して薬草かどうか見分けた。薬草は赤いアザミのような花を咲かせていた。
モンスターの小型獣がたまに出たが、ダガーで倒し、コインに変えて財布に収めた。
薬草がある程度集まると、城下街を目指した。
巧はまだ宝探しをあきらめていなかった。これから経験値を稼いでもっと強くなろうと思っていた。町のギルドで薬草をコインに変えて、今夜の宿代にした。
仮想世界のコイン1枚あたり、現実世界のおよそ百円くらいだろうか?宿代はコイン30枚。
一度宿をとると、続けて何箔でもできた。
「おりねちゃん、不思議な娘だったな。また会えるかな」
宿屋のベッドに寝転がりながらのんきにそう思った。
どっと疲れが押し寄せて、巧はうとうとした。
やがてログアウトの時刻が来て、巧は現実世界に戻った。
ログアウト中は、仮想世界の巧は氷の像のように動かない。宿屋のベッドの上に転がって、次に巧がログインしたら続きが動き出す仕組みだった。
宿屋は、事情で何日もログインできなくても困らないようなシステムだった。
巧が現実世界に戻ると、朝だった。そのまま身支度をして学校へ出かけた。