私は危惧したとおり、また、お父様から呼び出されてしまった。
「どういうことだ? カーラ。昨日注意したところなのに、また、フェルディナント殿と仲よさそうにしていたそうではないか」
父は少しお怒りモードだった。
でも、私もそれに対しては言いたいことがある。
「仕方ないでしょう、お父様。私は何もフェルディナント様に話しかけたくて話したわけではありませんわ」
私は少しむっとしてお父様に反論した。
「どういうことだ?」
お父様もさすがに私の機嫌の悪い声にトーンを落としてくれた。
「私は単に庭にいただけなのですよ。そこにフェルディナント様がいらっしゃって私に話しかけられたのです。どうしようもないではありませんか!」
「いや、フェルディナント殿に会わないようにだな……」
「どうやって避けるんです? 庭にいたらフェルディナント様が見えた途端に一目散に逃げろというのですか?」
私が眉をつり上げて言うと、
「いや、そうではなくてだな、例えばやんわりとだな、フェルディナント殿の婚約のお話を例に出し手だな、他の女性と親しくしているのはどうかと話すとかだな……」
お父様が言いにくそうに言うが、
「お父様。私はそうはっきりと申し上げました。そうしたら、フェルディナント様はそんなお話は知らないとおっしゃったのですよ」
「何だと、そうなのか?」
驚いてお父様が聞き返してきた。
「そういった話が出ているのは知っているが、アレイダ嬢よりも私の方が好みだとか平気でおっしゃっるのですよ」
「何だと。それはとてもまずいではないか! どう答えたのだ?」
私の言葉にお父様は驚き慌てた。
「フエルディナント様もお世辞がお上手ですわねと流しました」
私が当然のように言うと、
「そうじゃ、それが無難じゃ」
お父様はほっとして頷いてきた。
「そうしたところに、アレイダ嬢が現れたのです」
「なんと、それは最悪だな」
お父様は額に手を当てた。
「本当に最悪でした。アレイダ嬢からは嫌みを言われるわ、今こうしてお父様からは叱られるわ、本当に最悪です」
私はお父様にうんざりした顔を向けたのだ。
「そうか、そうか」
お父様は頷いていたが、少し考えて、
「その方、まさか、フェルディナント殿に懸想しているのではあるまいな」
お父様が心配して聞いてきた。
「その心配はございませんわ。私もアレイダ嬢と私に対して二股をかけるような殿方には興味がありませんもの」
私ははっきりとお父様の前で言い切った。
「そうじゃな。カーラには申し訳ないが、宰相との間に風波を立てないためにも、フェルディナンド殿との間は何もない方がよかろう」
父は安心して頷いた。
「それよりもお父様、私のころちゃんが行方不明なのです。出来れば城下に探しに行きたいのですが」
私は父の話が終わったので、自分の懸案事項を伝えたのだ。
「何を言うのだ、カーラ。大事な一人娘を城下に探しに行かせるなどとんでもないことだ。騎士団長もうんとは言うまい」
お父様は急に機嫌が悪くなった。
私は失敗したことを悟った。
「よいな、絶対に探しに行くなど、しようとするなよ」
念押しされてしまったのだ。
私はがっかりした。
それに加えて、フェルディナント様とできる限り会わないようにするために、王宮内の移動もある程度制限されてしまった。
自分の王女宮の中以外はあまり出歩かないようにと釘まで刺されてしまったのだ。
王女宮もある程度の広さがあるし、庭園もあるので、まあ、それほど窮屈ではないが、それでもずっと中にいるのでは息が詰まりそうだった。
それに今は一日も早くころちゃんを見つけ出したいのに!
「サーヤ、どうしたらよいと思う?」
私は思わずサーヤに聞いていた。
「まあまあ、姫様。少し落ち着きなされませ。
侍女達や騎士達が城下に出たときにいろいろ当たっております。また何か情報も得て参りましょう」
サーヤはそう言ってくれたが、私はドシンと構えて待つなど性に合わなかった。
じっとしているのは嫌いなのだ。
そんな時だ。
「カーラ様。ころちゃんを見つけました」
侍女のフェナが私の部屋に駆け込んできたのだ。
「これ、フェナ、何なんですか、走ったりして」
サーヤが注意するが、
「いいわ、フェナ。どこで見つけたの?」
私が慌てて聞くと、
「この前の孤児院の傍の長屋です」
荒い息をしながら、フェナは答えてくれた。
「この前って、人相の厳つい男の人が連れていたという犬のこと?」
「はい」
「でも、その犬がころちゃんだという証拠はあるの?」
私が聞くと
「今日はころちゃんが必死に私に向かって訴えてきたんです。この男に捕まっているから助けてほしいって」
「えっ、あなた、犬語が判るの?」
フェナが言い張る言葉に、サーヤが突っ込んだ。
「判るわけ無いですよ。でも、気持ちはわかるんです。
あのキャンキャン鳴く鳴き声はカーラ様に抱かれてお風呂に入れられる時のころちゃんの鳴き声そのままでした」
フェナはそう自信を持って言ってくれたんだけど……厳つい男に捕まって助けてほしいという鳴き声と私にお風呂に入れられる鳴き声が同じつてどういうことよ!
私はそこは納得いかなかった。
「あの、鳴き声といい、姿形といい、絶対にころちゃんに間違いありません。それに、私に必死に尻尾を振っていましたから」
フェナは自信満々に言い切った。
「でも、フェナ、それだけじゃ、ころちゃんがいるだろう場所が大体判ったというだけよね」
サーヤが残念そうに言うんだけど。
「何をおっしゃるんですか、サーヤ様。私、フェナはその男がころちゃんを連れて入っていった長屋の場所をきちんと確認してきました」
「よくやったわ。フェナ」
私は胸を張って言うフェナを両手を挙げて褒めた。
「どうなされます、カーラ様?」
「出来たらその男からころちゃんを返してもらいたいんだけど」
サーヤの問いに私が答えると、
「それは中々難しいのではありませんか。相手は下手したらその道の者です。姫様の正体を明かしたらどのような無理難題を言ってくるか判ったものではありません。ここは騎士団に話して、騎士達から話を通してもらうのがよろしいのでは無いですか?」
サーヤは言ってくれた。
「それはそうだけれど、出来たら本当にころちゃんかどうか確認してからその場で返してもらう交渉をしてほしいんだけど」
私が提案したが、
「そのような場に姫様が出向かれるのは大変まずいと思われます。先ほども申しましたように、足下を見られて返してもらうのにとんでもない金額を請求されるかもしれませんし……」
サーヤは心配してくれた。
「それは判らないじゃない。それに私も平民のように変装して行けば……」
「姫様の場合はたとえ変装しても高貴な方というのはすぐにばれます」
サーヤが即座に否定してくれた。
「でも、私は実際にころちゃんかどうか見てみたいし、今まで何日もお世話してくれたんならお礼を言わねばまずいと思うのよね」
「しかし、姫様、それは陛下も含めてお認めにならないかと」
サーヤがお父様を出してきた。
確かに、お父様は許してくれそうに無かった。
私はどうやって父を誤魔化そうかと考え出したのだ。