翌朝もころちゃんは帰ってきていなかった。
これだけ探してもいないのだ。
やはりころちゃんは外に出たのだろう。
でも、外に探しに出ると言ってもどこを探せば良いんだろうか? 孤児院の側でフェナが似た犬を見たとのことだったからその辺りを探すしかないんだろうか?
でも、そもそも、お父様や、騎士団長はそう簡単に外に出るのを許してくれないだろう。
私は朝食を食べ終わるとお父様に直談判に行こうと思ったのだ。
王宮の廊下を歩いているときだ。
前から側近を連れたサウス帝国の第四皇子のフェルナンドが現れた。
「やあ、カーラ王女。ご機嫌麗しく」
フェルナンドが私に挨拶してくれた。
「これはフェルナンド殿下。ご機嫌麗しゅう」
私も挨拶を返す。
「今日は天気が良いですね」
「本当に絶好の散歩日和です。お庭にでも行かれるのですか?」
「いえ、そういう訳では」
「そうですか? それは残念です。せっかくここでお会いできたので、出来れば王宮の庭園に咲いているという有名な睡蓮を見せていただければと思ったのですが」
サウス帝国からわざわざ我が国に遊学にいらっしゃったフェルナンド皇子にそうねだられれば、案内しないわけにはいかなかった。
まあ、お父様とは約束したわけでもないので、先にフェルナンド皇子を案内しても良いだろうと私は思ったのだ。
「サウス帝国のフェルナンド殿下にご覧に入れられるような物かどうか判りませんが、よろしければご案内させていただきます」
私が言うと
「カーラ殿下にご案内いただけるなんてとてもうれしいです」
如才なくフェルナンドが頷いくれたので、私は先に立って案内した。
ちらっとフェルナンドを見ると王宮の女の使用人達がキャーキャー騒いでいるだけあって本当に見目麗しい皇子だ。
なんでも、アレイダが必死に狙っているという話もあながち嘘ではないだろう。
「フェルナンド殿下。モルガン王国には、もう、慣れられましたか?」
私は当たり障りのないことを聞いてみた。
「ええ、皆さんに本当によくしていただいているので、すぐに慣れました」
「そうおっしゃっていただけるとうれしいです」
私がにこやかにお礼を言うと、何かフエルナンド様が私の顔を見ているんだけど、どうかしたんだろうか?
「私の顔に何かついてますか?」
私は思わず聞いていた。
「いや、申し訳ない。あまりに笑顔が美しくて思わず見とれてしまいました」
えっ? 私は思わず固まってしまった。
「まあ、フエルナンド様もお上手でいらっしゃまいすね。褒めていただいても何もでませんよ」
私はできる限り冷静に対応したはずだが、少し赤くなっていたかもしれない。
「いや、お世辞ではなくて私の本心ですよ」
笑ってフェルナンド様はおっしゃっていただけるんだけれど、さすが大国の皇子ともなれば、如才なくお世辞を話せる度量が備わっていると考えた方が良いだろう。
私はそう思うことにしたのだ。
フェルナンドはアレイダの婚約者という噂もあるのだ。
あまり私が親しくするとまたアレイダが機嫌を悪くするだろう。そうなっては何と難癖をつけられるかわかったものではなかった。できるだけ近寄らない方が良いだろう。
私はそう思った。
でも、お世辞を言われて喜ばない女はいない。私は少しうれしかった。
渡り廊下から睡蓮の咲く池はすぐだった。
「こちらがそうです」
私がフェルナンドを湖畔に案内した。
池一面に色とりどりの睡蓮の花が咲いていてとてもきれいだった。その花の間を多くの錦鯉が泳いでいた。
私が王宮で一番きれいだと思う風景だった。
「素晴らしい。これは本当に凄いですね」
フェルナンドは両手を挙げて感心してくれた。
「そう言っていただけると案内したかいがありましたわ」
私が喜んで言うと、
「でも、その中に立っておられるカーラ王女殿下も地上に降り立った女神様のようにお綺麗です」
見目麗しいフェルナンドからこう言われたら普通の女なら一度でフェルナンドに恋するだろう。
「まあ、女神様だなんて。フェルナンド様も言い過ぎですわ」
私が流そうとすると
「私は本気ですよ」
真面目な顔でフェルナンドが言うので、思わず私の顔もほてってしまった。
「まあ、フェルナンド様。どうしてここにいらっしゃいますの」
そこに向こうから一団を連れたアレイダが不機嫌そうにやってきたのだ。
これはまずい時に一番会いたくない相手に出くわしたものだ。私はうんざりした。
「私と一緒に参りましょうってお約束しておりましたのに、何故カーラ様とご一緒ですの?」
アレイダが不機嫌そうに私を睨み付けたのだ。
「いや、アレイダ嬢。あなたが中々案内していただけないので、カーラ王女殿下にすぐそこでお会いしたので、お願いしたのですよ」
フェルナンドが誤魔化してくれた。
「まあ、フェルナンド様。そんな事でしたら、おっしゃっていただければ、すぐに参りましたものを。何故おっしゃっていただけなかったのです?
王女殿下にもお手を煩わさせて申し訳ありませんでした」
アレイダはそう言って私に謝ったものの、人の男に手を出すなと目が怒り狂っていた。
これはまた後でアレイダが文句を言ってくるのは確実だった。私は約束していたとアレイダが言うのが本当かどうかは怪しいが、私に声をかけてきたフェルナンドにも少しうんざりしたのだ。