「カーラ王女を攫えって言うのか?
でも、ベイル。宰相閣下は国王陛下に自分の息子とカーラ王女の婚姻の申し込みをされていたんじゃなかったのか?」
ブルーノが聞いていた。
「俺もそう思っていたんだが、どうやらその申し込みを断られられたらしい」
ベイルは淡々と言ってくれた。
「何だと。陛下はこの国で一番力のある宰相閣下の申し出を断ったって言うのか。それはまずいだろう」
驚いてブルーノが言った。
「だから、王女を攫ってこの館に連れてこいという命令が出たんだよ」
やっていられないという顔でベイルは首を振った。
「しかし、いくら宰相とはいえ、そんなことして許されるのか」
ブルーノが聞いた。俺もさすがにそれはまずいだろうと思った。
「既成事実を作って強引に認めさせるんだと」
「何だと。娘の純潔を息子に強引に奪わせて、傷物にしてから結婚させるってどれだけ鬼畜なんだよ」
ブルーノは呆れてくれた。
俺はそんなことは絶対に許せなかった。
「俺たちは命じられたことをやるしかあるまい。」
ベイルが首を振った。
「で、いつやるんんだ?」
「まずは下見だ。王女は毎週、孤児院に慰問に行っているらしい。そこを狙うそうだ」
「判った。何人で行く」
「とりあえず、俺とおまえでいいだろう」
「判った」
ブルーノとベイルが支度を始めた。
俺はどうするか考えた。
王女の純潔をあんなガマガエルに奪われ訳にはいかない。
すぐに王女のところに帰って知らせるか、そうかもう少し確実な日時を仕入れてから逃げ出すか?
俺は悩んだ。
「よし、犬ころも散歩兼ねて連れて行くか」
ベイルが言い出してくれた。
「えっ、邪魔になるだけじゃないのか?」
「今は下見だ。問題あるまい」
ベイルが言ってくれた。
俺も現場を見れたらそれに越したことはない。
ついて行く気満々だった。
「わんわん」
俺は必死に喜んで尻尾を振る。
「でも、散歩させるなら逃げられたら事だぞ」
ブルーノが余計なことを言ってくれた。
「わんわん」
俺は逃げないと必死にアピールしたのだが、犬語の判らないベイル達は当然理解できなかった。
「少し待っていろ」
言葉を残すとベイルは外に出て行った。
俺はとても不安になった。
そして、ベイルはどこかから調達してきた、赤い首輪を持ってきたのだ。
「キャイーーーーン」
俺様は必死に逃げようとした。
机の周りを走って逃げるが、
「おい、待てよ。痛くはないから」
必死にベイルが追いかけてくれた。
「おいおい、また追いかけっこかよ」
呆れてブルーノが肩をすくめたが、
「呆れてないでお前も手伝え」
俺は必死に逃げたが、10分も保たなかった。
むんずとベイルに捕まってしまったのだ。
そのまま首に皮の首輪をつけられた。
「クウーーン」
俺は不満だらけだったが、
「よく似合っているぞ」
ベイルはご満悦だった。
何がうれしくて獣人が首輪をつけられているんだ。
俺は悲しくなった。
これも全て子犬に獣化する俺の体質のせいだ。
こんな体にした神を俺は恨んだ。
「よし、犬ころ、行くぞ」
不満たらたらの俺はしかし、強引にベイルに引っ張られて屋敷から外に連れ出されたのだ。
屋敷の外は久しぶりだった。
しかし、顔つきのきつい男が二人で子犬を連れているのだ。
なんとも笑える一行だった。
通りを歩く周りの女達も、俺を見て
「可愛い」
と言って寄って来ようとしたが、そのひもの先を引いているベイルらの顔を見て慌てて逃げていくのだ。
「おい、ベイル、女達はお前の顔を恐れているぞ」
「お前も変わらんだろうが」
ベイルは不機嫌そうにブルーノに答えたので、
「わん」
と俺も頷いてやったのだ。
「ほら見てみろ。犬ころもそうだと言っているぞ」
ベイルが喜んで言ってくれたが、
「二人とも顔が厳ついと頷かれて何がうれしいんだ」
ブルーノの言うことも最もだった。
屋敷から30分くらい歩いて、俺が倒れて、カーラに拾われた路地の辺りに来た。
ベイルとブルーノは周りをいろいろと調べだした。
どこか隠れるに都合のいい場所を探しているのだ。
そして、その辺りの家が一つ空き家になっているのを知ると、早速、大家を探しだした。
大家の家が見つかると早速、契約をしていた。
どうやら、その家を破落戸どもの待機場所にするらしい。
家はそんなに広くなかったが、10人くらいは座って待機が出来そうな広場だった。
「馬車はどこに止めておく?」
「この路地の角に止められないか」
「少し目立ちすぎないか」
「じゃあ、もう一本横の道なら、大通りだから目立たないだろう」
二人はどんどんいろんな事を決めていく。
「その雑貨屋の前に止めておくか」
「それがいいな。結構はやっているみたいだし、1台くらい止まっていても目立ちはしまい」
俺はベイルに首輪の紐を引かれながら、その現場を全て頭にたたき込んだのだ。
襲撃犯の下見に同行したのだ。
襲撃者達の行動は全て頭に入った。
ここまで疑われずに同行できるなんて、この時ばかりは俺は俺を子犬にしてくれた神に感謝したくなった。
屋敷に帰ったベイルたちは顔をつきあわせて、王女の慰問の予定から襲撃の日時まで決めていた。
ここまで判ればもういいだろう。
俺は早速逃げようとしたのだ。
でも、ベイルは俺から首輪を外してくれなかったのだ。
おい! どういうことだ。
「クイーーーーン」
俺は鳴いてみた。
「おい、ベイル、犬ころが鳴いているぞ」
「首輪の件だろう。襲撃の時はここに置いておくしかないからな。いったん外したらまたつけるのが面倒だからな。可哀相だが、そのままにしておくしかあるまい」
「クイーーーーン」
俺は必死に鳴いて訴えたが、ベイルは首輪を外してくれなかったのだ。