俺は結局その破落戸共のところにしばらくいることにした。
宰相がカーラに何か行動を起こそうとしたら、兵士たちを使うのではなくて、絶対にこの破落戸共を使うはずだ。
宰相の動きを掴むには最適の場所だったのだ。
それにこの小屋は快適だった。
飯もちゃんと食べさせてくれるし、その飯もうまい。
男たちに囲まれて生活しているのが、玉に瑕だったが……
そう、ベイルに抱きつかれたり、頬ずりされたり、抱き枕にされたり、風呂で洗われたりされるのは最悪だったが……
しかし、それは俺様が我慢すればいいだけの話だった。
破落戸共のところには放っておいても色んな情報が集まってくるので、情報収集するにも楽だった。
その中で宰相が宰相の息子とカーラの婚約を国王に打診したというのがあった。
カーラに助けられた俺としてはどんな事をしてもカーラとあの気持ちの悪いガマガエルの婚約は阻止したい。
しかし、今の子犬のままの俺ではどうしようもなかった。
もっとも人間に戻ったところで同仕様もなかったが。
以前の獣人王国の王子だった頃ならいざ知らず、獣人王国から命からがら逃げ出した逃走者の俺ではどうしようもなかったのだ。
それに邪魔をしようにも何も、国王とカーラが頷いてしまえば反対しようがないのだ。
可憐なカーラがあんな気持ち悪いガマガエルのものになるなど俺としては許せないが、どうしようもなかった。
いざとなれば、俺があのガマガエルを斬って捨てるか?
俺は悩んでいた。
そんな時だ。
「おい、それは坊ちゃまを襲った犬ではないのか」
相も変わらず、俺を探していた兵士の一人が窓の外から俺を見つけたのだ。
しまった!
俺は油断しすぎていた。
外から見える机の上で、ベイルに入れてもらった飯を食べていたのだ。
慌てて隠れようとしたが、見つかった後ではどうしようもなかった。
慌てた兵士たちが中に入ってこようとしたが、
「うるさいな。グチグチグチグチと」
長椅子に寝転がっていたベイルがゆっくりと起き上がってくれた。
「キャイーーーーン」
俺は慌ててその胸に飛び込んだのだ。
ここは背に腹は代えられない。
「おお、よしよし」
ベイルは俺を抱き寄せてくれた。
俺は男に抱かれて叫びそうになったが、ここは我慢するしかない。
「そ、その方、その犬をこちらに渡してもらおうか」
破落戸共を少し恐れつつ兵士が要求していた。
「はああああ! 何故、俺が貴様に俺の犬ころを渡さないといけないんだ?」
ぎろりとベイルは男を睨みつけた。
「その犬は若様を襲った犬だろうが……」
兵士は逃げ出しそうになるのを必死にこらえて、俺を指さして叫んでいた。
「おいおい、あんた、何言っているんだ? この犬はどう見ても子犬だぞ。成人の犬に襲われたのならばいざ知らず、こんな子犬に襲われたって、嘘だろう。なあ、犬ころ」
「ワン」
仕方無しに俺は吠えてやったのだ。
「いや、しかし、坊ちゃまはその子犬に襲われたと」
「おい、嘘を言うな。お館様の坊ちゃまか何か知らないが、宰相閣下の跡取り息子だろうが! それがこんな子犬に襲われたと世間に広まったら、世間から笑われるぞ」
ベイルが笑っていったくれた。
「そうだ。俺達が娼館でその話をしてみろよ。あっという間に王都中にその話が広まるぞ。そんな事になったら困るのはその坊っちゃんと宰相閣下だろうが」
ブルーノも俺を援護してくれた。
「しかし……」
「閣下に確認してみろよ。お前もこの屋敷のれっきとした兵士だろうが。そんな恥ずかしいことが王都に広がったら、この家の沽券に関わるぞ」
兵士らはそう言われて、お互いに見合わせて、肩をすくめて出て行った。
「おいおい、ベイル、あんなこと言って良かったのか? 下手したら首になるぞ」
ブルーノがベイルに聞いていた。
「バカバカしい。俺が言ったとおりだぜ。こんな犬ころに坊っちゃんが襲われたなんて恥ずかしくて言えるわけないだろう。そもそもお前も賛成してくれたじゃないか」
ベイルが言うと、
「まあ、そのとおりなんだが、お貴族様の考えることはわからないからな」
ブルーノは首を振っていた。
「こんなつまらんことで首になるなら、この屋敷を出ていってやるさ」
ベイルは馬鹿にしたように言うと俺を抱いたまま、またベッドに寝転んでくれた。
それから、俺はいつ兵士たちが来るかと戦々恐々として警戒していたのだが、兵士たちはその日はやってこなかった。
まあ、さすがの宰相も子犬の俺に襲われたから殺せとは言いづらかったのだと二三日経っても兵士たちが来なかったので俺は思った。
でも、そんな時だ。
ベイルが急遽執事に呼ばれたのだ。
俺は、俺を引き渡せと宰相が言ってきたのかと驚いた。
でも、帰って来たベイルは俺など見向きもしなかった。
俺はそれに少しほっとした。
でも、次のベイルの声に俺の耳をそばだてたのだ。
「国王が宰相の申し出を断ってきたそうだ」
ベイルはブルーノ達を集めて告げたのだ。
俺はホッとした。国王も娘のカーラの幸せのことを考えたのだろう。あんなガマガエルと結婚しても、カーラが幸せになれるとは俺は到底思えなかった。
「それで宰相から俺達にカーラ王女を攫って来いとの命令が下った」
俺はベイルの言葉を聞いて目を見開いたのだ。