俺はその夜はせっかく宰相の家に忍び込めたのに何一つ動けなかったのだ。
うーん、それに裸でコリーに体を洗われたので、これで3日間は人間に戻れなくなった。
俺はこれほど自分の身体の欠点が嫌になったことはなかった。
翌朝も、コリーは鍵をかけて、部屋から出ていった。
これでは俺様には部屋を出る方法が無かった。
なんとかせねば。
こうしている間もカーラがなにかされるかもしれない。
俺は焦っていた。
こうなればコリーが帰ってきたときが勝負だ。
俺様は扉の裏に隠れてコリーが帰ってきた時にそうっと逃げ出そうとしたのだ。
その夜鍵の開く音がした。コリーが帰って来たのだ。
俺は慌てて扉の後ろに駆け寄った。
扉が開く。そして、コリーが中に入って来る。
その足元から逃げ出そうとして……
「シロちゃん。外はダメですよ」
足元から抜け出そうとした俺はあっという間に捕まってしまった。
この女、思った以上に運動神経が良い。
俺はあっさりと抱え上げられてしまった。
「シロちゃん静かにしていましたか?」
コリーは俺を抱いて頬ずりすると話してきた。
完全に失敗だった。
「クーン」
俺は残念だと鳴いてしまったのだが、
「お腹が減ったのね」
あっさりと勘違いされてご飯を与えられたのだ。
仕方がない。
俺はコリーが見守る前でご飯を食べた。
でも、このままでは埒が明かない。
「シロちゃん、お風呂に行きましょう」
コリーの言葉に俺様は作戦を考えた。
俺を連れてシャワールームに入ったコリーはあっさりと前回と同じように服を脱ぐと、俺を抱っこしてシャワーを浴びながら洗ってくれた。
我慢、我慢だ。
俺様は必死に精神を動員して、何も見ない、感じないようにした。
そして、コリーが俺を洗い終わった時だ。
コリーは俺を地面においてくれた。
この瞬間だ。前回と違って精神を総動員した結果、なんとがダウンしなかった。
俺は扉の回して閉める鍵に飛びついたのだ。
そして、鍵を開ける。
「シロちゃん!」
コリーは慌てて俺を捕まえようとしたが、次の瞬間俺は扉をおして、外に出たのだ。
「シロちゃん、待って!」
コリーは俺を追って外に出ようとして、
「きゃっ!」
悲鳴をあげた。
自分がシャワーの途中で裸だったのを思い出したみたいだ。
コリーは追ってこなかった。
俺様はコリーが着替えて追いかける前に必死に走ったのだ。
階段を降りて二階に降りる。
ここは宰相の家族の部屋のはずだった。
使用人に見つかるとまずい。
俺は隠れるところを必死に探した。
少し走ると食べ物を搬送するワゴンがあった。
俺はとっさにその扉を開けて中に隠れたのだ。
驚いたことに中にはまだ温かい食材が入っていた。
俺はそれを汚さないように、端に隠れた。
「シロちゃん、どこにいるの?」
そんな俺にコリーの声がした。
まずい。今見つかったらまた、しばらく外に出れない。
俺は息も止めた。全身全霊をかけて足音を聞く。
あの女のことだ。下手したら匂いで嗅ぎつけるかもしれない。
でも、コリーの足音らしきものはさっさと去って行った。
俺はホッとした。
考えたら普通の人間が匂いで感づくはずはないのだ。
ホッとすると、扉の開く音がした。
「誰もいないのか」
不満そうな声がして、そのままワゴンが中に入れられる。
「俺様の用が済むまで外で待っておけんのか」
男の声はブツブツ文句を言っていた。
扉が開いて食器が出される。
俺は必死に隠れていた。
食器をテーブルにおいて、男は食べだしたみたいだ。
開いた扉の影から男の様子を見ると男はでっぷりと太った男だった。
ガマガエルみたいな顔だと俺は思わず思ってしまった。
人を見た目で判断してはいけない。俺は母に言われたことを思い出していた。
母は無事なんだろうか?
俺はふと考えてしまった。
異母兄が俺を亡き者にしようとしたのだ。考えたら無事ではないだろう……
今考えることではないと俺は頭を振った。
「いとしのカーラ」
俺の思考はガマガエルの言葉でぶったぎられた。
このガマガエルは今カーラを呼んだか?
俺は信じられなかった。
「あと少しだよ。父上がカーラを僕のためにくれるって言ったんだ。そうしたら君を素材にもっとたくさんの絵を書くからね」
俺はぎょっとした。
ひょっとして宰相の息子のベンヤミンとはこのガマガエルのことなのか?
周りには女の絵が所狭しと書かれていた。
よく見るとそれは全てカーラに似ていた。
どうやらこのガマガエルがカーラの絵を書いたらしい。
俺はぞっとした。
こんなガマガエルがカーラの婿になるなんて俺は絶対に許せなかった。
「ウーーーー」
思わず唸り声が出てしたのだ。
「な、何だ。何かいるのか?」
ベンヤミンはぎょっとしたように立ち上がった。
棒を片手に周りをきょろきょろ見渡す。
「何か紛れ込んだのか?」
ベンヤミンは必死に周りを探し出したのだ。
もう、許せない。
こんな男が無垢なカーラの婿になるなど絶対に許せなかった。俺は完全に怒り狂っていたのだ。
そして、ベンヤミンがワゴンの中を見た時だ。
俺の怒り狂った目がベンヤミンの濁りきった目とあったのだ。
「わんわん」
俺様は吠えると同時にベンヤミンの鼻に噛みついたのだ。
「ギャーーーー」
ベンヤミンの叫び声が館中に響いた。
俺はしまったと噛みついたことを後悔したが、後の祭りだ。
「何事だ?」
「若様の部屋の方だぞ」
使用人たちの慌てふためく声が聞こえた。
どうする?
俺は慌てた。流石にココで見つかるのはまずい。
俺は窓が開いているのに気づいた。
外を見ると破落戸共は慌てて駆け出して館の中に入っていくのが見えた。
俺は開いていた2階の窓から飛び降りだのだ。