燃えている事務室がある本棟の前には、神浄鬼の面々が集まって来ていた。
中から炎に照らされて、砂項と詩稀の姿が現れた時、彼等は複雑な様子で、道を空けた。
二人の前面に、侶進が現れた。
「ドール・メーカーは……?」
砂項は、下らなそうに、鼻を鳴らす。
「死んださ。どっちもな」
侶進は、信じられないといった顔で二人を見た。
砂項は続けた。
「おまえらも、ここは軒払ったほうが良いぞ」
「亨昭の死体があるし、燃えた祠跡もある。
何よりも、死体が多すぎる」
砂項は、亨昭が殺した刑事の事を言っていた。
「そんな、言われたって、いきなりどうしろってんだよ……」
侶進は戸惑っていた。
「おまえらが始めたんだろう? おまえらで終わらせなよ?」
「わかんねぇよ。このまま逃げても、神浄鬼の名前とメンバーは残る訳だし、どこにも行き場なんてねぇよ……」
侶進は情けない声を出した。
「おまえは一人殺してるな?」
砂項は、突然言った。
彼は見鬼だけではない。見記とも言うべき、人の記憶が見えるのだ。
「……あれは、事故だ……」
侶進の言葉には力が無い。
「安心しな。おまえが出頭するなら、全て解決する方法を教えてやる」
「なんだよ、そんな方法があるのか!?」
侶進は驚いて、砂項を正面から見つめる。
「ああ、言うとおりにしな。条件は、おまえが出頭することだ」
侶進はまた迷ったようだった。
「あれは、事故だよ」
「わかってる」
「事故だったんだ!!」
侶進はいつの間にか、泣きそうな声になっていた。
「ドール・メーカーも絡んでただろう。少しは弁護してやらなくも無い。ただ、法の制裁は受けろ」
「さもなければ?」
「今回の事件が全て神浄鬼のせいになって、おまえらは大量殺人犯として捕まることになる」
侶進は、畜生と吐き捨てた。
「……どうすればいい? 出頭するよ。警察に行く」
泣き顔はもう消えていた。
決意に満ちた表情を上げている。
砂項はうなづいた。
「言いだろう。おまえらが集めた金を全て使って、今伯蛟が誘拐しているクリオ社社長を解放して貰うんだ」
「クリオ社社長を?」
「あの社長は、元々久司町のアングラのボスとも言える男でな。それで、解放させて全て彼に任せるように頼むんだ」
「まさか、あの社長がそんな人とは……」
驚きで、侶進は声も出ないといったところだった。
「おまえのその一端にいたのに、知らなかったか。まぁ当たり前だが」
「なんで当たり前なんだよ」
「基本、裏のボス的なスタンスでいた人じゃないからな。できるだけ、一般人を装って、最後まで自分か面倒に手は出さないような人だし」
侶進は妙に納得した。
「わかった。言われた通りにする」
「ああ、物わかりの良い奴で良かったよ」
翌日の朝、侶進は五十億には届かないが、三十億近くある金をそれぞれのバイクに積み込み、伯蛟の本部に現れた。
相手達は、今騒ぎを起こしている神浄鬼とあって、さすがに驚いた。
本部といっても、彼等の一人が経営する割と広めの喫茶店だ。
客は夕方から変わるが、朝は伯蛟の溜まり場になっている。
「今、クリオ社長を誘拐している連中と話しがしたい。
言って、バックの一つから札束をテーブルに山とぶちまけた。
伯蛟の面々の一人が、携帯を手にその場で連絡を取る。
彼が相手が通話にでた携帯を差し出してくる。
「もしもし」
『神浄鬼が俺たちに何のようだ』
暗い、どんよりとした声。
半ば、絶望して、先が見えずにいる者の声だった。
「クリオ社長を解放して貰おう。身代金は五十億もないが、三十億近くある。それで、手を打たないか? あんたらもどん詰まりにいるよりマシだろう」
相手は考えるようにしばし沈黙した。
『金は本当にあるんだろうな?』
「ああ、誰に渡せば良い? 喫茶店の面々か?」
『いや、直接持ってきて貰おう』
「場所は?」
『サイラホテルのスイートだ』
意外な場所だった。
サイラホテルといえば、クリオ社長の持ち物のホテルの一つなのだ。
彼等は、警察の遠くにいるようで、足元にいたのだ。
「わかった。これから行く」
侶進の仲間達は札束を再びバックにしまっていた。
出て行くとき、何か言われるかと思っていたが、伯蛟は無言で彼等を送りだした。
砂項と詩稀は、病院からの家に戻った。
身体のいたるところに、ガーゼを張られて、二人とも、見るも無惨な格好だった。
「お帰り……うわ、どうしたのそれ!?」
陽香が玄関まで迎えに出て、二人の姿に驚く。
「いやぁ、割と手こずった」
砂項は快活な笑みを浮かべた。
「そちらの方も、大丈夫だったかい? 伊左衛門は?」
「ああ、いてくれたよ。ただ、以外と短期というのが判明したけど」
砂項は何のことかと思ったが、先にさっさとリビングに行ってしまった詩稀は、散らばるジグソーパズルのピースを見て、頭をかいた。
「どうしたこれ……あたしより癇癪持ちいた?」
詩稀は驚いて、彩葉を見た。
「あーと、伊左衛門がね……ちょっとパズルに怒っちゃって」
彼女は調度、掃除機を持ち出してきたところだった。
よく見ると、ピースは全て切断された跡があり、まさかと思うが、全て伊左衛門が斬ったらしき跡になっていた。
「あの朴念仁でも、遊んでくれたのか……。あたしは無視してたくせに……」
詩稀は多少拗ねた声を出す。
そこに、侍がぼんやりと姿を現し、珍しく微笑みを詩稀に向けた。
「伊左衛門、今度はあたしと遊んでよね!」
侍はうなづくと、姿を消した。
「……意外と面倒見が良い奴だったりして」
リビングに入ってきた砂項が言い、そのままキッチンに入る。
冷蔵庫からビール缶を取り出して、ソファに座った。
「ああ、砂項さんも詩稀ちゃんも、そんな姿で……ごめんなさい、全部私が悪いのに……」
急に意気消沈した彩葉は、頭を下げた。
「気にしなくて良いんだよ、彩葉。今回のことは、仕方ないんだから」
「仕方がないって……」
聞き返すが、返事が返ってくる代わりに、テレビがリモコンで映されて、ニュースが流れた。
ニュースキャスターが、イサカ重工跡地での火事の事件を解説している間、上段で、テロップが流されていた。
そこには、伯蛟がクリオ社長を解放したと書かれていた。
「え、誘拐事件、解決したの!?」
彩葉がテレビを見て、驚きの声を上げた。
「しかもイサカ工場跡の火事って!?」
彼女は砂項と詩稀を順番に見つめる。
「ああ、ドール・メーカーの事件は終わったよ。本当なら勝手に終わるはずだったんだけど、今回は、ちょっと入り組んでしまったからなぁ」
「勝手に終わる?」
また、彼女は聞き返す。
砂項はビールを一口飲むと、うなづいた。
彼は、彩葉に目を向けた。
「ドール・メーカーってのは、思春期に一部の者が見る、一過性の怪異だったんだよ。それが、誰かのせいで、誰にでも見せれるようになったから問題になって、コピー・キャットまで出てきたんだけど。本来は、実害のない、ただのびっくりお化けなんだ」
「えっと、それって、私が騒ぎ過ぎて……」
砂項は笑って、何でも自分のせいにしようとする彩葉の言葉を遮った。
「違うよ。今度のは、元々悪い大人がいてねぇ。正直、そのその人のせいで、ここまでなったと言って良い」
「解決したんですか?」
「したよ」
彩葉は、しばらく無言だった。
「でも、死んだ人は還ってこない……」
「侶進の奴、けつまいたんだね」
陽香は、二人の間に入ってきた。
「ああ。集めた金でクリオ社長を解放しろと言ったけど、本当にしたところが良いところだな。金持って町から逃げるって手もあったのに。これから、神浄鬼は大変だよ、きっと」
「さぁて、事件は解決した。めでたいめでたい!」
陽香は、さっぱりとしたようで、快活な笑みを浮かべて、一人うなづいた。
「ちょっと待って、陽香。でもね、あたしの大切な友人はもう戻ってこないの……」
彩葉は、うなだれていた。
「詩稀」
砂項は、部屋の隅であぐらをかいている少女を呼んだ。
彼女はうなづき、鶴を折り出す。
一個、二個と、以外と早いペースで次々に、折り紙が出来てゆく。
そうするウチに、一羽、一羽の羽が伸び、ゆっくり浮かんで、砂項の傍に落ちてきた。
砂項は、そのうちの一つを、広げて彩葉に見せる。
一枚目はただ、明日、午後一時三十分と書かれているだけだった。
一体、何がと思った彩葉は、次に広げられた折り紙を覗く。
JR久司駅。
次の鶴。
蒼いワンピースと黒い帽子。
彩葉はまさかと、思考を飛躍させて思った。
さらに広げられた鶴には、お土産はごめんね。と文字が浮き出ていた。
「まさか!?」
彩葉は溜まらず、声に出した。
砂項は、ビールを一口仰ぎ、微笑んだ。
「そのまさかだよ、彩葉」
「嘘、だって、彼女、確かにドール・メーカーに焼かれて……」
「言っただろう、本来のドール・メーカーはそういう面があるんだ。思春期の子の周りの者を、一端燃やさせるというね」
「でも、信じられない!」
「何々、どうしたの?」
陽香は、詩稀の鶴を覗き込みながら、話がつかめないでいる様子だった。
「ドール・メーカーに殺されたはずの友達が、生きているかもしれないの、陽香!」
「ええ、良かったじゃん!」
陽香も素直に喜んだ。
「えっと、どんな子? ちゃんと紹介してね?」
「うん。するよ。きっと陽香も気に入るはずだよ!」
次の日の午後一時十分頃。
彩葉と陽香は、久司町に唯一ある電車の駅で、ひたすら待っていた。
日差しは澄んで暖かく、風は緩やかだが涼しい、外室日よりだった。
すでに陽香は、砂項にいって、彼の家、では無いが、家で歓迎パーティの準備をさせていた。
詩稀は乗り気だったが、砂項はあからさまに面倒くさそうな顔をしていた。
「なによ、これが最後なんだからいいじゃない!」
陽香はそう言って、強引に砂項にも準備からパーティまで参加すように言っておいた。
「……へーへー、隙にしてくれよ、もう」 諦めた砂項は、半ばふてくされながら同意していた。
列車がトンネルを抜けてきたのが見えた。
時間は、一時半寸前。
あの列車に乗っている事は確実だ。
『久司町駅ぃ~、久司町駅ぃ~』
アナウンスが到着を告げた。
ホームで待っていた彼女らから少し離れた車両から、帽子を被って、ワンピースを着た璃良が下りてきた。
「璃良!」
彩葉が手を振って駆け寄る。
瑠良のほうは、彩葉を見て驚いたようだった。
「え!? え、彩葉!?」
目の前まで来た少女を下から上まで見て、信じられないという表情をしていた。
「彩葉だよ、璃良! お帰りなさい」
ニッコリと笑って、彩葉は瑠良に言った。
「た、ただいま。ただいま、彩葉!」
瑠良は、荷物をその場に落として、彩葉の首元に腕を絡ませて抱きついた。
「うぉーーーー、ぐるじぃーーー……」
「ああ、ごめん、力入れ過ぎちゃった。 身体を離し、瑠良は心配げに彩葉の顔を覗いた。
彩葉は笑っている。
「こんにちは、彩葉さん。私、陽香。彼女の友達の一人よ? よろしく」
後ろで見ていた陽香が、そろそろ良いだろうと、挨拶してくる。
「陽香さん? よろしくね?」
瑠良は微笑んで、軽く彼女を抱いた。
「でも、あたしがここに来るってよくわかったね、二人とも。誰にも言ってないはずなんだけどなぁ」
二人は、目配せをして、笑った。
「え、なになに?」
釣られてにやけた瑠良だったが、自体がよくわかっていない。
「砂項さんが教えてくれたんだよ?」
その言葉に、瑠良は一瞬驚き、すぐに納得の表情になった。
「なるほど。あの人なら、わかりそうなものね」
「さぁさぁ、瑠良、寮に還ってきたんでしょ? 荷物置いたらさ、砂項さんのところに行こうよ」
「ん。なにかあるの?」
やたらと嬉しげな彩葉に、瑠良は思わず訊いていた。
「瑠良が還ってきたパーティーだよ?」
「な、何それ。ちょっと、恥ずかしいなぁ。大げさじゃない?」
「大げさじゃないよー!」
「それなら、あたしにも提案があるんだけどなぁ?」
瑠良はふと思い出したようだった。
「そういえば、彩葉、あたしの焼死体、見た?」
「見たよー! ものすごいショックだったよー!! 瑠良、生きてて良かった」
急に泣き出しそうになった彩葉に、瑠良は、口を開いた。
「実は、あたしも見たの」
「え? 何を!?」
「彩葉の焼死体」
「ええー!?」
「それで、ショックで一時、故郷に戻ってたんだけど……そっかぁ、お互いがみたのかぁ」
「なんか、砂項さんが言うには、思春期の一過性の幻覚のようなものらしいよ」
「そっかぁ、幻覚だったのかぁ。よかったー、あたしの可愛い彩葉が生きてて!!」
再び、瑠良は彩葉に思い切り抱きつく。
今度は彩葉はいくら苦しくとも、文句は言わなかった。
思いは同じなのだ。
「私も仲間にいーれて!」
外から陽香が、二人に腕を回してくる。
「何!? いや良いけど、陽香、突然!」
彩葉は、笑った。
「それじゃあ、砂項さんのところに行こうかしらね、皆の衆!」
陽香が明るく言って自然と三人は歩き出した。
空は晴天に晴れている。
彼等の足取りも軽く、コンクリートの影もぴったりと主にくっついて濃かった。
了