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第7話

 トラックに突っ込まれてひしゃげていたゲートは、鉄筋を溶接して、なんとか元の形にもどっていた。多少いびつだが。

 見張り台に上っていたメンバーの一人が、近づいてくる、妙な年齢の取り合わせな男女二人を目にした。

 彼等は、まっすぐゲートに向かってきて、目の前で、止まっている。

「……おい、ここは見世物じゃねぇぞ! それに、ヤリたいなら、どっかホテルにでもいってこいよ、おっさん!」

「……酷い言われようだな……」

 砂項は顔を上げて、彼を見た。 

「御殿場神社から来た。ドール・メーカーと話がしたい」

 見張り台の少年は、一瞬驚いたようだった。

「御殿場神社から、だと……ちょっと待ってろ」

 彼は携帯を出して、仲間に連絡を入れた。

 亨昭は、寮の一室で焼酎を飲みながら、調度、寝ようかとしている時だった。

 最近、どうも身体の調子がおかしかった。

 昼間、起きてても、半分の時間はどこか夢うつつで現実感がない。

 時折、記憶も消えていた。

 だが気にしなよう、彼は酒でごまかすことにしていた。

 そこに侶進がドアの前にやってきた。

「亨昭さん、起きてるか?」

「……ああ、おまえか。入れよ」

 寮内は元々廃屋ではあったが、一応、整理はしてメンバー分の人が住めるようにはしていた。

 だが、亨昭の部屋は、すでに人が住めるような空間では無かった。生活臭とゴミが、圧倒的に人を寄せ付けない空間と貸している。

 侶進は遠慮もせずに、靴のまま部屋にあがった。

 何を踏んで怪我や汚れが付くとも知れないのだ。

「どうしたんだ?」

 亨昭は自由になる左腕で、湯飲みに注いだ酒を口にしていた。

「御殿場神社から用があるっていう、人物が二人、来ているんですが、どうしますかね?」

 侶進は冷静だ。

 比べて、聞いた亨昭が苦い顔を見せる。

「御殿場神社とやらは、ドール・メーカーが燃やしたんじゃ無いのか?」

「いえ。そっちじゃ無いんです。どうやら、昔の神社の関係者のようで……」

 亨昭は酔いの回った頭で、その意味を考えた。

 あの図書館からの人間ならわかる。

 ドール・メーカーが焼いたらしいことは聞いていた。というより、ニュースになったので、犯人が彼だと勝手に推測していた。

 だが、御殿場神社そのものの使者となると、彼は、まったく相手の思惑を図りかねた。

 一応、いつものドール・メーカーと同じ格好をしてから、何も考える事が出来ないままに、彼は外にでた。

 ゲートのむこうから、ドール・メーカーの格好をした亨昭と侶進がちかづいてくると、お互いが顔のわかるところまできた。

「……おまえらか」

 亨昭は、二人を見て、気が抜けたように言葉を吐いた。

「なにが御殿場神社からの使者だ。ただの暇人の二人じゃねぇかよ!」

 初めて相手を見る侶進は何も言わずに様子を見ている。

「失礼だなぁ。御殿場神社関係者ってのは、本当だぞ?」

 砂項が抗議するような声を上げる。

「うるせぇよ! 何のようだよ!? 殺されにきたのか!?」

「あんたなんかに興味ないよ。俺は、ここに移されたあの祠の残りの箇所に興味があるんだよ」

「あー、あの辛気くせぇ祭壇か。アレがどうしたって?」

「池尋亨昭さん、あんたはまだ、正気かい? いや、殺人鬼に聞くのはおかしいけど、意識は保っているかい?」

「……どういうことだ?」

「あんたに興味はないが、ついでだから、教えておいてあげるよ。御殿場神社の祭神は抜け出たままだ。神社は祭神をほしがっている。

このまま、ドール・メーカーをやっていたら、あんたは最後、魂を取り込まれるよ?」

「ははは、何を馬鹿な事を」

 亨昭の顔をみた侶進の嗤いは、先細りして、最後消えていた。

 そこには、フード下で汗を垂らし、顔面を蒼白にした亨昭がいたのだ。

「……侶進、ゲートを開けてやれ」

 亨昭が言うと、彼は見張り台の少年に合図を送った。

「俺は行かねぇぜ。祠に行きたきゃ、勝手に行くんだな」

 開けられたゲートを通り過ぎた二人に、亨昭は言った。

 途中まで、中庭に来た砂項と詩稀だが、ふと、振り返った。

「どこにあるか知らないんだけど、その祠の場所」

 亨昭は侶進に顎で指示し、侶進は、集まり駆けていた仲間の一人に命じた。

「こちらです……」

 少年もどう対処して良いかわからず、敬語で先を行き、案内していった。

「よう、亨昭。やっと見つけたぞ?」

 喜びを押さえつけるような声が、ゲート前から響いた。

 見ると、五人ほどの男達が、閉まる前に、ゲートの奥へと進んできたところだった。

「何だ、てめぇら……?」

 亨昭は右手を緊張させて、相手をにらみつける。

「その格好、その声、その態度! ドール・メーカーを名乗って、殺人を繰り返した池尋亨昭だろう!?」

「だからなんだよ!?」

 叫ぶ相手に、御刳は警察手帳を一瞬かざした。

「刑事だよ、刑事! てめぇを始末に来てやったんだよ!」

「警察だあ!? ふざけてんじゃねぇぞ、コラ!?」

 一瞬、亨昭は振り返って砂項を見ようとしたが、すでに暗闇の置くに言ってしまって姿が消えていた。

「ふざけてんのは、てめぇだよ! あ、そこのガキども、手をだすなよ? ちょっとでも怪しい動きしたら、こいつと同罪で、殺しちまうかもれねぇからな」

 侶進は、二三歩後ずさり、最後は駆けだした。

「で、俺を逮捕するのか、刑事さんよ? たった五人しか連れてこないで、ちょっと、甘いんじゃねぇか?」

 亨昭は不敵に嗤った。

「馬鹿が。せいぜい喚いてろ」

 御刳がコルトを抜くと、それぞれ、背後に控えていた刑事達が拳銃を抜いた。

 合図も何も無い。

 いきなり銃声が連続して、夜の空を賑わしたかと思うと、何十発も放たれたそれは、急に沈黙した。

 亨昭は、体中に弾丸を喰らうと、衝撃で、後ろに吹き飛んでいた。

「はんっ、あっけねぇ」

 後ろを振り返り、軽く両手を広げてみせる。

 だが、彼の部下達は、驚いたような顔で固まっていた。

 ゆっくりと亨昭が上体を起こし、左手をついて、立ち上がったのだ。

 彼は深く息を吐いた。

「痛ぇ……痛ぇだろうがよおぉ、このクソどもが!!」

 亨昭は数十発の弾の形に焼けた穴が開いたコートをそのままに、右手を振った。

 自動的にスイッチが入り、二枚のチェーンソーが回転を始める。

「化け物か!? どうなってるんだよ!?」

 刑事の一人が叫んだ。

 亨昭は彼等に向かって駆けだしていた。

「落ち着け、防弾チョッキだろう、手足、頭を狙え!」

 我ながら、無茶な命令を出したと御刳は自嘲した。

 動く標的のそんな細かい部分に当てるなど、至難の業だ。

 残忍な笑みを見せて、亨昭は御刳の傍を敢えて通り過ぎた。

 後ろで銃を構えている刑事の塊の中に入りこむ。

 刑事達は、同僚に当たるのを恐れて発砲できない。

 中には、早々に拳銃を諦めて、ブラスナックルを手にはめた者もいる。        亨昭の右手のチェーンソーが、容赦なく振るわれる。

 それでも刑事達は、珍しいほどの反応速度で、亨昭の右手から距離を取りつつ、何とか懐に入ろうとする。

 御刳がドスを手に、亨昭の後ろから突きかかる。

 身体をひねるようにして、よけると、その後ろを押して、三人ほどに固まらせてよろけさせる。   

 そこに、亨昭はチェーンソーを振るった。

 悲鳴と血吹雪が吹き上がり、一人の刑事の肩口から、腹まで引き裂かれた。

 一人が犠牲になった隙に態勢を立て直した二人は、それぞれブラスナックルで、殴ろうとして、左手で受け払われ、ドスは確かに身体に届いたが、切っ先が表面の布から先に入らなかった。

 鉄板だ。そして、おそらくその下には鎖帷子をしている。

「クソが!」

 御刳が、亨昭の顔面をドスで狙った時には、すでにその場から離れて、新たなる獲物の身体を、チェーンソーで引きちぎっていた。

 絶叫も無かった。刑事は首を斬り飛ばされていたのだから。

 一方的な殺戮が始まった。

 御刳はすでに逃げ出していた。

 残った一人は、亨昭に髪をつかまれ、顔面に二本の穴を後頭部まで開けられて、絶命した。



 祠は事務員室にあった。

 割れた鏡の破片にはしめ縄が飾られ、どこから運んできたのか、古い人形達が部屋の隅々を埋め尽くしている。

「変わらないか……」

 砂項がつぶやいた時、部屋の隅で人影が動いた。

「……変わらさせるなんて、冗談じゃないわ!」

 現れたのは、凪佐だった。

 普通のスーツ姿なのは普段通りだ。

「なんだ、神官の格好でもしてるかと思ったよ」

 砂項が嗤う。

「女性が成れない事なんて知ってるくせに。あなたこそ、御殿場神社の神職の格好をしてないのね」

 凪佐が嗤い返す。

「神官の役目はあるが、祭りの日でも無ければ開店休業状態なんでねぇ、ウチ」

「なら、どうして、こんなところにまで来たのよ」

「一応、探偵じみた事もしてるからねぇ」

「どうする気? わたしはこの祠を守るためには、どんな犠牲も払うつもりでいるわよ」

「それは困るなぁ。無駄に人が死んで行くじゃないか」

「いいんじゃない? この祠はそのためにあるんだから」

「いい加減にしろ、凪佐! 確かにあんたの子は十六年前に死んだ。殺人鬼に、焼かれ、人形のような形で発見された。今やっているのは、供養なんかじゃ無い、呪いだ! ドール・メーカーみたいな殺人鬼を作って、それがあんたの死んだ子にとって何になると言うんだ!?」

「あんたなんかには、わからない!」

 それは、金切り声だった。

「ああ、ここまでする理由はわからないなぁ。

わざわざ、御殿場神社の異物の鏡を割って奪い取り、ドール・メーカーを作って同年代の子を襲わせて、挙げ句には、現実の殺人鬼まで出現させた。随分と、ひねくれちゃってるじゃないか」

「うるさいうるさい!」

 駄々っ子のように身体を抱いて左右に振ると、彼女は鏡のほうに向かった。

「さぁ、でてらっしゃい、出番よ」

 鏡の破片の中に、黒い影が覗き込むように現れる。

 ゆっくりと、身体が鏡から現れる。

 フードを深く被り、黒いコートを着てゴム長靴を履き、一斗缶を片手にぶら下げている長身の男である。

 身体半ばを鏡から伸ばして、砂項を見つめ、興味深げだが暗い笑みを浮かべている。

「見鬼の目をしているな……だが、それだけか……」

「そうかもなぁ」

 砂項は場違いなほど呑気に肯定した。

 次の瞬間、砂項は鏡に石を投げつけた。

 抜け出す途中だったドール・メーカーが映った鏡は、粉々に砕け、彼はうつ伏せに倒れた。

 身体の下半身を斜めに切断された姿で、ドール・メーカーは必死に身体を立ち上げようともがいている。

 だが、一斗缶から灯油を被りながら、見上げるのが、精一杯といったところだった。  やっと両手で、身体を起こすと、砂項が、詩稀に振り返ったところだった。

「詩稀!」

「あいよーまかせてー」

 何の意味があるのか、棒状の口調で返事した少女は、ポーチバッグから大量の鶴の折り紙を取り出して一気に中にばらまいた。

 すると、鶴たちはひとりでに翼を広げて羽ばたき、宙に浮かんだ。

 詩稀がバンと両手を鳴らして叩くと、鶴たちは炎に包まれる。

「いけぇ!」

 そのまま、ドール・メーカーに指さすと、炎の塊となった大量の鶴たちが、一気に襲い掛かった。

 灯油に引火し、一瞬、ドアからも炎が吹き出て、部屋は燃えだした。

 ドール・メーカーも、炎に包まれた姿で、ゆっくりと、砂項達に近づいてくる。

 凪佐は、燃える部屋を避けて、いつの間にか、二人の後ろのドア傍に立っていた。

「これで、終わりだな、凪佐」

「まだよ、まだそう簡単に終わらせないわ!」

 言って、凪佐はドアを閉めて鍵を掛けた。

「おい凪佐、なにしてる!? 正気か!?」

 砂項は、炎の暑さに腕で顔を覆いながら叫んだ。

「もう、砂項!」

 詩稀が腕を上げて、部屋を半分炭化させた炎を巻き上げた。

「だめだ、詩稀、やめろ!」

「でも!?」

「駄目なんだよ!」

 珍しく強い口調で言われ、詩稀は炎を凪佐にぶつけるのを諦めた。

「ふふ、まさか、詩稀ちゃんにそんな能力があるとはね」

 どこか楽しげに、凪佐は言った。

「あたしは、詩稀で式。それも式の支配者たる、砂項の式の女王よ!」

 凪佐は一瞬驚いた様子を見せたが、納得したような表情になった。

「なるほど。それで、ほとんど家にいて、砂項にひっついて歩いていた訳ね……」

 そういった瞬間、脇からドアを破ってチェーンソーが二本飛び出して来た。

 驚いて、凪佐がドアから飛び退くと、チェーンソーはジグザグにドアを切り刻み、最後、中に吹き飛ばされてきた。

 一斉に、三人は部屋から駆け出す。

 皆、服は焦げて軽く火傷をし、煤まみれだった。

「あぁ? おまえら、俺を無視してんじゃねぇよ!!」

 亨昭だった。

 彼は、返り血で真っ黒になったコートを着て、フードを真ぶったままの姿は、まだドール・メーカーのものだった。

 凪佐の姿はいつの間にか消えていた。

 廊下には、砂項と詩稀だけが、荒い息で、窓側にもたれている。

「何だよ、おまえ。まだ生きてたのかよ……」

 砂項は亨昭にヘラヘラと笑った。

「へっ、おまえの仲間の刑事は、みんな殺してやったぞ? 一人逃がしたがな。で、ここ燃えちまったが、どうなってるんだよ!?」

「そうだ、燃えちまったよ。祠も本物のドール・メーカーもね。奴はもう、この世には存在しない」

「なんだと、それはどういう意味だ!?」

「つまり、あんたはただの殺人鬼になっちまったってことだよ」

 亨昭は、燃えている部屋に一瞬、目をやってから、二人にもどした。

 表情から生気が無くなっている。

「待てよ、待てよ、待てよ!!」

 彼は今にも泣きそうな情けない声を出した。

「ドール・メーカーが死んだだと!? じゃあ、俺はどうなるんだよ!? 本物のいなくなった、元偽物でしかない人間は、どうなるんだよ!?」

 砂項は、ため息をついた。

 代わりに、詩稀が口を開く。

「あなたはただの殺人鬼でしかなくなったって事だよ」

「まぁ、全ての罪が、あんたに被るだけだ。安心しなよ」

 砂項の皮肉に、亨昭は顔を歪ませた。

 そして、うつむくと、しばらく無言だった。

「……クックックックック……」

 肩を揺らして、低い声を出す。

 泣いているのかと、一瞬二人は思ったが、顔を上げた亨昭は、不気味に嗤っていた。

「良いじゃねぇかよ。良いよ、問題ない。おれが、ドール・メーカーになってやるよ!まずはなぁ、おまえらからだ!」

 亨昭はチェーンソーを振り上げると、どちらともつかづに二人に駆け寄った。

 動きは大仰なものだった。

 詩稀は、素早く飛び込んで、払いと同時に足を絡ませ、抱え込んだ。

 前のめりに倒れる。

 詩稀は自分の二本の足で、相手の足を挟み、抱え込んで固定した足首を両手で逆の関節に曲げる。

 亨昭は、声も出ないで、床を叩いた。

「残念ながらねぇ、おまえにも死んで貰うほうが楽なんだよ」

 ポケットからリヴォルバーを握って取り出した砂項は、銃口を亨昭の鼻先につけた。

「へっ、へへっ」

 亨昭は、奇妙な嗤いをした。

 命乞いをしようとしたのか、己の境遇に自嘲したのか、それともこの後に及んで、相手を馬鹿に仕切った嘲笑だったのかわからない。

 砂項は引き金を引き、銃声とともに砂項の後頭部が吹き飛んだ。


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