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第4話

 珍しく登校して、休み時間にボーとしていた陽香に連絡がはいっった。

 内容は、紅蓮連合を裏切ってた一団がいるというものだった。

 陽香は紅蓮連合に知合いがいるというだけで、メンバーでもない。。

 気にするようなことではない。たかが紅蓮連合の仲間割れでしかない。

 そう思って、残りの授業を寝て過ごす。

 学校が終わると、また連絡がきた。

 紅蓮連合から割れた十数人が、行方不明になったという。

 まさか、消された?

 他人事ながら、突然、意味のわからない伊報告を受けて、彼女は軽く混乱した。

 だが、そんなこともすぐ忘れ、いつも彩葉と待ち合わせている、駅前のクレープ屋に向かった。

 彩葉は浮かない様子で、一人クレープを食べながら奥の席に座っていた。

 待たせたかな?

 陽香は時計を見る。

 学校帰りとしては、普通の時刻だ。

 こうして、二人でいるときは、ドール・メーカーの作った死体を見ないで済むんでいた。

 しかし、この間の彼の襲撃である。

 伊左衛門がいたから良かったが、まさかの展開だった。

 陽香は、綾葉のテーブルに座った。

「待たせた?」

「んーん」

 言いつつも、クレープは半分になっていた。

「なんかねぇ、砂項さんが用事あるみたいで、会いに来いって」

「電話じゃ無理なのか」

「あー、電話苦手らしいよー」

 彩葉は呑気に行って、陽香がクレープを頼むか訊いた。

「いや、砂項さんところ行こうか」

 二人はバスに乗りこんだ。

 住宅街にある、白い家に着くとインターフォンを押す。

『あ、二人とも! ちょっとまっててねー」 詩稀の声がマイクから放たれたあと、パタパタと玄関まで駆けてくる足音が聞こえた。

 ドアが開かれると、ニコニコした明るい表情で、二人を迎えた。

 タンクトップにハーフのサルエルパンツ姿だ。

「砂項はリビングにいるから、まっすぐねー」

 言いつつ、彼女は先導する。

 砂高は、藤の椅子に座って、ぼんやりとリビングを眺めていた。

 テーブルには、コーヒーが半分ほど飲まれたままのカップが置かれている。

 サマーセーターに、ハーフパンツを履いて、完全にリラックスしている。

「ああ、何してるの? 座ってよ」

 振り向いて、ドア口に並んだ三人に、砂項は笑った。

「どうしたんですか?」

 まず口を開くのは、陽香だ。

 彩葉は元々の引っ込み思案で、未だなかなかに喋られないでいた。

 二人は砂項の返事を待ちながら、ソファに腰掛けた。

 詩稀はテーブルの端でフローリングの上にそのまま、あぐらをかいた。

「ドール・メーカーのことでね」

 多分、というかそれ以外は無かったが、ドール・メーカーの名前を出された時、二人は緊張した。

「陽香さんは、何か最近変わったことはなかったかい?」

 砂項は、年下の重大にもさん付けする。

「えっと、得には……」

 バスでの襲撃事件の一部始終は、家から電話で伝えてあった。

 依頼、数日は目立った変事はおこってはない。

「いや、ドール・メーカーが予想外の行動にでてねぇ……」

「予想外?」

「簡単に言えば、仲間というか、部下というか、そんな者を作った」

「え!? あの殺人鬼じゃなくてですか?」

「うん、それとは別に」

 砂項は頭をかいた。

「はっきり言っちゃえば、ドール・メーカーは怪異だ。それが、目的のために手段を変えたり、発明したりするはずはないんだけどさぁ……」

「どんな相手が?」

 陽香が聞いた時、詩稀が思い出したように、キッチンから、コークを二人に持ってきた。

 礼を言って、クーラーの効いた部屋で、受け取り、テーブルに置く。

 彩葉は、そのまま一口飲んで、げっぷを我慢した。

「紅蓮連合の若い奴らだよ」

「ああ……」

 調度、陽香に裏切った連中がいると知らされたばかりの話だった。

「何か聞いているのかい?」

「ええ、割れた一団がいるって」

 簡潔に答えた。

 砂項はうなづいた。

「しかし、参ったな。暴走族を取り込んだんじゃ、出現通路が一気に広まってしまう」

 悩ましげに言った砂項に、彩葉が口を開いた。

「あの、思ったんですけど……」

 自分から喋り出すのは珍しいので、一同は沈黙して視線を向ける。

「怪異って言ってましたが、あたし、今まで何度もドール・メーカーに会って、滅茶苦茶な死体を見せつけられて……でも、直接に危害を加えてきたのは、あの殺人鬼なんですよ」

 一息ついて、彼女は続けた。

「それで、砂項さんが色々やってくれてるのは知ってるんですが、この際、こちらから何かアクションを仕掛けられないかなって思いまして…」

 半ばうつむきながらの言葉だったが、聞いていた砂項はニヤリとし、陽香は驚き、詩稀は楽しそうな表情になった。

「こちらからのアクションね。それはいいな。いままで、どう避けるかしか考えてなかったんだから」

 砂項はうなづいて、彩葉の提案を歓迎した。

「でも、どうやって?」

「それはこちらで考えて処理しておくよ。今日はありがとう、二人とも」

 早々と、陽香と彩葉を帰した砂項は、上機嫌な様子だ。

「どーしたー? 名に一人で嬉しそうな顔してるのー、気持ち悪いよ?」

 自分のコーラを飲む前に詩稀がコップで響かせた声を投げかけてくる。

「いやぁ、別に。色々あるんだよ」

「ふーん。でも砂項は、喧嘩沙汰みたいのは嫌いだったよねぇ」

「それのことじゃないな。話が一つ解決したって感じさ。さぁ、詩稀、おれはちょっと昼寝するから、六時頃にでも起こしてよ」

 砂項は立ち上がった。

「えー何考えてんのさぁ、暇じゃん!? あたしが暇じゃん!?」       

「じゃあ、どうしろっていうのさ」

「遊んで!」    

 上目遣いで、お願いという感情を溢れるようにして、詩稀は訴えた。

「寝るよ。起こしてね」

 脇をすり抜けて、砂項は私室に向かった。。

「え、ちょま!? 鬼! 悪魔!」

 砂項は手を振りつつ、姿を消した。



 亨昭は作業用のベッドで目が覚めた。

「主任、患者さんがお目覚めです」

 看護婦とおぼしき女性が、奥の部屋に声を投げかける。

 その部屋は、病院にしては雑然としすぎていた。

 医療道具だけでは無く、正体不明の機械や鉄屑などが散乱している。

 ベットのシーツもかなり汚れて、衛生という概念などあるのか疑問を持つ前に、無いと断言できる環境だった。

「……まったく無理難題もいい加減にしてほしかったな。まぁ、何とかできたが、調子はどうだ?」

 眼鏡を掛け、ボサボサの髪で年配の男は、一応白衣を着ているが、汚れ放題の上に火の点けたタバコを咥えている。  

 亨昭は、身体からしびれがゆっくり収まってくるなか、自分の右腕をゆっくりともちあげてみた。

 肘から少し残った下腕は、二枚のチェーンソーが付けられていた。

 左手で付け根のボタンを押すと、獰猛といった勢いで刃が高速回転する。

 亨昭は上機嫌になるのを押さえて、壁近くの人体模型に掛けられていたコートを見た。

「あー、そっちは悪くなさそうだな。で、コートだが……」

「はい先生」

 視線をうけた看護婦が、状態を起こした亨昭に腕を通してやった。

 右袖には、革の手袋をした腕の精巧な複製が縫い付けられていた。

 ベットから降りて、その腕をまじまじ眺めた亨昭は、中で腕を動かした。

 すると、革手袋をはめた手が炎に包まれた。

 燃えるなかで、手は開いたり握ったりの動きを繰り返す。

 炎が消えた。

 亨昭は満面の笑み、にしては暗い凶悪な表情を浮かべた。

「完璧だ。よくやってくれた」

「……金さえもらえれば、何でもやるよ、ウチは。ああ、壊れたらちゃんとウチにもってくるんだぞ。変なところに持ち込んだって、私のの機械がわかるとは限らない」

 医者らしき男が淡々と言うと、亨昭はうなづいた。



 深夜、人影の少ない公園で、男と、バイクを傍に置いた少女の姿は目立った。

 辺りに大量のバイクのエンジン音が鳴り響びくと、余計な人物は公園から姿を消した。

 だが、男はそのまま池の畔に立っていた。 紅蓮連合の一部が公園の中まで乗り込み、男のそばまで来る。

 彼等が見たのは、同じメンバーでまだ十四歳の少女が未だわずかな炎の中で肺臓を引き出されて、横たわっている姿だった。

 紅蓮連合のメンバーの数人が、凄惨な死体をみて、その場で吐き出した。

「……てめぇ、自分が何してるのか、わかってるのか……!!」

 彼等の中から、一人が怒りと恐怖にとりつかれた男が、半ば怒鳴る。 

 亨昭はフードをかぶったコート姿で、口角をつり上げた。

「……もちろん、わかってるさ。紅蓮連合さん達よ。おれはおまえらに用があったんだ。だから、このガキも、連絡を取るまで殺らなかった」

「うるせぇ、てめぇぶっ殺す!!」

 一人がバイクを捨てるようにして、亨昭に走り込みだすと、他の連中も続いた。

 亨昭は、振り返って軽く顎をあげ、だらりとした腕のままだった。

「おい、待てよ。俺は話し合いに来たんだぜ?」

 言いつつ、一人が突き出したナイフを一歩横に足を出して身体をひねり、よける。

 バランスを崩した彼の後頭部に右手を叩き付ける。

 まだ仕掛けを動かしてないとはいえ、重量のある衝撃は、相手の意識を一瞬吹き飛ばすに十分だった。

 千鳥足ですり抜けて言った刈れば、そのまま歩道に座り込んでしまった。

 二人目、三人目が殺到して、亨昭は不気味に嗤った。

「ガキどもが! 話を聞けと言っているだろう?」

 だが、彼等は聞く耳を持たない。

 向かってくる男の襟首を掴んで強引に引き寄せ、右手で数度顔面を殴る。

 彼を放り投げると、次の相手の振り込んできた拳を外側から巻くようにして、避けつつバランスを崩させて、喉元に膝を叩き上げる。

 一瞬で三人を歩道に倒し、亨昭は残りのバイクのぞばに残っている男達に向き直る。

「いいかコラ、これから紅蓮連合は、俺の言うことに従って貰う。文句があるなら、幾らでも焼死体にしてやるぞ!」

 一人、冷静に見ていたライダーズジャケットの男は、戸惑う周りの仲間のなか、ポケットから携帯を一つ取り出して、亨昭に放り投げた。

 空中で受け取ると、男は言った。

 彼はバイクにまたがると、真後ろに方向転換して、走り出した。

 残りの連中も続いていった。

 亨昭は一人、下品な笑みを浮かべた。

 会社は、右腕を失った時に辞めていた。

 車のローンに、クレジットカードの支払いがだいぶ溜まっていて、金に困っていたのだ。

 紅蓮連合からの上がりをいただけるとなれば、そんな小市民な借金など、すぐに帳消しにできるだろう。

 それに、彼等は陽香と彩葉の関係者だ。

 一石二鳥とは、このことではないか。



 事務所に、ふらりと御刳がやってきた。

 砂項がリビングに入れると、早速かれは、ビールを要求した。

「まだ昼間だろう」

 言っている砂項の目の前のテーブルには、スコッチウィスキーの瓶と、琥珀色の液体が入ったグラスが一個、置かれていた。

「おまえに言われたくないよ」

 詩稀が黙ってコーラのボトルとコップを持って、テーブルに着いた。

 ソファには御刳だけが座っている。

「あんたまだ、ハブられ捜査なの?」

「そうだよ。とりあえず、この前のバスの鑑識結果がでて、殺人放火の事件の線で追うことになったが、俺のところには、声が掛けられねぇ」

「ドール・メーカーの事件はどんどん増えてるじゃないの」

「それでも、俺は蚊帳の外さ」

「なんでなんだよ。ハブられるのも徹底してるでしょ、それ」

「あー、どうなんだろうな」

 御刳は自嘲した。

 実際、ドール・メーカーの犯行は久司町でエスカレートしていた。

 まるで、今まで彩葉に相手だけして沈黙していたのを、取り戻すかのように。

「どうも何も、紅蓮連合とツルんでるからでしょう? 署にもバレバレでこれからどうするのさ?」

「おや、その情報は砂項さんところにも行っていたか」

 驚きもせず、淡々とその真似だけはする。

「ツルん出るわけじゃ無くて、管理・厚生だよ」

「そんなもん、少年課にまかせておけばいいでしょうに」

「人手不足でね」

 砂項は、あっそうと、冷たく返事をする。

「そういやな、鑑識結果ででた犯人像の男が、紅蓮連合に接触したそうだ」

「ほう……」

「ドール・メーカーだよ。そう判断する材料が多すぎた」

 彼は、陽香と彩葉がバスでドール・メーカーに模した男に襲われたと、連絡は受けていた。

「決定打に、燃え多田とは言え、炭化まで行ってない右腕が残っていた。まぁ炭化してもしらべられるんだけどな」

「調度いいじゃん。犯人に取られるか、あんたが取るか。有利な勝負じゃないか」

「それで、来た」

 御刳はビールをあおって、息を吐いた。

「結局、あいつは何なんだ? おまえがご執心なのは雰囲気でわかるが、あいつは怪異じゃないだろう?」

「あんたが、追ってるのは、ちがうよ。ただ、怪異は出た。本当なら誰も気にしないままに過ごす輩だけど、妙に感受性が強い子がいてね。その子が怪異に会ったんだよ」

「で、おまえは呑気に、昼間からスコッチかよ」

 砂項は苦笑した。

「なんかさあ、現実のドール・メーカー名乗る男のせいで、多少事態が混乱してるんだよ。

本来は、そんなに騒ぐ程のものじゃないのにね。もしかしたら、怪異のほうが、混乱してるかも知れない」

「ほー。俺は怪異なんて知らんがね」

「せっかく来たんだ。ちょっと手を貸してくれ」

「ああ?」

 御刳は、露骨に面倒くさい顔になった。

「そんな顔しないでよ。なに、簡単なことだよ」

「あー、いいけどよ」

 御刳は承諾した。

 彼等の横では、コーラで酔ったフリをしている詩稀の姿があった。

「詩稀、おまえにもね」

 言われた少女は、パッと表情を明るくして、首をカクンカクン言わせながら、うなづいた。



「来たよー!!」

 学校の寮だった。

 見たところ中学生の少女が夕方、水色の肩だしのブラウスとホットパンツ姿で、ドアの前に立ってインターフォンを鳴らす。

 中から出てきたのは、彩葉だった。

 黒いノースリーブシャツに、黒いボトムをはいている。

「あれ、詩稀ちゃんじゃない。一人? めずらしいね」

「うん。ちょっと、遊びに来た」

 わずかに照れつつ、満面の笑みを彩葉に見せる。

「かんげーかんげー! さぁ、入って」

 キッチン別のワンルームに入ると、クーラーが効いていた。

「アイス食べる? ジュース飲む? 両方いっちゃうー?」

 先にソファーに座った詩稀に、彩葉はキッチンから声を投げかける。

「両方いっちゃおーかー!」

「オーケー!! その代わり、お腹壊さないでね」

「あ、あたし砂項から鉄の胃袋って言われてるから大丈夫!」

 軽く自慢げな様子を見せて、アイスを受け取り、コップがテーブルの上に置かれた。

「遊びに来てくれて、嬉しいよ、詩稀ちゃん」

 言われ、詩稀は照れたような笑みを浮かべた。

「彩葉は何してたの?」

 年上を呼び捨てにするが、呼ばれた本人は気にしている様子は無い。

「あー、ゴロゴロしてた、かなぁ」

 苦笑いしつつ、アイスを囓る。

 しばらく、詩稀が砂項の普段の悪口や不満を言って、彩葉を笑わせてせていた。

「そんなこといって、詩稀ちゃん、砂項さんのこと好きなんでしょ?」

「えー、べっつにー」

 横を向いて口をとがらせると、彩葉は微笑んだ。  

「いいなぁ、詩稀ちゃんにはそういう人がいて……」

「ん? 彩葉にはいないの? お父さんやお母さんは?」

 アイスから口を離して、詩稀は訊く。

「んー、あたしはねぇ、この町に逃げて来たから……」

 彼女の雰囲気を読んでか読まないでか、詩稀はうんうんとうなづいた。

 促されるように、彩葉は続ける。

「実はね、あたしの実家、とても家とか言えるところじゃなかったの。あまりに酷すぎてね」

「ふーん、そんなに酷かったんだ。良かったね、こっちに来れて」

 ニッコリとする詩稀が手のひらを差し出してだしてくると、彩葉は音を立てて、手を叩いた。

「いぇーい」

「いぇーい」

 ゲラゲラと、詩稀は笑う。

 明るい子だなと、彩葉は冷静な部分で思う。

 多分、砂項や父親の麻鹿とかいう人のおかげなのだろう。

 比べて自分は……。

「夕飯食べていく、詩稀ちゃん」

 詩稀は首を振った。

「今日はあたしが食事当番なのよねー」

「へぇ。詩稀ちゃん、料理出来るんだ!?」

「任せて。得意なのは、ぶり大根!」

「おおおお!」

 どやと腕を見せる詩稀に、彩葉は小さく拍手する。

「あー楽しかった。またくるね」

 詩稀が立ち上がる。

 六時半を過ぎたところだった。

「うん。楽しみに待ってるね」

 二人は、笑顔で別れた。



 詩稀はバスに乗って、寮から自宅の住宅地近くで、降りた。

 辺りは静かで、風が生暖かい。

 詩稀は、携帯で砂項に帰ると伝えるために、番号を押した。

 だが、繋がらない。

 この番号は使えないというナレーターの声が流れてくるだけである。

 間違えたかと、確認してみたが、確かに砂項の携帯番号だ。

 詩稀は、携帯から顔を上げた。

 周りの町の様子が、どこか印象か印象と違う。

 降りる駅も間違った訳では無い。

 この時間帯だというのに、辺りから生活感がまるでないのだ。

 詩稀は急に不安になった。

 自分の家まで軽く駆けだしたのが、全力疾走になる。

 その眼前の街灯が、まるで誘導灯のように彼女の走る先を、二列に瞬き灯って行った。

 この道は違う。

 詩稀は走る足を緩めて、辺りを見渡した。

 いつの間にか違う道に入ったらしい。

 無我夢中でいつのまにか、街灯に誘導されたらしい。

 詩稀は己の間抜けさを荒れた息の中で吐き出すと、とぼとぼと、正しい道のりまで戻りだした。

 頭上から明かりを下ろしてくる街灯は、まるで永遠のように暗い夜道に続いていた。

 まさかと思ったが、詩稀は迷ったようだった。

 携帯をとり、再び番号を入れるが、通じない。

 諦めて、ゆっくりと家への道を探すことにした。

 詩稀はほとんど外に出ないために、住宅街から、駅までの道は、四本ぐらいしか知らない。当然、全て繋がっている。

 急に冷たい風が彼女に吹き付けた。

 その先を見ると、街灯の列の下に一人の人影がゆっくりと、こちらに向かってくるのがわかった。

 助かった。道が聞ける。

 詩稀は、安堵して早足だった歩を緩めた。

 まだ小さかったが、姿を判断出来る距離まで来ると相手が、左手に何か長方形の箱をぶら下げているのがわかった。

 直感から確信になるまで一瞬だった。

 彩葉や砂項達が言っていた、ドール・メーカーだ。

 ただ、辺りに彼が残していくという、焼死体の姿が無かった。

 足は勝手に詩稀の意思とは違って、まっすぐに進んで行く。

 今すぐにでも脇道に走って曲がりたいのにである。

 身体が思うように動かない。

 詩稀に恐怖が溢れんばかりに沸いて出てきた。

 ドール・メーカーは、ただ死体を見せるだけでは無かったのか?

 詩稀と彼は、すぐ、三十メートルほどの距離まで、近づいた。

 やっと、詩稀は強制された歩きから、解放された。

 だがそれは、この距離ならば、彼は相手を逃がすことは無いという事だろう。

 詩稀が聡く相手の行動を読むと、フードの下で、男は口角を引きつり上げる笑みを見せた。

「やあ、お嬢ちゃん。今回はめでたい日でねぇ。一緒に祝ってくれないかな?」

 うそ寒い低く湿ったような感触のある不気味な声を発した。

「……いつものケーキはどうしたの? あなたドール・メーカーでそれが職業よね?」

 詩稀は勇気を振り絞って、軽口を相手に浴びせる。

「ほう。言うじゃないか。おかげさまで、人形作りは終わりさ。一瞬、身体が自由にならなかっただろう? 私も以前まではそうだったのだよ。だが、見ろ」

 ドール・メーカーは両手を広げた。

「動けるんだ。自由にな」

「……意外とよく喋るんだね、あんた」

「ああ、気分が良いからな」

 彼は一斗缶を持った手を下ろし、革製の手袋をした手を、改めて握り直した。

 詩稀は危険を感じて、一歩後ろに下がった。

 ドール・メーカーは一斗缶を路上に置き、詩稀にゆらりと近づいてきた。

 軽く持ち上げた両手に、青白い炎が現れた。

 その時、詩稀の真横から、白い輝きが瞬いたかと思うと、ドール・メーカーの眼前に着物に陣羽織を羽織った男が立ちはだかった。

「……伊左衛門!! ついてきてくれたのね!?」

 ドール・メーカーは回した手で炎の壁を作り、彼の踏み込みを止めていた。

 半端な格好になった伊左衛門は、刀を振りかぶったまま、ゆっくりと正眼に戻す。

「やぁれやれ。遅いなーと思ったんだよねー」

 背後から呑気だが、懐かしくも胸にしみる声がした。

「砂項!!」

 振り向いた詩稀は、満面に喜色を浮かべた。

 タンクトップにハーフパンツ、サンダルという姿だったが、詩稀はすぐに飛びついた。

「おおぅ。詩稀、無事だったな。よく耐えた」

「怖かったよー……」

 胸の中で、詩稀が泣き出す。

「もう大丈夫だよ」

 その頭に手を置いてやりつつ、砂項はドール・メーカーから目を離さなかった。

「……自由に動けるとはいえ、俺だけじゃないということか……」

 ドール・メーカーは舌打ちしたらしい。

 そして、次の瞬間には姿を消していた。

 町の街灯が一斉に灯り、家々に生気が戻る。

「逃げたか……」

 砂項は辺りの様子を見て、つぶやいた。

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