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第3話

「俺のところになんか来て、同僚に嫌な顔されないの?」

 砂項は、ジャケットを脱いでくつろぐ青年に、詩稀が作ったアイスコーヒーのグラスを渡した。

 リビングで、平日真っ昼間である。

「ああ、ありがとう詩稀ちゃん」

「いいえー」

 一緒に戻ってきた少女は、砂項がソファの向かいに置いた藤の椅子に座ると、その横にあぐらをかいた。

賀頭御刳かとう みくりは二十九歳歳。久司署捜査一課の刑事だった。

「おめーのところに来たら、必ず何かヒントがもらえるからな。そんなもん、関係ねぇわ」

 アイスコーヒーを一口飲んで、御刳は威勢良く言う。

 短めの髪に、太い眉、鋭い目つきだが、そのくせ身体の線が細い。

「御刳のおにいさんは、いつも砂項に甘えてるんだね」

 詩稀がニヤニヤする。

「甘えてるとは失礼な」

 気分を害した様子もなく、御刳は軽く笑う。

 どこか大仰な雰囲気を持った男である。

 おかげで、部署では無駄に態度のでかいと、それだけで疎まれているいる。

 今度もなにか無理難題を振られたらしい。

 やれやれといった様子を時折見せつつ、リビングでくつろいでいた。

「ヒントねぇ。何が知りたいのかわからんで、ヒントとかいわれてもねぇ」

 砂項はとぼけているわけではないが、どこか上の空な口調だった。

 ただ、御刳はそれがいつもの様子だと知っているので、敢えて指摘はしない。

 代わりに言ったのは、本題だった。

「とりあえず、ドール・メーカーだ。クオリ社のほうは、相手にもされなかったからな」

「ドール・メーカーの何が訊きたいんだい?」

「全てだよ、全部」

 砂項は、わざとらしく詩稀の顔を見下ろした。

「こいつ、鬱陶しいよなぁ、ほんと」

「あ、あたし、実際に塩撒いてみたい!」

「まぁ、まてや」

 御刳は笑って、ポケットから財布を出した。

「ちゃんと、今時、協力費を払ってやるから、な?」

「プラスー、依頼費ねー」

 詩稀がニコニコして、手を差し出した。

「ちょっと、ちゃっかりしすぎてねぇか?」

 渋々と御刳は財布を取り出す。

 詩稀は、そのまま勢いよく御刳の手から折り畳み型の財布を奪った。

「おい、こら……」

 部屋の隅まで逃げた詩稀は、満面の笑みをたたえて中身に一瞬目をおとす。

「どぞー、砂項。協力してあげて、お願い」

「何しおらしくしてるんだよ! 跡で返せよ、財布!」

 ニヤリと笑っただけで、詩稀は返事をしなかった。

「まったく、しょうがねぇのがいるもんだなぁ」

 そういう御刳は、詩稀に甘い。

 砂項に向き直って、テーブルに片手を置く。

「さあ、遠慮無く吐いて貰おうか?」

「……そもそも、ドール・メーカーなんてものは、存在しないよ」

「は? 何言ってんだ? これだけ世間を騒がしといて、いませんよって言われて納得できんわ」

「それは、最近出てきた殺人鬼のドール・メーカーだ」

「じゃあ、いるんじゃねぇか」

 御刳は、何が言いたいのかとせかす事はせずに、呑気にソファの上で構えている。

「現実のほうは、あんたのお仲間が捜査中だろう?」

「じゃあ、何かどこかでドール・メーカーじみた奴がいるってことか?」

「正確にはそうなる」

 御刳は頭をかいた。

「面倒な話だな。混乱する」

「なに、単純だよ。ある少女が、異界を作った。そこにたまたまいた暴れん坊が、騒いでいるんだ」

 突飛なことを言われても、御刳は驚かない。 こういう男だし、何より過去、自分が助けられている。

「へえ。で、異界がどうたらで、おまえは見てるだけなのかい?」

「お手伝いぐらいはできるよ。ただ、これは彼女の問題だ」

「はいはい。で、おまえは手伝うのか?」

「少しはね」

「殺人鬼に関係が無いじゃねぇかよ。しかも個人的問題とかいわれちゃ、俺の飯の種が全くない。愉快すぎてへそがヤカン食っちまうわ」

「見たい!」

 詩稀が目を輝かす。

「あやだよ、ただの言葉のあや!!」

「なんだよ、つまんない」

 再び、詩稀は黙った。

「一つ、懸念があるとすればねぇ……」

「あ、なんだ?」

 砂項は、つまらなそうな表情になった。

「まさかと思うが、そのドール・メーカーが模倣犯だった場合だよ」

「……なんか飛躍してわからんな。少女の個人的なことで、模倣犯か?」

「そういうことだねぇ」

「ちょっと、その少女とか言う子の連絡先と住所を教えろよ」           

「あー、機密事項だから無理」

「そんなもんは、権力ある奴にしか通じないんだよ、砂項君」

「こっちも、仕事上の信用がかかってる」

「なら、事件に首突っ込むんだな。こんな事務所で、知らんぷりしながらのほほんとしてないで」

「俺が捕まるじゃん」

「大丈夫だ、俺の協力者ってことにしてるから、問題ない」

 確かに、そうなであれば何も問題は無い。

 だが、砂項は、まだ逡巡している様子だった。

「なに迷ってんだよ。あっちだかこっちだか異界だかしらんが、どっちかの捕まえりゃ、芋釣り式にどっちかも捕まえられるだろう?」

 幼稚園児の絵のような単純さと複雑さが入り交じった暴言といって良い事を吐いて、御刳は得意然としている。

 砂項は頭をかいた。

「いや、駄目だねぇ。両方が連動してるわけじゃないから」

「面倒くさい話だなぁ」

 アイスコーヒーを飲み尽くして、苦虫をかみつぶしたような顔をする御刳。

 砂項のところに来れば、さっと彼が動いて事件解決もスムーズに行くとでも考えていたのだろう。

「この事件は俺の事件じゃない。依頼者のモノだ。できるだけ、依頼者の手伝いはするが、直接どうにかするべきことじゃない」

「なに難しいことののたわってるんだよ」

 御刳はやや、呆れたようだった。

「とりあえず、もう殺人を行ったドール・メーカーのほうを探すんだね、やるなら」

「役立たずめ」

 御刳は、大きく息を吐いて、リビングを出て行った。



 図書館からの帰り、彩葉と陽香の二人は、路線バスの最後尾に座っていた。

 まだ夕刻まで時間がある。

「なに、結局は埋め立てたお偉いさんがわいってわけなのかな?」

「それを言っちゃぁ……」         陽香の極論に、彩葉は苦笑いをする。

「あ、そうだ、帰りにアイス食べてこ、アイス」

 陽香は明るく提案した。

「いいねぇ」

 彩葉はうなづく。

 社内には、他に老若男女が七人ほどのっていて、車体を揺らしながら住宅街を走っていた。

 新たな停留所に止まったが、運転手が乗客に、不審なところがあるのを、見た。

 手に革の手袋をはめて、フード深く黒いコート姿で、一斗缶を左手にぶら下げている。

 運転手は確信も無いために、変わった客だと判断することにした。

 だが、それが甘かった。

 運転手はいきなり、胸に深々とナイフを刺されて絶命した。

「え、まさか……」

 彩葉は、恐怖で席に固まった。

 乗客が悲鳴を上げた。

 次々と車内から降りて、逃げ出す。

 陽香は、男と彩葉を見比べたあとに、すぐ、自分たちも車外にでようとして、立ち上がっる。

 だが、コートの男は、すでに車両の後部までやってきており、彼女らの通路を塞いでいた。     

「よぉ。たしか、彩葉っていったか……」

 男は低い声で、小柄な彼女を見下ろした。

 彩葉はまさかと思った。

 今までドール・メーカーに直間接的にでも接触したのは、夜に一人で外に出たときだけだった。

 こんな昼間に直接、会うとは思いもしていなかった。

「あんたが……」

 陽香も事態を察する。

「あー、誰だおまえ? まぁ、いいか。ついでだ」

 一斗缶を床に置き、男は革の手袋をはめた右手に、もう一本、ナイフを握った。

 左手を伸ばして、狭い通路で彩葉の肩を掴んだ。

 彼女は完全に硬直して動けない。

「最高の人形にしてやるよ」

 男はニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 ナイフを持った腕を振り上げる。

 瞬間、そのまま、二の腕が飛んだ。

 気づかなかったのか、上腕だけが、彩葉に向かって下ろされるが、当然、空を切る。

「……ん」

 男は自分の腕が無くなったのと、車両の椅子の上に落ちた自分の上腕を目の隅で同時に見た。

「うぉ!?……うぉぉぉぉっ!!」    

 残った右腕をかき抱きながら、前屈みになりつつ、彼は後ろを振り向いた。

 そこには、刀を構えた侍が、薄い姿で立っていた。

「……な、何だよこれ!?」

 その隙に、彩葉は陽香の手を取って、バスの腹部にある扉から駆け出た。

 必死になって街路を滅茶苦茶に走り、息が切れたところで、辺りを見渡しながら、二人は歩を緩めた。

「伊左衛門だったね……」

 陽香は、畑がちらほら見える民家が並んだ道で、とぼとぼとした歩調になっていた。

「うん、いてくれたんだね」

 彩葉が安心するかのようにいうと、目の前に侍があらわれて深く一礼すると、また消えた。               

「あ、まだいてくれてた」

 陽香は楽しげに声にだし、彩葉はうなづいた。

 狭い久司町である。

 二人は大体どこら辺に来たのかわかった。

「頼もしい護衛がいるし、歩いて帰ろうか」

 陽香は言った。

 彩葉に不満はなかった。



 ブルーシートに包まれたバスが燃えた跡で、鑑識の捜査を待ちながら、御刳は苦い顔をしつつ、スキットルから一口、ウィスキーを喉に流し込んでいた。

 すでに、元乗客達の一部から、事件の様子は聞いていた。

「ドール・メーカーじゃねぇかよ……」

 人相、行動を聞き、思い浮かべた姿は、さ項に貰った資料の姿とぴったり一致した。

 だが、敢えてその考えは誰にも明かさなかった。

 バスの外から一連の様子を眺めていた者から、少女二人が襲われていたとの話もあった。

 署の主力はクオリ社社長誘拐事件とドールメーカー事件に刈り出されていたが、一時、こちらにも人員をわずかに割いてくれた。

 だが、これもドール・メーカーの仕業とは思わない彼等にはやる気がないのが、ありありと見える。

 おかげで御刳は一人で一通りの事はしておいて、面倒くさげに酒を飲んでいるのであった。

 鑑識の結果は、わかりきったもので、灯油を車内にまき散らして火を点けたというこことだった。

 あとは、運転手の遺体の検視と、現場に残っていた腕の焼けて骨が見える腕、二本のナイフ、一斗缶の調査だ。

 幸いな事に、少女らしき遺体は一体もない。

 御刳はその報告を待つ間、砂項に会いに行くことに決めた。



 ドール・メーカーの仕業らしい痕跡を提示されて。砂項は考えるように押し黙った。

 現場から直接に事務所のある家に訪ねると、詩稀が元気よく迎えてきた。

「今調度、絵を描いてたところなんだよ?」

 彼女は屈託無く、微笑んだ。

「へぇ、見たいなねぇ」

 ソファにどかりと座ると、スケッチブックを渡された。

 砂項はだまって、正面の藤椅子に腰掛けたままだ。

 絵は、刀を持った男のモノが多く、中には読めない崩し文字だけのものもあった。

 狂いの無い線は力強く、十分、上手いと言えた。

「おい見たかこれ? 詩稀の絵、以外とすげぇぞ?」

 差し出されたスケッチブックをペラペラtめくる。

 刀を持った人物はどこかで見たことがあった。

 深津伊左衛門義敬。  

「こんなところから、か」

 砂項は妙に納得したように、うなづいた。

 久司町にはイレギュラーな存在だと思っていたらと、彼は思った。

「どうした?」

 砂項がどう反応するのかわからなかったが、真剣に絵を眺めるとは予想外で、御刳は訊いていた。

「……何でも無いよ。詩稀、すごいじゃないか。一番新しいのは、どれだい?」

「それは、まだ見せないのー」

 クスクスと嬉しそうに詩稀はもったいぶった。

「出来てるんだろう? ちょっとでもいいから、なぁ?」

 御刳が頼むが、詩稀は首を振った。

「まだ、人物と背景が少し。もうちょっと凝って、色々追加したいから、まだ駄目だよー」

 にべなく、詩稀は断った。

「そうか、完成を楽しみにしてるわ。で、砂項、どうなんだ?」

 御刳は改めて向き直った。

「現実のドール・メーカーそのものだなぁ」

 やっと彼は認めた。

「少女が二人、襲われてたという目撃談もあってな」

「へぇ……」

「依頼者、今回は未成年のようだな」

 藤の椅子にもたれて、砂項は息を吐いた。

「わからないねぇ」

 それでも砂項はしらばっくれる。

 御刳はその頑固さに、笑みを浮かべた。

 早々に口を割るような相手なら、警察として、こんな霊媒師もどきなど相手にしないだろう。

「まぁ、俺はおまえの依頼者が何も出来ずに犠牲になっても、犯人が捕まりさえすれば一向にかまわないんだがな」

「なんで、あんたはそれがドール・メーカーの仕業だってわかって、本部に連絡しなかったんだ? 手柄を一人締めしたかったのかい?」

 ようやく、砂項は一歩近く歩み寄りだした。

「証拠が足りないからさ」

 御刳は簡潔に答えた。

「……伯蛟の事件と紅蓮連合のほうはどうなってるん?」

「おいおい、それ関係あるのか?」

「あんたは、俺が事件マニアだって知ってるだろう?」

 御刳は悪趣味な奴だとつぶやいて鼻を鳴らした。

 誘拐された社長は未だ解放されずに、伯蛟の事件関与者とともに、足取りはまったくつかめていなかった。

 伯蛟が恐喝していた会社は、どんどんと紅蓮連合になびきだして、今やその三分の一は鞍替えされた。

 紅蓮連合も伯蛟の犯行者達を追っているが、こちらもなしのつぶてだという。

 砂項は黙って説明を聞いていた。

「で、それがどうかしたのか?」

「紅蓮連合に口利きしているのは、あんたら警察だろう」

 御刳は、表情を変えなかった。

「たかが愚連隊に俺たちが興味あるとでも?」

「大ありだろう。都合がいい事が多すぎる。伯蛟が動かないのは、明らかに不自然だ」

「おいおい、ドール・メーカーの話をしに来てるんだぜ?」

「あらゆる可能性は拾っておかないとね」

「熱心だな」

「あんたらが余計なことするからだよ。話は単純だったのに、色々と絡み合ってきた」

 意味深に砂項が吐き捨てる。

「俺は一介の公務員でな。絡まっているんだか単純なんだかしらんが、ただお仕事をしているだけだよ。おまえみたいに、半分無職とは違うんだ」

「そうかい。だから、警察は犬よばわりされるんだな」

 砂項のは嘲った口調だ。

「何とでも言ってほしいね」

 御刳はまったく気にした様子がない。

「……俺が、今度の事件に口を挟めることはないよ。バスの乗客を襲った犯人がついでに火を点けて逃げたってだけのものだろう」

「ドール・メーカーは関係ないと?」

「あんたらにはあるだろうが、俺にはない」

 その言い方で、御刳は満足だった。

「そういうことか。なら、俺も余計なこと考えないで良いってことだな」

「そうだね」

 一旦、沈黙が降りると、スケッチブックに何やら書いている詩稀に、自然と二人の視線が向かった。

 彼女は真剣に鉛筆と消しゴムで、線をいれながらも、悩んでいる様子だった。



 亨昭は肩口を縛って止血しながら、おぼつかない足取りで、なんとか自宅に戻っていた。

 身体の右腕が無くなった。

 コートを脱いで、痛み止めをありったけ飲み込み、ソファに座る。

 普通なら、大事件だが、亨昭はむしろ楽しげな様子だった。

 これで、堂々とあの二人のガキを八つ裂きにする理由が出来たのだ。

 自分から腕を奪ったくそ生意気な小娘どもをどう料理するか。考えるだけで亨昭は胸が躍った。

 それだけじゃない。自分は、世界の破壊者だと思った。

 若い頃から抱いていた、自分と世の中との解離が無くなり、満足したのだ。

 彼は、痛み止めの大量摂取で、そのうちに眠ってしまった。



 吒田侶進ただ りよしんは改造してフレームからくみ上げたオリジナルバイクを、一人で走らせていた。

 十六歳。だが、バイク歴は三年と矛盾するが、久司町では珍しくはない。

 エンジンを吹かしながら、蛇行し、急にトップスピードまで挑戦したりと、深夜の公道で様々な走りを試す。

 と、ヘッドライトが急に人影を写した。

 驚きと恐怖で、身動きが取れなくなっている少女。

 慌ててブレーキと回避のためにハンドルを曲げようとする。

 だがバイクは激突して、少女の身体が空を舞った。

 横倒しになって回転している傍で、道路に投げ出された侶進は、ヘルメットもしていなかったが、肩と膝の打身で済んだ。

 どうする、少女を助けるか?

 一瞬浮かんだ考えは、恐ろしさのためにかき消された。

 侶進はバイクを軽くバイクを立てると、またまたがった。

 すぐに、高スピードをだして、道をジグザグに走り抜ける。

 ようやく気分も落ち着いて、自動販売機の前にバイクを止めた。

 百何十円かを入れてコークのボタンを押す。

 一気に飲んで、喉で炭酸を弾けさせると、一息つく。

「見せて貰っていたが……」

 突然に背後からの声で、侶進は飛び上がりかけた。

 だが彼は切り替えも早かった。ゆっくりと殺気を込めて振り返る。

 そこにはフードを目深にかぶったコートの男が立っていた。

「おまえに、面白いものを見せてやる。ついてこい」

 男は楽しげに言って、歩き出した。

 侶進は起こした事が事だったので、怪しみ迷ったが、結局、バイクを引いてあとに続いた。

 深夜の路地はまったくひと気がなく、たまにささやかなな生ぬるい風が吹いてくる。

 かどを二度三度折れると、街灯の傍で男が立ち止まった。

「……これで、満足だろう?」

 振り返った男がつり上がった口角で言う。

 彼の傍の壁には、焼けただれて元がわからない座っテイルと見られる人間が、目の部分にボタンをつけられ、マジックで縫われた口を描かれていた。

「う……、うわぁ……!」

 その死体のひどさと、男の不気味さにバイクを捨てて逃げだそうという衝動に襲われた。

 だが、バイクへの愛着が強引に押しとどめる。

「これは、おまえのためにやったことだ、侶進。心配しないでいい……」

 意図が読めかねた。

 焼けただれて皮膚と一体化した部分の布の一片に見覚えがあった。

 先ほど、侶進がバイクで激突した少女のものだった。

「まさか……こんな……」

「君は安全だ、侶進」

 ドール・メーカー。

 侶真にその名を思い出させた。

 まさかと思ったが。

 彼は妙に落ち着き、うなづいた。

 道は一瞬後、普通の民家がカーテンをしめて明かりをわずかに漏らした住宅街になり、男と死体はかき消えた。   



「それで、ウチにも来たか」

 中堅企業のカーマル株式会社の総務部で、担当者が、青年二人に対して醒めた目を送っていた。

 侶進は先輩格と一緒に、総務部の椅子に客人として座っていた。    

 ジャージにサルエルパンツ姿で小柄な身体だが、三白眼で表情を表さない彼は、幹部から期待されている内の一人だった。

 一緒にいるのは、二十二歳で飾真亨昭かざま としあきという幹部の一人だった。

「まぁ、話は聞いてる。おまえらも良い身分になったもんだな」

 年配の総務課員は、眼鏡を直しながら、机の下から、分厚い封筒を三つ、テーブルの上に置いた。

「ありがとうございます」

 交渉役の亨昭は、礼を言って封筒を受け取り、立ち上がった。

 外には、黒いプリウスが駐められていて、二人は車内に乗り込んだ。

 すると、急に運転席の窓がノックされる。

 私服の男が車の中を覗き込んでいた。

 もう一人いるが、こちらは知らぬフリで車道を眺めている。

 亨昭は窓を開けた。

「お疲れ様です」

「挨拶できるんだ、おまえら? 余計な事は良いから、ほら、よこせよ」

 男は窓の中に手を伸ばす。

 亨昭は、封筒の二つを差し出した。  

手に取り、中身を確かめてうなづくと、男は挨拶もせずに、もう一人と歩道を反対側に歩いて行った。

 プリウスは車道にでて、幹部はボカロのミックスを車内に流す。

 不満顔だった侶進が、やっと口を開いた。

「結局、うちらって、なんなんすかねぇ」

「んー? どうした」

 侶進は、言おうか言うまいか、迷っていた。

 下手なことを口にすれば、幹部会から制裁を受けかねない。

 結局彼は、そのまま黙った。

 途中、電車の駅前で、亨昭の車から降りて別れると、彼はそのまま駅には入らず、路地裏にあるビルのファミリーレストランに入った。

 適度に冷房が効いた店で、客はほとんどいない。

 そこで堂々とビールにハンバーグを注文して、携帯で何カ所かに連絡をつける。

 ビールも二杯目になり、ハンバーグはたべおわると、ちらほらと少年達が店に集まり、侶進の近くの席に座りだした。

 彼等は彼等で、昨日なにがあったとか、どんな女を落としたとか、適当な世間話をして」いる。

 時折、現れる少女の幽霊のを見たとも誰かが言っていた。

 有名な話で、深夜に突然、人影が家からも消えたとき、現れるという。

 十二人も集まった頃だ。

 侶進は、飲み干したジョッキを音立ててテーブルに置き、周りを見渡した。

「遠いのは近くまで来い。全員集まったな」

 一斉に少年達が侶真に向き直る。

「集金に行ってきた者は、金をここに出せ」

 侶進の言葉に従い、五人ほどが、封筒をバラバラとテーブルの上、彼の目の前に山積みする。

「……よし。俺たちは常々疑問に思ってきた。

自由に道路を爆走し、会社から献金を貰い、好き勝手にやってきた。それが紅蓮連合だった」

 侶進の口から浪々と声が流れ出す。

「それがなんてざまだ。今は警察公権力のタクシー兼運送屋になっている。おまえら、こんな事したくて紅蓮連合に入ったわけじゃないだろう? いっそ、ここは俺たちが範を示して、元の自由な暴走しようぜ!?」

 賛同の声があがった。

 侶進は彼等を誇らしげに見回した。


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