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第2話

 翌日の昼間、瑠良の死体を発見した同級生が警察に通報して、テープとブルーシートが開けっぱなしにした部屋の前に張られた。

 彩葉は今までの経緯があるので、詳しく話を聞かれた。

 当日のことから一週間前までの行動を細かく、しかも部屋の中の隅々まで調べられた。

 どうにか自由になるまで学校は休まされて、ようやく出席出来るようになったが、クラスの目が明らかに嫌悪感を含んだものだったので、耐えきれずにすぐに寮に戻ることにした。

 校門に私服で年代のバラバラな一団が数えれば六人、集まっているのが見えた。

 彩葉はすぐに瑠良の知り合いだと気づいた。

 一瞬、避けようと思い、足が止まりかけた。

 だが瑠良があんな姿になった責任は自分にあるのだ。

 一気に打ちひしがれた気分になりながらも、彼女は集団に近づいて行った。

「あの……」

 彩葉は勇気をだして、彼等に声をかけた。

 いままで雑談でもしていたかのように喋っていた全員からの視線が一斉に集まる。 

「ああー、あなたが彩葉さんだねー?」

 同い年ぐらいか。

 赤く染めた髪をバードのツインテールにした屈託のなさそうな少女だ。

 他の全員は、彩葉の相手をこの少女に任せたように、それぞれが視線をはずして、口を閉じる。

「あたしは、世都陽香せと ようか。十七歳でここの三年やってるけど、ためでいいよー」

 にこやかに彼女が自己紹介すると、他の五人は、それぞれ二人から離れて行き、姿をけした。

「えっと、あの……よろしく」

「もうー、堅いなぁ」

 陽香は彩葉の細い肩をバシバシ叩いた。

「外の人は……?」

「あー、いいのいいの。ちょっと、お話しするのに、どこかの店入らない?」

 彩葉は黙ってうなづいた。

 繁華街の喫茶店に着くまで、陽香は喋りつづけていた。

 それは、瑠良がいかに彩葉の事を褒めながら話していたかという内容にい終始していた。

「本当、楽しそうだったなぁ。瑠良は彩葉の事を、同い年のくせに妹のように思ってた見たいねぇ」

 小さな喫茶店は窓の無い代わりに間接照明でほのかに柔らかい雰囲気を作っていた。

 マスターはまるで存在感が無く、カウンター越しに影が時折見られる程度だ。

 二人はボックス席に向かい合って座っていた。

「で、噂には聞いてたけど、本物がねぇ……」

 彩葉がどもりつつも、最後は普段出しているソプラノの声で、瑠良の事件の経緯を話すと、陽香は眉を寄せた。

 だが、彩葉の見るところ、陽香はそれほどまでに瑠良の死を悲しんでる様子はない。

 気になるが、直接聞く程、彩葉には勇気がなかった。

「噂って、瑠良から聞いたの?」

 彩葉は敢えてわかりきった質問をした。

 だが、陽香は静かに頭を振った。

「あたし達は、ドール・メーカーと呼んでるの」

 ドール・メーカー?

 意外に名前が出たことに、彩葉は驚いた。

「知ってるの? 犯人のこと」

 陽香はうなづいた。

「瑠良から何も話して貰ってないの?」

「瑠良が……?」

 そういえば、彩葉は一方的に訴えるだけで、瑠良から何がどうとかというものは一言も無かった。

「やさしいねー、瑠良は」

 陽香がため息をつく。

「多分ね、あー、これは重荷になるかなー」

 そこで彼女は口を閉じた。

「なに? 瑠良がどうしたの?」

 じらされたと感じた彩葉は、必死に促す。

 陽香は迷うような顔をみせつつも、口を開いた。

「あたし達も、昔襲われたことあるの。彩葉が見たドール・メーカーに。というか、見たことあるの」

「じゃあ、瑠良も?」

 陽香はうなづいた。

「そしてあたしたちへの話ぶりからしたら、多分、ドール・メーカーを捕まえようとしていたのかも知れない」

 確かに彩葉はショックを受けた。

 それでは、瑠良を殺してあんな姿にしたのは、自分のせいではないか。

 自責の念で胸が苦しくなった彩葉に、陽香は言う。

「これがさ、実はあたし達も狙われててさ。誰が犠牲者になるか、ほとんど順番待ちみたいな状態だったの」

 淡々とした声だ。

「じゃあ、あたしも……」

「あなたはまだ、見られている段階だから、まだ大丈夫。でもね、見れる人って限られてるんだ。あたし達は殺されたあとでしか、あいつの存在がわからない。でも、あなたは見れる。あいつに会えた」

 陽香は、伺うように彩葉を覗き込んだ。

 そして、彼女がテーブルの上に手を伸ばした。

「協力してほしいの。多分、次は……」

 彼女は笑んだが、力ないものだった。

 彩葉は思わず、その手を取った。



 いつものように、酒をのみながらテレビのニュースを流しっぱなしにしていた亨昭は、新たな事件の報道に、興味をひかれた。

 彼はすぐに犠牲者の特徴の人形を粘土で作り始める。

 小一時間も集中して出来たが、まだ満足がいかなかったので、鏡で自分の口を縫ったようなメイクをして、ボタンの目を作り、自分にはめた。

 途端に、とてつもない開放感が彼を襲った。

『……なお、この猟奇的殺人には犯行声明らしきものは出ていません……』 

 ニュースキャスターは、言葉を締めくくり特集を終えた。

 ならば、俺が声明文を書いてやろう。

 だが、警察が握った情報に合致しなければ、すぐに偽物とバレてしまう。

 亨昭は一瞬の考えのあと、すぐに決断した。

 道具はあと、灯油だけだろう。

 暗い笑みをたたえ、彼は自分のひらめきに一人でビール缶を軽く持ち上げて祝杯代わりに一気に飲み干した。

 そのとき、急に部屋の明かりが消えた。

 ブレイカーでも落ちたかと思ったが、テレビは相変わらずニュースを映している。

 気配に振り返った。

 そこには、フード目深にかぶり、黒いコートを着た、長身の男が立っていた。

 暗いせいで、ただでさえ影になっている相手の顔は、薄い唇の口元しか見えない。

「なかなか、良い思いつきだ。面白いから認めてやろう」

 亨昭は彼の声の恐ろしさに、身動きが取れなかった。

 男は、テーブルの上を指さした。

 いつの間にか、メモらしきものが置かれていた。 

 明かりが急に戻り、視線を戻すと男はの姿はすでになかった。

 小さな折られた跡のある紙には、犯人が作ったと見られる死体の製造法が細かく書かれていた。

 灯油、一斗缶一つ。殺してから、身体を固定して燃やし、二十分後に消す事、等。

 亨昭は全て頭の中にたたき込むと、灰皿の上で紙を燃やした。



 招待状が来ていたが、瑠良の告別式にはでる気にはなれなかった。

 園長が学生を集めてスピーチをしているらしいが、彩葉はこれにもかまわず、部屋に閉じこもっていた。

 カーテンをしめて、パジャマのままソファに体育座りをし、テレビのニュースをただ、ボーと眺めている。

『……犯行声明が届きました! 我々マスコミ各社に送られ、警察が許可したものです! 今から発表できるところだけ、視聴者の皆さんにもお届けしようと思います!』

 彩葉の意識は一気に覚醒した。

 今、犯行声明をする者は、一人しかいない」

 鼓動を高まらせて、テレビに見入るとニュースキャスターが文章を読み上げる。

『「身代金は五十億。だが直接に私の手元になくてもいい。その代わり、久司町にあった、御殿場神社を再興しろ。工事を始めるまで、二週間をやろう。その間、クオリ社社長の身柄は預かっておく。伯蛟より」』

 彩葉は眉をひそめて混乱した。

 人質? 五十億?

 明らかに、あのドール・メーカーの殺人犯行声明ではない。

 御殿場神社などという名前も初耳だ。

まったく違う事件だったので、彩葉は落胆し、またソファにもたれた。

 携帯が鳴った。

 見ると、今から陽香が来るという。

 歓迎の意を送信して、彼女はとりあえず、ワンピースに着替えた。

 カーテンを開けると、日差しがまぶしい。

 十五分ほど経つと、インターフォンが鳴ったので、鍵は開いていると声を投げかける。

「はい、お邪魔します」

 いつもの陽気な声がした。

 半袖シャツにハーフパンツ姿の陽香は、部屋にはいると、そのまま彩葉の隣のソファに座った。

「いやさぁ、大変な事があってね」

 あの陽香が言いずらそうにしていた。

「どうしたの?」

 彩葉は、彼女に顔を向けて促した。

「何か飲み物いる?」

「おちゃけ……」

 ふむ、とうなづいた彩葉は、冷蔵庫から二本、ビール缶を持ってきた。

 陽香は礼を言って受け取り、プルを開けると、一気に中身をあおった。

 もう一本、彩葉の前に置いた缶は開けられずに水滴を垂らしつつ、テーブルに置かれたままだった。

 テレビがニュース番組をやっていると気づいた陽香は、苦笑いを浮かべた。

「あー、言いづらいだけどさぁ、彩葉……」

「ん?」

「あなたを巻き込みかけてるみたい……」

「なにそれ、どういうこと?」

「紅蓮連合の事件知ってる?」

 それは経った今ニュースでやっていたものだ。

「詳しくは知らないんだけど、犯行声明だけテレビで見た。陽香がなにか関係でも?」

 彩葉は真っ向から尋ねる。

「紅蓮連合は、まぁ、愚連隊というか暴走族の一団なんだけど、ウチの仲間と敵対関係にあってね。でも、普段からそんなに派手に争ってるわけじゃないから、情報が漏れたみたいで」

「陽香、話が見えないよ」

 彼女は言われてうなづいた。

 瑠良が相談してきた中には、様々な人間がいて、久司町の愚連隊達にも当然接触していた。

 伯蛟はくみずちもその集団の一つで、ただの暴走族ではなく、久司町の一部の企業にたいして、護衛・保護を名目に金銭を貰って、付き合いをしているのだ。

 一方、敵対しているのが純暴走族の紅蓮連合で、彼等は伯蛟に付け狙われていたせいで、武闘派の集団となっていた。

 その紅蓮連合が、ドール・メーカーに気づいたらしい。

 といっても、何故かそれから企業恐喝に力を入れ始めたが。

 もちろんのように、伯蛟保護の企業にも手を出していた。

 彼等としては、黙ってはいられない。

 ここまでは、よくある愚連隊の争いの話である。

 だが、紅蓮連合はある会社の社長を誘拐した。

 当初は身代金目当てでは無く、単に社長から金を出させるために、連れ出しただけらしい。

 社長は思わず口にしてしまったのが、巷で話題の殺人鬼の名前だった。

「おまえら全員、ドール・メーカーに焼かせるぞ!!」

 これで紅蓮連合の連中の聡い連中は、伯蛟の関係者から瑠良の名前を思い出し、交友関係にあった彩葉の存在にも気づいた。

「えっと、それって……?」

 彩葉は聞いて、考えをまとめるのに時間がかかった。

「つまりは、狙われかねないというか……ね。でもさ、彩葉はあたし達で全力で守るから安心して!」

 守るからと言われても……。

 彩葉は微妙な気分になった。

「でも、まぁ伯蛟の人たちが、紅蓮連合をどうにかすると思うから、大丈夫だよ。でも、ごめんね!」

 彩葉はクビを振った。

「……全ての責任はあたしにあるから、しかたないの。教えてくれて、心配してくれてありがと」

 陽香はこの罪を全て一人で背負っているかのような少女に思わず同情した。

 これ以上は、事件に関わらせないようにして、あとは自分たちで始末しようか。

 決めると、彼女はカラのビール缶をコツリと彩葉の額に軽くぶつけて笑み、そのまま部屋をでた。



 まだ真夏の空は雲を浮かべて風にながして、気まぐれな陽光を地上に降らしていた。

 袖の無いシャツドレスにハーフパンツ姿で、陽香は慣れない地域をふらふらしていた。

 やっと見つけた、池尋砂項が居候している家は、なんてこと無い住宅地のいっかくにあった。

 二階建てで壁は白く、細い窓が並び、天井に大きな物がはめ込めれているらしい。

 金持ってるなぁ。

 陽香の印象は、それに尽きる。

 表札は麻鹿勒郎になっていた。

 お金持ちは、こっちかと思い直して、彼女はインターフォンを押す。

『はい、こちら池尋事務……じゃなかった、麻鹿です。どちらにごようでしょーか?」

 妙に元気な少女の声がマイク越しから発せられる。

「世都ともうします。池尋さんにお話が会ってきました」

 陽香は丁寧な口調だった。

 ドタバタと、騒がしい足音を響かせ、ドアが開くと、ボブカットで小さい顔をしたかわいらしい少女が、現れた。

 こちらは肩にリボンがついたノースリーブに、プリーツスカートをはいている。

「いらっしゃいませ! あちらにどうぞ、今、池尋を呼んで来るので」

 少女が腕を伸ばして示したのは、短い廊下の脇にある、一室だった。

「お邪魔します」

 ミュールを脱いで、素足で廊下に上がった陽香は、奥のリビングに向かったらしい少女の背を見送りつつ、部屋に入った。

 天井にはシーリングファンが回り、スチール製の机とファイルキャビネットが置かれ、その前にソファが向かい合って二つ、真ん中にテーブルが一つという部屋だった。

 五分も経たないうちに、少女に導かれるように青年が現れた。

 髪を後ろになでつけ、Tシャツにジャケットとスラックスをはいている。見るからに安物だと、陽香は思った。

 一軒、ぼんやりとしたこの青年が、池尋砂項だろうかと、つい疑ってしまった。

 オカルトに詳しい知人の話では、彼はその道のプロらしいのだが。

 砂項は、陽香の真向かいのソファにゆっくりと腰を下ろした。

「……そう疑わないでほしいですねぇ。私が本物の池尋砂項ですよ、世都陽香さん。ああ、ちなみにあの机に座ってるのは、詩稀といいます。助手ですかね」

 のんびりとした口調で、自己紹介にまるで陽香の考えを読んだかのような言葉を挟んだ。

 陽香は不快感と不信感とが沸いたが、この人物が池尋砂項であることはたしかだと、納得した。

「どうして私の名前を?」

 テーブルの上に折り目がついたまま広げられた折り紙があった。

 砂項は一度鶴のかたちに戻してから、広げて、白い部分を見せる。

 そこには、午後二時頃に、世都陽香、ドール・メーカーの件と、筆のようなもので書かれていた。

 折り紙を眉を寄せながら不気味そうに眺めていた陽香は、部屋の所々に、様々な色の鶴が落ちているのに気づいた。

 それは、手元の物のように広げられた物もあり、鶴の姿のままの物もあった。

「これは……?」

 自慢げに見せてくる以上、説明ぐらいあるだろうと思っていたが、砂項は鶴を見て鬱陶しそうな様子をみせていた。

「一日十羽ぐらい届くんですよ。二三日家を空けても、まったくかまわずに。事務所が散らかってしかたがない」

 陽香はどう答えれば良いのか困り、とりあえず、うなづいた。

「何言ってるの。ほとんどあたしが処理してるじゃないの」

 詩稀がないがしろにされたかのように受け取って、静かに訂正した。

 怒ってる。

 砂項は感じたが、敢えて無視した。

「で、要件は、世都さん?」

「え……?」

 彼女は折り紙の文字と、砂項の危機感の無い顔を見比べた。

「ここにかいてあるんじゃないですか?」

「本人の口から聞きたいんですよ」

 考えをまとめている間、陽香は砂項を睨んだ。

 正直、好感の持てる相手ではない。

 のほほんとした表情で、相手のマウントを取りまくり、小馬鹿にしている様子が見えたのだ。

 そうしている間、砂項は、二三個の鶴をソファの上から拾っていた。

「……ドール・メーカーの事です。そうな乗る殺人鬼に友人を殺されました。もう一人の友人は、ずっと彼につきまとわれて、疲れ切っています。なにか力になってもらえればと」

 砂項は、新たな鶴を一つ開く。

 中には、殺人鬼ドール・メーカー。都だけ書かれていた。

「んー、いくら相手が殺人鬼でも、それは警察の分野で俺の管轄じゃないんですがねぇ」

 陽香は、息を飲む。

 次の瞬間には、口が開いていた。

「殺人鬼のほうは警察に任せます。ただ、つきまとっているほうのドール・メーカーをどうにかして貰いたいのですが」

 彼女には違いがわからなかったが、そういったほうが、確実な気がした。

 陽香の態度には多少不思議な物を見せられても、まったく臆していない。

 砂項はまた鶴を開く。

 御湖みこ彩葉。  

 少し考えるように、黙り込む。

 やがて、クビに手を当てながら、ぼんやりと陽香の目に焦点を戻す。

「えっと。御殿場神社って知ってます?」

 唐突な地名にも、陽香はすぐにうなづいた。

 砂項は、鶴を開く。

 伯蛟、御殿場神社、五十億、と書かれていた。

 さすがに、陽香はドキリとする。

 彼女が関わってないとはいえ、知り合いが起こした誘拐事件の事が記されていたのだ。

 砂項は鼻で嗤った。

「まぁ、知っていて当然ですよね」

 陽香は余計な事を言わないように、うなづくだけにとどめた。

「でも、どんな神社かは知らない。伯蛟も、適当な名前をぶち上げただけでしょう、五十億のための」

「……あなたがあたしを使った推理ごっこしているのは、わかったわ。手品みたいな仕掛けまで使ってね。いい加減、本題に入ってほしいんだけど」

 彩葉相手の時の明るさは無く、正確の一部である冷静沈着な面が前に出ていた。

 砂項はニヤリとする。

「気に入った。それぐらいの気概がなくちゃね。ところで町の明堂みようどう図書館は知ってるかい?」

 陽香は本とは無縁だった。

 当然、あるのは知っていたが、言ったことなど一度も無い。

 首を振ると、砂項はうなづく。

「あそこの裏にちょっといってみな。今回の事件は、色々ともつれている。一緒に調査してくれたらありがいね」

「えっと、依頼費はどうなってます?」

 陽香は言いづらそうにしつつ、砂項を見る。

「そうだなぁ……」

 砂項は悩むようにしたあと、息を吐いた。

「まだわからないなぁ。とにかく、後払いでいいよ」

 どこか意味深な砂項の言葉に、不本意な気持ちと、安心した気分の混ざり合った感覚で、陽香は頭をさげた。



 彼女が去ると、リビングに今度は髪をオールバックにして、着物に羽織りを着た侍が薄ぼんやりとした姿で立っていた。

「よぉ、どうしたんだい?」

 彼は、窓からまだ後ろ姿が見える少女を指指した。

「ああ、行きたいのか。頼むよ。どうやら、あの子の友達は、見鬼だけの能力じゃないみたいだからね」

 砂項の頭の中に、鈍く声が響いた。

伊左衛門義敬うざえもん よしかた……』

「……そうか、義敬か。おぼえたよ。わかった」

 義敬は腰から頭を下げて、姿を消した。



 陽香はその足で、彩葉の寮を訪ねた。

 彼女はまだパジャマ姿だ。

 部屋に上がって、軽く砂項のところにいった経緯を話すと、彩葉は真剣に聞いていた。

「で、これから明堂図書館に行こうと思うんだけど、一緒に来ないかな? かな?

「行く……待ってて、着替えるから」

 そう言って、キッチンとワンルームしかない空間で、彼女はオフショルダーの半袖とオーバーオールを身につけた。

 コーディネートを眺めていた陽香は、ふむふむとうなづく。

「いいじゃなーい! 自慢の嫁だな、これは!」

 わざと卑猥な口調を作って、褒める。

 彩葉はケタケタ笑い、テレビとクーラーのの電源を消し、玄関に向かった。

 二人はバスに揺られながら、町の北にある図書館に向かう。

 彩葉は、陽香がいることで、安心しているようだった。

 少なくとも、ドール・メーカーは一人の時にだけ現れるのだ。

 近くの道路で降りて、図書館まで歩いて行くと、陽香にとって珍しい物が目に入ってきた。

 三階建ての広大なレンガ作り風の外観をした建物は低い塀に囲まれていた。開けた入り口に、巨大な鳥居があったのだ。

「図書館なのに鳥居って、なんで?」

 陽香は疑問を無意識に声にだしていた。

「んー、時々来るけど、そんなに気にしたこと無かったなぁ」

 彩葉が応じながら、見上げる。

 つい足下がもつれ、陽香に抱き留められた。

「本当にボーとしてるねぇ、彩葉は」

 微笑みながら言われた彩葉は、顔を紅くして、きっちりと立ち上がった。

「しっかりしてるもん。さぁ、行くよ、陽香!」

 入り口までの緩い階段を駆けて上り、上から振り向いて陽香を待つ。

「あー、そう。そんなに気にしてたのかねぇ」

 苦笑しつつ、彼女は彩葉のところまで登った。

 自動ドアをくぐると、ホールがあり、すぐ右側に文学書のコーナー、二階は専門書、三階が郷土資料となっていた。

 一階にある狭いあんない口で、陽香は化粧の薄い女性にやや上を向いて尋ねる。

 陽香も彩葉も小柄なのだ。

 名札には、凪佐なぎさと名字が書かれていた。 

「こんにちはー。池尋砂項という人から、ここに行けって言われたんですけどー?」

 微笑みを浮かべていた女性は砂項の名を聞くと、途端に汚い物でも見るような苦み走った表情に一変した。

「なにー、あなた達あんな奴の言うこと聞いて、素直にここに来たの? やめときなさい。ろくな目に遭わないよ」

 何やら彼女と因縁がありそうだが、陽香達には関係の無いことのはずだった。

 二人は以心伝心で同時に聞かなかったフリをして、ニコニコと微笑んで黙ったまま女性を見上げていた。

 鬱陶しそうに軽く顔を背けていた彼女だが、あまりに大人げないと思ったのだろう。深く息を吐いて、二人に顔を向けた。

 戸惑っている少女二人に、凪佐は意地の悪い笑みを浮かべた。

「まぁ、良いわ。ついてらっしゃい」 

 そう言うと、三階の郷土資料室への階段を上っていった。

 二人は続く。

「変わった建物でしょ、この図書館。昔、御殿場神社ってあってね。ここは元、その境内にあった建物だったのよ。だから、鳥居がまだ残ってる」

 凪佐と二人は三階に入り、エアコンの効いた静かな本棚だらけの空間を前に、カウンターの奥に入った。

 スタッフルームに続く廊下の先に、しめ縄が駆けられた古い木製の扉がある。

 凪佐はかまわずに開けた。

 そこは、地下へと続く薄暗い階段だった。

「滑るから気をつけなよ」

「……なんか、すっごい!」

 陽香が、小声で上気した声を出した。

 狭い空間に予想以上に響いて、陽香は自分で驚いたようだった。

 彩葉は、一気に緊張が解けて、クスクスと笑う。

 明かりが足元に漏れてきていた。

 また鳥居が目の前に現れ、凪佐を先頭に中に入る。

 彩葉は息をのんだ。

 ドーム状の空間に、棚が四方に四段も作られていて、その上に見覚えのある姿の人形が並んでいる。

 釦のような目に、口を縫い合わされた顔をしたものだ。

 だが、一体一体は小さく、バスケットボールほどの大きさしか無い。

 正面には割れた鏡の破片が立てかけてあった。 

「これは……」

 彩葉は思わず、一歩後ずさった。

 彼女のその手を、陽香は強く握った。

 凪佐は、一つ、人形を取ってうなづくと、彩葉のほうに向き直った。

「実は砂項から聞いてたわ。あなたが最近、見るのは、この人形のようなモノね?」

 彩葉は人形と凪佐を見比べてから、うなづいた。

 一方の陽香は不信そうな顔をしている。

 砂項にはそこまで話していないのだ。

「ここは、御殿場神社を移した小さな社といって良いかしら。久司町が埋め立て地だって二人は知ってるわね?」

 少女達はうなづいた。

「御殿場神社は、元々この辺りにあったんだけど、埋め立てる時も一緒にされてね。元々は、成人を祝う神社だったんだけども、その祭りの一つに、成人になったら自分でこの人形を作って奉納するって行事があったのよね」

 彩葉は、まじまじと人形の一つ一つを眺めた。

 確かに、それぞれ材料も縫い方もちがう。

「正直、それだけ」

 凪佐はあっけなく、話を締めくくった。

「……あの、ここの神社って、ドール・メーカーと関係があると思いますか?」

 彩葉は人形から目を離して、凪佐に尋ねた。

「あるとしたら、荒玉でもでたのかな」

 そこで、凪佐は急に眉をひそめて厳しい顔を奥に向けた。

「あれ……鏡が割れてる……」

 彩葉らは、今頃気づいたのかと、彼女の呑気さに軽く呆れた。

「最初からわれてましたよ」

 陽香が指摘すると、凪佐は軽く息を吐いた。

「大切なご神体なんだけどなぁ……」

 鏡越しに、ふと彩葉と目があった。

 事態の危機とは反対に、凪佐は微笑む。

「君、今なかなか頼もしいのが、ついてるわね?」

 彼女は何のことかわからずに、返事できないでいた。

「あー、でもなんか、彼はシャイみたいね」

 ようやく、着物姿で大小二本の刀を差した侍風の男の姿が立っているのに、彩葉は気づいた。

「……え、誰!?」

 彩葉はつい、普通に彼に訊いていた。

深津ふかつ伊左衛門義敬……』         義敬は名乗っただけで、再び姿を消した。

「やっぱシャイねぇ」

 凪佐は軽く笑う。

「何か知らないけど、守り神がついたみたいね。よかったじゃない?」

 彩葉は何のことかよくわからないが、とりあえず、うなづいた。

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