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ドール・メイカー
谷樹 理
ホラー都市伝説
2024年09月23日
公開日
56,340文字
完結
久司町で、彩葉は人体を燃やして人形のように造形する殺人鬼を何度も目にする。
 彼女は親友の瑠良に相談して、砂項という、郷土研究家の居候に事件の解明を依頼する。
 ドール・メーカーは、昔、久司町に埋め立てられた御殿場神社の祭神でもあり、思春期を過ぎる時に見る、幻覚の一つだった。しかし、彼にになりすます殺人鬼も現れ、久司町一の富豪社長が伯蛟という暴走族に誘拐されて、自体は混迷を極める。

第1話

まただ。

 彩葉いろはは朝、学校に向かう途中の路地裏で、それ(・・)をみつけけた。

 顔面がわからない程に溶けて、血と肉が混ざった塊と化し、そのうえからマジックでボタンの目と縫い合わせた口が書かれている。

 死体は少女だ。ズタボロで肉と服が混ざっているが、決まっている。

 奴は少女しか狙わないのだ。

 彩葉は時折、同じような死体に遭遇した。

 だから、いつも外に行くときはいつも道を敢えて変えている。

 なのに死体は、いつの間にか気がついた時には、彼女の前に現れている。

 初め、警察にも通報していた。

 しかし、死体はいつの間にか消えていて、今や信用が無く逆に指紋を採られたリなどして、逆に不審者の扱いを受けていた。

 見慣れたとはいえ、やはり、恐怖と不気味さはいつも襲ってくる。

 彩葉は急いでその場から走って離れた。



 久司ひさし町は近代的な建物と、古い民家などが混ざり合った、一種独特の町並みをしている。

 隣町からいくつかの高架道路でのみ続いた、山間と海が見える狭い失敗した開発地域だ。

 綾葉の通う久司大学付属高等学校は町唯一のものだ。

 高校・大学と一貫していて、 助成金で、町に似合わない程に巨大で、私設の充実したものだった。

「おはよう、彩葉」

 廊下で、璃良りらが声を掛けてくる。

 ウエーブがかった滑らかな長髪をした、笑顔の人なつこい爽やかな笑顔をするクラスメイトだ。

 おとなしく、孤立しがちな彩葉の相手をする、唯一の人物といって良い。

 といっても、気さくな本人はクラスの人気者で、友達も多い。

「朝から顔色悪りぃなぁ。ちゃんとご飯食べてるか?」

「ちょっと、ね……」

「あー……もしかして、アレ?」

 彩葉は一ヶ月ほどまえ、つい耐えきれずに、この友人に彼女の事情を話していたのだった。

 それから、璃良は時々気を回したように心配してくる。

「あ、うん……まただよ」

「警察も動いてないってのが変だよねぇ」

「多分、幻覚だから、なんでもないよ」

 彩葉は力なく笑った。

 三度目の時、彩葉は迎えに来た両親から心療内科に連れて行かれた。

 結果は、少々内気だが、これといって異常は見られないということだった。

 彩葉の心配した虚言癖の点も医者は何も言わなかった。

 感謝した彩葉は、相談事があるたびにそこに通うことになったが、患者でも無い者を相手する暇もないので、今や個人的に連絡を取り合う仲となっている。

 医者である河瓜周かうり しゆうは、彼女が幻覚を見るとは判断していない。

「ばーか。幻覚でも十分、大変だよ。大体なんだその顔は。暗すぎるぞ」

 璃良は彩葉のほっぺを両手で引っ張る。

「はい、学級文庫」

「がっきゅううんこ……」

「よくできました」

 瑠良は、魅力的な笑みを浮かべて、うなづくと、手を離した。

 ホームルームのチャイムが鳴り、二人は急いで教室に入った。



「で、まぁ、経緯を省いて、その死体の状態のものが出てるか、警察の関係者にきいてみたんだけど……」

 二人は一限目からサボって、旧校舎の物置部屋にいた。

 かび臭く、何年も放置された様々な物の正体は不明だ。

 跳び箱が並んだ床の隙間に、二人は並んで座り、ポテトチップスと、ジュースの缶を置いていた。  

 璃良のいう警察とは町にある小さな久司署のことだ。

 人づての関係だが、彼女は心配し、頼んでみたのだ。

 言いづらそうにしている璃良に、彩葉は首をかしげながら、待った。

 せっかくの璃良の行動を、お節介などとは思えない彩葉だった。   

 彼女から非難めいた様子がなかったので、璃良は安心して続けた。

「なんか、変な人を紹介された」

「変な人?」

「うん。なんか、郷土研究家の家に泊まってる人なんだけど、何しているのかわからない人らしいよ」

「郷土研究家?」

 彩葉は分野が違うのではないかと思った。

 事は殺人事件である。

 なのに、何故在野の歴史家がでてくるのか。

 顔に現れていたらしく、璃良はあえてうなづいた。

「うん、そこの居候だってさ」

 彩葉は慣れたとはいったものの、ゆっくりと感情鈍麻にされていっているだけで、ストレスから来る負担を遮断するための防衛に過ぎなかった。 

当然、精神的に疲れが溜まり、だんだんと病んでくるといっていい。

 実際、彼女は密かに殺人鬼の本や、死体写真集などを最近読み出して夢中になっていた。

「最近、彩葉は本当に参ってるって感じするから、少しでも望みがあるなら、さぁ」

 璃良にそこまで心配されたことに、自責の念を感じながらも、感謝の気分が沸いた。

 ただ、まだ彩葉には一歩進めないでいる。

 自分の妙な体験が下手に広まれば、また精神病院どころではなくなるのではないかという不安だ。

「……うーん」

 すっかり慎重になっている彩葉は、曖昧な返事をする。

「安心しなよ。口は堅いらしいから」

 璃良は、言葉の割に押しつけがましくない口調だ。

「もうちょっと、考えさせて。あと、その人の事教えて?」

「うん」

 璃良は言われて、男の特徴を並べていった。



「おら、チンピラ出て行け」

 池尋亨昭ちひろ としあきは、常連客達にに後ろから抱え込まれ、外まで連れてこられると、容赦なく殴られて、みぞおちに蹴りを入れられる。

 うめきつつ、亨昭は憎悪を燃やした。

 ちょっと、バーで騒いだだけでは無いか。

 気にくわなければ、自分を無視すれば良いことだ。

 路上に転がった彼に、数人が次々と蹴りをくわえてくる。

 顔面に対しても、彼等は躊躇しなかった。

 唇や、目の上の皮膚が裂けて血が飛び、なけなしの金でかったアルマーニのスーツが泥だらけだ。

 髪もぐしゃぐしゃになり、痛みと憤怒で汗が吹き出しす。

 常連達がバーに戻ったが、亨昭はしばらく路上に倒れていた。

 行き交う酔客達が珍しげに彼を見下ろしながら通りすぎる。

 何とか立ち上がると、スーツの汚れを払い、髪を手ぐしで整える。

 血の唾を吐いて、憎らしげに店を睨むと歩きだした。

 彼は調度二十歳の青年で、専門学校を出たあと以前まで情報管理会社に勤めていた。

 それも先週、クビになったばかりだ。

 これで三社目。

 長続きしないのが、彼の特徴だ。

 アルマーニのスーツと、やや長めの髪を後ろで縛った姿は、時々、揶揄される存在だ。

 幸いなことに、すでに十分酔っていたので、痛みは少なく、まっすぐ家まで帰宅する。

 家のリビングには、過去の犯罪者の評伝や記録が散乱している。

 彼は、汚れたジャケットとスラックスを脱いで、明日にでもクリーニングに出す事にきめた。

 サマーセーターとジーンズに着替え、キッチンからビールを持ってくると、一気に飲み干して、息を吐いた。

 唇がズキズキとする。

 彼は本来なら大学に進んで歴史を学びたかった。

 だが、実家が傾き、早めに生活日を入れる必要が出たので、バイトしながらも、二年の専門学校二進み、就職したのだった。

 もたなかったが。

 実家は家業をしているわけではない。

 ただ、酒飲みの父とギャンブル狂の母親が仕事どころか放蕩を尽くしているだけだ。

 二人は亨昭が家にいた頃、散々彼を思うさまに虐待していた。

 暴力という名のつくものは、ほぼやられていた。

 今は一人暮らしだが、時折、金の無心にどちらかがやってくる。

 まるで当然のようにだった。

 亨昭は久司町から、遠く東京か大阪に逃げる計画を密かに立てている。

 それだけが、唯一の希望だった。

 二本目のビールを飲む。

 そして、ソファに横たわり、そのまま寝息を立てた。



 深御砂項ふかみ さこうは居候先の部屋の一室で、頭に本を載せて、刀を抜刀して振っている途中の格好のまま、ぴくりとも動かずに耐えていた。

 もう、十五分もこの姿勢である。

「……なぁ、詩稀。そろろそ、いいんじゃないのかな?」

 慎重静かな口調で、スケッチブックを立てた膝の腿の上に置いて鉛筆を無心で動かしている少女に訴える。

「あと、もうちょっと……あ、本落としたらだめだからね?」

 砂項は、上半身裸である。

 二十四歳として必要最低限の筋肉がついているという程度の体つきだ。

 詩稀は、あらゆる方向に移動しつつ、デッサンをしていた。

 刀は詩稀の父の所蔵する模造刀だ。

 十四歳の高校一年生だが、身体が弱いという理由で、長い間学校を休んでいるという話だ。

 前髪をぱっつりと目元で切りそろえて、後ろは軽く刈り上げている。白皙の肌で身体は華奢で小柄だ。

 肩の出るボトム型のシャツに、バルーンショートパンツを履いている。

 本を載せろと言ったのは彼女で、姿勢を維持させるためだという。

 拷問に近いモデルをやらされている砂項はそろそろ限界が来ていた。

「ちょっと姿勢変えて良い?」

「駄目」

 即答されたが、砂項はもっと楽な手を峰に添えて片膝をついた姿勢に返る。

「あー!」

 詩稀は声を上げるが、砂項は少なくとも本は落としてないと、内心で自分を納得させていた。

 しかし、彼女はスケッチブックをたたんで、鉛筆をしまいだした。

「なに、もういいの?」

 頭の本を取って、砂項は期待した。

「砂項が勝手に動いたからやめにする」

 砂項は安心したが、詩稀の口調が低いのが気になった。

「代わりに、今晩のご飯作るの手伝ってもらうからね」

「えー……」

 理不尽である。

 頼みを聞いやったというのに、ちょっと手を抜いたら、また要求される。

 詩稀の父である、麻鹿勒郎あさか ろくろうは郷土史家だが、絵も一流だった。

 彼に影響されてか、詩稀も必死に絵を勉強しているのは、わかる。

 その気持ちを邪魔したのだから、怒るのもわかる。

 だが、砂項には理不尽さしか感じられなかった。

 居候とはいえ、砂項にもやることがあるのだ。

 模造刀を押し入れに放り込み、Tシャツとサルエルパンツ姿になった彼は、部屋を出て行ったあとで机の中から財布と携帯を取り出す。

 八畳間で机と二つの本棚しかない部屋である。

 本棚にそろった本は、民俗学と心理学のものが一つ。もうひとつのほうは、殺人事件に関する物で一杯に詰まっていた。

 時間は昼の二時。

 飲みに行くには早いので、コンビニで酒を買ってこようというのだ。

 玄関まで行こうとすると、私室から出てきた詩稀と廊下でばったり会った。

「どこ行くの?」

「ん、酒でもと……」

 詩稀の目が据わる。

「お酒ね。それなら、お父さんのあるから、飲んじゃえば? どうせしばらく帰ってこないし、自分のお土産にたくさん買ってくるだろうから」

 主人の勒郎は、フィールドワークに出て、留守である。

 迷いなく決めて、砂項は引き返す。

「あまり飲み過ぎたらだめだよ」

「あー、わかってる」

 言って、キッチンからバランタインの瓶とグラスを持ち出して部屋にもどる。

 机に向かって、一口のんでいると、部屋は静寂につつまれていた。

「……どうした、ただ見ているだけってのは、そんなに楽しいか? もう刀はしまってあるぞ」

 背後を横目で見ながらの砂項の声は低かった。

 そこには、おぼろげに、着物を着た男が立っていた。

 男は、詩稀とデッサンをしている間も、この部屋にいたのだった。

 だが、詩稀は気づいていない。

 見鬼の目を持つ砂項だけが、存在を掴める。

 ざんばら頭で、腰に大小を差しているところをみると、武士らしい。

 砂項の刀に惹かれてたか。

「……武士なら武士らしく、もう少し身なりに気をつけてたらどうだ?」

 反応がない相手に、鼻で嗤う。

 相手も、やっとニヤリとした。

 力なく、押し入れのほうを指さした。

 砂項はやはりかと思った。

 彼の見るところ、最近の彼等は騒がしい。

「持っていっても良いけどなぁ、俺たちを巻き込むなよ?」

 砂項は眠たげな目で、承諾し、グラスに口をつけた。

 幽体の男は、そのまま消えた。

 あとには、見たことの無い刀の収まってない鞘だけが、一本、畳の上に置かれていた。 意味をくみ取った砂項は、思わず笑みを浮かべてしまった。

「こんなところに、ベタベタな武士なぁ」

 久司町は、約百年前に出来た埋め立て地だった。

 明治政府が行った工事の時に、武士などがいるはずも無い。

 勒郎なら何か知っているだろうが、砂項は流れ者である。

 勒郎と出会ったのも、遙か東の東京でのことだった。

 今どこにいるのか知らないが、電話でも知れば連絡はつくだろう。

 しかし、砂項は面倒くささ丸出しでそんなことはしない。

 ただ、久司町にきて、ダラダラしている毎日である。

 そういえば、話があるとかいう連絡が、人づてに来ていたのを思い出す。

 ただそれ以来、何の反応も無いが。

 最近の問題と、何か関係があるのだろうかと、邪推もしてみる。

 酒を二杯飲み終えると、グラスと瓶をもって、リビングに向かった。

 そこでは、詩稀がソファでうつ伏せに身体を伸ばして漫画を読んでいた。

 テーブルに瓶とグラスを置くと、ソファそのしたであぐらをかいて座った。

 ドボドボと、グラスに琥珀色の酒を注ぐ。

 リモコンを取って、真っ正面のテレビを付ける。

 これといって、興味を引くようなニュースはどこも流してはいなかった。

 それもそうだろう。

 砂項が気になる事など、世間一般の視聴者が求めることとは、まったく違う。

「ねぇ、ご飯まだー?」

 詩稀が漫画から視線を外さず、間延びした口調膝で砂項の後頭部をつつく。

「……食べるのか? 今から食べるなら作っても良いぞ?」

 時計は十六時を回ったところである。

「うそ。まだ食べない」

 ふと日頃の疑問が沸いたが、砂項は敢えて口にしなかった。

 詩稀の脇で、時折、頭をつっつかれながら、砂項は酒を飲み続けていた。

 このままでは、料理するといった時間にはすっかりとできあがっているだろう。

 詩稀はそれに気づいているのか、どうなのか、何も言わずに、一冊読み終えた。

 ソファから身を起こしてみると、砂項は船をこいでいた。

「やっぱ、さっき作っておいたほうが、良かったじゃん……」

 見下ろして、つぶやいた。



 砂項が起きると、時計は二十三時を過ぎていた。

 照明とテレビの電源は落とされて、窓にはカーテンが閉められていた。

 肩からブランケットが掛けられているのに気づく。  

 彼はそのままキッチンにいって、水道から直接コップに水を入れ、二杯飲み干す。

 もう一度、寝ようかと思い、テーブルのところに片付けに戻ると、酒瓶もコップもすでに無かった。

 代わりに、誰が折ったのか、赤い折り紙の鶴が一羽、ぽつりと置かれていた。    「やっと起きたが、酔っ払いが」

 鶴が勝手に向きを変えて、しゃべりだした。

 砂項は別段不思議そうな様子も無く、部屋に行く前にソファに座った。

「で、どうだったんだよ?」

 馴れ馴れしい様子で、鶴に訊く。

「おまえが調べに来た、ここのところの不穏さなぁ、異物が入ってきたんだわ」

「異物?」

「あー、まぁ穢れといっていいのか、そういうもんがこの町にきたらしい」

「曖昧過ぎるだろう、それ……」

「文句があるなら、自分を責めろよな」

「……へーへー」

 砂項は鬱陶しそうな顔を一瞬みせる。

 確かに異形の物に頼んだのは彼だが、いっぱしの使い魔や式神めいた事を言われても困る。

「ありがとよ、もう少し調べて来てくれ」

 鶴は一度、羽ばたくと、姿がかき消えていった。



 本当は、学生寮に引きこもっていたかった。

 しかしそれでは、食料が尽きる。

 誰かに買いに行って貰うのも、気が引ける性分なのだ、彩葉は。

 しかたがないと、夕方、学校帰りに近くのスーパーに向かう。

 当然のように、道は違う。

 今まで三本の道を途中でバラバラに曲がって過ごしてきたが、今回は使ったことの無い道を選ぶ。

 毎度毎度、心臓が止まる思いをした結果の知恵である。

 スーパーは、繁華街のある地域の入り口にあり、そこまでは住宅街だ。

 今回は見る訳がない。

 幾分、脚下のスニーカーも軽い調子だ。

 夕日の強烈な照りは薄まって、涼しい空気が降りてきていた。

 道を進むにつれて、電柱の明かりが灯って先を照らしていく。

 人影は見えず、両側を挟む住宅もカーテンをしめて、照明を点けだしていた。

 夕飯の香りがする家の前を時々過ぎる。

 良い匂いをたっぷりすって彩葉は空腹をおぼえる。

 この道は日常そのものだ。

 妙な気配も無ければ、変わったところも無い。

 しばらく行くと、ネオンを掲げたスーパーに着いた。

 レジが十カ所ほど並ぶ店内は、食料品から日用品までそろっている。

 日常の大体の物は、ここで買えた。

 久司大学付属高校の学生ご用達の店でもある。

 ちらほらと、先輩や後輩らしき年頃の客をみるが、知った顔は無かった。

 彩葉は籠をもって、インスタントの麺とパスタ、それにタレとルーを入れて、ついでにおやつにアイスを二種類加えた。

 全てで、約千二百円。

 袋に詰めて財布をしまうと、彼女は店をでた。

 ビニール袋をもって、来た道を引き返す。

 陽は沈み、すっかり暗くなっていた。

 生暖かい風が頬を撫でる。

 気づくと、街灯以外の明かりがなかった。

 両端の家々は暗く、沈黙している。

 彩葉、胸騒ぎをおぼえた。

 こんな住宅街に?

 動機が早まる。

 自然、足も急ぎがちにだ。

 視線はおちそうになるが、へんな物が落ちてある様子なら、すぐに道を変えようと、まっすぐ前を見据える。

 だが、それが裏目に出た。

 街灯が続く遙か向こうから、人影が一人、ゆっくりと向かってくる。

 良かった、通行人がいる。

 彩葉は、つい、気を緩めた。

 人影との距離が縮まってゆく。

 だんだんと、違和感がわいてきた。

 人影は両手に何か荷物を持ってる様子だった。

 ぼんやりと見えるところまで近づくと、彩葉は恐怖に襲われた。

 だが、足は勝手に動いて言うことをきかない。

 男はフードを目深にかぶり、コートを着て、片手に一斗缶を、もう片手にバッグをさげていた。

 早まる心臓と、息苦しい呼吸をなんとか表面上、普通を装って、強引に下を見ていると、男とすれ違った。

「ありがとうよ。また一つ道を教えてくれて」

 不気味な響きのぞっとするような声。

 一瞬、顔を覗かれたかも知れない。

 間違いない。

 あの死体を作っている犯人の男だ。

 背後を振り向くと、もう彼の姿は無かった。

 家々から、雑多な会話やテレビの音が聞こえてきて、道は元の住宅街のささやかな明かりと物音が戻ってきた。

 彩葉の身体も自由になっていた。 

 彼女は、いまだ震える身体で学生寮に走り出した。



 部屋に戻ると、身体は汗まみれだった。

 買った物を、冷蔵庫にしまい、すぐにシャワーを浴びる。

 部屋着に着替えて、一人になると再び恐怖が襲ってくる。

 だが、頼る相手などいない。

 ひたすら耐えるしかないのだ。

 ジャージ姿の彼女は、ソファの上で両膝をかかえ、顔を埋めた。

 いきなり、インターフォンが鳴る。

 思わず、彩葉は反対側に逃げるような姿勢になった。

「彩葉、いるー?」

 瑠良の声だった。

 彩葉は驚きを落ち着かせるように、一つ深く息を吐くと、玄関口まで来て鍵をあけた。 そこには、短い髪を団子に結んで広い額を晒した少女が、同じジャージ姿の笑顔で、よぉ、と、軽く手を上げた。

「ご飯食べに来たんだけど、もう終わった?」

 瑠良は厚かましい事を堂々と口にする。

 まだ、内心戸惑っている感情を悟られまいとしつつ、彩葉は首を振った。

「これから作るところ。一緒に食べよう?」

「さすが、我が嫁」

 ニカリと笑って、瑠良は玄関から部屋の中に入った。

「今日は何食べるん?」

「えっとね、カップラーメン」

「……作るとかいったよね?」

「作るよ、お湯入れる作業」

「子供のおもちゃみたいなお菓子のほうが、手間かかってるわ!」

「大人だから、そこまで面倒な子としなくて済むように考えてるんだよ」

「無茶苦茶なこというなぁ」    

 結局、ヤカンでお湯を炊き、プラスチックの容器の中に注いで、三分待つことになる。

「どう、大人の発明は? 早いし、美味い」

 ニコニコしつつ、彩葉がいう。

 割り箸とともに一個を渡された瑠良は、ふむ、とうなづいた。

 ニコニコとしている彩葉横で、瑠良は無言のままカップラーメンを食べ終わった。

「ごちそうさまー。あれ、瑠良はスープ全部飲まないの?」

「ん」

 カラのカップをキッチンに運んで、彩葉は忘れていたとばかりにテレビを付けた。

 地元の人気芸人が町を探索するというバラエティだ。

「これ、面白いよねー」

「まぁねぇ」

 瑠良はさっきからどことなく素っ気が無い。

 彩葉は気づいていたが、わざと触れずに、そのまま喋りつづけようとした。

「てかさぁ」

 だが、口を開いたのは瑠良だった。

「何隠そうとしてテンションたかくしてるの? まったく、そんなにあたしが信用できないかな」

 彩葉は跳ね上がりそうになった。

 瑠良は隣からまっすぐに視線を向けてくる。

「えっと……そういうわけじゃないんだけどね……」

「じゃあ、どういうわけ?」

 彩葉は、少しの間をおいて、彼女に顔をむけた。

「あはははは、何でも無いよ」

「そうか、じゃあ帰るよ」

 瑠良は立ち上がり、彩葉を見もしないで玄関口に歩いて行った。

「あ、瑠良!?」

 無言で彩葉の目の前でドアを閉め、姿を消した。

 彩葉はドアの前で、反省した。

 正直に言わなかったので、瑠良は怒ったのだ。

 彼女も衝撃が強すぎてまだ話す心の準備が出来ていなかった。

 今から話に行こう。

 決めて、寮内の暗い廊下を瑠良の部屋に歩を進めた。

 インターフォンを押したが、反応はない。

 無視されているのだろうか?

 もう一度鳴らしたあと、ノブを回してみた。

 鍵はかかってなかった。

「瑠良、さっきはごめん……」

 言いながら、ドアを開けると中は真っ暗だった。

 悪寒がする。

 まさか!?

 だが、どこか行ったのかも知れない。

 瑠良は友達が多いのだ。

 引き返そうとするが、室内のそれ(・・)が目に入った。 

 ボタンの目、縫われた口元、ドロドロに溶けた皮膚。

 キッチンとワンルームの中で、窓際にもたれて確かにそれは、存在した。

 彩葉は思わず自分の寮に駆けだしてもどった。

 ドアを閉め鍵を掛けてもたれかかり、明かりのついた自分の部屋を眺めつつ、呼吸を整える。

 涙が溢れてきた。

 まさか、瑠良が……。

 全て自分が悪いのだ。

 ちゃんと話していれば、こんな事にならなかった。

 そのまま塞ぎ込み、彼女は号泣した。

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