第10機動部隊の応援もあり、カッツエは
。
マリーはひとり、空中に浮いていた。その顔には憂いが色濃くにじんでいた。精霊の力を使い、魔物相手と言えども攻撃のために使う。
こんな力の使い方が正しいとはとても思えない。しかしそれでもマリーは今はこの力に頼ることを決めた。
(迷ってる時間はあたしには無い!)
眼下には
「暗き水よ……。あたしに力を貸して! 豪雨となりて、あたしたちの敵を洗い流してほしい!」
マリーは両手を振り上げる。彼女の頭上高くに薄い雲が集まり始めた。次第にその薄い雲が重なり始める。幾重にも雲が重なり合い、ついには積乱雲となる。
地上に向かって雷が斜めに落ち始めた。雷は空気を裂き、さらに地面を穿つ。鼓膜が破れそうなほどの大音量が辺り響き渡る。まばゆい閃光が何度も地上に向かって落ちていく。
(暗き水よ……。あたしの言うことを聞いて!)
最初は小雨であった。ぽつぽつと大粒の雨が地上へと落ちていく。だが、その10数秒後には雨水が束になって、真っ黒な大地を濡らし始めた。
雨量はどんどんと増えていく。しかも
マリーは両手を天に向けて上げ続けた。
(ダメ……。飲み込まれないように。相手だけを飲み込むように!)
マリーの身から立ち上る黒い霧を吸って、積乱雲はその厚みをさらに増していく。雷雨が地上へと斜めに落ちていく。
最初はぬかるみを作る程度であった、その雨は。だが時間が経つにつれて水嵩が増していく。
風呂釜をひっくり返したような大雨が地上に川を作り出した。
ついには
「がおおおおおおおおおん!」
「はぁはぁはぁ……。ありがとう、暗き水さん……」
雨水は濁り切った川となり、西から北へと流れる。その先には大きな水源があった。もともとこの地の近くを流れている河川である。マリーがその地点へと
◆ ◆ ◆
「おお。これは神の御業か!」
カッツエは目の前に広がる光景を高台から見下ろしていた。合流したマリーに「高台へ向かってほしい」と言われていた。
その地で何が起きるのかとマリーに説明を求めたが、マリーは「時間がないから」とだけ告げて、ひとり、空高く舞い上がってしまった。
カッツエは迷ったが、ハジュン団長を伝手に、マリーは万を率いる将器を持っていることを事前に知っていた。
ならば、マリーの指示に従うのが正しいという直感が降りてくる。その直感に従い、
◆ ◆ ◆
雨があがるまで1時間近くの時間が過ぎていた。カッツエは
もしかしたら
「やりましたな、カッツエ副団長!」
「うむ。マリー殿に感謝せねばならぬなっ!」
そこへ向かってマリーがゆっくりと地上へと降りてくる。カッツエは笑顔で彼女を迎える。しかし、マリーの表情は血の気を失い、さらには憂いに満ちていた。
「あたし……。精霊たちにあんまり攻撃的なお願いをしたくない」
マリーは心の底からそう思った。その思いがそのまま口から出た。強大な力を使ったことで、彼女は深い葛藤を抱えていたことが一目瞭然であった。
カッツエは笑顔だった自分の顔を無理やりに引き締める。
「うむ。その通りだな」
彼の口からはいつものカッツエの言葉が出てきた。それによりマリーは憂いを含みながらも苦笑した。カッツエは顔をほころばせながら、マリーに感謝の言葉を送る。
「助かったぞ。マリー殿の心情は察するに余りあるが、それでも救われた」
「こちらこそ救われる思いです。でも出来るなら、あたしはこのような力の使い方をしたく……ない……」
「うむ、その通りだな」
カッツエの何かあれば「その通りだな」の言葉がツボに入ったのか、マリーは可笑しそうに笑ってしまう。
自分は気にしすぎているのかもしれないと思う。守らなければならないひとたちを守れたのだ。それだけで十分なはずなのだ。マリーの白くなりすぎた顔に血の気が少しだけ戻る。
カッツエに慰められたマリーはカッツエに大きくお辞儀をする。
その後、第10機動部隊の隊員たちと合流する。皆はマリーの
「すげーッス!」
「いやはや、大魔法使いを返上しなあかんわ、こんなん見せつけられたら」
マリーは照れて、うつむき加減になった。そんなマリーの身体を背中側から支えたのがクロードであった。
クロードは複雑な表情となっている。なんと言えば正解なのかと悩んでいるかのようであった。
「あー、そのえーっと。大丈夫か?」
クロードが知恵を絞って出した言葉がそれであった。マリーは「ぷっ」と軽く噴き出してしまう。
クロードが憮然となっている。マリーは右目から流れ落ちそうになった涙を右手で拭う。
「ごめん。ただ、クロードって、カッツエさんよりも口下手だなって」
「わ、悪かったな」
「ううん。気遣ってくれてありがとね」
「お、おう。ひとりで背負い込もうとするんじゃねえぞ。俺みたいに……な」
クロードの気遣いに感謝してしまうしかないマリーであった。マリーはうん、うん! と数度、頷く。そして笑顔でクロードに接する。
「クロードも成長したね! ちゃんとあたしとふたりで分かち合おうとしてくれるのが嬉しい」
「お、おう。俺もいつまでもガキをやってちゃいけないってわかってるからな。じゃないと、どっから飛んできたコッシローにどつかれちまう」
マリーはこれでもかとクロードに笑顔を見せつけられている。そんなクロードがたじたじになっている。
マリーはクロードが可愛いと思えてしまう。当の本人はマリーの笑顔で心臓の鼓動を早くさせている真っ最中だ。マリーはもっとクロードを困らせてしまいたくなる。
「クロードからがんばったっていうご褒美がほしいなー」
「それは……。うーん。皆の前だけどいいのか?」
「それは……。うん、自分で言って赤面しちゃう。ごめん、ふたりっきりのときに……ね?」
クロードがマリーのお願いで照れている。マリーは自分でお願いしたくせに照れている。隊員たちはそんな2人を見て、ニヤニヤとしぱなしだった。
「いいなー。俺もこの戦いが終わったら、彼女つくろうかなー」
隊員のひとりがそう言った。それに続けとばかりに他の隊員も続く。
「俺たちは今回の戦いで十分に頑張った。王都に戻ればモテモテ間違いなしだよな」
「おう、その通りだぜ。彼女のひとりやふたり、すぐに出来るに違いねえ!」
マリーたちを冷やかそうと盛り上がる隊員たちであった。その弛緩しきっている空気を改めようと、とレオンが口を挟む。
「いいかー、おまえらー、よーく聞けえ。二股する時は刺される覚悟でやりたまえー。じゃないと俺みたいにブスっと刺されるぞ」
ナンパ師のレオンが言うからこそ、十分に説得力がある言葉だ。
実際に腹に刃物が刺さった状態で第10機動部隊の詰め所に出勤してきたことがあるレオンだ。治療費を浮かそうとヨンに治療を頼んだからそうなったのだが、隊の皆はドン引きであった。
締まった空気をさらに締めようと次はヨンが口を開く。
「ええかー、おまえらー、よーく聞けえ。戦争は終わるまで油断しないことや。勝ち戦と浮かれた時が一番、危険なんや」
それは痛いほど知っている隊員たちだ。訳ありで第10機動部隊に流れ着いた者ばかりだ。
あの時の油断さえなければ、今、ここにいなかったという者ばかりである。隊員たちは心と身を引き締める。
毅然とした態度で、マリー隊長の次の言葉を待った。
マリーは戦場ならではの空気を纏い直す。そして、ごほんとひとつ咳を付く。
「皆、よくがんばってくれました。その甲斐もあって、第3騎士団の多くは戦場から離脱できました。本当にありがとう」
マリーが深々とお辞儀をしてくる。隊員たちはそこまでしなくてもいいのにとさえ思ってしまう。
軍旗違反を犯してまでも第3騎士団を守ると言ったマリー隊長に、自分の意思でついてきたのだ。何を水臭いことをと返してしまいたくなる隊員たちであった。
「マリー隊長とどこまでも!」
「クロードばかりがマリー隊長を守るわけじゃありませんからな!」
「そうだ、そうだ! 可愛い隊長をお守りするのをクロードだけに任せるわけにはいかねえよな!」
これから先、どんなことがあろうとも、マリー隊長と共に苦難を乗り越えようと思った、彼らは。皆の瞳には新たな決意が宿っていた。