目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第49話:コッシロー・ネヅ

「ごがああああ!」


 合成獣キメラが一斉にレオンへと体当たりする。レオンは合成獣キメラの足元へと滑り込んだ。それにより合成獣キメラ同士で盛大にぶつかることになる。


 レオンは残り2本の短剣ダガーのうちの1本を今潜り込んでいる合成獣キメラの腹を裂くために使った。


「内蔵、ぶちまけろッス!」


 合成獣キメラの腹を裂いている最中に短剣ダガーが折れる。


 レオンは思わず「チッ!」と盛大に舌打ちする。突き刺すことに特化させている短剣ダガーであるため、裂く方向に力を込めるとあっさりと折れてしまう特別仕様であった。それを恨めしく思ってしまう。


「ぐるるるる……」


 合成獣キメラは腹を裂かれたことでそこから大量の内蔵がどろりと地面へと落下していく。


 醜い姿となりながらも鼻息を荒くしてレオンを太い足で踏み砕こうとした。レオンは素早く合成獣キメラの下から飛び出し、燃え残った真っ黒な木を駆けのぼる。


 さらにはその木を蹴り飛ばし、別の燃え残った真っ黒な木へと飛び移る。


「しつこいッスね……」


 眼下には合成獣キメラたちが早く落ちてこいとばかりに口を大きく開いていた。これはもうさすがにどうしようもないと感じるレオンであった。


 合成獣キメラの口からはヨダレと炎が零れ落ちる。まだかまだかと獲物を待っていた。


 その時であった。ドッスンドッスンと焼け焦げた大地を踏み固める音が聞こえてきたのは。


「ん? おれっちの加勢にきてくれたッスか?」


 レオンと合成獣キメラは重く響く音の方へと視線を向けた。そこには真っ黒になった土くれの人形が立っていた。


 合成獣キメラはその異様な雰囲気を醸し出すゴーレムを見て、警戒心をマックスにする。


「ぐるるるる」


 焼け焦げた木に逃げた男よりも、真っ黒なゴーレムの方に注視せざるをなくなる。合成獣キメラたちは扇状に広がる。そして、一斉にゴーレムへ向かって獅子の口から火を噴いた。


「やっべーッスわ……」


 木の上でその光景を見ていたレオンは言葉にならなかった。地獄のような光景をただただ顔を引きつらせながら見ていることしかできなかった。


 10体以上の合成獣キメラの獅子の口から噴き出す炎の量に圧倒されていた。


 都市ひとつ灰にしてしまいそうな猛炎にあぶられたゴーレムがまったく動けなくなっていた。



 炎の勢いに押され、さすがのゴーレムもあとずさりしてしまう。体内にしまい込まれているコアを破壊されぬように両腕で炎をガードしてみせる。


「ゴーレム、がんばるッス!」


 ゴーレムの両腕から滝汗のように黒い液体が流れだす。みるみるうちにゴーレムの腕がやせ細っていく。


 ついにはゴーレムの両腕の腕先が完全に炎で溶かされてしまった。炎は勢いを止めずにゴーレムの身体を覆いつくした。


 ゴーレムは土で出来ているというのに、その土が溶けたのだ。


 それを木にしがみつきながら見ていたレオンは思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。もし、ゴーレムがここにやってきてなかったら、自分はあのゴーレムのように溶かされてしまっていたと戦慄してしまう。


(ゴーレムさまさまッスわ。しかし、どうしたもんッスか……)


 レオンは木の上から見下ろした。眼下には、ゴーレムに群がる合成獣たちが火を吐き続ける。レオンが下手に木から動けば、彼らの次の標的になるのは明らかだった。


 ゴーレムの身体のあちこちから黒い液体が零れ落ちていく。ゴーレムは身をかがめる。なんとかしてコアだけは守ろうとしているようであった。


 だが、その抵抗もむなしいと言わんばかりに合成獣キメラたちが歓喜の色をその双頭に浮かべる。延々と全てを焼き尽くさんばかりの猛炎をゴーレムへと吐き出し続けていた。


「脳みそが3つあるくせにクロードよりもアホでッチュウ」


 黒いゴーレムのとある一点に白い何かが見え始めていた。ゴーレムの体内に隠れていた者の姿が暴かれようとしていた。


 そいつは白い大ネズミであった。コッシロー・ネヅである。彼の身体がゴーレムから剥き出しになった途端、彼の身体は紫色の球体に包み込まれる。


「オレ。ゴシュジンサマ。守ル」


 それはゴーレムに刻み込まれた絶対的な命令が発動したからだ。「自身を操るあるじを守れ」というゴーレムが絶対に上書きできない命令であった。ゴーレムは自分のコアを守るよりもそのあるじを守る行動にでた。


「おうおう。かわいいやつッチュウ。その身を挺してあるじを守る。吾輩、こういうやつは実は嫌いじゃないッチュウ」


 コッシローは暗に誰かを示す言葉を吐いていた。もちろん、あのドアホのクロードのことである。コッシローはよーしよしとゴーレムのコアを前足で撫でる。


「オレ。ウレシイ。ゴシュジンサマ。守レテル」


 黒いゴーレムは顔まで溶け始めていたが、その表情は安らかであった。あるじを守れたことを誇りに思っているとでも言いたげである。


 ついに黒いゴーレムが完全に溶けてしまった。しかし、彼のコアは紫色の球体に包みこまれているコッシローの手の中にあった。


 コッシローはよくやったとばかりに優しくゴーレムのコアを撫でる。


「可愛いやつめ。あとで復活させてやるッチュウ。さてと……」


 コッシローは菩薩のような笑みを浮かべたあと、合成獣キメラたちを睨みつけた。その顔はすでに阿修羅の怒りの面となっていた。


 合成獣キメラたちは口から炎を出すのを止めて、さらにはあとずさりしてしまう。獅子の頭を持つというのに、白い大ネズミ一匹に怯んでしまった。


「ぐるるるるる……」


 じりじりと合成獣キメラたちがあとずさりしていく。決して、距離を詰めてはいけない相手だとその身体にある3つの脳で理解する。合成獣キメラたちは炎が効かぬ相手をどうすれば倒せるかと考えた。


「ごばあああああ!」


 まずは山羊の口から酸を吐く。大地が腐る。さらには腐臭が漂う。木の上にいた男はどこかへと立ち去っていた。


 それもそうだろう。まともにこの腐臭を肺に吸いこめば、身体が痺れ、肺から腐っていってしまうからだ。


「ぐふぐふ」


 この地を腐らせながら腐臭の波が白い大ネズミへと忍び寄っていく。腐臭が白い大ネズミを守っている紫の球体に浸透していく。


 しかしながら白い大ネズミは、ふんっと大きく鼻息を鳴らしてみせた。その途端に腐臭はとある一点へと吸い込まれていく。


 まるでそこに虚無の穴があるが如くだ。勢いよくその一点へと吸い込まれてしまった。


合成獣キメラを作ったやつは、こいつらにどういう設計思想を持っていたッチュウ? 問い詰めてやりたいッチュウ」


 白い大ネズミは前足で水晶玉をかざしていた。その水晶玉の中を赤い金魚ゴールデン・フィッシュがゆったりと泳いでいた。


 赤い金魚ゴールデン・フィッシュ合成獣キメラにも聞こえるほどの大音量で「ゲッフゥ」と汚すぎるげっぷをしてみせる。


「おまえたちの創造主の力は素晴らしいッチュウ」


 白い大ネズミは恍惚といった表情となっていた。合成獣キメラたちの力を吸い込んでしまったあの水晶玉をよーしよしと可愛い赤ん坊を撫でるかのように扱っている。


「ふーふーふー」


 こいつは危険だという表情になっていく合成獣キメラである。炎が防がれる。腐臭も吸い込まれた。ならばこの距離間を保ったまま、自分たちに出来ることは他にあるのか? と悩み始める。


 いくらその身体に3つの脳みそを持っていようが、所詮、獣である。最後は物理的な力で不気味な白い大ネズミを喰らってしまえばいいと考えた。


「がおおおおおおおん!」


 一斉に吼えた。そして、勢いよく白い大ネズミに向かって一直線に走り出す。


「脳みそが足りないやつの最後の手段は力づく。本当にバカでッチュウ」


 白い大ネズミはそう言いながら、ふところに水晶玉をしまう。そうした後、前足でゴーレムのコアを地面に押し付ける。


「ゴーレムのコアはこういうふうにも使えるッチュウ」


 その途端、この地を大地震が襲った。コアを中心にして、大地が揺れ、黒い砂塵を舞いあげる。さらには亀裂が地面を走る。その亀裂はまるで意思をもっているかのようでもあった。


 亀裂のひとつひとつが合成獣キメラたちをとらえた。大地そのものが大きな口となった。合成獣キメラたちの身体は亀裂に飲み込まれていく。


そして、またしても大地が震える。今度はその亀裂が閉じ始めた。


「ぐぎゃああああああ!」


合成獣キメラたちは泣け叫んだ。


 だが、大地に空いた口はゆっくりと合成獣キメラたちを食べていく。


 その表現が正しいかのように大地は大勢の合成獣キメラを一度に飲み込んでしまった……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?