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第47話:撤退援護

「本当にこれで良かったんすかね……」


 レオンがそう呟いた時、隣に立っていたクロードが寂しさも含まれた笑みを浮かべて答える。


「何が正解かなんてわからないさ。でも、俺たちが選んだ道は、マリー隊長と一緒に歩む道だ。最善を尽くしたうえで俺たちは選んだ。そうだろ?」


 レオンはしばし沈黙した後、小さくうなずいた。自分がやるべきことを、今はただ信じて進むしかない。


 マリーはそんな2人を見つめ、物思いにふけた。自分の決断が隊員たちにどれだけの重圧を与えているのかはわかっていたが、それでも彼らが一緒に歩んでくれることに感謝していた。


「皆、ありがとう。これから厳しい戦いになるかもしれない。でも、私たちは精鋭揃いの第10機動部隊よ。必ず乗り越えられる」


 マリーの言葉に、全員が力強くうなずいた。そして、彼らは完全に村を後にした。背後に広がるサイガ村の風景が、彼らの記憶に深く刻まれることを感じながら。


それぞれの思いを抱えつつ、第10機動部隊は新たな戦いへと向かう準備が整った。


◆ ◆ ◆


 第10機動部隊はサイガ村をあとにし、一路、第3騎士団が戦っている戦地へと向かう。


 自分たちが視線を向ける彼方にはもうもうと黒煙が立ち上る。狼煙のろしとは違う煙だ。


 サイガ村で滞在してからこの3日間、本隊が別の連絡用として用意していた狼煙のろしの色が変わることはなかった。その時点で気づきを得ていても良かったのかもしれない。


 どこかで安心していた。その狼煙のろしの色が不安を誘うものではなかったからだ。


 予想するに本隊もどこか弛緩した空気に包まれていたのかもしれない。そこを急襲されたがゆえに、狼煙のろしの色を変えることも忘れて伝達役を寄越したのだろう。


(本隊は意表もつく意表をつかれた。じゃなければ説明がつかない)


 マリーはそう推測した。視線を向ける先で立ち上る黒煙の量が増えていく。まるでマリーの不安と比例するかのように。


 そしてその不安は的中する。敗残兵と思える兵たちが互いの身体を支えながら、こちら側に向かってくる姿が目に映る。


 マリーの顔はいっそう険しいものになる。こころが焦る。焦ったこころが足へ伝わる。足が馬の腹に蹴りを入れそうになる。


(こういうときこそ、冷静に……。頭の中をクリアに……)


 ここで自分だけ速度をあげるわけにはいかない。マリーは緊張感をもってして、自分の身体を律した。


「レオンさん。少しだけ先に行ってもらえますか?」


「うッス。ちょっとだけ先に行くッス」


 逸る気持ちを抑え、適任のレオンに頼むマリーであった。レオンがマリーの代わりに前へ出る。


 適切な距離感でマリーの前を進んでくれる。マリーは少し後ろを振り返り、自分が操る馬に遅れていない者がいないか確認する。


(遅れているひとはいない)


 後ろに続く隊員は皆、真剣な顔つきであった。事態の重さを肌で感じているというのが伝わってくる。


 マリーは前を振り向き直す。手綱を握る手に汗がにじんでくる。それでも馬にその気持ちが伝染しないように細心の注意を払う。


 マリー隊長の下へとレオンが下がってくる。そして、自分の目が捉えたものをマリーに伝えてくる。


「前方5キュロミャートルで本隊が何者かと交戦中ッス」


「ありがとう、レオンさん」


 マリーの脳裏には、黒煙の向こうで待ち受ける未知の敵の姿がちらついていた。何かが来る、そう確信していたが、それが何かはまだわからなかった。


 ただひとつ言えるのは、これが今までにないほどの戦いになるだろうということだけだ。


 レオンからの報告を受けたマリーは後ろを振り向く。続けて、護身用の長剣ロング・ソードを鞘から抜き出し、それを天高く掲げる。


「あたしたち第10機動部隊は本隊と魔物が争っているど真ん中を突っ切る! まっすぐあたしについてきて!」


 それは逃げ惑う兵に手を一切貸すなという冷酷な命令であった。


 だが、マリー隊長の言っていることは正しい。下手に巻き込まれれば、自分たちが今ここにいる意味がなくなってしまう。


 自分たちが真にすべきことに集中しろという意味なのだ、マリー隊長が言おうとしていることは。


「了解しました、マリー隊長!」


 マリー率いる第10機動隊は瓦解し始めている第3騎士団のことを一切見ていなかった。


 前線ではこの崩壊を1秒でも食い止めている人物がいるはずだ。その者と協力しあわなければならない。


◆ ◆ ◆


 最初の敗残兵を見つけてから40分ほど経つ。ついにマリーたちは第3機動部隊の最前線へとたどり着いた。


 そこはまさに地獄絵図であった。


 火を噴く魔物たちが火の海を作り出していた。


――合成獣キメラ。その魔物は獅子の頭と山羊の頭のふたつを持ち、さらには尻尾は毒蛇であった。


 地を蹴るたびに大地が震え、獅子の口から吐き出される炎が周囲の草木を一瞬で灰に変えていった。


 その巨体は影のように素早く、鋭い牙と爪がどれほどの犠牲を生むかは、目に見えていた。


 前線で戦う兵士たちは長槍ロング・スピアを魔物に突き立てるが、魔物は素早く躱してみせた。


 ひとつの胴にふたつの顔を持つ魔物は獅子の口から炎を吐き出す。その炎によって兵士がひとりまたひとり火だるまとなる。


 マリーはギリッと奥歯を噛みしめる。戦場を火の池地獄と化した合成獣キメラに向かって、護身用の長剣ロング・ソードを向ける。


「水よ! 塊となりて、目の前の敵を穿て!」


 マリーは精霊たちの力を普段は仲間をサポートするために使う。めったなことでは攻撃用には使わなかった。


 だが、目の前の惨状を見せつけられて、マリーは冷静ではいられなかった。


 マリーが右手でかざした長剣ロング・ソードの先端には水で出来た丸い鏡が現れる。その丸い鏡の大きさそのままにそこから一直線に水柱が飛び出していく。


「ぐあああああ!」


 兵士を丸焼きにしてニヤニヤ笑っていた獅子の顔面に水柱がモロニぶつかる。衝撃により合成獣キメラが天高く吹き飛ばされる。


 マリーは合成獣キメラの1体を力づくで吹き飛ばした。そうした後、ひとつ鋭く息を吐く。


 マリーは前を見据えたままであった。


(数が多すぎる! 本隊が壊滅状態にされたのもわかる!)


 見えるだけでも100体近くの合成獣キメラがいる。マリーは呼吸を整える。その目には炎の色が移り込んでいた。


 今の彼女の気持ちを代弁しているかのようでもあった。


「全員抜刀! 4人一組となって、確実に1体づつ、合成獣キメラを処理していって!」


 マリーがそう命令するなり、クロードの後ろに3人。ヨンの後ろに3人が続く。


「いくぞ、野郎ども!」


 クロードの後ろの3人は一斉に短弓から矢を放つ。山羊の顔にその矢が続けて刺さる。合成獣キメラは悲鳴をあげる。


 そこにすかさずクロードが馬上から飛び降り、一気に距離を詰める。そして大剣クレイモアを下から上へと振り上げ、山羊の頭を斬り飛ばす。


 斬り飛ばされた山羊の頭は切れ目から紫色の血をまき散らす。


「まだまだああああ!」


 その血を浴びる前にクロードはさらに一歩踏み込む。右足が焼け焦げた大地を踏みこむ。クロードが剣を振り降ろした瞬間、空気が切り裂かれる音が響いた。


「おらああああああ!」


 その鋭い一撃は、合成獣キメラの獅子の顔を真っ二つにした。鮮血が吹き出し、クロードの剣を染めたが、彼はそれに怯むことなく次の合成獣キメラに対して攻撃を繰り出す。


「こりゃクロード班に全部もってかれるんやで! わいに続いてや!」


 ヨンはそう言うと、魔法の杖マジック・ステッキに魔力を送る。それと同時に詠唱を開始する。ヨンは早口言葉で詠唱を終える。


 それと同時に構えた魔法の杖マジック・ステッキの先端から茨の鞭が何本も飛び出す。


 茨の鞭は地面を穿つ。焼けて硬くなった土の表面を削る。それにより黒くなった土が大量に宙へと巻き上がる。


 地面を削る音が自分の身に襲い掛からんとしていることに気づいた合成獣キメラはそちらの方に顔を向ける。


 獅子の口から火炎が放射される。だが、大量の茨の鞭が炎をかき消す。それと同時に炎が破裂する音が周囲に響く。


「わいの鞭がその程度の攻撃でひるむと思ったんか?」


 炎をかみ砕いた大量の茨の鞭が合成獣キメラの身体をとらえる。茨の鞭が身を縛る鎖となって、合成獣キメラを拘束する。


 合成獣キメラがその拘束を解こうと暴れ回る。だが、抵抗すればするほど巻き付いた茨は深々と合成獣キメラの身体に突き刺さる。


「おらあ、槍をご馳走だ!」


 完全に身動きできなかったところをヨンの後ろへ続いていた隊員たちがその手に持つ武器を振り下ろす。


「うぎゃああああ!」


合成獣キメラはけたたましい断末魔をあげる。


◆ ◆ ◆


 突然の大量の合成獣キメラの襲来を喰らい、第3騎士団はあわや崩壊しそうになっていた。


 しかしながら、第10機動部隊の加勢によって、第3騎士団の前線の一翼が機能する。いくさの流れが変わったと感じた者がいた。


 同じく前線の一翼を担っていたこの騎士団の団長であった。


(風の向きが変わった……!?)


 ハジュン団長は何が起きたのかは理解していなかったが、左翼が合成獣キメラを押し返し始めてくれたのはありがたい。


 その事実を視認するや否や、残っている兵士たちに「押し返すは今ぞ!」と号令をかける。


 息を吹き返した第3騎士団は次々と合成獣キメラを押し返す。炎と金属が交差する。金属が炎によって溶けていく。だがその溶けた金属をそのまま合成獣キメラの顔面へと叩きつける。


「押し返しなさい! 敵は怯みを見せた!」


「ハジュン団長のもとに! 皆、団長に続け!」


 いよいよもってして、第3騎士団と合成獣キメラとの全面抗争が始まった。どちらも身体から血を流す。赤い血と紫の血が戦場を染めていく……。

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