第10機動部隊がサイガ村に着任してから早4日目の朝を迎えようとしていた。
サイガ村の復興も順調に進んでいる。しかしながら、マリー隊長は不安が募る一方であった。
それもそうだろう。少なくとも3日に1度は第3騎士団からの連絡がくる手筈であった。なのに、4日目の朝9時になっても本隊からの連絡はやってこなかった。
「レオンさん……。本隊に何かあったと思わない?」
「うーん。やっぱ、俺っちがひとっぱしり、行ってきたほうが良いんすかね?」
物見
(クロードはどこほっつき歩いてるッスか……)
レオンはどうしたものかと思案に暮れる。斥候役としての任務をこなすなら、自分が1番適任だ。
だが、復興途中のサイガ村のことが重くのしかかる。第10機動部隊は10人しか配属されていない。
そのうちのひとりがどこかへ行けば、残りの隊員たちの負担が一気に増える。
(やきもきするッスね。いっそ、何か起きてくれたほうが気が楽ッス)
そのことがわかっていたからこそ、マリー隊長はレオンを連絡役として、本隊に派遣していなかった。
レオンは何か名案が思い付かないかと首をひねってみせる。しかしいくら考えを巡らせたところで、自分が直接、本隊にお伺いを立てるという案に帰結してしまう。
2人が思い悩んでいると、急に村の中が騒がしくなった。レオンは何があったのかと急いでハシゴを上り、物見
すると、村の入り口で倒れている者を発見した。その者の横には疲れ果てて足を降り曲げている馬もいる。
「村の入り口で何かあったみたいッス!」
レオンは物見
マリーはレオンが物見
「おお、マリーちゃん、来てくれたんか!」
「うん! あたしに出来ることはある?」
「何かを伝えよとしてるみたいや。マリーちゃん、頼むやで」
ヨンは傷つき倒れた者の胸あたりに
そこからは淡い緑色の魔力が溢れ出ていた。回復魔法で身体の傷を癒してはいるが、その効果が目に見えるほどではなかった。
「火と土の精霊よ……。彼を癒し……。え?」
マリーが傷つき倒れた彼の近くでひざまずき、精霊に対して祈りを開始しようとした。だが、マリーの手首を彼が力なく握り込んできた。
マリーは驚きの表情となる。彼は息も絶え絶えになりながらも、本隊の今の状況を伝えてくる。
「第10機動部隊へ……。第3騎士団は全滅の危機にある……。すぐに撤退せ……よ」
伝えるべきことは伝えきったという安心感を得たのか、彼の手はそこからずり落ちるように力なく地面へと落下する。
マリーはその手を両手ですくいあげる。そして自分の額に彼の手を当てた。弱々しいがまだかすかに生命活動を感じた。
マリーは改めて火と土の精霊に頼んで彼を回復してもらうように頼む。
彼の身体を湿り気をもった土が包み込んでいく。そして火の精霊が彼の身体を温め始める。
数分もすると彼の生気がいくらか戻ってきたのか、土色だった彼の顔に生気が宿る。ひと安心したヨンはようやく彼の身体から
「ふぅ……。峠は越えたみたいやな」
「うん。あとは彼自身が生きたいっていう意思にかかってる」
「せやな。さて、とんでもない伝達がきたもんや。マリーちゃん、皆を集めるやで」
マリーは村人たちに1時間もしたら土から掘り起こして、彼をベッドに寝かしてほしいと頼む。
周囲を囲んでいた村人はそれを了承する。伝達兵を村人に預けたマリーとヨンは急いで、陣幕へと戻る。
途中で合流したクロードに第10機動部隊に所属する全員を集めてほしいと伝えた。
5分後には全員が陣幕へと集まった。その頃にはマリーは隊長として、これからすべきことを決めていた。
マリーが放った一言で皆は騒然となる。
「ちょ、ちょっと待ってほしいッス。撤退命令が出たんすよね?」
レオンは皆を代表するかのように素っ頓狂な声をあげてみせる。しかしながら、マリーは威厳を崩さない。レオンの言葉を受けても動揺する素振りを見せない。
「うん。だからこれからすることは立派な命令違反」
「隊長であるマリー隊長がそれをしろと言うんすか?」
レオンが咎めるようにマリー隊長に進言する。
「嫌なら先に撤退してもらってもかまわない。でも、あたしはあたしが出来る範囲で助けにいきたい。皆、ごめんね? わがままな隊長で」
マリーの目には決意が宿っていた。レオンは空いた口がふさがらないといった表情である。
マリーの隣にクロードが立つ。
「マリー隊長ならそう言うと思ってたぜ。
彼女の肩にクロードは軽く手を乗せる。仲間外れは無しだとばかりにヨンがマリーの左隣に立つ。
「わいもお供しやすぜ、マリー隊長。隊長が違反するなら、補佐官のわいも一緒に上官に怒られなあかんしな、そうやろ、クロードくん」
ヨンはクロードと同じようにマリーの空いたほうの肩に手を乗せる。そんな3人に向かって、わざとらしい手振り身振りでレオンがマリー隊長たちを非難してみせる。
そんなレオンを見て、隊員たちがぶふふっと笑いを堪えるのであった。
「水臭いですぜ、隊長」
「そうそう。レオンさんも演技が下手くそすぎますよ」
「俺たちゃマリー隊長が率いるこの第10機動部隊が好きなんだ。今更、抜ける気なんてありゃあしません」
隊員たちが改めて、マリー隊長に忠誠を誓う。マリーは困り顔になってしまう。そんなマリーに対して、両脇を固めるふたりがもう1度、マリーの肩に手を置く。
「ありがとう、みんな……」
マリーは皆の同意を得られたことで安心感を覚える。そして、毅然とした表情で改めて、皆に自分の気持ちを伝えた。
「あたしたち第10機動部隊は第3騎士団本隊の撤退を援護します!」
マリーの言葉を受けて、隊員たちが「おう!」と一斉に返事をしてみせる。各自、準備をしつつ、村人たちにこれまでお世話になったことを伝えに行く。
隊員たちにお礼を言われて面食らう村人たちであった。
感謝を言うべきは守ってもらうだけでなく、復興まで手伝ってくれた自分たちのほうであった。それなのに彼らのほうから先に頭を下げてきたのだ。
第3騎士団がここから撤退するということは、サイガ村が無防備になるということだ。だが、サイガ村の人々はあとは自分たちでどうにかすると力強く返してくれる。
特に人気があったのはレオンであった。レオンから元気をもらった子供たちがレオンを取り囲む。
「じゃあな、可愛い子ちゃん。レオン・ハイマートの名を忘れるんじゃねえぞ」
「うん! あたしが大きくなったら、レオンおじちゃんと結婚してあげる! だから、あたしが大きくなるまで、お互い生きていようね!」
レオンは苦笑する他無かった。レオンは24歳で、今、結婚してあげると言ってきた女の子は8歳である。
彼女が結婚できる歳になった頃にはレオンはとうに30歳半ばとなっている。だが、約束は約束だ。レオンはしゃがみ込んで、右手の小指を差し出す。
「ゆびきりげんまん! 嘘ついたら煮え油をその胃に流しこむー♪」
「お、おう。針のほうがまだマシな気がするのは気のせいッスかね……」
「指きったー! お兄ちゃん、約束だからねーーー!」
レオンはやれやれ参ったという顔つきであった。女の子は元気いっぱいに手を振って、レオンを送り出してくれる。そんなレオンの横腹を肘でつついてからかうヨンであった。
「くくく……。
「うっせえッス」
レオンはからかってくるヨンをなるべく無視した。そして、村の入り口から外に出るその時、後ろを振り向いた。
まだまだ壊れてそのままの家が多いサイガ村。そしてこの村を囲む柵はあちこちが崩れている。
そんなサイガ村をこのままにして、新たな任地に向かう自分が、この村の女の子と結婚の約束などしてよいとはどうしても思えなかった……。
レオンは少女と指切りを交わしながらも、その胸の中に小さな罪悪感が生まれていた。
果たして、自分はこの約束を守れるのだろうか……。自分たちがこの先、無事に生き残れる保証などどこにもないのだから。