コッシローは堰を切ったかのように言葉を次々と発する。
「お前はアホだ。それもドがつくド級のドアホでッチュウ!」
いまだに尻もち状態から立ち上がれないクロードに対して、馬乗りになるコッシローであった。
バカ、アホ、マヌケと散々にクロードに罵声を浴びさせる。それでは足りぬと前足でべしべしとクロードの間抜け面を散々にぶん殴る。
「コッシロー。てめえ!」
「ふんっ! ようやくまともな顔になったッチュウか。マリー。クロードの準備は出来たッチュウ」
コッシローは殴り疲れたのか息が荒かった。本当ならマリー本人がクロードに対してやらなければならないことをコッシローが代わりにやってくれた。
まさにコッシローは自分が背負うものの一部でもわかちあうことをその身体で表現してみせた。
「ありがとうね。コッシロー。あたし、決心が揺らいでいた」
「このバカが予想通りの言葉を吐いたのがそもそもの原因でッチュウ」
「それもそうね! クロード、よく聞いて!」
「は、はい!」
クロードがいきなり正座した。何故、彼がその姿勢を取ったかは理由は簡単に察することが出来る。
今から説教が始まると思っているからだ。マリーはそんなクロードが可愛らしくなる。それゆえに生徒と教師の関係のように、マリーは自分の今の状態を説明していく。
「んっとね。すっごく簡単に言うと、災厄王の花嫁としての力が少しだけ使えるようになったの」
「はあ!?」
クロードは驚きの表情となっている。彼は何かを言おうとしているがそれが言葉にならないと言った感じを受ける。
口で説明するだけでなく、表現も交えたほうが良いと感じたマリーであった。
マリーは右手をクロードの方へと差し出す。さらにマリーはとある精霊へと話しかける。その精霊は光側の精霊ではない。それとは真反対の闇側の精霊であった。
「暗き水底に溜まる黒き水の精霊よ。その姿をあたしたちに見せてほしい」
マリーが闇の精霊に語りかけた。その声に呼応して、マリーの前でその力を披露する。最初はマリーがかざした右手の上で小さな水球としてあらわれた。
「黒い……水?」
「うん。元々はあの蒼き竜の身体の一部だったもの」
「それって……。もしかして、マリーの身体を蝕んでいるのか? 俺の中にある呪いのように!?」
クロードは狼狽していた。マリーは蒼き竜の呪いにより、黒き水を呼び出してしまう身体に変わってしまったのだと。
そう考えているのがありありとわかるクロードの表情であった。
だが、違う。マリーは「そうじゃない」とクロードにはっきりと言った。
「あたしは災厄王の花嫁なの。だから蒼き竜の力があたしを害することはない。むしろ喜んで、その力の一部を預けてくれた」
「どういう……ことだ? さっぱりわからん」
クロードの顔が怪訝な表情に変わる。クロードはなんて表情豊かなんだろうとマリーは苦笑してしまう。
マリーは顔を整え、こころを落ち着かせる。今、クロードに見せている力はあくまでも『預かっている』ものだ。
マリーの意思で完全にコントロール出来るわけではない。
それを裏付けるようにマリーがかざした右手の上で水球は四角に形を変えたり、棘だらけになってみせたりする。
「おお。おお……。なんかいつもの精霊って感じじゃない……な?」
クロードが感心しているがマリーは逆に困ったという表情だ。「暴れないようにね?」と闇の水にお願いをしている真っ最中である。
しかしながら、いたずらこころいっぱいの闇の水はその形状をさらに変える。細長くなる。そして、鞭のようにしなって、クロードの右肩をばしんと鞭打つ。
「あひん!」
クロードの苦痛に歪む顔と苦痛を表す声を聞くと、ぞわぞわとした歓喜に震える闇の水であった。
そして、闇の水を通して、その感情がマリーに逆流する。マリーはギュッと強く目を閉じた。
しかしながら、闇の水はクロードをもっと痛めつけてやろうと2度、3度とクロードの右肩を鞭打ってみせる。
「いひん! いやん!」
クロードの身体を鞭打つたびにクロードが悲鳴っぽい声をあげる。それと共に劣情と表現したほうが正しい感情がマリーへと逆流してくる。
(ダメ。気持ちいいって思っちゃ……。くっ!)
クロードが苦しそうに呻き声をあげる。それに対して、マリーは劣情からくる暗くて熱い喜びの感情を抱くようになる。
「はい、そこでストップでッチュウ。お披露目はここまでッチュウ」
コッシローはいつの間にか前足で水晶玉を持っていた。その水晶玉の中にはうごめく赤い何かがあった。
それは赤い小さな
(どこかで見たことあるような。なんだ、マリーの実家で見せてもらったアレのような?)
記憶を辿る。その赤い
闇の水は明らかにおびえていた。コッシローが前足で持つ水晶玉を見せられてだ。大人しくなった闇の水は逃げるようにマリーの右手の中へと隠れてしまう。
コッシローはふんっと鼻を鳴らし、水晶玉をふところにしまう。
「クロード。ごめんね? あたしが好きでクロードをいじめたいとかそういうのじゃないから!」
「なるほど……な。口で言ってわからないなら、身体に刻み込めとはよく言ったもんだ」
クロードがひりひりと痛む右肩を左手でさすっていた。マリーは申し訳なさそうな顔になりながら、彼の右肩に両手を当てる。
「火と土の精霊よ。クロードの身体を癒してほしい」
マリーが精霊たちにお願いする。それを聞き届けるや否や、火と土は協力しあって、クロードの右肩を包む。
湿った土がクロードの右肩全体を包む。その土に熱が入る。湿布の役割をする火と土がみるみるうちにクロードの右肩を癒してみせる。
治療が終わると、土で出来た湿布は一気に乾く。クロードが不思議そうな顔をしながらぐるっと右肩を回してみせる。
それと同時に乾いた土がボロボロと地面へと剥がれ落ちる。
「痛みがすっかりとれてる……」
鞭で打たれたというのに、痛みはどこにも感じなかった。いやそれどころか、右肩が異様に軽く感じてしまうクロードであった。
「花畑もそうだけど、もしかして、マリーの精霊使いとしての力がすっごく増幅しているのか?」
クロードはようやく、花畑を一望できる場所に連れてこられた意味を理解した。
昨日はマリーが戦いを経ることで精霊使いとして一段、成長したのだと思っていた。
(いや違う。俺がそうあってほしいと思っているだけだ……)
いくらなんでも成長のスピードがおかしかった。クロードを治療した。そうしながらも、白の世界をひっくり返した。
さらにマリーの気持ちに呼応して、大地は命を芽吹かせ、育んだ。そんな無茶もいいことをしたというのに、マリーはその場で昏倒しなかった。
(俺ってやつは。都合の良い解釈で、俺の気持ちに蓋をした……)
身体の中にある魔力が底をつきていてもおかしくなかった。
ヨンからあとで教えてもらった。蒼き竜が残した爪もマリーが何かをして、この地から消し去ったと。
その後、なんやかんやあって、マリーに詳しい事情を聞けずじまいであった。
「そうか。マリーの身に俺が想像する以上のことが起きてるんだな? だからわざわざ時間を取ってくれたのか……」
クロードは自分の顔にようやく納得がいったという表情を作る。事情を話すだけでなく、体現してみせたマリーは憂いの表情を浮かべている。
そんなマリーのこころを少しでもやわらげたいと思った、クロードは。
「そりゃそうだ。いつも何かと騒がしい俺らだもんな」
「そうね……」
「マリー、それとコッシロー、ありがとうな!」
クロードは努めて笑顔になった。そして、マリーの肩に自分の手を置く。
「確かにいつもの俺だったら、『おれがなんとかする。全部、俺に任せろ』って言う」
「うん、そうだね……」
「でも、コッシローのおかげで俺が本当に言わなきゃならないことがわかった」
「本当?」
マリーの顔からはまだ憂いが漂っていた。クロードはますます笑顔を強める。
「安心してくれ。俺と分かち合おう。半分づつ背負うんだ。どっちかが重荷で倒れちゃいけないんだ」
「うん……。うん……」
「だから俺にも背負わせてくれ。マリーの運命を。全部とは言わない。俺が背負える分をだ」
マリーは目から涙を一筋流す。それをクロードが左手ですくう。涙で濡れた指を自分の唇で吸う。
マリーの涙は悲しみの味がした。だからこそ、クロードはその悲しみを一緒に分かち合おうと思った。
「俺、今、無性にマリーにキスしたい」
クロードはマリーの顎を右手で優しく下から支える。マリーは涙を流しながら笑顔を作る。
「うん。あたしもクロードとキスしたい」
風が吹く。
それにより花畑から花びらが空へと舞い上がる。
ふたりはその花びらに視線を移す。
そのあと、お互いの視線を交わし合う。
どちらからともいえないタイミングで2人は目を閉じる。
互いの唇を近づけていく。
今日のキスはしょっぱい味がした。
その味を2人で分かち合う……。