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第43話:風に吹かれて

 3時間づつの交代で睡眠をとった第10機動部隊は遅めの朝食にありつく。食事の時間だというのにそこからは楽しいといった雰囲気はまったくもってみられなかった。


 ただ静かに食器と箸とスプーンが奏でる音を聞いていた。その暗い雰囲気に耐えきれなくなったレオンがついに口を開く。


「こうしめっぽいと飯が不味くなるッス! サイガ村の外は一面が花畑になっているッス。いつもなら浮かれて、花畑で踊ってるやつがいてもおかしくないッス!」


 レオンがそう叫んだが、それに呼応する者がいるものかという視線を喰らってしまう。レオンは身体をわなわなと震わせる。


 手に持っている茶碗をそいつに向かってぶん投げてやりたい気持ちになる。だが、それを抑えて、ドスンと音を立てて着席する。


「レオン。気持ちはわかるが、皆、あんなバケモノを見せつけられたんだ」


「それはわかってる。でも、それでも……。俺っちはいつもの明るい雰囲気じゃないこの隊が嫌なんッス!」


 クロードがレオンの肩に手を置く。お前の気持ちはわかると言いたげであった。だが、レオンはクロードの手を自分の手で振り払う。


 わかっているなら、自分の味方になってほしいと思う。彼に宥められたいのではない。一緒に皆を鼓舞してほしかったのだ。


「まあ、さすがにしんみりとしすぎやな。レオンくん、さっきは錯乱してて悪かったんやで」


 ヨンがお椀をテーブルの上に置き、さらにそのお椀の上に箸を置く。そうした後、無理をしているのが丸わかりの怒りの表情となる。


「わいは諦めへんで! なんやあのクソ竜! 次にあったらわいがボコボコにしたるさかいな!」


「さっすがヨンさん! 俺っちもだんだん怒りがこみあげてきたッス!」


 レオンはヨンに右手を握り込んで、ヨンへと軽く向ける。ヨンは鼻息を荒くしながら右手を握りしめて、レオンの右手に合わせる。


 そんな2人を見ていたクロードは、ふふっと笑みが零れてくる。


「お前ら、無理してんのが丸わかりなんだよ。そこまでひどい演技を見せられたら笑っちまうだろ」


 クロードに突っこまれたレオンとヨンは照れる。しかしながらクロードはしかたねーなとばかりにレオンたちと同じように右手を握りしめて、レオンたちの方へと突き出してくる。


「おお? さっきの態度から一変して、どうしたんすか?」


「うっせえよ。いつものアレやるぞ」


「そうこなくっちゃ! うっし!」


 3人はこぶしを合わせると、今や定型文となっている舞台劇の台詞を堂々と皆の前でやってみせる。


「俺たち3人は生まれた場所は違えども!」


「同じ時、同じ場所で!」


「前のめりに倒れたいもんやで!」


 遥か昔の英傑3人が義兄弟の契りを結んだ時にそう言ったと言われている有名な台詞だった。


 その演技が下手くそすぎて、第10機動部隊は苦笑してしまう。しかしながら、3人の心意気は十分に伝わった。


 こんなしめっぽい食事が楽しくないのは誰もが同じであった。


「レオンさん、申し訳ねえ!」


 隊員のひとりが深々とレオンに頭を下げる。


「ほんと、なんでこう落ち込んでたんだろうな!」


 別の隊員のひとりが頭を左右に振る。


「俺ららしくねえわ! よっしどんどん食うぞ!」


 また別の隊員がお椀を手に取り、箸でかきこむようにごはんを食べ始める。


 ようやくいつもの賑やかさを取り戻しつつあった第10機動部隊の面々だった。


 誰かが「おかわり!」と言えば、ヨンがお椀を受け取り、おひつからごはんをよそって、大盛りにする。そして「たんと食いなはれ」といって、お椀を返す。それだけで笑いが巻き起こる。


 その様子を黙って見ていたこの隊の隊長がようやく口を開く。


「3人ともありがとうね。本当ならあたしががつんと言わなきゃならないところなんだけど」


「いいって。マリーが言うと、それを命令だって受け取っちまう奴もいるだろうしさ」


「うんうん。クロードの言う通りッス」


「憎まれ口を叩くのはレオンくんの役目やさかいな!」


「ありがとうね」


 マリーは重ねて、3人にお礼を言う。クロードの言う通り、マリーが隊長らしく一喝すれば良い問題であったかもしれない。


 第2騎士団長のアリス・アンジェラならばきっとそうしたであろう。だが、マリーはあえてそうはしなかった。隊員たちに自発的にやる気を出してほしかった。


(あたしたちは乗り越えていかなきゃならない。これから先、どんな相手でも……)


 第10機動部隊が相手をするのは災厄王とその配下だけではない。下手をすればハーキマー王国も敵にまわるかもしれない。


 ひとりで全てを相手にすることなど出来はしない。


(でも皆でなら、きっと乗り越えられる)


 だが、10人ならばどうだろうか? お互いにお互いを支え合う。


 それを上の立場にいる者たちに無理やり命令されたからそうするのでは、いつかきっとどこかで立ち上がれなくなる日が必ずやってくる。


 しんみりとした空気を払いのけた面々は朝食を楽しげに味わう。食器と箸が奏でる音も明るくなった。


 そして、腹にエネルギーを溜め込んだ後、サイガ村の復興へと向かう。マリーは少し歩いてくると皆に断りを入れ、ひとり、サイガ村の入り口へとやってくる。


◆ ◆ ◆


 優しい風が吹いていた。


 まるで今のマリーの心情をおもんばかるかのように。優しい風によって、花畑に咲く花々が気持ちよさそうに揺れている。


 その花々は皆、マリーに感謝しているようでもあった。マリーの表情は恍惚なものへと変わる。


 自分でも意識していないうちに手を合わせて祈りのポーズを取っていた。


「慧眼お見事でッチュウ」


 コッシローがどこからともなくひょこりと現れた。現れるや否や、彼女の足元へとやってきて彼女を戦略面から褒める。


 だが彼女はふるふると頭を振る。そしてうつむき加減に言った。


「ううん。あたしはただ臆病なだけかも」


 マリーの言葉を受けて、コッシローはそんなことはないとマリーの言葉を受け入れなかった。


「クロードにはもう話したのでッチュウ?」


 コッシローは自分はなんと意地悪な質問をしていると思った。マリーはすでに答えを言っている。「自分は臆病だ」と。


 だが、コッシローはそんなマリーを決して許しはしなかった。


「話すのを遅れると、それだけ言い出しづらくなるッチュウ」


「うん……。それはわかってるんだけどね」


「まあ、変に責任を感じすぎるアホがいるからってのもあるッチュウけど」


 マリーは思わず苦笑してしまう。コッシローはわかっていたのだ。マリーが何故、クロードに今のマリーがどのような状態になっているのかを話せないかを。


 真実を話せば、自分が全て悪いと背負い込むあのアホが根本的に悪い。お互いに支え合おうと誓っているくせに、自分ひとりでなんとかしようとするあのドアホ。


(どちらも真面目すぎるッチュウ。だからこそ惹かれあった……)


 コッシローにはこれ以上、マリーを責めるような言葉を口からは出せなかった。時間が解決するということもある。


 しかしながら2人を放置することで関係が修繕されるところか、決定的な亀裂を生む場合もある。


(クロード……)


 マリーは両手をほどく。右手で黄金こがね色の髪をゆっくりと掻きあげる。数度、それを繰り返すと優しい風がどこからとともなく吹き、花畑から花びらを空へと舞いあげる。


(クロードはきっと自分がって言う……)


 マリーは舞い上がっていく花びらを見る。あなたの悩みはささいなものだ。そんな悩みは風に吹かれて空に吸い込まれていくものだと教えられた気がした。


(ありがとう、みんな……。そうだよね……)


 マリーは心の中で風に感謝を告げる。コッシローの方に身体を向けて、そこでしゃがみこむ。


「あたし、クロードを探してくる。2人の間で内緒は無し! って言ったの、あたしだもん」


「うんうん。それならちゃんと話し合うッチュウ。ぼくも一緒についていってやるッチュウ」


「コッシローって、意外と面倒見がいいんだね!」


 マリーはコッシローを抱きかかえる。彼女の顔には迷いは無くなっていた。


(あたしはクロードと共に歩むと決めたじゃない)


 クロードが責任の全てが自分にあると言えば、それは違うとはっきりと言ってやろうという顔になっていた。


 コッシローを抱きかかえたまま、マリーは村の中へと戻っていく。その足取りは確かなものであった。


 きっとクロードなら過剰な反応はしても、自分を受け入れてくれるという自信があった。


 不安も悲しみもあるがクロードなら共に分かち合ってくれる。クロードに会いたくて仕方がなかった。


 歩く速度は自然と早くなる。鼓動もそれに合わせて早くなる。


(クロードはあたしの大切なひと。クロード、待っててね)


 彼女の中には、これからもクロードと共に歩んでいく覚悟と、彼への大切な思いが確かに育まれていた。

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