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第41話:同情

「はあはあ……、これで最後……だ!」


 クロードはゆっくりと大剣クレイモアを振りかぶる。氷の巨人フロストジャイアントは間抜け面を晒している。


 足元から伸びてきた草花に足をからめとられ、それを無理やりに引きちぎっていた。


「足がからまって、うごけねえだあ」


 クロードがそいつの胴体に向かって大剣クレイモアを振り下ろしている真っ最中だというのに、そいつの視線は足に絡みつく草花のほうに向いたままであった。


「痛えだあ!」


「しぶとい……やつだ」


 クロードの身体には指一本動かせるほどの体力はもう残されていなかった。


「痛え、痛え、痛えだああああ!」


 氷の巨人は腹から紫色の血と臓腑をまき散らしながら草花の絨毯を荒らしまわった。氷の巨人がのたうち回るたびに振動が起きる。


 クロードはその振動で立っていられなくなり、草花の絨毯に背中側から倒れ込むことになる。


 目の端で第10機動部隊の面々がのたうち回る氷の巨人に向かっていくのを確認する。


「おぎゃああああああああ!」


 しばらくすると最後の氷の巨人の断末魔が辺りに響く。まるで赤子が泣き叫んでいるかのようであった。


「へ……。良い声で泣きやがる。夢に見そうで気分が悪い」


 クロードは草花の絨毯に体重を全て預けていた。図体はデカいくせに頭の中身は幼児と変わらない。


 そいつが自分の仲間たちによって散々に切り刻まれているのを想像すると、ざまあみろと思う気持ちと吐き気を催しそうになる気分がごちゃ混ぜになってくる。


(なんで俺は俺を殺そうとしてきた魔物に同情してんだ……)


 クロードは夕日でオレンジ色に染まっていく空を見ながら自問自答していた。


 氷の巨人は無邪気すぎた。力だけが怪物なだけで、まるで戦い方を知らぬド素人であった。


 第10機動部隊の面々は最初は戸惑っていた、その巨躯と腕力に。しかしながら第10機動部隊は精鋭揃いだ。戦いを通じて、こんなやつら、屁でもないと気づく。


 こういう手合いは搦め手に弱い。簡単にフェイントに騙されて、思うがままに操られてしまう。


 クロードを取り囲んだ氷の巨人は10体もいたというのに、次々と第10機動部隊に倒されていった。


(嫌な置き土産だったぜ……。こころに絡みつきやがる……)


 物思いにふけるクロードに近づいてくる足音があった。クロードは仰向けのまま、その者に視線を向ける。


 そいつはやれやれ……といった感じでクロードに手を差し伸べてくる。


「なんかしんみりとした雰囲気を出しているッスね」


「ああ。ちょっとな……」


「もしかして氷の巨人に同情したんッスか?」


「バカ言え。殺そうとしてきた奴に同情なんか抱くわけ……ねえよ……」


 クロードは差し出された手に自分の手を伸ばす気にはなかなかなれなかった。


 クロードに手を伸ばしてきた人物はレオン・ハイマートであった。レオンの表情を見るに、レオンもまた自分に似た感情を抱いていることは容易に想像できた。


 クロードは「らしくねえ」と思い、ようやく差し出された手に自分の手を合わせる。


 クロードはレオンによって起こされる。肩を貸してもらい、その場から立ち去っていく。


 そこに新たにヨンが合流した。彼は魔法の杖マジック・ステッキを杖代わりによろよろと歩いていた。ヨンもまた疲れきったという疲労の濃い色を顔に映し出していた。


「今日はこれくらいで勘弁してやるさかい、魔物くんも夜に備えて寝ておくんやで」


「どうなんだろうな? 魔物は夜のほうが活発だろ?」


「口はわざわいの元やで、クロードくん。わいは今すぐにでもふかふかのベッドにダイブしたいんや」


 ヨンの身体からは本気で休ませてほしいという雰囲気があふれ出ていた。


 クロードは「同感だ」とヨンに答える。ヨンの顔は疲れの色を漂わせながらも顔をほころばせる。


◆ ◆ ◆


 3人はサイガ村へと到着するなり、村人たちが用意してくれていた簡易ベッドへと倒れ込む。村人たちも疲れ切った顔をしているというのに、クロードたちを温かく出迎えてくれた。


「戦士様方、お疲れ様です」


「こちらでお休みください」


 村はどこもかしこも荒れ果てていた。それもそうだろう。紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンが出現した余波をモロに喰らったのだ。


 村にある木々は根本を露出させて倒れている。目に見える範囲の民家が半壊もしくは全壊している。


 だが、それでも村人たちは自分の村を守るために戦ってくれた第10機動部隊が休める場所を作ってくれていた。


「ありがたくて涙が出てくるわ」


「ほんまその通りや」


「恨まれごとのひとつくらい言いたいと思うんッスけどね」


「そんな元気があるなら、自分たちが出来ることをやろうと思ってくれたんやろ」


 薄いマットが敷かれているだけの簡易ベッドと言えども、クロードたちにとってはありがたい休息場所であった。


 クロードたちは簡易ベッドがそのままへし折れてしまうのではなかろうかというくらいに体重をもろに預けた。1分もしないうちに彼らは深い眠りへと誘われる。


◆ ◆ ◆


 それから数時間が経った後であった。クロードとヨンよりかは疲弊していなかったレオンが目を覚ます。


 眠い目をこすり、ふわあと大きなあくびをする。そして凝り固まった筋肉をほぐすために腕を伸ばしつつ身体を幾度かひねる。


 骨がゴキゴキと鳴る音が身体のあちこちから聞こえる。魔物との戦いで身体が極度の緊張に包まれていたのだと想像できた。


「どうやら、魔物も大人しくしてくれてるみたいッスね」


 ある程度の疲れは取れた。しかし完全な休息には至ってないと感じるレオンである。眠るだけでなく、腹も満たさねばならないと感じたレオンは周囲を見回す。


 辺りはすっかり暗くなっており、村のあちこちに掲げられている松明が煌々と村の中を照らしていた。


 その松明からは独特な匂いが漂っていた。レオンは自分の鼻がおかしくなったのかと、指で鼻を触る。


「ああ、魔物除けの松明ッスか。第3騎士団の団長も粋な計らいをしてくれたもんッス」


 そんなレオンに向かって、どこからともなく可笑しそうにクスクス笑う声が聞こえてくる。


 その主を探そうと、レオンは首を左右に動かした。すると、元は陣幕であった場所の椅子に座っているマリー隊長を見つけることが出来た。


「あれ? マリーちゃん、起きてたんッスか?」


 マリーがこちらにこくりと頷いてくる。その顔には疲労の色があった。


 だが、彼女は気丈にも、隊を預かる人間はこうではあらぬという風貌をレオンに見せつけてくる。


「交代交代に休んでもらっているの」


「あー、それもそうッスね。お先に休ませてもらって申し訳ないッス」


「ううん。レオンさんたちはあたしの補佐官だもん。あたしが休む時は補佐官に頑張ってもらわないとね」


 レオンは頭があがらないと思ってしまう。今日で16歳になったばかりだというのに、それを一切感じさせない彼女の態度であった。


 隊長である責務をまっとうしていたのだ、彼女は。


「んじゃ、お言葉通り、俺っちと交代で休むッスよ」


「本当はもうひとり、どっちかが起きたあとに休もうと思ってたんだけど」


「本当そうッスね」


 どちらからともなく、はにかみはじめる。


(本当、クロードは幸せ者ッスわ)


 今からでもクロードに蹴りを入れて叩き起こしてやろうとさえ思う。


 今のこのやりとりで、マリーとクロードはお休み前の儀式をしていることをすぐに察知した彼である。


 マリーの気持ちの代弁者になってやろうと思うが、それと同時にマリーがクロードを大切にしているのもわかる。


「マリーちゃん、俺っちがクロードの代わりを努めるッスよ」


 レオンはいつものひょうひょうとした雰囲気でマリーに冗談を言って見せる。マリーはクスクスと笑う。


 椅子から立ち上がり、ふらふらとした足取りでレオンが寝ていた簡易ベッドへ頭からダイブする。


 それからものの数秒で眠りに陥ってしまう彼女であった。入れ替わるようにレオンが元は陣幕であった場所にある椅子に座る。


 そして、テーブルに肘をつけ、ふあああと眠そうにあくびをする。


「マリーちゃんは健気ッスね。どこぞの大ネズミも見習ってほしいッスよ」


 レオンはテーブルの上で大の字になって寝ている白い大ネズミの横腹を指でつつく。そいつはびくっ! と大きく身体を震わせる。


「てやんでえ! やるのかおらおらッチュウ……」


 この大ネズミも他の隊員が寝ているうちはマリーと共に起きている役目を担っていたのだろう。


 だが、疲れに負けてマリーを置いて先に寝てしまったことが容易に想像できた。


 レオンはひとり、星がまたたく夜空を見ていた。


 これから初夏に入っていこうという時期であるのに星々が不気味に揺れていた。


 レオンは今日はこれ以上、何も起きませんようにとその星々に願う。

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