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第10話:共に歩む

 ヨンとレオンは固唾を飲んで、ハジュンの次の言葉を待った。ハジュンは湯呑み茶碗を両手でいじりながら、何とも言いづらそうな雰囲気を出していた。


 しかしながらハジュンも意を決し、ついに口を開く。


「災厄王の降臨が近いのです。それも思った以上の早さになると言われています。王宮魔術師会に所属する星読みたちはそう国王に進言しました」


「それと今回のゴーレムの件がどうつながるんッスか?」


「あれは災厄王との戦いにおける防衛戦のかなめになるかどうかの実験です。それと……」


 ハジュンはここで一度、言葉を切る。そしてちらりとマリーとクロードの方へと視線を向ける。


 マリーはハジュンと目を合わせると、悲痛な表情へと変わる。


(やっぱりそう……なのね。あたしがクロードに力を使わせた……)


 マリーは薄々とわかっていたのだ。今回のゴーレムの件がどのようにつながっていくのかを。ハジュンはそんなマリーに対して、出来るだけ柔らかい笑みを浮かべる。


「あなたたちに危害を加えるというよりかは、クロード殿がマリー殿を守れるだけの力を有しているかの試験をおこなったのです」


「やはりそうでしたか」


 マリーの表情は暗く沈んでいく。自然と両手をギュッと握りしめてしまう。


(クロード、ごめんね……)


 だが、そんなマリーの手に左手をそっと乗せる人物がいた。それはクロードである。クロードはマリーが落ち着くようにと優しくマリーの固く握られた両手を揉みほぐしていく。


「マリーのことは俺が守ってやる。だから言いたいことを全部言ってやれ」


「クロード……」


 マリーはそのクロードの所作と言葉によって、心にあった迷いの霧が晴れていくのを感じる。マリーはまっすぐハジュンと視線を合わせる。


「あたしは国王様の保護を受けるつもりはありません。だって、クロードがあたしを守ってくれるって言ってくれたからっ!」


 マリーははっきりととハジュンにそう告げる。ハジュンは笑みの中に憂いを漂わせる。


 国王の保護を受けるということは、ハーキマー王国がマリーを守ってくれるということだ。


 しかし、ここでひとつ問題がある。マリーが災厄王にさらわれる危険は減るかもしれないが、マリー自身に自由は無くなってしまうことだ。


「マリー殿。先生もクロード殿がマリー殿を守ってくれるほうが嬉しいです。もうすぐ16歳になろうというひとりの少女だというのに、国が保護することになれば、これからの一生を監禁状態で過ごすことになるでしょう」


「あたしだって、普通に生きていきたいんです。あたしのことを好きだ好きだ愛してるっていってくれるクロードと一緒に幸せな家庭を築きたいんです!」


「それが茨の道だと知っていてもですか?」


 ハジュンはひどい質問だと思いながらも、なるべく努めて冷酷な口調にならないように注意した。


――マリーが普通に生きていく。そのためにはあの災厄王をどうにかしなければならない。


 かつて災厄王は、ただ一人でこの世界の半分を焼き尽くしたという。その災厄王復活の鍵となる災厄王の花嫁として選ばれた以上、マリーにはふたつの選択肢のみ与えられていた。


 ひとつは監禁状態になろうが国王ならびにハーキマー王国に厳重に守ってもらうこと。


 もうひとつはマスク・ド・タイラーの力を操るクロードと共に災厄王を打倒してみせるということ。


 この世界は400年ごとに災厄王が復活したと言われている。災厄王の力によって、地上の生命は全滅の憂き目にあったとされる。


 その都度、マスク・ド・タイラーや他のイニシエの英雄たちの力を借りた者が新たな英雄となり、災厄王からこの世界を守ってきた。


 そして、今の時代において、その英雄候補として名が挙がったのがクロード・サインである。


 国王並びに国王に近しい人物がクロードの力がどれほどなのかを試そうとした。マリーはゴーレムの件がそうであろうということを第3騎士団長のハジュンの登場によって察していたのだ。


「あたしはクロードと共に生きたい……。それがどんなに過酷な道になるかは今はまだ想像出来てないのかもしれない……」


「きっとマリー殿やハーキマー王国だけの問題ではすまないでしょう。災厄王は地上に生きる者たち全ての敵ですから」


「それはわかっています! でも、それでもあたしはクロードと共に生きたいんです!」


 マリーの目には静かなる炎が宿っていた。


 自分とクロードの仲を割くのがアドラー・ハーキマー国王であっても、断固拒否するという意思がその目に宿っていた。


(そういう反応、しますよね……)


 ハジュンはやはりそうなりますよねとでも言いたげに頭を左右に振ってみせる。マリーはそのような所作をするハジュンをしっかりと見ていた。


 ハジュンが次に何か言ってきても、全部反論してやろうと思っていたのだ。


「そんなに睨まないでください。先生はただ仕事をこなしにやってきただけなのです」


「お役所仕事にもほどがあります! これはあたしとクロードにとって大事なことなんです!」


「いやはやまったくもってその通り……」


 マリーはハジュンに食いかからんとばかりに語気を強めていた。


 ハジュンは第3騎士団の団長だというのにその末端の部署の隊長の威圧に縮こまっていくばかりであった。


 それを逃さぬとばかりにマリーはハジュンを追い詰めていこうとした。


「クロードがマスク・ド・タイラーの力を使い過ぎて、ワン・シャンニャン・シャン、それどころか魔物に姿が変わってしまっても、あたしはクロードをしっかり世話するんだもん!」


 マリーは駄々っ子のような台詞を吐いてしまう。自分でも言ってることのひどさがわかるがそんなことは知ったこっちゃないとばかりにハジュンにわめく。


 こういうのはわめいた者勝ちなことが多い。


 ハジュンががっくりと頭を下げたことで、マリーは勝った! という誇らしげな気分になってしまう。


「降参です。色よい返事をもらってくるまで城に戻ってくるなと言われてましたが、マリー殿とクロード殿の絆を割くことは出来なさそうだと報告してきます」


 ハジュンが負けを認めたことで、マリーの顔は花が咲いたような笑顔になる。


 マリーは嬉しそうに勇気を与えてくれたクロードの左手を両手でぶんぶん振り回してしまう。クロードは空いた右手でマリーに向かってサムズアップしてみせる。


「んじゃ、大魔法使いのわいもマリーちゃんとクロードくんに助力しましょうかな」


「うっすうっす! マリーちゃん、俺っちも共に茨の道を歩ませてもらうッス! 軽業師がいると何かと便利ッスよ!」


「ヨンさん、レオンさん、ありがとう……。ふたりが一緒ならとても心強いわ」


 マリーは左手で目から零れ落ちそうな涙を拭う。いまだに机につっぷしているクロードを含め、マリーたち4人は右手を重ね合わせる。


 4人の心がひとつになったかのようにお互いの手のぬくもりが伝播していく。そして、「えいえいおー!」の掛け声と共にこれからは一蓮托生だと宣言するのであった。


 その姿を間近で見ていたハジュンはやれやれと嘆息する。


(もともと第10機動部隊はマリー殿を守るための部署だったわけですが)


 配属されれば左遷先とか閑職においやられたと言われてしまう第3騎士団所属の第10機動部隊である。


 しかしながら実のところ、国王や国王に近しい者たちが前々から協議を重ね、マリーを守れるほどの力を有している者たちを集める部署を特別に作ろうとしていたのだ。


 災厄王の花嫁を災厄王に渡してならないのはこの世界に住む人々にとっての共通認識であった。


 今から10数年前、宮廷魔術師会に所属する星読みによって、この世に災厄王の花嫁が産まれたと国王とその娘の父親に告げられた。


 娘の父親は災厄王に抗う力を探し求め、ついにはマスク・ド・タイラーの遺物のいくつかを手に入れた。


 国王は国王で国として、その娘を守るための組織を創設した。


 マリーが若干13歳で騎士団の末端の部署といえども、そこの隊長に任ぜられたのは、彼女が精霊使いであること以外にも、国王自身の働きがけがあったからこそだ。


 しかし、盛り上がっている真っ最中のマリーたちにその真実を告げるのはあまりにもTPOをわきまえていないだろうと、ハジュンは口を閉ざすことに努めるのであった。


 ハジュンは静かにその場を見守りながら、心の中で深くため息をついた。


(自分たちがどれだけの運命を背負っているのか、本人たちはまだ完全には理解していないんでしょうが……。それでも、彼らの絆は確かなものです……)


 マリー、クロード、そしてヨンとレオン。彼ら四人の決意が固まった今、運命の歯車はより早く回り出していた。


 ハジュンは自分の現時点での役割が終わったことを確認し、そっと席を立った。


「では、先生はこれにて失礼します。次に会う時まで、どうか無事で」


 マリーたちはハジュンの言葉に一斉に頷き、彼の背中を見送った。


◆ ◆ ◆


 外に出たハジュンは、星空を見上げる。星々の輝きは美しかったが、その光がかすかに揺らめいているように見えるのは、彼の不安の表れだったのかもしれない。


(災厄王の降臨が近い……。星読みは確かにそう言っていた。その時、彼らは本当に世界を救えるのだろうか)


 ハジュンは馬を連れながら夜の闇に消えていった。


 マリーたちは茨の道を歩み始める準備を整えていく。


 しかし、彼らの前にはこれまで以上の過酷な試練と、想像を絶する敵が待ち受けていることは今はまだ知るよしもなかった

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