ハジュンは受け取ったゴーレムの
「あなたとはすぐに再会できる。そういう直感が先生にはあります。では、またのちほど……」
ハジュン・ド・レイはそう告げるや否や、馬の手綱を手に取り、馬の腹に右足で蹴りを入れる。
馬はハジュンの意思を受け取り、反転して王都の門へと向かって走り出す。ハジュンを見送ったクロードたちはようやく一息つくことが出来た。
「いやあ……。あの騎士団長様相手に堂々たる立ち回りやったで……。わい、生きた心地がしなかったんやで」
「うっすうっす。やっぱ騎士団長様となると漂わせる雰囲気が違うッスね。まともに目を合わせたら、心臓を鷲掴みにされそうッスよ」
ヨンとレオンは疲れた表情でクロードの方へと歩いて寄ってきていた。それに遅れるように空中からゆっくりと降りてくるのがマリーであった。
(ハジュン団長。団長は何か迷っているようだった……。でも、あたしは……。クロードと共に……)
マリーはまだハジュンの背中を目で追っていた。
クロードはマリーに話しかけようとしたが、身体の筋肉量が目に見えて減ったと同時に全身から力が抜け落ち、筋肉が重い石のように感じられた。
「マリー! ぐぉぉぉぉ!」
彼は気を失いそうなほどの眩暈に襲われ視界がゆらめく。マスク・ド・タイラーの力を行使した代償は、想像を超えるものだった。
「おっと! クロードくん、大丈夫かいな!」
「大変ッス! クロードの身体がすっげー冷えてるッス! マリーちゃん、裸でクロードを温めるッス!」
「ば、バカ! こんなところで脱げるわけないじゃないの! 火の精霊よ……。クロードの身体に熱を……」
マリーは静かに目を閉じて、両手を合わせる。心臓の高鳴りと共にマリーの合わせた手にオーラが集まってくる。
マリーは十分に温まった両手をクロードの両胸にあてる。クロードはそれまで苦悶の表情をしつつ目を閉じていたが、くすぐったいような表情になり、目元も緩んでいく。
「あったけえ……。マリーのぬくもりが五臓六腑にしみ込んでくるぅ」
マリーはクロードが自分のために全身全霊をかけて戦ってくれる以上、自分にもできる限りを尽くさねばならないという使命感があった。
(クロード、ありがとうね)
それでも言いたいことは山ほどとあった。
(でも、クロード。違うの)
自分がしてほしいことはそれじゃないとはっきりと言ってやりたかった。
(あたしはクロードに守られたいだけじゃないの)
しかし、マリーはその想いを口には出来なかった。クロードの表情が緩んだことで、マリーの張りつめていた感情も緩んでしまったからだ。
クロードが温かみを感じてくれると同時にマリーにも温かさが溢れてくる。その温かさがマリーの気持ちに蓋をしてしまった。
「じじくさいな、ほんま」
「マリーちゃん、乳首を思いっ切りつまんでやるといいッスよ。あひん! って面白い声が聞けるッス」
「それはちょっと聞きたい気もするけど、今は遠慮しとくね。クロードのイメージが壊れちゃうから」
クロードはヨンに肩を借りて、ゆっくりとではあるが王都の門へと歩いていく。マリーはクロードの身体を温めるためにクロードの腰のところに両手をかざしていた。
そしてレオンと言えば、これ以上の何かが起きないかを確認しつつ、3人の前を歩いていた。
軽業師のレオンはこの第10機動部隊に所属する前は斥候部隊に所属していた。目端が利くこのレオンという男にとって、斥候の仕事は天職とでも言えた。
手先も器用なのだが、その手先の器用さがこの男の女性関係でも発揮してしまう。女性関係にルーズなのが仇となり、その斥候部隊にいられなくなってしまったという傷有りの経歴の持ち主であった。
「ゴーレムが大暴れした割りには辺りは静かすぎるっスね。人払いしていたのはわかるとしてもできすぎッス」
レオンが鷹のような目で辺りをしっかりと確認していた。王都に続く道だというのにヒトの姿を見つけることが出来ないのだ。
まるでここで戦闘が起こると先触れされていたかのようである。
(まあ気にし過ぎたら負けってやつッス)
レオンはこれ以上、警戒しても仕方がないとばかりに普段のおどけた雰囲気へと戻っていく。
◆ ◆ ◆
クロードたちが王都の門へと到着すると、マリーが門兵に事の成り行きを簡単ながら説明する。門兵はマリーたちに敬礼をした後、「どうぞお通りください」と言う。
マリーたちは門兵に軽く会釈した後、門をくぐり、王都の中へと戻る。そして、マリーたちは自分たちの部署がある屋敷へと戻る。しかしながらそこには知っている馬が馬留めにいた。
「この馬、しばいていいッスかね?」
「うーん。それは隊長として許可できない……かな」
「さっさと会いにいきまひょか。あの
マリーたちは一様に渋面となる。その渋面のままに屋敷に入り、自分たちの部署がある部屋へと入る。予想した通りの人物がその部署の机に着席していたのである。
「ほら。先生の直感は正しかったでしょ? すぐに再会できるって」
ハジュンは涼しげな表情で出されたお茶を手に取っていた。そして、まるで親友がやってきたとでも言いたげな態度で4人を出迎えたのである。
ヨンとレオンはわなわなと身体を震わせる。
「わい、騎士団長相手でもぶん殴ってやりたいんやけど、マリーくん、ええかな?」
「マリー隊長。俺っちも騎士団長をぶん殴ってやりたいッス! どうか抜拳許可を出してくださいッス!」
「あ、あの……。上司をぶん殴りたい気持ちはわかるんだけど、あたしも立場ってのがあるから、とりあえず落ち着きましょ?」
マリーは2人を静止させた。納得がいかないといった雰囲気を醸し出す2人はぞんざいにクロードを扱う。
クロードは放り投げられるように自分の席へと着席させられてしまう。クロードはハジュンの来訪に気づいてはいたが、今は相手をするほど気力が無かった。
マスク・ド・タイラーの力を行使する時、身体中の筋肉が盛り上がり、クロードに力を与えるが、それには代償が必要だ。
今回の代償として選ばれたのはクロードの体力だった。それによりクロードは机に上半身をどっかりと預けた状態になっていた。
獅子のマスクを被り、マントを羽織り、さらにはブリーフ・パンツ一丁の姿だというのに、制服に着替えるための体力もありはしなかった、今のクロードには。
◆ ◆ ◆
部署の中はシーンと静まり返っていた。誰も客人であるハジュンの相手をしようとしなかったからだ。
だが、その沈黙を破るようにクロードの腹が空腹を示す音を盛大に鳴らす。
見かねたレオンが黙って立ち上がり、果物が大盛りの
自分の武器である
「愛しのクロードに食べさせてやるッス」
「ありがとう、レオンさん!」
マリーは笑顔になり、渡された皿を持って、クロードの席へと向かう。そして、クロードの口の中へとウサギちゃんカットされたリンゴを放り込んでいく。
「おいしいなぁ……。もっと食べさせてくれえ……」
「はい! 果物はまだほかにもあるから、遠慮なく好きなのを言ってね!」
マリーはもしゃもしゃとリンゴを食べてくれるクロードが可愛くて仕方がなかった。
(いつもの日常。あたしはまだこの日常にそのままでいられるんだ)
クロードとのやり取りを通じてマリーは日常の大切さを実感する。
しかし、いつもの日常とはまるで違う人物がこの部署に存在した。そろそろ、誰か自分のことをかまってくれませんかねえという雰囲気をバリバリに出している人物だ。
無視し続けるのも限界だと感じたのか、レオンは
そして、その皿をハジュンの目の前に置く。ハジュンはペコペコと頭を下げてレオンに礼を言う。
「いやあ、すいません。本当はちゃんと行くべき場所に行って、そこでいろいろと調整してからのはずだったんですよ」
「本当ッスか? 俺っちにはどうも騎士団長様の言うことが信じられないッス」
「まあ宮廷魔術師会の一員だったわいが弁解するのもアレやけど、騎士団長言うても中間管理職なのはかわらへんからな。上からそんなので納得できるか! もう一度行ってこいって言われたら、はいそうしますとしか返事できんもんや」
ハジュンは第3騎士団の団長である。その上司に当たるであろう人物がダメ出しをしたからこそ、この場にいるということだ。
そして、騎士団長殿にそう言える立場にある人物は相当に数が限られてくる。
「んで? ハジュン様はどの方にもう一度行ってこいって言われたんや? 騎士団長の上の司令官殿でっか?」
ヨンの質問に一瞬、固まるハジュンであった。ハジュンは手元の湯呑み茶碗を何度か両手で触る。そして意を決したかのように、自分の背後にいる人物を披露する。
「いえ。国王様です」
ハジュンの答えを聞いたことで詰問している側のヨンとレオンの表情が一瞬で固まってしまう。マリーの手も同時に止まっていた。
ヨンたちは自分の聞き間違えかもしれないと再度、同じような質問をするが、ハジュンの答えも変わらない。
「え? 国王様? あの国王様?」
「はい、あの国王様です。ハーキマー王国の支配者。この王都:カーネリアンの城の玉座に座っておられるあのアドラー・ハーキマー国王です」
ヨンはハジュンの言葉を受けて、ぶつぶつと独り言のように呟く。
「あの腰が重いと有名なアドラー国王が関わってるんかい」
ハジュンがここにいる理由が、単なる騎士団長の独断ではないことは明白だった。国王が動くということは、事態がもっと深刻なものに変わっているのかもしれないと考えざるをえないヨンであった。