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第8話:交渉

 ゴーレムがギシギシと岩と岩がこすれる不快な音を立てながらクロードの方へと亀裂が走りまくる顔面を向ける。


 それでもゴーレムはゆっくりとであるが空気を吸い込み始める。先ほどまでヨンに向かって放っていたこぶし大の石つぶてを当てるつもりなのはこの場にいる誰にもわかることであった。


 地面に片膝をつくクロードに向かい、マリーが両手をつきだす。


「だめだ! 今、俺を空中に飛ばしたら、こいつはマリーを狙う!」


「でもっ!」


 マリーは風の精霊に呼び掛けて、クロードを空中へとひっぱりあげようとしたのに、クロードはそれを拒否した。


「俺がマリーを守る! ここは任せてくれ!」


「クロード!」


 マリーはどうしていいかわからずにおろおろとうろたえてしまう。そんなマリーに向かってクロードは右腕を高々と天へと突きあげる。その様子が余計にマリーを心配にさせた。


「心配すんじゃねえよ。俺はマリーのパパに宣誓したんだ。俺がマリーを守るってなっ! そして俺はこんな土くれ相手に死ぬ気なんてこれっぽちもねえんだ!」


「クロード……」


 マリーは眉間に皺を寄せている。しかし、クロードはマリーを見ていない。マリーの様子をつぶさに見ていたヨンが助け舟を出す。


「おっとこまえやな、クロードくん! 26歳になってようやく男としての責任感ってやつに芽生えましたんかいな!?」


「長いことガキやっててすまなかったな、ヨン。俺はようやく責任感のなんたるかを知ったぜ!」


「ほなら、マリーちゃんのためにも絶対に死んではあかんのやで! わいも微力ながらお手伝いさせてもらいまっせ!」


 ヨンはそう言うと、クロードとゴーレムの間に割って入る。そしてありったけの魔力を用いて、魔術障壁マジック・バリアを貼る。


 ゴーレムは溜めに溜めた空気と共にこぶし大の石を口から連続で吐き出す。魔術障壁マジック・バリアにこぶし大の石がぶつかるたびにヨンの額から汗が噴き出てくる。


 ヨンは額から頬を伝ってくる汗のひとつをぺろりと舐めて、自分に喝を入れる。


(あのドアホ。マリーちゃんが心配してる意味ってもん、わかっておらへん!)


 ヨンの心遣いにも気づかないクロード。その間、クロードはただただ右腕に装着している獣の形をした籠手と意識の中で会話していた。


(マスク・ド・タイラー。俺に力を貸してくれ……。俺にマリーを守る力をよこしやがれ!)


 クロードが籠手に語り掛けること十数秒後、ドクン! と大きく右腕の筋肉が躍動した。それと同時に身体の奥底から筋肉があふれ出てくるイメージがクロードの体中を駆け巡る。


 クロードのズボンが盛り上がった筋肉により内側から爆ぜる。盛り上がった上半身の筋肉はクロードが羽織る制服を粉々に粉砕する。


 クロードの変化はそれだけではなかった。


 制服のポケットに入れていた獅子のマスクが自然とクロードの顔へと移動していたのだ。獅子のマスクはクロードの顔をすっぽり覆い、さらにマスクの後ろにある白い紐がクロードとマスクの密着感を強引に強める役目を担う。


 神の鎧、いや、神の筋肉をまとったクロードはヨンが張る魔術障壁マジック・バリアの前へと出る。


「ちょっとクロード、何してるんや!?」


「俺がマリーを守る!」


「おまえ、アホちゃうか!? マリーちゃんの気持ち、ちゃんとわかってんのかいな!?」


「ああ、わかってるさ! だから、俺がなんとかする!」


 ゴーレムは口から次々とこぶし大の石を吐き出していたのに、それを介さぬような足取りでクロードはゆっくりとゴーレムへと近づいていく。


 ひとつ、またひとつ、こぶし大の石がクロードの身体に当たる。だが、神の筋肉の弾力がそのこぶし大の石をどこかへと弾き飛ばしてしまう。


 こぶし大の石程度でどうにか出来る相手ではないと判断したゴーレムは2本の石腕を大きく振りかぶり、クロードの頭めがけて振り下ろす。


「ちっ! マリーをさらいに来たあいつと比べりゃとんだ雑魚じゃねえか!」


 クロードがいうあいつとはオベール伯爵邸に現れた豚ニンゲンオークを何十倍も醜くした姿をした魔物のことを指す。


 クロードはあの時、死を覚悟した。


 だが、このゴーレムはあの魔物に比べれば、ただの土くれ人形であった。


 クロードが右手を頭の上にかざして防御体勢を取ったまでは良かった。


 だが、ゴーレムの石腕がクロードの右手に触れるや否や、ゴーレムの両腕が跡形もなく吹き飛んだのだ。


 肩あたりまで両腕を粉々にされたゴーレムはしょうこりもなく口を大きく開き、空気を吸い込み始めた。


 しかしながらそれを許すほどクロードは甘くなかった。クロードはその場で跳躍し、ゴーレムの頭上へと右手で唐竹割りのチョップをしてみせる。


 先ほどは大剣クレイモアの一撃でも耐えてみせたゴーレムの頭であったが、クロードのチョップを受け止めることはできなかった。


 それだけではなかった。クロードの右手はまるで豆腐を切るかのごとくにゴーレムの頭、首、胸の中心部、腹、下腹部へと真一文字に下へと向かっていく……。


 クロードの右手が地面につくや否や、遅れて衝撃波が走り出す。ゴーレムの身体はその衝撃波をもろに受けて、砂の城が如く崩れ落ちていく。


 4人がかりで苦戦していたゴーレムではあったが、マスク・ド・タイラーの力を借りたクロードの唐竹割りチョップの1撃だけで、ゴーレムは完全に砂と化す。


「ちっ。マスク・ド・タイラーの力を借りるまでもなかったじゃねえかっ」


 ゴーレムがただの砂山と化した後、遅れて、その砂山の頂点にこぶし大の宝石が姿を現すのであった。


「こいつは? なんだ?」


 クロードはその宝石を右手で鷲掴みにする。


「そいつはゴーレムのコアや。そいつを破壊するとゴーレムは完全に壊れるんやで」


「そうか……。これが元凶……か」


 そう考えると同時にクロードは身体の奥底から力が溢れてしょうがなかった。この力が溢れ出る感覚は、快感と恐怖が交錯するものであった。


 クロードはその衝動を抑え込むために意識を集中させた。


(マスク・ド・タイラー。俺はお前の力に支配されるつもりはない…)


 クロードが身体から溢れる力を制御しつつ、そのコアを右手で砕こうとした瞬間であった。クロードに待ったをかけた人物がその場に現れたのである。


「おっと! 怪しい者ではありません。先生は第3騎士団の騎士団長。ハジュン・ド・レイです」


 この場に急行してきた騎馬武者がクロードを止めに入った。クロードは獅子のマスクを頭に被ったまま、馬に騎乗している騎士を睨みつける。


「マリーの上司ってか。で? 俺がこれを砕くと都合が悪くなるやつがいるのか? この王国に」


「はい、そのとおりです。いやあ、察しがよくて良かった。あたまのなかまで筋肉に支配されているようではないようですね?」


 おどけた様子の騎士であった。だがその騎士が身に着けている紋章を見れば、この王国のお偉い騎士だということは子供でもわかる。


(だが、それがどうした。こいつは俺たちを襲ったんだぞ!)


 クロードたちが戦ったゴーレムはクロードたちに敵愾心を持っていた事実は確かであった。


 ゴーレムは人造の土くれ人形だ。人形がゆえにヒトの命令が無ければ、誰かを襲うという選択肢を取るわけがない。


 そして、マリーを初めとした第10機動部隊がこの大岩に近づくや否や、大岩からゴーレムに変形し、さらには自分たちに襲い掛かってきたのだ。


 クロードが右手で握っているコアを見つめているハジュンの目は涼しげでありながらも、その奥には確固たる意志を感じ取れた。


 それゆえにクロードはどうすれば、この道化じみた騎士団長様を揺さぶれるのかと考えた。


「俺はこのコアをこの場で壊したい。でも、ハジュン・ド・レイ様は壊されたくない」


「はい、その通りです。ここからは交渉となります。それをこちらに渡してくれれば、この国がマリー殿を保護する計画はいったん、お預けとさせてもらいます」


 騎士団長のハジュン・ド・レイがそう言うと同時にビキッ! という宝石にヒビが入る音が響き渡る。


(国をあげてマリーを保護するという計画があることはカルドリアさんから聞いていた。だが……。ぐっ! 静まりやがれ! マスク・ド・タイラー!)


 マリーの保護計画。そのワードを耳にした瞬間、クロードはマスク・ド・タイラーの力に飲み込まれそうになる。ハジュンは慌てふためくことになるが、クロードの右手には自然と力が入り、宝石にさらに悲鳴をあげさせる。


「くっそ! 俺の言うことを聞け、マスク・ド・タイラー!」


 クロードは苦虫をつぶしたような顔になりながら左手を右腕に添える。そうすることで右手の動きを制御した。


 そして、ふぅーーーと一度、長い息を吐く。心を落ち着かせ、ハジュンと向き合うこととした。


「交渉ってのは力も必要だ。俺にはマスク・ド・タイラーの力がある。あんたは何を頼りにしているんだ?」


「困りましたね……。頭に血がのぼっている今のあなたに説明しても、信じてもらえないと思いますが……」


 クロードの目からはこの騎士団長が本当に困っている様子が伺えた。先ほどまでは道化を演じていたというのに、今はまったく違う。


 彼の目は完全に泳いでおり、さらには動揺が指先の細かな動きからも察することができた。素で困っていることがありありとわかる。


(こいつはマリーの敵じゃない。マスク・ド・タイラー、マリーと俺の敵じゃないんだ、言うことを聞け!)


 クロードは右手からゆっくりと力を抜く。そして、ヒビが入ったゴーレムのコア下手したてに投げて、未だに騎馬から降りる様子もない騎士団長殿に渡してしまう。


「確かにあんなの言う通り、今の俺は頭に血がのぼっている。いや、怒っているんじゃなくって、猛っているんだ」


「というますと?」


「マスク・ド・タイラーの力が俺に存分に暴れろと言ってくる。俺はマリーを守りたいが、マスク・ド・タイラーのいいようにされるつもりはない」


 クロードの言葉に、ハジュンは思わず微笑む。その瞬間、先ほどまでの冗談めかした態度が完全に消え去り、騎士団長としての威厳が漂う。


「あなたは思っていた以上に聡明だ。マリー殿からの報告では、もっと直情的な人物かと思っていたが、それは見誤っていたようだ」

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