「クロードが戦っている……。あたし、行かなきゃ!」
「巫女よ。そなたはまだ目覚めたばかりで力を操れないッチュウ」
「でも、あたしはクロードと共に歩くって決めたの!」
「マリーちゃん!」
マリーはコッシローが止めようとする声も聞かずにゴーレムの手の上から空に向かって浮かび始める。
コッシローが前足を伸ばすがマリーの身体には届かない。風がマリーの気持ちに答えた。マリーの身体はどんどん空高く昇っていく。
「クロード、待ってて! 今すぐ行く!」
マリーはすでにコッシローに背を向けていた。コッシローの方へ振り向きもせず、彼女はクロードの下へと文字通り飛んでいく。
「巫女よ! 無茶をしちゃダメッチュウ!」
コッシローの声はマリーには届かない。そのスピードは以前の彼女では出せないものであった。マリーの精霊使いとしての力がコッシローの予想を遥かに凌駕していた。
クロードが戦っていた位置はクロードから1キュロミャートルも離れていたというのに、マリーはクロードが戦っている場所の上空へとものの数十秒で到着してしまう。
眼下ではクロードが10体もの
(クロードのバカ! やっぱり無茶してるじゃない!)
マリーは一直線にクロードの下へと飛んでいく。空中でクロードを彼の背中側から抱きしめる。
「マリー? マリーなのか?」
虚ろな表情であった、彼は。そんな彼に力を与えるべく、マリーの身体から熱が発せられる。
マリーの身体から発せられた熱はすぐさまクロードを包み込む。クロードの苦痛に歪む顔が少しばかりほころんでくれた。
「あったけえ……。マリーの気持ちが伝わってくる……」
「クロード。ひとりで何やってるの! あたしを頼ってよ!」
マリーは非難が込められた声でクロードを叱る。その声には悲しみも混じっていた。
「すまねえ……。ほんと俺はカッとなるとどうにも……な?」
「謝るのはあと! あたしはヨンさんを助けてくる! そこで浮きながら反省しといて!」
マリーは風の精霊に頼む。クロードは透き通る緑色の球体に包まれた。それと同時に火の精霊にも頼んで、クロードを温めてもらう。
(クロードのバカ! ほんとうにバカ!)
マリーはクロードを宙に残したまま、次は元はゴーレムであった残骸とその上から霜で覆われている所へと着地する。顔だけ地面の上へ出しているヨンの元へと駆け寄った。
「マリーちゃんが天使に見えるんやで……」
「冗談が言えるくらいにはまだ元気で安心した……。ヨンさん、ちょっと待っててね」
マリーはそう言うと、ヨンの頭頂部近くの真っ白な地面に両手を付ける。霜の冷たさがマリーの肌を刺し、凍りついた刃が彼女の手足に絡みつくように感じた。
「くっ! でもこれくらいであたしは負けない!」
彼女はその痛みを無視した。そんな脅しに負けてたまるかとマリーは土の精霊に語り掛ける。
「土の精霊よ、お願い。この地に春を取り戻して。あなたの力が必要なの!」
土の精霊はマリーの願いを聞き届ける。マリーの両手を中心に、霜が一気に溶け始める。大地が活力を取り戻し、大地の熱を一気に放射する。
白い世界が命育む大地によって壊されていく。死の世界と生の世界がぶつかり合う。
「土の精霊よ。あたしと共に春を取り返すわよ!」
生の世界はマリーから力を与えらえ、その勢いを増していく。息を吹き返した大地が白く覆われた世界を覆す。
白く染まった森。白く染まったサイガ村。さらにはその向こうへとマリーの力を送り込んでいく。
寒さで死に絶えるのを待つばかりのこの地がマリーの手によって救われた。草木が大地から活力をもらい、みるみるうちにみずみずしくなっていく。
森が蘇る。大地に草花が生い茂る。マリーを中心に一面の花畑が形成された。
「大地よ。あたしに呼応して!
それと共に氷漬けになっていた動物たちが元に戻る。氷の世界から脱出させてもらった動物たちはマリーに感謝を述べる。
マリーは動物たちからの感謝の声を聞き、にっこりとほほ笑む。
その頃になると、土に埋もれていたヨンがようやく自力で土の中から這い出てこれるほどには回復していた。
「マリーちゃん、ありがとうな」
「お礼はあと! そろそろクロードも復活するわ。ヨンさんはクロードと共に
「マリーちゃんはどうするんや?」
「あたしは
「どうにかするってアレをか?」
大地が元に戻ったというのに未だにこの地を白い世界に戻そうとする存在がここにあった。ヨンの背丈ほどもある巨大な爪をマリーだけでなんとかしてみせると言ってきたのだ。
ヨンは「ほんまかいな?」と疑問に感じる。しかし、この爪をなんとかする前に、それを邪魔してくるであろう氷の巨人をどうにかしなければならない。
「わかったんやで。氷の巨人のほうはわいとクロードくんでどうにかしておく」
「頼んだわ! 第10機動部隊の面々も直に到着するはずだから!」
ヨンが氷の巨人の方へ走り出す。空中からはゆっくりとクロードが降りてきている。それを見届け終わる前にマリーは動いた。
彼女は蒼き竜が残した真っ白な爪の方へとゆっくり歩いていく。
マリーが巨大な爪へと近づくと、その爪からは心まで凍りそうな冷気が噴き出す。まるで触れることを拒否しているかのようであった。
巨大な爪から噴き出した冷気は牙となり、マリーを襲う。
「火よ。風よ。螺旋となりて、あたしを守って」
マリーを守らんと火と風の精霊がマリーを包み込む。螺旋を描きながら火炎が上空へと舞い上がる。そこに白い牙がぶつかる。その瞬間、爆音と爆風が周囲へと波となって広がっていく。
「マリー!」
クロードとヨンが慌ててマリーの方へと振り向いてくる。だが、マリーは左手で彼らの動きを止める。
マリーは上昇する火炎の螺旋の中に居ながらにして、表情だけで自分は大丈夫だと伝えた。
マリーは再度、巨大な爪へと顔を向ける。マリーは足を踏み出そうとした。だが、そこに絶対に越えられない壁があるかのようにマリーの足は動かない。
「怖がらなくていい。あたしは災厄王の花嫁よ」
マリーが毅然とそう告げる。一瞬、ほんの一瞬だけ爪から噴き出される冷気が弱まる。
それにより、マリーが大きく一歩前進する。その途端、爪からは拒否感を強めた冷気が噴き出した。マリーは思わず、後ずさりする。
「ごめん。怖がらせちゃったね……」
マリーはすまなそうな表情で爪に謝る。その声を聞き、再び爪から噴き出す冷気がゆっくりとしぼんでいく。その様子はマリーに理解してもらったかのようでもあった。
「ありがとう。でも、あなたはここにいちゃいけない。皆を傷つけちゃうから」
マリーはすまなそうにそう言うと、爪は静かに明滅しはじめた。どうすればいいのかといった雰囲気を示しだす。マリーは努めて優しい声で爪に語り掛ける。
「私はあなたを傷つけない。でも、このままだとあなたは命を奪う。だから、お願い……私にあたなを預けて」
マリーが右手を前へと差し出す。マリーの腕先に赤いコードが浮かびあがる。
すると巨大な爪は歓喜するかのようにその身を震わせる。
その動きを是と捉えたマリーはゆっくりとゆっくりとそのままの姿勢で爪に近づいていく。決してあなたを傷つける気はないという気遣いをもってだ。
ついにマリーの手はは爪に触れる。マリーの腕先に浮かぶコードが広がりを見せる。
それは輪となり、爪の上空へと音も無く移動する。その輪は広がりながらゆっくりと爪のなかほどへと降りていく。
「水の精霊よ。闇色の水を迎えいれて。この子はあなたの敵じゃない」
水の精霊はとまどいの色をマリーに示した。どうしたものかと困っている様子である。
そんな水の精霊に向かって、マリーは「ダメかな?」と問う。水の精霊はしばし考え込んだ後、マリーに対して頷く。
「ありがとう。じゃあ、いくよ。ちょっと痛いけど我慢してね」
爪をぐるっと囲む赤いコードがその輪を縮めていく。爪の表面と赤いコードが触れ合うとまばゆい光が放たれる。
マリーは目を細めながら巨大な爪が溶けていくのを見届ける。赤い輪の中に真っ黒で巨大な水球が出来上がる。
それはゆっくりと自転する。赤いコードの輪が回転しながら小さくなっていく。
それに合わせて水球は赤いコードに吸われていく。ゆっくりと黒い水球はその体積を減らしていく。
ついには全ての黒い水が赤いコードへと吸い込まれた。
その途端、赤いコードはゲフゥ! と気持ち悪いげっぷをして見せる。
マリーは苦笑するほかなかった。赤いコードはやることをやり終えたとばかりにマリーの腕先へと戻る。
そして、感謝しろよとばかりにうねりを見せたあと、マリーの前から消えてみせる。
「しばらくあたしの中で眠っててね」
マリーは目を閉じ、手を合わせる。とんでもないエネルギーが自分の中を暴れているのがわかる。
それを鎮めようとマリーは祈り続けた。
(あたしは災厄王に負けない……)
自分の運命を受け入れると同時にその運命に抗う。
(あたしはクロードと共に……)
新たな力が彼女の中で渦巻いていた。制御できなければ、全てを壊してしまうかもしれない。
(クロードと共に生きていく……)
それでも、マリーは意志を強く持った。災厄王の力に屈することなく、クロードと共に歩む道を進むために。
身体の内側からマリーを引っ掻き回す痛みにより、彼女は苦悶の表情となる。
(それが茨の道だと知っていても……)
そのエネルギーをコントロール出来るようになるにつれ、マリーの表情は恍惚としたものに変わっていく……。
(あなたと一緒に生きていきたい……)