蒼き竜が去っていくのを見送りながら、クロードの胸の中には言い知れぬ感覚が渦巻いていた。
自分の限界を知り、無力さを痛感する一方で、どこかにまだ未踏の力があるのではないかという予感もあった。
次に奴と対峙する時、それを引き出さなければならない。
(俺はなっちゃいねえ……。全然、なっちゃいねえ……。でも俺はまだ生きている!)
クロードの表情には悔しさをにじませながらも、不敵な笑みの色があった。自分を生かしたことを後悔しろとでも言いたげである。
そんなクロードを打ちのめさんとする者があらわれようとしていた。白い静寂の世界を踏み荒らす魔物が。
その魔物は真っ白な世界の住人であった。
全身、青白い肌。その肉体は鋼のような筋肉に覆われている。顎に生えるヒゲすらも青白く凍っている。
そいつが我が物顔で霜の絨毯を踏みつける。一歩進むごとに霜の絨毯に亀裂が入る。霜が空中へと舞い上がり、それが雪の結晶となる。
「食い残しダメ。おいらが食べる」
蒼い目をギラギラと輝かせる。
――
蒼き竜の眷属にふさわしく、この魔物もまた身体から心まで凍てつく冷気を噴き出していた。
「ちっ! わざわざご丁寧に置き土産かよ……」
「グフフ。お前、良い筋肉してる。美味しそう」
「食えるものなら食ってみやがれってんだ!」
クロードはそう言うと身体を支えるために使っていた
その剣先には白い霜と固くなった土がこびりついていた。クロードは
軽く斜めへ振り下ろし、霜と土を振り払う。そうした後、
足を広げることで霜が割れる音がする。足場がかなり悪い。白く染まったこの世界はクロードに不利な条件を付きつけてきた。
だが、クロードは足場の悪さを言い訳にする気はなかった。
「さあ、かかってきやがれ。逆に3枚に卸してやるぜ!」
「威勢のいいやつだあ。あたまから喰らってやるよお!」
氷の巨人はそう言うと、右手に持っている
頭から喰らってやると言いながら、その頭を粉砕するような勢いであった。クロードは手に持つ
(とんでもなく重い一撃だ!)
金属が激しくぶつかり、鋭い音が白い大地に反響する。大地に伝わった音が彼らの周りにある霜を粉砕していく。
鼓膜を裂くようなその音が、クロードの心拍とシンクロしていた。次の瞬間には金属同士が擦れ合う不快な音がした。
巨人の圧力は容赦なかった。まるで大地そのものがクロードに襲いかかる。クロードの持つ
(まともに受けたら、こっちの剣がもたねえ!)
クロードは剣を斜めにする。さらに不快な音が増す。氷の巨人の力を斜めに受け流したクロードが今度は自分の番だとばかりに
クロードの狙いは体勢を崩した氷の巨人の顔に傷を入れることであった。だが、その狙いは強引に防がれる。
「なんて野郎だ!」
クロードは半ば呆れそうになる。100人斬りを為した
さらに木の棒でも掴んでいるかのように
「この野郎……!」
氷の巨人はギリギリと握力を強める。
クロードは両手に力を込め、柄をねじる。それにより
たまらず
「いてえだあ! おいら、許せねえだあ!」
氷の巨人は自分の身体に傷を入れられたことで憤怒の表情に変わる。顎にたくわえられた青白いヒゲが震えている。今にでも天を衝かんとばかりに反り返る。
「ケッ! 俺の武器をおしゃかにしようとしたくせに!」
「うるさいだあ! みじん切りにしてハンバーグにしてやるだあ!」
氷の巨人は四つん這いになりながら、右手で大きな
「切れろ! 切れろ! ハンバーグだあ!」
そこには剣技というものは存在していなかった。クロードが
しかしすぐさま次の一撃を叩きこんでくる。金属がぶつかり合い、お互いに悲鳴をあげる。氷の巨人はそんな悲鳴に一切、耳を傾けることはしなかった。
逆にクロードは自分の
(落ち着け、俺。相手に乗るな!)
そうしていながら、敵の剣を痛めることも同時に
10度目かとなろうという剣と剣のぶつかり合いだった。クロードは氷の巨人が手に持つ
「ここだーーー!」
その割れ目に向かって渾身の一撃を叩きこむ。カーンという乾いた音が辺りに響く。それと同時に
「あああああ? おいらの剣が折れた。なんでだあ?」
半ばから折れた
自分から見たら小人にしか見えない男に自分の武器を破壊されたのかが理解出来ないといった表情である。
「まあ、いいかあ。って、あれえ? おいらのお肉、どこに行った?」
それが氷の巨人の最後の言葉であった。
クロードは氷の巨人が間抜け面をしているうちに、やつの左腕を素早く駆け上った。奴の左肩付近まで駆け上がると、そこからさらに上へとジャンプする。
「うおおおおお!」
ありったけの力をもってして、それを氷の巨人の太い首へと叩きこむ。
氷の巨人は
「はあはあ……。身体はでかいが頭は3歳児かよ、こいつ……」
クロードは
「しっかし、とんでもねえ、置き土産していきやがった……」
クロードの身体にはさすがにもう体力が残っていない。白い世界は着実にクロードの身体からエネルギーを奪っていた。
「はあはあ……。ああ、このまま倒れ込みたい」
筋肉が発する熱でクロードの身体は温まっていた。それでも疲労により身体が重いと感じてしまう。視界もだんだんとぼやけてくる。
そんな状態のクロードであったが、彼の耳に嫌な音が聞こえてくる。
「嘘……だろ」
クロードは自分が見ているものが信じられないという表情になってしまった。
先ほどと同じように霜を踏みつぶしながら何かがやってくる音が聞こえる。だがその音の数が異常であった。
「ひいふうみい……。おいおい……」
今倒したばかりの奴と同じ体躯の
「冗談も大概に……しやがれってんだ」
クロードは1体倒しただけで相当な体力を持っていかれていた。自分にゆっくりと近づいてくる氷の巨人たちを見ているだけで気が遠くなっていく。
「クッソ!」
クロードは頭を左右に振って、休眠に入りつつあった脳みそに喝を入れる。
「これくらい倒せなきゃ、自分には届かないって蒼き竜に言われた気がするぜ、あんちきしょうがっ!」
クロードは空を睨みつけた。北の方角。そこはあの
雑魚を潰すには氷の巨人でも事足りると言われた気がしてならない。クロードは憤怒の表情になっていた。
「いいぜ……。全部、俺が叩き斬ってやる!」
クロードは疲労に満ちた身体と