目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第39話:氷の巨人

 蒼き竜が去っていくのを見送りながら、クロードの胸の中には言い知れぬ感覚が渦巻いていた。


 自分の限界を知り、無力さを痛感する一方で、どこかにまだ未踏の力があるのではないかという予感もあった。


 次に奴と対峙する時、それを引き出さなければならない。


(俺はなっちゃいねえ……。全然、なっちゃいねえ……。でも俺はまだ生きている!)


 クロードの表情には悔しさをにじませながらも、不敵な笑みの色があった。自分を生かしたことを後悔しろとでも言いたげである。


 そんなクロードを打ちのめさんとする者があらわれようとしていた。白い静寂の世界を踏み荒らす魔物が。


 その魔物は真っ白な世界の住人であった。


 全身、青白い肌。その肉体は鋼のような筋肉に覆われている。顎に生えるヒゲすらも青白く凍っている。


 そいつが我が物顔で霜の絨毯を踏みつける。一歩進むごとに霜の絨毯に亀裂が入る。霜が空中へと舞い上がり、それが雪の結晶となる。


「食い残しダメ。おいらが食べる」


 蒼い目をギラギラと輝かせる。


――氷の巨人フロストジャイアント紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンの眷属であった。


 蒼き竜の眷属にふさわしく、この魔物もまた身体から心まで凍てつく冷気を噴き出していた。


「ちっ! わざわざご丁寧に置き土産かよ……」


「グフフ。お前、良い筋肉してる。美味しそう」


「食えるものなら食ってみやがれってんだ!」


 クロードはそう言うと身体を支えるために使っていた大剣クレイモアを地面から引き抜く。


 その剣先には白い霜と固くなった土がこびりついていた。クロードは大剣クレイモアを両手に持ち直す。


 軽く斜めへ振り下ろし、霜と土を振り払う。そうした後、氷の巨人フロストジャイアントに向かって剣先をゆっくりと向けて構える。


 足を広げることで霜が割れる音がする。足場がかなり悪い。白く染まったこの世界はクロードに不利な条件を付きつけてきた。


 だが、クロードは足場の悪さを言い訳にする気はなかった。


「さあ、かかってきやがれ。逆に3枚に卸してやるぜ!」


「威勢のいいやつだあ。あたまから喰らってやるよお!」


 氷の巨人はそう言うと、右手に持っている幅広直剣ブロードソードを上から振り下ろしてきた。


 頭から喰らってやると言いながら、その頭を粉砕するような勢いであった。クロードは手に持つ大剣クレイモアを横にする。剣の腹で氷の巨人の一撃を防ぐ。


(とんでもなく重い一撃だ!)


 金属が激しくぶつかり、鋭い音が白い大地に反響する。大地に伝わった音が彼らの周りにある霜を粉砕していく。


 鼓膜を裂くようなその音が、クロードの心拍とシンクロしていた。次の瞬間には金属同士が擦れ合う不快な音がした。


 巨人の圧力は容赦なかった。まるで大地そのものがクロードに襲いかかる。クロードの持つ大剣クレイモアを押しつぶさんが如く、体ごとねじ伏せようとしてきた。


(まともに受けたら、こっちの剣がもたねえ!)


 クロードは剣を斜めにする。さらに不快な音が増す。氷の巨人の力を斜めに受け流したクロードが今度は自分の番だとばかりに大剣クレイモアを下から跳ね上げるように振る。


 クロードの狙いは体勢を崩した氷の巨人の顔に傷を入れることであった。だが、その狙いは強引に防がれる。


「なんて野郎だ!」


 クロードは半ば呆れそうになる。100人斬りを為した大剣クレイモアを左手でいとも簡単に受け止められてしまう。


 さらに木の棒でも掴んでいるかのように大剣クレイモアをその大きな手で包み込んでしまう。


大剣クレイモアが悲鳴を上げた。折れる――クロードは即座に引き抜こうとしたが、やつの握力がそれを許さない。


「この野郎……!」


 氷の巨人はギリギリと握力を強める。大剣クレイモアがさらに悲鳴をあげる。


 クロードは両手に力を込め、柄をねじる。それにより大剣クレイモアが回る。大剣クレイモアの刃が氷の巨人の手のひらを傷つける。


 たまらず大剣クレイモアから手を離した。氷の巨人の左手からは紫色の血が流れ落ちる。


「いてえだあ! おいら、許せねえだあ!」


 氷の巨人は自分の身体に傷を入れられたことで憤怒の表情に変わる。顎にたくわえられた青白いヒゲが震えている。今にでも天を衝かんとばかりに反り返る。


「ケッ! 俺の武器をおしゃかにしようとしたくせに!」


「うるさいだあ! みじん切りにしてハンバーグにしてやるだあ!」


 氷の巨人は四つん這いになりながら、右手で大きな幅広直剣ブロードソードを何度もクロードに向かって叩きつける。


「切れろ! 切れろ! ハンバーグだあ!」


 そこには剣技というものは存在していなかった。クロードが大剣クレイモアを使い、氷の巨人の攻撃を受け流す。


 しかしすぐさま次の一撃を叩きこんでくる。金属がぶつかり合い、お互いに悲鳴をあげる。氷の巨人はそんな悲鳴に一切、耳を傾けることはしなかった。


 逆にクロードは自分の大剣クレイモアを自分の手のように優しく扱った。相手の剣をどう受ければ、自分の剣のダメージが減るのかをだ。


(落ち着け、俺。相手に乗るな!)


 そうしていながら、敵の剣を痛めることも同時におこなっていた。氷の巨人はそんなことをされているのも気付かずに散々に幅広直剣ブロードソードを振り下ろす。


 10度目かとなろうという剣と剣のぶつかり合いだった。クロードは氷の巨人が手に持つ幅広直剣ブロードソードの刃部分に決して小さくはない割れ目を視認した。


「ここだーーー!」


 その割れ目に向かって渾身の一撃を叩きこむ。カーンという乾いた音が辺りに響く。それと同時に幅広直剣ブロードソードが半ばから切れる。


「あああああ? おいらの剣が折れた。なんでだあ?」


 半ばから折れた幅広直剣ブロードソードを不思議そうな目で見ている氷の巨人であった。


 自分から見たら小人にしか見えない男に自分の武器を破壊されたのかが理解出来ないといった表情である。


「まあ、いいかあ。って、あれえ? おいらのお肉、どこに行った?」


 それが氷の巨人の最後の言葉であった。


 クロードは氷の巨人が間抜け面をしているうちに、やつの左腕を素早く駆け上った。奴の左肩付近まで駆け上がると、そこからさらに上へとジャンプする。


 大剣クレイモアを両手でしっかりと握る。


「うおおおおお!」


 ありったけの力をもってして、それを氷の巨人の太い首へと叩きこむ。


 氷の巨人は首級くびを叩き落とされた。首級くびと胴が離れたというのに氷の巨人は不思議そうな表情のままであった。


「はあはあ……。身体はでかいが頭は3歳児かよ、こいつ……」


 クロードは大剣クレイモアを杖代わりにして、荒い呼吸を整えていた。身体に付着していた氷はクロードの身体から発する熱ですっかり溶けてしまっていた。


「しっかし、とんでもねえ、置き土産していきやがった……」


 クロードの身体にはさすがにもう体力が残っていない。白い世界は着実にクロードの身体からエネルギーを奪っていた。


「はあはあ……。ああ、このまま倒れ込みたい」


 筋肉が発する熱でクロードの身体は温まっていた。それでも疲労により身体が重いと感じてしまう。視界もだんだんとぼやけてくる。


 そんな状態のクロードであったが、彼の耳に嫌な音が聞こえてくる。


「嘘……だろ」


 クロードは自分が見ているものが信じられないという表情になってしまった。


 先ほどと同じように霜を踏みつぶしながら何かがやってくる音が聞こえる。だがその音の数が異常であった。


「ひいふうみい……。おいおい……」


 今倒したばかりの奴と同じ体躯の氷の巨人フロストジャイアントの群れが現れた。その数、なんと10体。


「冗談も大概に……しやがれってんだ」


 クロードは1体倒しただけで相当な体力を持っていかれていた。自分にゆっくりと近づいてくる氷の巨人たちを見ているだけで気が遠くなっていく。


「クッソ!」


 クロードは頭を左右に振って、休眠に入りつつあった脳みそに喝を入れる。


「これくらい倒せなきゃ、自分には届かないって蒼き竜に言われた気がするぜ、あんちきしょうがっ!」


 クロードは空を睨みつけた。北の方角。そこはあの紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンが優雅に舞いながら去っていった方向だ。


 雑魚を潰すには氷の巨人でも事足りると言われた気がしてならない。クロードは憤怒の表情になっていた。


「いいぜ……。全部、俺が叩き斬ってやる!」


 クロードは疲労に満ちた身体と大剣クレイモアを引きずりながら、ゆっくりと氷の巨人の群れのほうへと向かっていく……。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?