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第38話:紅玉眼の蒼き竜

 村を囲む柵を挟んで、魔物と第10機動部隊は一進一退を繰り返した。


 村人たちも第10機動部隊に加勢してくれる。第3騎士団がもたらした物資の中には弓矢もあった。


「俺たちの村だ! 俺たちも頑張るぞ!」


 それを手に取った村人たちが柵を乗り越えようとする魔物たちを射る。身体に矢が当たった魔物たちが怯む。


 怯んだ隙に槍を叩きこむ隊員たち。柵の向こう側に転がっていた魔物たちにとどめをいれんと、剣を持つ隊員が柵の外へと飛び出す。


 村を襲おうとしていた魔物たちの数はみるみる内に減っていく。50のうち、半数が物言わぬ屍と化した。


 ニンゲンの軍ならすでに撤退していてもおかしくない。そうだというのに、魔物たちはいまだにしつこく村を襲い続けていた。


(おかしい。魔物の勢いが一向に収まらない……)


 マリーは今、ゴーレムの右肩に乗っていた。同じそのゴーレムの頭にしがみついているコッシロー。


 ふたりの魔力でゴーレムを操り、しつこい魔物を撃退していく、しかしマリーの不安感はどんどん膨らんでいく。


「マリーちゃん、気づいているでッチュウ?」


「うん……。魔物が恐れているのはあたしたちじゃない」


 マリーの意識は研ぎ澄まされていた。不安感の正体を探る内に集中力が増してきていた。


 マリーは元斥候兵であるレオンが持つ鷹の眼を越えた『神の眼』で今の戦場を空から俯瞰して見ていた。


 王都の門をくぐって広がる大地を見たあの瞬間。あの時に自分に起きたあの『ゾーン』に入る。


「マリーちゃんにも見えるでッチュウか? ここサイガ村から先にある森。その森の奥深くが」


 マリーの隣にいるコッシローがマリーの視線を誘導する。マリーはコッシローに対して、「うん」とひとつ頷く。


 森が泣いていた。「痛い、苦しい」と助けを呼んでいる。


 森があげる悲鳴を風の精霊が運んできてくれる。


 森の悲鳴を受け止めることで、マリーの胸も痛む。


 マリーは意識を空高く舞い上げながらも、涙を流した。


 涙溢れる瞳で森を泣かしている元凶を睨みつける。


「魔物たちを恐怖に陥れ、森を泣かす者の所在がわかったわ!」


「さすがは災厄王の花嫁でッチュウ。さあ、その者をこの世に暴きだすでッチュウ!」


 マリーはコクリとコッシローに頷く。大空を舞う意識を自分の身体へと戻す。


 戻ってきたマリーに向かって、コッシローは懐から水晶玉を取り出す。それをマリーに手渡す。


 マリーはゴーレムの右肩の上で立つ。マリーが右手を前へと差し出す。その手のひらの上にはコッシローから手渡された水晶玉があった。


「隠れたって無駄。あたしには見えている」


 今のマリーは何か謎めいた雰囲気を醸し出していた。彼女の視線は森の上に向けられている。


「ラーラーラー。ラーラーラー」


 彼女は右手で水晶玉をかざしながら歌を歌う。その透き通る歌声に呼応するように彼女の右腕の一か所に赤いコードが浮かび上がる。


 それはマリーが災厄王の花嫁であるあかしであった。赤いコードが水晶玉と呼応しあう。


 水晶玉から赤い光線が一直線に飛ぶ。赤い光線が飛ぶ先はマリーの視線の先とぶつかる。


 その時であった……。


 森の上空で盛大な音が鳴ったのは。


 雷鳴のようなまばゆい光が森だけでなく村にまで届く。そのまばゆい光にこの地に集う者全てが目を奪われる。


「何が起きた?」


「あれを見て!」


 光がある一点に集中し、凝固していく。森の上空には不気味な割れ目が出来ていた。その向こう側から何かがやってくる。


「来る!」


「何か巨大なものが!」


 目を無理やりに持っていかれた者たち全員がそう予感した。


 その予感は的中する……。


 森の上空に突如現れた割れ目から黒い霧が噴き出す。黒い霧は勢いを増す。それによって空に出来た割れ目がどんどん広がっていく。


「イヤーーー!」


「鼓膜がやぶれそうだ!」


 ガラスが一斉に何枚も同時に割れる音が響き渡る。ヒトだけでなく、魔物たちまでもが耳を両手で塞ぐ。轟音に恐れを為して、目を閉じる。


 しかし、目をずっと閉じていることは出来なかった……。


 とんでもない質量が地面に当たる音が聞こえた。それと同時に音が聞こえた場所を中心にして全てを吹き飛ばす勢いをもった狂風が飛んできた。


 狂風は森の木々をなぎ倒す。


「ウギャアァアァ!」


 それだけでなく、サイガ村を襲っていた魔物たちが狂風に運ばれていく。


 サイガ村の住人や第10機動部隊の面々はその狂風に運ばれないようにと柵や建物にしがみつく。


「あれはなんだ……」


 誰かが震える声で言った。


「この世の終わりだ……」


 誰かが涙を流しながら言った。


 誰も彼もが狂風が飛んできた場所へと目を向ける。あまりにもの恐怖で目を閉じることが出来ない。目に映る化け物はこの世に存在してはいけない怪物であった。


「あいつの目を見ろ……」


「なんだあの赤い目……」


「6つもありやがる……」


 そのバケモノの目は全部で6つあった。その6つの目が全て紅玉ルビーのように赤い色であった。


 背中からは羽が4つ生えている。


 奴の身体全体は蒼い鱗で覆われていた。その蒼い鱗を貫ける武器など、この世には存在しないと思えた。


 その化け物の名は『紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴン』。災厄王

が生んだと呼ばれる四大災厄のひとつ。それがこの世に降臨したのだ。


「あんなバケモノに勝てるわけがねええええ!」


 紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは羽ばたきをひとつした。それだけで台風のような暴風が辺りへと飛び散っていく。


「うわあああああああ!」


 砂塵が起きる。木々が根本から引っこ抜かれる。あまりもの狂風のために大地までもが振動する


 紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンが少し動くだけで、そのまま天災が起きるというイメージがこの地にいる全員に浮かんだ。


 怯える地上の生き物たちに対して、紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは高らかに笑って見せる。


「ギャオオオオオオオン!」


 その竜声はそのままエネルギーとなる。竜の一声が響いた瞬間、大地が悲鳴をあげた。


 森の木々は根元から引き裂かれ、空には巨大な雷が走った。風は狂ったように村を襲い、砂塵が巻き上がる。


◆ ◆ ◆


 その後、白い静寂が訪れる……。


 全てがその蒼き竜に従うかのように、世界が彼の足元にひれ伏していた。


「いやだ、いやだ、いやだ」


「死にたくないよぉ……」


「助けて……くれ、誰か……」


 地上に生きる全ての者が紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンに恐怖した。


 その姿に満足したのか、紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンは大空高く舞い上がっていく。


「くそがっ! そんな脅しでびびってたまるかよ!」


 満足げに大空に待っていく蒼き竜はふと、地上の方へと視線を落とした。


 自分に向かって威勢よく何かをわめき散らしている者がいる。


(ホウ……? おもしろいやつがいる)


 蒼き竜はニタリと気味悪く笑って見せる。指先をその者に向ける。するとその指先から爪が1枚飛んでいく。


(だが、これで終わりだ……)


 その爪の速度はとんでもなく速かった。空気の壁を何枚も突き破りながら地上へと飛んでいく。


 これで終わりだと思った蒼き竜はわめいていた者への興味を無くす。


 大空を優雅に舞う。


 視線を北へと向ける。


 身体の向きをそちらへと向け、悠然と北へと飛び去っていく。


◆ ◆ ◆


 ヨンはかの蒼き竜が爪を飛ばしてきた時に魔術障壁マジック・バリアを張った。


 全身から魔力を振り絞り、爪からクロードと自分の身を守ろうとした。


 爪と魔術障壁マジック・バリアが衝突するや否や、氷の嵐が魔術障壁マジック・バリアごと一帯を吹き飛ばす。このままではふたりとも絶命してしまう。


 だが、ゴーレムにはあるじを守るという絶対的な命令が刻み込まれていた。ゴーレムは身を挺してヨンに覆いかぶさる。


 ゴーレムは自分の命を盾に使って、ヨンを守ってみせた。


 そのヨンは真っ白になっていく視界の隅でクロードが身に纏う鎧が内側から爆ぜるのを見た。


 それを見て安心したのか、ヨンはゴーレムの盾に身を委ねたのであった……。


「なん……なんだ、あいつは!」


 サイガ村の近くに巨大な竜の爪が突き刺さっていた。その爪を中心にして、心まで凍ってしまいそうなほどの冷気が噴き出していた。


 その爪の近くで息も絶え絶えとなっているクロードがいた。剥き出しの筋肉の表面のところどころに氷が張り付いている。


 無理やりその氷をはぎ取ろうものならば、肉まで引きちぎれそうであった。


 クロードは大剣クレイモアを支えになんとか立っている。


「クロードくん、無事……でっか?」


 ゴーレムの残骸によって身体のほとんどを埋もれている状態となっていたヨンがクロードに声をかける。


 ゴーレムがヨンを庇わなければ、ヨンの身体は内側まで氷漬けになっていたに違いない。


「勝ち逃げなんて絶対に許さねえ……。次会った時は、てめえの首をねじ切ってやる!」


 クロードは自分の周りが氷の世界と化したにも拘わらず、そちらを見ずに紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンが去っていた方向を睨みつけていた……。

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