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第37話:サイガ村防衛

 遠くで風が木々を揺らす音がした。


 それに反して村の周囲には一瞬の静寂が訪れる。風の精霊が嵐の到来を警告するかのようだった。


 マリーはその空気の変化を感じ取り、さらに神経を尖らせた。


(魔物たちが近い。作戦は上手くハマるはず。でも……)


 マリーは視線を陣幕の向こう側へと向ける。彼女の変化に気づいた彼女の補佐官たちはマリーに声をかける。


「マリーの立てた作戦なら、きっと上手く行く」


 クロードがマリーの肩に手を置く。


「せやせや。神経質になるのはわかるけど、わいとクロードくんを信じてや」


 ヨンがクロードと肩を組む。


「マリーちゃんのことは俺っちに任せて、暴れてくるッスよ!」


 レオンがクロードとレオンにそう言う。するとクロードとヨンが任せておけとばかりにレオンに拳を突き出してくる。


 レオンは差し出された拳に自分の拳を合わせる。さらにその上へとマリーが拳を合わせてくる。


 みんなが一斉に微笑みだす。それを合図に各々が自分の今すべきことに向かって歩み出す。


「んじゃ、行ってくる」


「お土産を期待しておくやで」


「任せたわね、二人とも。あくまでも敵を迎え討つのを主眼に置いてね」


 クロードたちに伝えきった。しかし、それでも胸騒ぎがするマリーであった。


 頭の中で思い描く戦い方できっと勝利は掴めるはずだというのに、それでも不安感を拭いきれない。この場から立ち去ろうとするクロードに思わず、声をかけてしまう。


「クロード!」


「わかってる」


 クロードは振り向きもせずにマリーへと返答する。彼の背中は雄弁に語っていた。俺に任せろと。何か不測の事態が起きてもどうにかしてみせると言っていた。


(クロード……。本当に無茶しないで……)


 クロードの一言には、彼の信念が込められていた。彼は多くを語らないが、その背中は多くを語っている。


(マリーは俺が守る。いや、マリーだけじゃない。俺がマリー含め、サイガ村を守ってみせる!)


 ヨンは軽く肩をすくめ「やれやれ、彼はいつも通りやな」と小声で呟いた。


◆ ◆ ◆


 クロードたちが陣幕から去った後、マリーはギュッと目を閉じる。自然と両手は祈りのポーズを取っていた。


 しかしながら、次に目を開けた時、マリーの目には迷いは一切消えていた。


「レオンさん。コッシローさんを呼んできてほしい」


「わかったッス。ちょっくらつかまえてくるッスわ」


 戦場においてもレオンはちょっと散歩でも行ってくるとでも言いたげな軽い足取りであった。その仕草がマリーの心をいくばくか軽くさせる。


◆ ◆ ◆


 そんな陣幕内のやりとりを知らずにクロードとヨンは配置につく。村の手前で足を止めている魔物たちがはっきりと視認できた。


「意外とちゃんと軍隊やってるな」


「せやな。魔物のくせにな」


 魔物は明らかに統率が取れていた。その手にニンゲンが使う武器を手に取っている。


 しかしながらその手に持っている武器種に統一感はほとんどなかった。長剣ロング・ソード、メイス、槍などなど、どこかを襲って調達してきたといわんばかりの装備のばらばらさだ。


「あいつらをまずは捌けばいいわけだな」


「わいとクロードくんふたりで力を合わせりゃ余裕やろ」


 頭に入らない兜をその頭の上に乗せてているだけのの魔物もいる。そして、そいつらはゲラゲラと笑っている。


 自分たちの眼の前に立っているたった2人の男をあざけ笑っているかのようでもあった。クロードは軽く舌打ちしてみせる。


 見てくれだけならヒトに近い魔物たち。


犬ニンゲンコボルト豚ニンゲンオーク、それにワニニンゲンリザードマン。武器だけじゃなくて種族もばらばらだ」


「災厄王も適当に集めたんやろうな。んまあ、戦争は数集めな話にならん」


 やれやれと嘆息するクロードとヨンであった。その2人にじりじりと接近してくる魔物たち。奴らは警戒心を露わにしながらクロードたちを取り囲む。


「でも数だけ揃えてもな」


「その通りやで!」


 クロードたちを中心に円を完成させた魔物たちであった。


 だが、ヨンはその魔物たちに襲われる前に懐からこぶし大の宝石を取り出す。それを手で地面に突き刺し、さらには右足で地面の中へとねじ込む。


 魔物たちは不可解な行動に出たヨンに一瞬、動きを止める。彼らは勢いのままにヨンに襲い掛かればよかったのかもしれない。


 魔物たちが再び動く前にヨンは埋め込んだ宝石へと魔法の杖マジック・ステッキの尻で叩く。


 それに呼応して、周囲の地面が揺れる。地面が揺れたことで次の行動を封じられた魔物たちであった。


「王宮魔術師会もたまにはまともなもん作るんやな。いでよ、ゴーレム! わいの手足となるんや!」


 地面の揺れは収まることを知らなかった。その揺れはヨンが地面に埋めた宝石を中心にして起きていた。


 土が盛り上がる。それがヒトの形となる。ヨンを肩に乗せて雄叫びをあげる。土くれの人形が戦場に現れた。


「グオオオオ!」


 土くれの人形は大きく口を開き、体内に周囲の空気を取り入れる。その空気を口から吐き出すや否や、こぶし大の土塊群が飛んでいく。


 土塊が地面を穿つ。それにより新たな土塊が宙を舞う。土塊が互いにぶつかり合う。そのままの勢いをもってして、魔物が作った円の一部を破壊してみせる。


「俺たちを実験台にして完成させたものを俺たちで使うのはちょっと気分がよくねえな!」


「使えるもんならネズミでもこき使えってよく言うやろ! さあ、戦いの始まりや!」


 ヨンはゴーレムの肩に魔法の杖マジック・ステッキの尻の部分を突き刺していた。


 魔法の杖マジック・ステッキを介して、直接、ゴーレムの体内に魔力を送り込む。これにより、魔法耐性の高いゴーレムに命令を与えることができた。


「ゴーレムくん。どんどん魔物を吹き飛ばしてや!」


「グオオオオ!」


 ゴーレムは作成時にあらかじめ仕込まれていた命令しか聞かないことで有名だ。


 あとづけで命令を書き換えることは、ゴーレムを一度破壊しなければならなかった。だが、王宮魔術師会が改良に改良を重ね、先日、ようやく戦闘用に調整が完了した。


 ゴーレムはあるじであるヨンの命令に忠実に従った。


 ヨンが「殴れ」と命じれば、ゴーレムは左腕を振り回して、目の前で慌てふためく犬ニンゲンコボルトの頭を粉砕する。


 ヨンが「千切れ」と命じる。ゴーレムは豚ニンゲンオークの身体を両手で掴むと雑巾を搾るようにその身体をねじ切ってしまう。


(俺の出番が全部とられちまうなっ!)


 クロードはそう思うや否や、自分たちを包囲していた魔物たちの隊列の切れ目へと走る。そこには隊列を整え直そうとしていたワニニンゲンリザードマンが2体居た。


 クロードは大剣クレイモアを右から左へと大きく振り回す。


「まずひとつ!」


 クロードが大剣クレイモアを振り終わると同時にワニニンゲンリザードマン2体の胴体が宙を舞う。


「そしてふたつ!」


 宙を舞いながら紫色の血を辺りにまき散らす。


 クロードは身に纏う防具をを紫色の血で汚しながら、魔物たちを挑発する。右手で大剣クレイモアを持ち、左手で魔物たちに手招きする。


「おら、どうした。どんどんきやがれ……」


 仲魔をやられたことで魔物たちは怒りの色に染まっていく。手に持つ武器でクロードを威嚇しながら、じりじりと距離を詰める。


「ぶぎゃああああ!」


 クロードの包囲を縮めていく魔物たちの一部が横から飛んできた土塊群によって吹き飛ばされる。


「ナイスだ、ヨン!」


 それを合図にクロードが魔物へと一気に距離を詰める。大剣クレイモアを振る。風すら切り裂く音が鳴ると同時に今度は一気に3体の胴が宙を舞う。


 新たな血がさらにクロードの鎧を染める。その姿を見せつけられて魔物たちは尻もちをつく。


「ゴーレムくん、踏みつぶしてや!」


 奴らを逃がさぬとばかりにゴーレムがけたたましい音と共に踏みつぶす。


◆ ◆ ◆


 クロードたちの様子をレオンは本陣の近くに建てられた物見ものみやぐらから見ていた。その高台からは魔物たちの動きが一目瞭然であった。


 あんなバケモノたちの相手をしていられるかと魔物たちは動きを変えた。魔物たちが二手に別れた。


 クロードとヨンを囲む魔物。


 手がつけられない二人組は放っておいて、村へとなだれ込もうとしている魔物。


「クロードたちに恐れをなした奴らが村の方へと向かってきているッス! その数20ッス!」


「わかったわ! コッシロー、あたしたちも動くわよ!」


 マリーはコッシローを両腕で抱え、陣幕を飛び出す。陣幕の前には残りの隊員たちが整列していた。


 その隊員たちに対して、マリーは号令をかける。


「魔物はばらばらに村を襲うわ! 二人一組になって、魔物を1匹ずつ確実に排除すること! 決してひとりで行動しないように!」


「はいっ! マリー隊長の名のもとに!」


 マリーは隊員たちを二人一組で運用した。


 ひとりが槍といった長物を持ち、魔物をけん制する。


 ひるんだ魔物に肉薄し、その身を斬り倒すもうひとり。


「チュッチュッチュ! 我が愛しいゴーレムちゃん。魔物をぶん殴れッチュウ!


 それでも討ち漏らしたものをコッシローが呼ぶゴーレムで粉砕する。


 ここまではマリーが思い描く戦術がそのまま当てはまろうとしていた。


(うまく行ってる。行きすぎているくらい。でも……。何かわからない。言いようがない何かがあたしたちを見ている。そんな感じがする……)


 戦況がこちら側に有利に動く中、マリーはそれでも嫌な予感が胸をよぎる……。

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