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第36話:サイガ村

 第10機動部隊はその歩を早めた。自分たちがまず到着しなければならない集落へとだ。ハーキマー王国は王都を中心としていくつもの都市があった。


 その都市の周りに集落が多く存在していた。その集落のひとつ、サイガ村に向かって前進していく。


 第3騎士団が担当する魔物の軍隊と戦闘が始まれば、結果はどうであれ、魔物は魔物らしく、周囲に被害をもたらすであろう。


 その被害を1番に被るのは簡単な防衛用の柵を立てている程度の集落である。


 第3騎士団が討ち漏らした魔物が向かうであろう集落のひとつのサイガ村を守るようにと第10機動部隊に辞令が下されている。


「レオンさん。先行してサイガ村へ!」


「うっす! ちょっくらひとっ走り行ってくるッス!」


 マリーはゾーン状態が終わり、彼女の意識はすでにその身体へと戻っていた。第10機動部隊は10人で構成されている。


 そのうちのひとりは元斥候兵であった。彼が乗る馬がこの隊のなかで1番早い。マリーは元斥候兵であるレオン・ハイマートに哨戒任務を与えていた。


そのレオン・ハイマートが10数分後には戻ってきて、マリー隊長に告げる。


「第10機動部隊が着任予定のサイガ村にはまだ魔物は到達していなかったッス


「よかった……」


 マリーはその報告を聞いて、胸を撫でおろす。だが、レオンは続きの報告があると言う。


「第3騎士団の本隊があと1時間もしないうちに魔物の本隊とかち合うッス!」


「猶予は30分ってとこね。わかったわ、レオンさん、ありがとう。馬を休めてほしい」


 マリーはレオンに労いの言葉を送る。そうした後、すぐに後ろへと振り向き、隊員たちに号令をかける。


「足を速める! 各自、決して遅れないように!」


 ここからは時間との勝負だ。自然と徒歩かちの隊員たちの歩幅が広がる。行軍速度をあげた第10機動部隊はそのままサイガ村へと到着する。


「呼吸を整えつつ、魔物を迎え討つ準備を!」


 本来ならここで休息を取るべきなのだろう。しかしマリーはサイガ村へ到着するなり、隊員に次の指示を出す。


「まずは本陣の設営だ」


「クロードくん、ここは任せたやで。わいは物資の確認してくるわ」


「んじゃ、おれっちは村の状態を確認しながら、引き続き、哨戒任務に行ってくるッス」


 先行していた第3騎士団がこの集落に戦いに必要な物資を置いていってくれていた。


 だからこそ、第10機動部隊は第3騎士団本隊に遅れて王都を出立したというのに、サイガ村に到着早々、次の行動にすぐに移行できた。


 サイガ村に到着した第10機動部隊は本部となる陣幕を張った。そこにテーブルと椅子を並べる。本部が出来上がったと同時に隊員たちは村の中を駆けまわる。


「マリーちゃん! 物資はちゃんと数が揃っとる! 受領のサインもサイガ村の村長さんと交わしてきたで!」


「マリー! 物資はあるが俺たちが予想していたよりも村を囲む柵が痛んでやがった! とりあえずでもいいから修繕しとくか?」


 陣幕で待つマリーの下へと次々に報告を携えた補佐官たちがやってくる。マリーはサイガ村の状況を逐一、頭の中に入れていた。さらに持たされた情報を素早く整理していく。


「ヨンさんは隊員を3名連れて、物資を適切な場所に移して! クロードはここの崩れそうな柵だけでいいから修繕してちょうだい!」


 マリーは村長からもらった村周辺の地図をテーブルに広げていた。ヨンに物資を配置する場所を指で指し示す。


「クロード。どこが壊れてた?」


「えっと、こことここ、んでさらにここだ」


 つぎにクロードに壊れかけの柵の位置を地図で示してもらった。


「じゃあ、ここの修繕を最優先で。つぎにここをお願いね」


「おっし、わかった!」


 その中でも緊急性の高い場所を修繕するようにと命じる。ヨンは隊員を引き連れる。クロードは村人に手伝ってもらう。


 大ネズミの手も借りたいほどにサイガ村はてんやわんやの大騒ぎであった。


◆ ◆ ◆


 時間が刻々と過ぎる。すでに第3騎士団の本隊と魔物の軍隊はぶつかり合っているはずであった。


 その証拠にサイガの村の北西側には何本もの白色の狼煙のろしが天へと昇っていた。あの狼煙のろしの色で各地に点在する機動部隊に本隊の状況を教えていた。


 その狼煙のろしの1本の色が赤色へと変わる。


「あの色は……。始まったのね!」


 赤が示すのは騎士団本隊と魔物の軍隊とが交戦を開始したという合図であった。マリーの顔がいっそうに険しくなる。


 今すぐにでも陣幕から飛び出し、自分も隊員と同じように作業をしたくなる。だが、マリーは第10機動部隊を預かる隊長だ。隊長がやらなければならないのは的確な指示である。


 マリーはギュッと右手を握りしめる。その右手に自分の左手を添える。さらに目を閉じた。ゆっくりとした深呼吸を繰り返す。


(落ち着いて、あたし! あたしがやらなきゃならないのは陣幕から飛び出すことじゃない!)


 マリーは無理やりに自分の身体を抑えつけていた。マリーは手を握りしめた。指揮官としての冷静さを保たなければならない。


 しかし、その一方で、無数の命運が自分の決断にかかっているという重圧が、胸を圧迫してくる。


 王都を出立した際に起きたあの状態がもう1度、自分の身に起きるようにと努めた。熱い汗が首すじを伝う。


(身体が熱い。熱が頭まで昇ってきそう)


 落ち着けようとしても鼓動が早くなる。腹の奥から熱が上がってくる。おいそれとあの状態には移行できなかった。


 しかしながら、マリーは身体が熱を帯びようとも、頭の中は至って冷静であった。


(大丈夫。あたしにはクロードがいる。彼の存在があたしを冷静にしてくれる)


 今、自分がすべきことと、してはいけないことをはっきりと整理出来ていた。


「マリーちゃん! 物資の配置が終わったんやで! わいは次、何したらええんや?」


「ヨンさん、ありがとう。次は隊員たちに交代で休みを入れさせて」


「わかったんやで! おい、疲れがひどいもんから休んでいくんや!」


 陣幕に戻ってきたヨンにマリーはすぐに次の指示を出した。ヨンはその指示を受けると、すぐにまた陣幕の外へと出ていく。


 今のところ、第10機動部隊はうまく回っていた。村の周りでは、隊員たちが迅速に柵を修繕し、物資を配置していた。


 村人たちも手に手に道具を持ち、緊張した表情で隊員たちに協力している。全員が迫りくる危機を感じていた。


 これならば、魔物がこの村を襲ってきたとしても撃退できるはずだとマリーは固く信じた。


◆ ◆ ◆


 さらに時が進む。北西に見える狼煙のろしの色は本隊の戦況に合わせて変っていく。


 今のところ、状況は一進一退であることがその狼煙のろしを見ることで理解できた。


 だが、新たな狼煙のろしが上がる。その色は紫色であった。その色を見て、マリーの身体から汗の量が一気に増える。


「レオンさん! どれだけの魔物がこちらに流れてきているのかを見てきてほしい!」


「合点承知ッス!」


 レオンは陣幕に戻ってきたなり、マリーからの指示を受ける。レオンは陣幕を飛び出し、馬留めに走る。


 この第10機動部隊が保持する馬の中でも1番に足が速い馬に飛び乗る。馬の腹に右足で蹴りを入れる。馬がいななきをあげながらレオンを運ぶ。


 レオンは馬の上で立ってみせる。まさに軽業師ここにありと言われる芸であった。レオンは馬よりも遥かに高い視点で前方を見た。


「うっひょぉ! 結構な数が本隊をすり抜けたッス!」


 レオンの前方には森があった。だがその森から一斉に鳥たちが飛び立つ。さらには森だというのにそこからはもうもうと土煙が上がっていた。



 相当数の魔物が森の中をつっきっている真っ最中であることがわかる。レオンは馬を足で操りながら、来た道を戻る。


 そのレオンを追いかけるように森を突っ切った魔物の姿が現れる。


「フゴフゴ!」


「ウゴウゴ、フゴー!」


魔物たちはきょろきょろと辺りを見回していた。何か獲物は居ないかと鼻息を荒くしている。


「鬼さん、こちらっス!」


「フゴーーー!」


 そんな魔物たちに向かって、レオンは奴らを虚仮こけにするような所作を馬の上でやってみせる。


 森を越えた魔物たちはレオンに誘導されるように移動してくる。しかし馬に乗るレオンには決して追いつけはしなかった。


 魔物の群れを振り切ったレオンは村に入ると、馬留めに馬を繋ぐこともせずに陣幕へと駆け込む。


「行ってきたッス! 魔物の数はおよそ50ッス!」


「ありがとう、レオンさん! 50ね……。クロードとヨンさんに30頼めば……残りは20……」


 マリーはレオンからの報告を受けて、冷静に彼我との戦力差を計算した。隊員をどのように動かせば、効率よく魔物たちを撃退できるかをだ。


 第10機動部隊は10人しかいないと言えども、個々の技能が突出した精鋭で構成されている。


「大丈夫。あたしたちなら、どうってことない数よ」


 クロードとヨンが30の敵を引き受けるなら、残り20はマリー自身が指揮する隊で迎え撃てば、十分に対応できる。


 勝算はあった。相手がこちらの5倍の50だとしても決してひけは取らないとマリーは考えた。


 マリーは考えをまとめると、クロードとヨンを陣幕に呼び出す。


「クロード、ヨンさん。2人で30を相手してほしい。殲滅しろとは言わないから、そこは注意してね」


 彼らに手短に作戦の説明をおこなう。


「へっ。100人斬りの俺には物足りない数だなっ」


 クロードが右手を握りしめ、何度か左の手のひらをパンパンと気持ちよく殴る。


(クロードは落ち着いてる。ひとりで無茶するって感じじゃない。大丈夫……のはず!)


 彼の表情から察するに問題は無いと感じ取ったマリーであった。

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