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第31話:セレモニー

――第5帝国歴396年 5月8日 ハーキマー王国の王都:カーネリアン―


 この日、王都に住む者たち全員にアドラー・ハーキマー国王からの伝達がおこなわれた。


 王城の広場には群衆が集まる。国王の宣誓を聞くためにだ。


 人が集まることで自然とざわめきが起こる。国王の登場を今か今かと待ちわびた。


 その時であった。トランペットを持つ儀仗隊が一斉にそれを構える。ファンファーレが力強く奏でられる。群衆の熱量が一気に高まる。


 待ってましたとばかりに城のバルコニーにアドラー・ハーキマー国王とその側近たちが姿を現した。群衆が放つ熱は声となり、国王へと声となり届く。


 国王は右手を静かに左から右へと降る。それを合図に群衆は誰一人、しゃべらなくなる。


 静寂が訪れる。国王は王宮魔術師から拡声魔具を受け取る。その拡声魔具を喉へと取り付ける。国王は民衆に向かっておごそかに語り出す。


われはアドラー・ハーキマーなり。この国の王である」


 群衆は固唾を飲んだ。国王の一挙一動に注目する。


 国王は自分が何者かを言った後、またしても沈黙する。目を閉じる。閉じた目をゆっくりと見開く。


 国王の目は群衆のその先に向けられていた。


「400年の時を経て、災厄王が再誕しようとしている」


 国王は一言発するたびに間を置いた。そのたびにいやでも群衆たちは国王へと視線を注いでしまう。


 衆目が集まるのをその肌で感じ取る国王は身体の奥底から熱が溢れてくる。


「しかしだ……。われは国を挙げてしっかりと準備してきた! 災厄王、何するものぞ!」


 国王が右腕を高々と振り上げる。それと共に民衆のボルテージはマックスへと駆け上る。国王は続けて左腕も高々と振り上げる。


われに続け! 災厄王からこの地上を共に守ってくれ!」


「国王! 国王! 国王!」


 アドラー国王の眼下に見える群衆全てが右腕を何度も天へと向けて振り上げる。


 そのたびに国王を称える声が怒号のように飛び交う。


 そんな熱量の中、バルコニーにいる国王の隣に2人の男女が登場する。その2人の男女が何者かを国王が告げる。


「ここにいる娘が今日で16歳になる災厄王の花嫁、ローズマリー・オベール!


 国王にの隣に立つ16歳の娘は純白のウェディングドレスを改造した騎士の制服を着る。頭には黄金のティアラ。耳には銀色のネックレス。


 群衆の目には可憐な花嫁というよりかは勝利をもたらす戦乙女ヴァルキリーの姿に見えた。


「災厄王の花嫁こそ、人類の希望ぞ! ローズマリー・オベールはこう言った。自分は守られるだけの存在ではないと!」


 国王は群衆の熱にあてられたかのようにも見えた。雄弁に語る。歴史の証人とでも言いたげな振舞いである。


 だが、国王からはその威厳が溢れ出ている。


「ローズマリー・オベールは戦場を駆ける! 国民たちよ! ローズマリー・オベールの矛となり盾となれ! 彼女の騎士ナイトであるマスク・ド・タイラーが共にあろうぞ!」


 ローズマリー・オベールの隣に立つ男は獅子のマスクを被り、ブリーフ・パンツ一丁の姿でマントを大きくひるがえさせる。


 そしてごっつい籠手を纏わせた右腕を天へと突き立てる。それと共に群衆からは大歓声が飛ぶ。


 その大歓声が国王並びにその隣に立つ男女に一斉に浴びせられる。


 あまりの熱量に男女はあとずさりしそうになる。しかしながらお互いに身体を寄せ合って、互いの身を支え合う。


「マリー。俺はお前が守る」


「クロード。あたしはあなたと共にある」


 マリーとクロードはそう言葉を交わした後、群衆が見ている前だというのに唇と唇を重ね合わせる。


 それを見せつけられた群衆たちからはより一層の熱量が2人に向かって放射されることになる。


 そんな仲睦まじい2人を横にしながら国王は右手を左から右へとサッと降る。それと同時に民衆は静寂を作り出す。


「今日ここに宣言する! 災厄王と人類の戦いの幕は切って落とされた! 勇者たちと共に駆け抜けよ! 明日を求めよ!」


 国王がそう宣言するや否や、群衆は溜め込んでいた熱を口を通して発する。右足を踏み鳴らす。それが力強い行進曲を産み出す。


 その行進曲に合わせて、群衆の海を割って王都の外へと向かわんとする勇ましい騎乗した5人の騎士たちが城の入り口から現れる。


 その5人の騎士は右手を軽く群衆に振りながら、割れた群衆の間を騎乗したまま進む。


 その5人の騎士とはこの国を代表する騎士団の団長たちであった。


 第1騎士団長であり、かつ、この国の軍を統括する大将軍のドメニク・ボーラン。彼の姿は紫と一本角のサイを基調としていた。


 彼の後ろに続くは第2騎士団長のアリス・アンジェラ。彼女は棘薔薇の騎士と呼ばれるように赤と棘を基調としていた。


 続くは第3騎士団長のハジュン・ド・レイ。第3騎士団は蒼い龍をモチーフにしている。


 さらに第4騎士団長のイヴァン・アレクサンドロヴァ。彼は5つの騎士団長の中でもっとも若い。その若さゆえに侮られぬようにと黒と豹を基調としたいで立ちである。


 そして最後尾を騎乗して進む第5騎士団長はダグラス・マーシー。大将軍よりも歳を取っているが、歳を重ねているからこその威風を醸す白鳳のいで立ちであった。


 その5人の騎士がゆっくりと群衆の間に出来た道を騎乗したまま進んでいく。誰も彼もがこの国を代表する騎士団長を称えた。


◆ ◆ ◆


 セレモニーもいよいよ終わりに近づいていた。騎士団長たちのお披露目が終わると、群衆たちの目はバルコニーにいるアドラー国王へと向かう。


 アドラー国は軽く右手をあげる。それを合図に民衆が再び沈黙し、静寂が訪れる。アドラー国王はゆっくりとひとつひとつ言葉を口にする。


「国民ひとりひとりが勇者ぞ……。災厄王との戦いが終わるその日まで、共に戦おう……。そしてまた再び、ここで会おうぞ!」


 国王の締めの言葉を受けて、民衆は喉が枯れんばかりに雄叫びをあげた。


 その声を聞きながら、バルコニーに居た国王とその側近、さらにローズマリー・オベールとマスク・ド・タイラーの化身が姿を消す。


 しかしながら彼らが完全に姿を消した後も城のバルコニーから一望できる広場から群衆がすぐに消えることはなかった。お互いに励まし合い、災厄王に立ち向かおうと誓い合う。


◆ ◆ ◆


 国王がバルコニーから城内へと戻る。城内を大股で歩きながら、服を次々と脱ぎ捨てていく。アドラー国王は汗でびっしょりと全身を濡らしていた。


 喉を軽く締める拡声魔具を喉からうっとおしそうに外し、使用人に下手したてから投げる。ステテコパンツ一枚になった国王を慌ててバスタオルで包み込む使用人たちであった。


「国王様。見事な演説でございました」


 アドラー国王の側近のひとりがそう言う。そんな側近に対して顔を蒸気させたまま国王が朗らかに会話をする。


「ああ、たまらん。国民たちの熱量が想像以上に高かった。それにつられて、つい、バルコニーからダイブしてやろうかと思ってしまったわい!」


「それはさすがに過剰演出すぎますね。もし、ダイブしていたら、そのまま災厄王の目のの前にまで群衆たちの手によって運ばれていたでしょう」


 側近のウイットに富んだ冗談に気を良くしたアドラー国王は豪快に笑って見せる。アドラー国王は現在53歳。歳相応の威厳をその身にまとっている。


 そのアドラー国王の一番のお気に入りが国王の演説時の勇ましさを雄弁に語ってみせる。ひとから見れば佞臣のようにも見える。


 しかしながら、国王はその佞臣の言葉でどうにかされるようには見えない風貌であった。50を過ぎたというのに、国王は一介の戦士のような肉体であった。


 まさに戦時の国王としてふさわしい人物である。国王は使用人たちの手で新たな服を着せられると、すぐさま玉座へと座る。


 そして、この演出の手伝いをさせた若い男女のほうへと視線を向けた……。

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