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第29話:違う一面

「ではお話した通り、第10機動部隊にも出陣してもらうことになります。装備品などで足りないものがありましたら今日中にカッツエくんに報告してください」


 ハジュンは第10機動部隊の主だった面々との会談を終える。


 あとのことは補佐官であるカッツエに任せて、自分は退席していくのだった。時間にして1時間少々ではあったが、有意義に意見交換できたとハジュンはそう考える。


 災厄王との戦いがどう転ぶかは未だに不明なことが多い。だが、将来は大軍の指揮を任せても良いと思えるほどの大器を持つ若者がいることを知った。


 何か不測の事態が起きたとしてもその若者を1軍の将として抜擢する機会が訪れるだろうと。


(マリーをこんな第10機動部隊の隊長の座に留めておくにはもったいない逸材だ)


(もう少し時間があるのであれば、自分の補佐官として任命して、いくさとは何かをじっくりと教えてさしあげたい)


 いろいろな思いがハジュンのこころの中を巡る。それほどまでにマリーという人物は才器の片りんをハジュンに見せてくれた。


 そう思いながらも実戦を経て、自らの手でその才器を磨くのも悪くないと思えてくる。


 ハジュンの足取りは軽やかであった。


 将来性ある若者を見ると、心が浮き立つのは、自分がおじさんと呼ばれるような年齢になったからかもしれない。親のように子が育つ姿を想像するのと似ている。


(やれやれ……。先生はマリー殿にすっかりお熱ですね。少しばかり熱を冷ましに行きますか)


 ハジュンはそう思い、馬留めに繋げていた馬に乗り、その馬を王都の門の方へと向かわせる。


 ひとっぱしり行ってきて、気持ちよく汗を流してこようと考えた。


◆ ◆ ◆


 一方、第10機動部隊の詰め所で備品の確認をおこなっていたレオンは嫌な汗が背中から流れてしかたがなかった。


 それもそうだろう。今にでも因縁をつけてきそうな雰囲気を身体から溢れさせているハジュンの補佐官:カッツエ・マルベールがレオンを1番に注視していたからだ。


(なんでマリー隊長は、俺とカッツエさんを組ませたッスか)


 明らかにレオンとカッツエは水とアブーラであった。レオンは軽業師でナンパ師がゆえにいつもひょうひょうとした雰囲気を醸し出す。


 他方、これぞ武者とも呼ぶべきオーラを漂わせているのがカッツエだ。


 レオンがひいふうみいと隊の備品を数えている間、カッツエは「本当に合っているのか?」という疑いの目で見てくる。レオンとしてはこれ以上に居心地の悪いことは無い。


「あのさあ……。俺っちがいい加減な奴に見えるのはしょうがないッス」


「うむ、その通りだな」


「でも、隊員の命に関わることになるところで、いい加減なことはしないッスよ」


「うむ、その通りだな」


 このやり取りも何度目かと思ってしまう。レオンが備品の数を数え終わり、それを後ろで控えているカッツエに報告する。


 カッツエはダブルチェックだと称して、カッツエ自身が備品の数を数え直す。こんなことをされれば否応なく、ケチをつけられている気がしてならなくなってしまう。


 どうにかして信用してもらいたいのだが、どう言おうがダブルチェック体勢を絶対にやめようとしないのである。


「なあ、カッツエさんよ。なんでそこまでこだわるッスか。俺っちが気に喰わないんッスか?」


 ついにレオンが衝突も辞さぬとばかりにカッツエに言いたいことがあるなら言ってみろとばかりにつっかかる。


 カッツエは「うむ」とひとつ言った後、備品を数える手を止める。そして、何かを考え始める。レオンとしてはさっさと言ってくれよという態度だ。


「すまんな。これは癖だ。別にレオン殿を信用してないとかではない」


「癖? 癖にならなきゃならんほど、やってきたという意味ッスか?」


 レオンがそう問うとカッツエは静かに首を縦に振る。そしてまたしても2人の間に沈黙が流れる……。


(この沈黙、どうにかしてくれッス)


 レオンは嫌気が身体から溢れだしそうになる。しかし、それを口にはせずに静かにカッツエの次の言葉を待つ。ようやく重い口をカッツエが開く。


「自分も昔、上官にダブルチェックされた身だ。だからレオン殿の今の気持ちはわかる」


「へぇ。カッツエさんからは想像できないッスね」


 レオンがそう言うと、カッツエは昔をふと思い出したかのような表情になっていた。そんなカッツエが「ふっ……」と少しだけ笑みを零す。


「こう見えて、拙者は抜けている部分があってだな。昔の上官はなっとらんとよく愚痴をこぼしてたわ」


「それは面白いッスね」


「ああ、今となっては良き思い出だ。さて、しゃべっていると数をうっかり間違えてしまう。少し静かにしてもらえないか」


 そんなカッツエに対して、レオンは少しだけ緊張が和らぐ。顎に虎髯を生やすこのわかりやすすぎる武者面の男から、普通の人間味を感じた。


(カッツエさんも笑うんすね……)


 機会があれば酒を飲み交わして、カッツエのやらかした過去を根掘り葉掘り聞いてみるのも悪くないと思えてくる。


「さあ、ここの備品のチェックは終わりぞ。残りあと2割と言ったところか」


「ウッス! 気合いれていきますか! 俺っち、かなりカッツエさんのことを誤解してたみたいッス」


「うむ、その通りだな」


 この定型文のような返事にすら、面白みを感じるようになってしまったレオンであった。ひとの見方を少し変えれば、違った一面が見えてくるとはよく言われる。


 カッツエ相手でもそう出来ることに、レオンは何か誇らしさを感じてしまう。ニンゲン的にひとつ、成長させてもらえたと考える。


◆ ◆ ◆


 そんなレオンたちが次に向かった場所で事件が起きる。とある一室の備品が荒らされていたのだ。レオンは驚きの表情になる。先日、ここをチェックした時とはまるで違う光景となっていた。


 ワインが入っていた木箱の蓋が何個も開けられており、その中身をひっくり返したが如くに緩衝材の木くずや、栓がされたままのワインの瓶がそのままに部屋の床に散乱していた。


「誰が荒らしたんッスか。こりゃ一大事ッス。ちょっと、カッツエさん。悪いけど、俺っち、マリー隊長を呼んでくるッス!」


「うむ。それが良いだろう。こちらは現場の保全と犯人の手がかりをさがしておく」


 カッツエに同意をもらったレオンは急いでマリー隊長の所へ向かう。


 レオンははあはあと荒い呼吸をしながらマリー隊長の下へとたどり着く。


「どうかしましたの?」


 彼女はきょとんとした顔つきになっている。


「ああ、大変だ! ワイン蔵に誰かが侵入して、箱入りのワインを盗んだかもしれねえ!」


 レオンが先ほど備品チェックに訪れた場所はワイン蔵であった。


 めでたいことがあった時くらいしか、そこからワインを運びださないのであるが、定期的なチェックはおこなっている。


 そこが荒らされた以上、他にも被害があるはずだ。他の場所をチェックしていたマリー隊長やヨン、さらにクロードに異常が無かったかと聞く。


「いいえ。こちらのほうは何も。ワイン蔵だけ荒らされていたようですね」


「せやな。わいのところも荒らされてはおらんかった」


「俺のところもだ。なんで、ワイン蔵を……?」


 レオンの緊張感が移ったのか、皆は怪訝な表情となっていた。しかしながら、自分たちが見てきた場所で荒らされた場所はなかった。


「そうか。ワイン蔵だけッスか! ヨンさん、クロード、用心しておいてくれッス! マリー隊長、ついてきてほしいッス!」


 レオンはマリー隊長を連れて、ワイン蔵へと急ぐ。そしてそこに戻ってくると、カッツエが先に調査を始めてくれていた。


 レオンとマリーもカッツエと同じく、犯人の手がかりを探していく。


 レオンが床に転がっているワインの瓶を改めて確かめる。


 マリーは棚に並べられているワインの数が減ってないかを確かめる。


 カッツエは豪快に木箱をひっくり返して、木くずを床に広げてみせる。


 カッツエがその木くずの中からとある遺物を発見する。そうするや否や、すくっと立ち上がり、「これに見覚えが無いか」と言ってくる。


「ん? なんッスか、この白くて長い毛」


「人の髪の毛じゃありませんわよね。って、白い毛って……もしかして……」


 レオンとマリーにはこの白い長い毛の人物をすぐさま思いつく。そう、ワイン蔵を荒らした犯人として名が挙がったのはあの白い大ネズミのコッシロー・ネヅであった。


 すぐさま、コッシローを探せという指示がマリー隊長から飛ばされる。第10機動部隊の詰め所の騒ぎはワイン蔵だけでおさまらず、詰め所全体がひっくり返したような大騒ぎとなる。


 30分ほどすると、コッシローが見つかることになる。コッシローは眠たい目をこすりながら「なにごとか」と皆を逆に問いただす。


「あのー。寝床が欲しいのならば、ちゃんと相談してくださいね?」


「ふわぁぁぁ。この身体になってから、ニンゲン用のベッドは落ち着かなくて。んで、代わりになる物を探しただけでッチュウ」


「一応、備品を荒らした犯人ということで、あとで説教はしっかりとさせてもらいますよ、コッシローさん」


「すまなかったでッチュウ。でも、眠くて眠くてしょうがなかったのでッチュウ」


 コッシローはそう言うと、またもや大きなあくびをして、木くず入りの木箱の中で丸くなる。カッツエはそんな第10機動部隊の面々を前にして、ガーハハッ! と豪快に気持ちよく笑うのであった。


「大山鳴動してネズミ一匹。まさにその言葉そのままの騒ぎだったッス」


「うむ、だがそれも含めて部隊というものだ」


 普段は厳格なカッツエも、こうした小さなトラブルの中で人間味を垣間見せる。それがレオンに取って、好ましいカッツエの一面の発見となる。


 一方で、マリー隊長はまだコッシローに対してお説教をすると決意しているが、その表情には少しだけ優しさが見え隠れしていた。


 第10機動部隊にとって、これもまた一つの絆を深める経験となるのだろう。

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