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第28話:訪問者

 第10機動部隊はお昼休憩が終わり、午後からの仕事へ入ろうとしていた。


 その時であった。この詰め所に客人がやってきたのは。その客人の名はハジュン・ド・レイ。第3騎士団の団長であった。


 今日はひとりではなく、彼の補佐官であるカッツエ・マルベールも一緒であった。


 第10機動部隊の応接室へと案内されたハジュンはそこにあるソファーにどっかりと腰を降ろす。しかしながら彼の補佐官であるカッツエは団長の後ろで起立したままである。


 カッツエのいで立ちは騎士団長たる威厳をその身にすぐ引っ込めてしまうハジュン団長を自分が補うとでも言いたげな立ち姿であった。


「すいませんね。いつもこうなんで、彼のことはあまり気にせずに」


 ソファーに座っているハジュンの対面にはテーブルを挟んでマリーとヨンが着席していた。その2人の後方にレオンとクロードが立っている。


 そしてレオンはハジュンの後ろにいるカッツエとバチバチに視線で火花をまき散らしていた……。


 自分の補佐たちが視線だけで会話しているのを知っているのにも関わらず、それをどこ吹く風と言わんばかりにハジュンは落ち着いている。


(ハジュン団長。よく気にせずにいられるわ。あたしも見習わないと……)


 マリーは国の騎士団のひとつを束ねるとなると、こういう風に出来なければいけませんよと、暗にハジュンに教えられているような気分になる。


 椅子に座っているがマリーの背筋はまっすぐ伸びていた。この第10機動部隊を束ねる者として、しっかりと受け答えしなければならないという緊張感を持つマリーである。


「話とは何でしょうか?」


 マリーから切り出す。ハジュンは困ったような顔つきになりながら手に持つ湯呑み茶碗をゆっくりと回す。その手が止まったことで、応接室の空気はさらに張りつめる。


「国王様からの言付けを持ってきました。災厄王は軍を整えている。しっかり準備をしておけとのことです」


 ハジュンの言うことは簡潔すぎた。それゆえに聞きたいことがやまほどと出てきてしまう。ハジュンの柔和な態度からはどうぞなんなりと質問をと告げていた。


 ハジュンにまず最初に質問をしたのはマリーであった。


「災厄王の軍というのは魔物たちが集合しているということですか?」


 ハジュンはその質問が来るのは当たり前ですねとばかりにひとつ短く嘆息してみせる。


 ハジュンの後ろに控えていたカッツエが動く。カッツエは「失礼」と一言、マリーに断りを入れてから、テーブルの上にハーキマー王国と隣国を含めた地図を置く。


 そして、その地図の上に黒色のチェスの駒を置いていく。


「え……、こんなにも?」


 その黒色のチェスの駒の数を見せられて、驚きの表情になるのがマリーたちであった。黒色のチェスを10個はすでに置いている。


「え、ちょっと? さすがに多すぎませんか?」


 カッツエの動きは止まらない。このままではチェスの駒が足りなくなってしまうのではないかという危惧を感じる。


「ハーキマー王国のみで調査しただけでも、魔物の群れがこれほど確認できました」


 カッツエがようやく黒色のチェスの駒を配置し終え、元の位置へと戻っていく。その途中でありながらもハジュンは説明を再開したのだ。


 そして、黒色のチェスの駒の幾つかを移動させて、4カ所ほどに集合させていく。


「なるほど。魔物の群れが散見されるだけではなく、軍隊となるべく集合していると」


「はい、その通りです。魔物の中では群れを為す個体は存在しますが、普段は個で動く魔物までもがこのように集団を作り始めています」


「明らかに魔物にそうするようにと指示を出している者がいるわけですね?」


 ハジュンはマリーにそう聞かれ、口を閉ざしたまま頷いてみせる。魔物にそう指示を出している者が何者かまでは言わなかった。


 いや、言う必要が無かっただけだ。その者の名は災厄王以外にありえないからだ。


 マリーはギュッとテーブルの上で両手を合わせる。自然とその手に力が入ってしまう。そんなマリーを見かねて、クロードがマリーの右肩に右手をそっと添える。


(ありがとう、クロード。あたしは大丈夫)


 力が入り過ぎていると自覚したマリーは一度、大きく深呼吸をする。良い塩梅に身体への緊張感をコントロールする。


 そして、ハジュンへとしっかり視線を向ける。ハジュンは柔和な雰囲気を崩さず、マリーの視線を受け止める。


「災厄王が言っていたように7日間は猶予を与えてくれるようです。ですがそれもあと3日間」


「わかりました。国王様の憂いが少しでも晴れるように準備を早めます」


 災厄王はマリーを災厄王の花嫁として指名した。マリーは災厄王復活のための鍵であった。


 だが、それは同時にマリーは人類にとっての切り札である。「準備だけでなく、覚悟も出来ているのか?」というのが国王の真意であった。


 重い責務を今年で16歳の娘がその身に負っている。普通ならおかしくなってもなんら不思議ではなかった。


 だが、マリーの目には固い信念が宿っていた。


(あたしにはクロードがいる。だから、災厄王に負けるつもりはない)


 彼女の目を見て、ハジュンは一安心だとばかりに肩から力を抜いて見せる。そうした後、ハジュンは座りながら、カッツエのほうへと振り向く。


 カッツエはハジュンに白いチェスの駒を渡す。ハジュンは身体の向きを前へと戻すと、地図の上にその駒を乗せていく。


「魔物の軍に対して、こちらはこう動く予定です」


 まず王都の周りに騎士ナイトの駒を5つ置く。その騎士ナイトの周りに兵士の駒を4つ置く。


 このハーキマー王国には5つの師団があることを示してみせる。そのうち4つの師団を黒い駒の集合へと向かわせる。


 こうすることでハーキマー王国が魔物で構成された軍団にどのように対処するつもりなのかをわかりやすく説明した。


「なるほどなあ。あっちが4つの大きな塊を作っているのなら、それぞれに4つの師団を送るって寸法かいな」


 ハジュンが駒を置き、それを動かすのを見て、そう感想を言うのはヨンであった。ハジュンの駒を動かす指がぴくりと反応する。


 それを見て、ヨンは怪訝な表情になる。


「あれ? ちがいましたんかいな?」


「あんまり勧められた戦法じゃないんですけどね」


「というと、どういうことや?」


 ヨンは魔法使いであるがゆえに戦法にそれほど明るくはない。ヨンから見れば、相手が4つの集団を作っているなら、こっちもそれに合わせて4つの師団を向かわせるのは至極、当然だと思えた。


 しかしながら、ヨンから見て、ハジュンはあまり乗り気では無い。


「先生ならこうします」


 ハジュンはそう言うと、今の展開の仕方は「あくまでも上が決めたことであり、今から示すのは自分ならこうする」と断りを入れる。


 ハジュンは4つの師団全てを魔物が集合する1つの場所へと移動させた。そして、その1つを包囲する形にしたのである。


いくさにはいろいろな戦法があります。上が示すことは間違ってはいません。あくまでも先生ならこうするというだけです」


 ハジュンは重ねてそう言う。ハジュンの戦法は『一点集中』だ。4つの師団で1つの集合を一斉に叩き、さらに次の集団をまたしても4つの師団で一斉に叩く。ひとつに全力を注ぐ戦法だ。


 対して、上の判断は師団それぞれに『各個撃破』が望ましいと判断した。ヨンはなるほどなあと納得してしまう。


「上手くハマれば先生の今、指し示した戦法が非常に有効なのですよ」


「せやな。わいもハジュン様の戦法のほうが断然良いように思えるわ」


「やっぱ騎士団の団長ともなるといくさの考え方が違って見えるものや」


 ヨンがハジュン団長の戦法をべた褒めしようとしていた。だが、ここでマリーが「失礼ながら」とハジュンの示す戦法の弱点を言う。


「そのひとつの集団がもし4師団と同じ力を有していた場合、ハジュン様の戦法はまさに机上の空論となりますね」


「そこを突いてきますかー! いやあ困りました」


 マリーの鋭い指摘に参りましたとばかりに両手を天井へと向けてみせるハジュンであった。


 まさに痛いところを16歳にもならぬ女子にはっきりと言われてしまう。いくさ運びに正解は無いとはよく言うが、失敗の原因は明確にわかると指摘出来ることがあった。


 ハジュンの示す策はあくまでも上手く事が運んだ場合に限るのだ。


 それを見事、言いあてたマリーにハジュンは彼女の鋭い洞察力と指揮官としての資質に、さらには大将としての将来性を見出すことになる。

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