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第27話:訓練

 午前の時間を有意義に過ごしたクロードたちであった。しかしながらお昼休憩の時間にはまだ早い。


 この余った時間をどう過ごそうかと思案に暮れる。


「んじゃ災厄王との戦いに備えて、訓練といきましょうや」


「それもいいな。仕事もしないでいると身体がなまっちまってしょうがねえ」


 クロードは宿舎に戻り、自室から大剣クレイモアを庭へと持ってくる。


 右腕に籠手を纏い、マントを装着する。そして獅子を象ったマスクを被る。両手で背丈ほどある大剣クレイモアを持ち、それで素振りをして見せる。


 この第10機動部隊に飛ばされてからはクロードの自慢であるこの大剣クレイモアが実戦で振るわれたことは数えるほどしかなかった。


 ごつごつとしたこの柄を握ることで久しぶりの感覚に開放感すら感じる。


「んじゃ、わいが火球をいくつか飛ばしますわ。それを次々と切り落としてくださいな」


「おう。最初はお手柔らかに頼む」


 ヨンは両手で持っている魔法の杖マジック・ステッキをゆっくりと円を描くように揺らす。すると、魔法の杖マジック・ステッキの先端から火球が生み出される。


 それがまるでしゃぼん玉のようにゆっくりとクロードへと飛んでいく。


 クロードは大剣クレイモアを上下左右に振り回す。大剣クレイモアの刃と火球の表面が触れるや否や、風船が割れるような音が辺りへと響く。


 全ての火球を破壊して見せたクロードがふぅとひとつ呼吸をする。気持ちのいい汗がクロードの身体からじんわりと溢れだす。


「準備運動としちゃ、まだまだものたりないな。さあ、次を寄越してくれ!」


 クロードは準備が整ったとばかりにヨンへ次の魔法を見せてくれと頼む。ヨンは頷き、魔法の杖マジック・ステッキの先端をゆっくりと回す。


 魔法の杖マジック・ステッキから生み出されたのは水球であった。その水球群はヨンの頭上へと舞い上がる。


 そして数秒ほどそこで留まっていたかと思えば、次の瞬間、クロードも驚く速度でクロード目掛けて飛んでくる。


 クロードは1球目を地面に転がりながら躱す。


 体勢を崩したクロードに対して、2球目が容赦なく飛んでくる。


 クロードは膝を地面につけたまま、大剣クレイモアを斜め上へと振り上げる。


 クロードを狙った水球は大剣クレイモアによってキレイに両断されてしまう。


 だがそれだけでヨンの攻撃は止まらなかった。続けて3球目がクロードの左脇腹に回り込むように飛んでくる。


 クロードのそこはがら空きであった。クロードはまともに3球目を喰らい、ずぶ濡れとなってしまう。さらには衝撃で完全にクロードは地面に突っ伏してしまう。


 そこにすかさず4球目が飛んできた。


「訓練らしくなってきたじゃねえか!」


 クロードはそう言うや否や、地面を転がってみせる。


 クロードが元いた場所に水球がぶつかり、四散する。


 濡れた土砂がクロードへ覆いかぶさってくる。


 クロードは両足を地面につけて、そこからバク転してみせる。


 ようやく地面にブーツの底をつけることが出来たクロードは間隙を抜いて飛んできた5球目を上段斬りで両断してみせる。


「ウォーミングアップとしてはちょうどええやろ。マリーちゃん。そろそろ合わせ技といきましょうや」


「ええ、良いわよ。クロード。もし怪我をしても治療するから安心してね?」


 マリーはいたずらっぽく笑って見せる。そうした後、ヨンの隣に立ち、土の精霊へと語り掛ける。


「大地よ。あたしに力を貸して。あたしのお尻をあたしの許可無く撫でまわしたクロードにお仕置きをしてほしい」


 マリーの目が笑いながらも、ほんの少しだけ本気の色を帯びている。


「マリーさん? あくまでも訓練ですよね?」


「ふふふ……、あたしのお尻を揉んだ代償は高いわよ? クロードさん?」


 クロードは彼女の力のすさまじさを知っているだけに、少しばかり緊張が走った。クロードは「ちょっと待て!」と言いかけるが、その前にクロードの足元がぐらぐらと揺れ始める。


 立つこともやっとの揺れの中、ヨンがニヤニヤと笑いながら魔法の杖マジック・ステッキを介して、泥球を作り出す。


 先ほどの水球によって庭の地面は濡れていた。その濡れた地面から魔法で土を掘り出す。


 さらには水を掛け合わせる。水と土を合わせた上級魔法であった。


 まともに当たれば先ほどの水球など目じゃないほどの衝撃を喰らわされるのは必定であった。


(おいおい……。多少の怪我で済むってレベルか、これ)


 クロードは揺れる地面の上でなんとかバランスを取ろうとした。クロードの足元を中心として直径2ミャートルのみが揺れている。


(しっかもマリーはマリーで容赦ねえなあ!)


 クロードが足を広げれる範囲を狙って、揺れる範囲を限定していた。こんな芸当が出来るのは精霊使いとして卓越した腕を持つマリーだからこそである。


 ヨンの頭上に先ほどとは違い、クロードの周りに彼から距離を置いて泥球群が浮かばせた。


 今度はフェイントも織り交ぜてくるであろうと予想するクロードであった。


 その予想通り、1球目はクロードの斜め前の地面にぶつかり四散する。クロードはそこに視線を無理やり持っていかれる。


 だが、クロードは視線をそこだけに集中させてはいなかった。2球目、3球目の動きもしっかりと目の端で確認していた。


 フェイントを織り交ぜたというのにクロードは落ち着いた呼吸で揺れる地面に重心をかけ、泥球の軌道を読み取る。


 視線を切らずに、冷静に次の一手を計算していたのだ。それまでの経験が彼に無意識に正確なタイミングをもたらしていた。


 クロードは自分の周りを周回する泥玉を次々と大剣クレイモアで粉砕してみせる。


 しかし残り1球となったところで、クロードは慌てふためくことになる。


「ちょっと足が地面に飲み込まれてるんだが!?」


「クロードが頑張っている姿を見てたら、あたしも頑張らなきゃって思っちゃった!」


「マリーさん!? これはあくまでも訓練ですよ! そうだよね!?」


「ふふふ。なんか少し、アリス団長の気持ちがわかったかもー」


「それってどういうことです?」


「クロードって、いじりがいがあるってこと!」


 マリーが歳相応のいたずら娘の顔となっていた。


「かわいいなこんちきしょう! かっこいいところ見せてやるぜ!」


 足は沼地と化した地面にどんどん飲み込まれていくというのに、クロードの顔には笑みが零れていた。


 仲良き事はなんとあれと言った感じで、ヨンも彼らにつられて晴れやかな表情である。


「ほないくでー!」


「おう、きやがれ!」


 最後の泥玉はこれまでの3倍のサイズであった。ヨンならきっと最後はこうしてくるだろうとクロードは読んでいた。それゆえに気構えは十分に出来上がっていた。


 足が泥の中に沈み込んでいくが、クロードは逆に足が固定されただけで何も問題はないという方向で吹っ切れていた。


 足場が悪い場所で戦闘になることなど、日常茶飯事である、戦場は。数々の戦場で生き残ってきた歴戦の剣士なのだ。


(今更、これくらいで驚いてどうする。俺は100人斬りだぞ!)


 クロードは大剣クレイモアを縦に横にと2回、振り回す。その素早い太刀筋が2本、泥玉に浮かぶ。


 風切り音と共に水風船が割れたかのような音を立てて、泥玉は四散してしまうのであった。


「お見事やで! いやあさすがは100人斬りのクロードくんや。まだまだその腕は健在やな!」


 ヨンがそう言いながらパチパチと拍手する。そしてクロードを沼と化した足場から救うべく、彼に両手を差し出す。


 クロードの足はひざ元まで地面の中へと埋まっていた。クロードは右手で大剣クレイモアを固い地面に突き刺す。


 一方を大剣クレイモアで支えつつ、空いた左手をヨンの方へと差し向ける。ヨンはクロードの左手を両手で掴み、ありったけの力でクロードの身体を引っ張る。


 ゆっくりとではあるが、クロードの身体は元の高さの位置に戻ろうとしていた。クロードはさらに右手に力を入れて右足を沼地から抜けさせる。


 固い地面を踏んだ右足に力を入れて、残った左足を固い地面へと乗せた。2人とも汗だくになっていた。そんな2人の身体を洗い流すように天から恵みの雨が降ってくる。


「水の精霊よ。彼らに癒しの雨を……」


 そうしているのはマリーであった。マリーは水の精霊に働きかけ、クロードたち専用のシャワーを作ってもらっていた。


 水の精霊は穏やかに流れ落ちるシャワーを作り出し、その透明な水滴が太陽に照らされて虹を映し出す。


 汗と一緒に制服に付着していた泥も洗い流されていく。クロードはシャワーに向かって顔を向け、さらには口を開ける。


 口の中にはいった水を美味しく感じてしまう。口の中をシャワーで洗い、その水を地面に一度吐き出す。


 口の中がキレイになった後、もう一度、シャワーを口の中に入れて、喉の奥へと流し込む。


◆ ◆ ◆


「お疲れさま、ふたりとも。はい、タオル」


 マリーは大きめのタオルを抱えて、バルコニーのほうで2人を待っていた。


 シャワーを浴び終えたクロードとヨンはバルコニーまで来ると濡れた制服を脱ぎだす。


 そしてシャワーで濡れた上着とマント、さらにはマスクをバルコニーにある干し竿へと掛ける。


 そうした後、マリーからタオルをもらい、濡れた上半身の水分をふき取る。


「火の精霊よ。制服を乾かすのを手伝ってほしい」


 マリーは両手を合わせ、火の精霊に祈る。火の精霊は出番を待ってましたとばかりにマリーに力を貸す。


 火の精霊たちが彼女の両手に宿ると、彼女の手は陽炎に包まれる。彼女は温まった手を濡れた制服の方へと向ける。彼女の両手から熱風が放射される。10分もすれば制服は乾くであろう。


 良い運動になったという顔つきのクロードはマリーの頭を右手で優しく撫でる。


(マリーが俺を癒してくれる。かつて100人の仲間を失った俺をだ……)


 彼は一瞬、戦場で生き延びてきた自分を振り返り、このような穏やかなひとときがどれほど貴重であるかを再認識する。


 そして、彼はその瞬間を噛みしめるように、マリーの頭を撫で続けた。マリーはくすぐったそうにしているが、クロードはこの幸せな時間を噛みしめる。

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