――第5帝国歴396年 5月4日 ハーキマー王国の王都:カーネリアン―
「チュッチュッチュ。吾輩の名はコッシロー・ネヅでッチュウ。さあ、ひざまづくがよい、愚民ども!」
「え、えっと。何から話せばいいのかしら。今日、第10機動部隊に新しく配属されたコッシロー・ネヅさんです。元は宮廷魔術師会所属の大魔法使いだったとかなんとか……」
マリーは今、第10機動部隊の詰め所の一室でコッシロー・ネヅなるヒトの頭の大きさほどある巨大な白いネズミを隊員たちに紹介した。
隊員たちは一様に怪訝な表情であった。マリーはこの隊の隊長でありながらも、背中がびっしょりと嫌な汗で濡れる感覚に襲われていた。
それほどまでに居心地が悪かった。色々な訳ありの隊員たちであるが、誰もがニンゲンであった。
しかし元ニンゲンと言えども、現在、大ネズミを隊員に迎え入れることになるなど、マリーも想像していなかった。
「隊長、質問ッス!」
「は、はい、レオンさん!」
レオンは足の並びを整え、さらには背筋をビシッとまっすぐに伸ばして、さらには威勢よく右手を天井へと向けている。
(絶対にわざとよね、それ)
レオンにツッコミを入れたいマリー隊長であったが、隊長としての威厳を損なわぬように細心の注意を払った。
「自称大魔法使いが2人に増えたッス! どっちが本物の大魔法使いッスか?」
レオンはさっそくボケてみせた。マリーはこめかみに青筋が立ちそうになるが、努めて作り笑顔をする。そして、厳かな雰囲気で答える。
「はい、お答えします。ヨンさんです」
「嘘でしょ!?」
それを聞いた他の隊員たちが一斉に、「えええ!?」と素っ頓狂な声をあげた。腕利きの魔法使いであることは知っていたが、大魔法使いとなると話は違ってくる。
しかしながら、マリーはこの隊の隊長なだけはあり、この隊の誰よりも個人情報を多く知っていた。
ヨンは元々、王宮魔術師会でも名が知れた魔法使いであった。だが、王宮魔術師会内の権力争いに敗れて、その王宮魔術師会に居られなくなった。それを第3騎士団長のハジュン・ド・レイがスカウトしてきた。
しかしながら、そのヨンに確かな地位を与えれば第3騎士団長だとしても、王宮魔術師会内の権力闘争に巻き込まれることになる。それゆえに左遷先だとか、閑職だとかいう噂の第10機動部隊に配属させることになったのだ。
「はい、わいの話で盛り上がるのはそこまでや。コッシローくん、久しぶりやな」
未だにざわめく隊員たちを余所にヨンがコッシローに挨拶してみせる。コッシローは不敵な笑みをヨンに見せてきた。
だがヨンは挑発に乗らなかった。コッシローは陰湿と噂高い呪いを専門に研究していた魔法使いたちのひとりであったからだ。
「チュッチュッチュ。王都から地方へと飛ばされたとばかり思っていたでッチュウが、まだ王都に居やがったんでッチュウね」
「すまんかったな。わいもこれくらいで済むとは思わんかった! いやあ、日頃の
ヨンは逆にコッシローを挑発しみてせる。キツネとタヌキの化かし合いが始まった。
隊員たちは成り行きを見守ろうと、いつの間にか静かに2人のやりとりを注目していた。そんな衆目を集める2人は交じり合う視線で火花を飛ばしていた。
「ふん! 相変わらず口の聞き方がなってないでッチュウね。王宮魔術師会主催の大魔法使い決定戦の決着をここでつけるッチュウ!」
「あかんあかん。ここら一帯が消し炭になってまう! それに余所でのごたごたを第10機動部隊に持ち込むのはご法度や! せやろ? マリー隊長!」
「は、はい! ここにいる皆さんはそれぞれに事情を抱えています。過去のいざこざは水に流すのがモットーです」
マリーの定型文を受けて、ヨンはにっこりとほほ笑む。対して、コッシローは苦虫を噛んだかのような苦渋の顔であった。ヨンは勝ち誇んだ顔つきになる。
「ほな、マリー隊長。話を進めてほしいんやで」
マリーは一度、ゴホンとわざとらしく咳をつく。こうすることで間を作ったのだ。
コッシローもいつまでもガキのような態度を取り続けるわけにはいかない。ヨンからわざとらしく視線を外して、ネズミのくせに後ろ足で器用にもヒトのように立ってみせる。
「えー。コッシローさんは色々ありまして、今のような姿になっています。しかしながら、呪いを専門に研究をしていた魔法使いです」
「どうも。コッシローでッチュウ。先ほどはみっともない姿を見せてしまって申し訳なかったでッチュウ」
コッシローは今までの態度を改める。しかしながら、その風体からはふてぶてしさが溢れていた。
転んでもただでは起きぬタイプだとその態度からありありと見てとれる。そんなコッシローが続けて言う。
「ちょっとした実験の失敗でこの姿になったッチュウ。それで行く場所が無くなって、第3騎士団長経由でマリー隊長に拾ってもらったという訳でッチュウ」
隊員たちは一様に怪訝な表情となっていた。
「おい……。ちょっとした実験って何だ?」
「いや、全然、想像がつかん」
ニンゲンが大ネズミの姿になるようなことなど聞いたこともない。それゆえにまたもや隊員たちはざわめき始めた。
マリーはさっきから冷や汗が背中を流れっぱなしであった。作り笑顔をし続けるのも限界というものがある。
(クロードのためとは言え、頼んだ相手を間違ったかも……。早くこの朝礼が終わってくれないかな~)
隊の中で言い争いが起きぬようにどうにかこうにかコントロールしているマリーであるがそろそろ限界だ。
「凡百どもが心配になる気持ちはわかるでッチュウ。でも安心してほしいっチュウ。吾輩の呪いがおまえたちに移ることなど無いと断言しておくでッチュウ」
隊員たちは眉をひそめる。それも当然だ。本当のことを言っているか怪しさ満点だからだ。なおさら安心感など抱けない。
コッシローはやれやれと身振りしてみせる。そして、ひとりの男を指さした。
「おい、そこのでかぶつ。吾輩を抱っこしろッチュウ」
「俺!? なんでだよ!?」
「いいからこっちにさっさと来るでッチュウ」
コッシローはその男の意思を無視して、前足で器用に手招きする。
「ったく。なんで俺がこんな可愛げのない大ネズミを抱っこしなきゃならんのか」
その男の名はクロードであった。クロードもまた呪いに侵食された者だ。そして、自分が右手で触ったものに呪いが伝染しないことはマリーのパパから説明を受けていたし、自分でも何度も確かめている。
それゆえにコッシローの言っていることは正しいという直感があった。隊員たちが身を縮めるような態度を取っている中、クロードは何の心配の様子も見せずにコッシローを両腕で抱きかかえる。
「よーしよし、素直な奴でッチュウ。あとでお菓子をあげるッチュウ」
「はいはい。って、俺は今年で26歳だ。なんでお菓子をもらわなきゃならん」
クロードが不平不満をたらたらと言う。だがコッシローから見れば、クロードは赤子と変わらなかった。
「まあ吾輩のやってた実験について、ちゃんと説明しておくッチュウ」
コッシローが言うには彼がニンゲンの姿であった頃、彼はゆうに100歳を超えていた。しかしながら100歳を超えていてもその半分の50歳くらいの男性の姿であった。
「呪いと魔法の力を組み合わせて、50歳の身体を維持していたでッチュウ」
コッシローはさらに続けて言う。コッシローはさらに若い身体を求めた。コッシローの言うちょっとした実験とはすなわち『若返り』である。隊員たちの皆はそうコッシローに聞かされた。
「というわけで、吾輩が真に大魔法使いだということは理解してもらえたと思うでッチュウ」
「いやいや。それこそ成功してたらそう呼ばれても問題なかったッスね」
「そうやな。不老不死は魔法使いの究極の命題のひとつや。成功させれたら、わいも大魔法使いの座を譲っていたやろうな」
コッシローは
コッシローの予定では期待と羨望のまなざしで隊員たちから見てもらえるはずであった。だが、彼の目論見は隊員たちに大して感心されることなく終わった。
コッシローの最初に一発かまして目立とうとする計画は見事に頓挫し、第10機動部隊の日常に戻るのだった。
(インパクトが弱かったでッチュウか? いや功を焦ったのがいけなかったのでッチュウ。次はもっと練ってからぶちかますでッチュウ……)