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第22話:王都の音楽

 午後3時前にはがれきの撤去がだいたい終わった王都であった。


 いつもの輝かしい王都の姿へと戻すため、王都に住む者たちは次々と建物の屋根へと登る。


 次は屋根の修繕だ。王都のそこかしから屋根を修理する音が響き渡る。コンコンココンと気持ちいい音楽が王都全体で響き渡っている。


 クロードは半壊した屋根の上でその音を聞いていた。


 釘を打つ手を止めて、静かに目を閉じる。災厄王なにするものぞという気概が王都全体から溢れている。その熱風に気持ちよく屋根の上で吹かれるクロードであった。


(王都が今まで以上に息づいてやがる……)


 そんなクロードを建物の近くから見つめている人物がいた。彼の恋人であるマリーである。


 マリーはクロードが気持ちよさそうに風に当たっているのを見て、自分もそうしようと思った。


 静かに目を閉じて、風の鼓動に耳を傾ける。昨日はあれほど怯えきっていた風の精霊たちは今日は楽しそうに空でダンスを舞っている。あちらこちらから聞こえるトンカチの音色に乗ってステップを踏む。


「ふふっ。風さんたち楽しそう」


 マリーは自然と笑みが零れる。自分も今、仕事中でなければステップを踏んで、風と一緒に踊っていただろう。


 マリーは右足で地面をトントンとリズムよく踏んで鳴らしてみせる。それに合わせてマリーの近くにいたレオンとヨンも右足でリズムを合わせてくる。


 なんでもないいつもの日常。それがどれほどありがたいのかを皮肉にも災厄王が教えてくれた。


 もしかすると災厄王はひとびとに恐怖の概念を与える天災のような役目を担っているのかもしれない。


 (災厄王って自然のサイクルのひとつ? どうなんだろう……)


 精霊使いのマリーだからこそ、そう考えてしまうのであろう。自然とマリーは地面に音を鳴らすことをやめてしまう。


「どうしたんや? さっきまで明るく今にでも踊り出しそうになっていたっていうのに」


 マリーを心配して声をかけたのはヨンであった。マリーの表情には影が色濃くなっていた。しかし、その影を吹き飛ばすかのようにマリーがにっこりとヨンに微笑む。


(絶対に何か変なこと考えてたやろ……)


 ヨンはどう受け止めるべきかと悩む。マリーの微笑には負の感情が混ざっていた。マリーはきっと何か思いつめるようなことがあったのだろうとヨンは考えた。ヨンはマリーを本当に笑顔にさせようと、とある策をこうじる。


「マリーちゃん。あんたも屋根に登ったらどうや? 地上に縛られるばかりではいかんやろ」


「えっ? ヨンさん、いきなりどうしたの?」


「ええから。ええから。おーい、クロードくん。マリーちゃんも屋根に登りたいってよぉ!」


「いいけど、注意してくれよ。崩れやすくなっているから」


 マリーはヨンに促されるまま、ハシゴを登っていく。ハシゴの向こうにはクロードが待ってくれている。


 マリーはクロードに手を引かれ、一気に屋根の上へと到達する。マリーはクロードに優しく抱かれることになる。


 マリーはクロードに支えられながら建物の上から王都を眺める。そこら中の建物の屋根の上で王都に住む人々が汗を流しながら屋根の修繕をしていた。


 誰しもが活き活きとしていた。マリーは先ほどの神のような視点で考え事をしていたことを恥じてしまう。


「みんな頑張ってるね」


「おう、そうだな。俺もがんばんねーとな」


「クロードはいつも頑張ってるわよ」


「そうか? まだまだマリーの作ってくれた焼肉弁当分には働いてねえけど」


 クロードの冗談を受けて、マリーは「プッ」と軽く噴き出してしまう。


(クロードってずるいな。でも、だからこそなのかな……)


 クロードはいつも自分を元気づけてくれる。だからこそ、自分はクロードを前にして笑顔になれるんだと思ってしまう。


「ありがとう、クロード」


「こちらこそな。マリーのおかげで俺は俺でいられる気がする」


 マリーはクロードと共に同じ方向を見ていた。


(あたし、ずっとこうしてクロードと一緒に、って、え……、クロード、ちょっと……)


 思いにふけるマリーは突然、お尻のあたりに変な感触を覚える。マリーはそれに気づいて、真っ赤な顔になってしまう。


「えっと……。キスもまだなんだから、お尻を揉むのはちょっと……」


「ええ? えええ!?」


 マリーのお尻を揉んでいたのはクロードであった。マリーは赤面しながら、クロードをやんわりと拒否する。


 しかしながらマリーは次には驚きの表情となる。クロードが慌てふためいたのでそのまま屋根から落ちそうになったのだ。


「ちょっとクロード!」


「う、うわあああ!」


 マリーの腕力でクロードを支えるのは至難の技だ。


 もし、今、クロードの手を取れば、マリーまで下に落ちてしまうに違いない。


 マリーとクロードのピンチを知った精霊たちも慌てふためくことになる。


 クロードが屋根の端に足を滑らせた瞬間、彼の体は宙に浮かんだような感覚に包まれた。


 次の瞬間、風が吹き、精霊たちが動き出す。互いに協力しあい、マスク・ド・タイラーのマントをマリーたちの下へと運んできたのだ。


「あっぶねえ……。災厄王じゃなくて、俺自身の手で命を落としそうになった」


 マスク・ド・タイラーのマントは魔法の絨毯のように宙に浮かんでいた。自分の今のあるじを守るべく、飛んできたのだ。


 クロードを包み込みながら、宙に浮いていた。その中で体勢を整えたクロードは恐る恐る屋根の上へと戻る。マントはそれ自体に意思があるかのようにヤレヤレという所作を取ってみせる。そうした後、ゆっくりと地上へとひとりでに降りていく。


「マスク・ド・タイラーにまた力を借りてしまったな」


「ほんと、マスク・ド・タイラーさまさまね。……。クロード、順番を守ってね?」


「ああ。ってか、俺の意思でマリーの尻を撫でまわしたんじゃねえ。マスク・ド・タイラー、もともとあいつが原因じゃねえか!」


 クロードの発言を受けて、マリーはきょとんとした顔つきになる。


「んんんーーーー?」


 マリーは少しの間、考える……。


「クロード……」


「は、はい!」


 マリーはやがて答えを導き出す。できるだけ低い声で、クロードに制服の上着を脱ぐようにと命令する。


 シャツ1枚となったクロードを見て、マリーは明らかにその顔に怒りの色を強める。怒気が乗った声でクロードに詰めかける。


「そんな状態になっているのなら、ちゃんとあたしに報告してよっ!」


「ごめん。そこまでたいしたことにはまだなってないと思って」


 クロードの言い訳じみた言葉を聞いてマリーは短くため息をついた。クロードはゴクリと唾を飲み込む。


「たいしたことないって……。十分、おおごとになってるじゃない!」


 クロードの右腕全体に赤い葉脈が走っていることをマリーは知らなかった。


 いや、クロードが黙っていたために、第10機動隊の面々は誰一人として、今のクロードの右腕の状態をちゃんと知らなかった。


 そんなクロードに対して、マリーが怒るのも当然であった。


「あたしのお尻を撫でまわしたのはクロードのせいじゃない。それははっきりとわかった」


「はい……」


「そして、それは同時にクロードがマスク・ド・タイラーによって身体を操られた」


「はい……。その通りだと……」


 クロードは叱られた子犬のようにしゅんとなっていた。


 屋根の上で正座をして、マリーに散々に叱られた。本当にクロードがマリーよりも10歳も年上とはとても思えないような光景が屋根の上で繰り広げられていた。


 そんなマリーたちを冷やかすような声がそこら中の屋根から聞こえてくる。


「女房に尻を敷かれたほうが家庭は上手くまわるけどさぁ!」


「減るもんじゃねえんだから、少しくらい揉まれたっていいじゃねえか!」


「そうそう。その兄ちゃん、昨日は俺たちを災厄王から救ってくれた英雄なんだろ?」


「んだんだ。ご褒美と思って、揉ませてやったと思えばいいじゃねえか!」


 それぞれの屋根の上に登った男たちがクロードの応援へと回っていた。マリーのほうが何故か悪者になってしまっている。


 しかしながら周りから囃し立てられたことで、自分が神経質になりすぎていることを自覚させられる。周りの声に耳を傾けることで、少しずつ落ち着きを取り戻す。


「ごめん。ちょっと神経質になってた。あたしも落ち着くことにする」


「こっちこそごめん、黙ってて」


「そうよ、黙ってたことが1番腹立たしいの! あたしに隠し事は無し! そして説教もこれでおしまい!」


 マリーはそう言うとクロードの左頬に仲直りのキスをする。クロードは驚きの表情になる。すぐに顔を整えマリーの左頬に同じようにキスをする。


 そんな彼女たちを祝福するように優しい風が吹く。周囲の人々から囃し立てられる中、二人は穏やかな風に包まれ、再び笑顔を取り戻した。

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