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第21話:復旧

――第5帝国歴396年 5月2日 ハーキマー王国の王都:カーネリアン―


 災厄王との初めての戦いから明けて次の日、王都は朝から慌ただしかった。


 災厄王の出現により、突風が荒れ狂った。それにより古い家屋が崩壊したり、屋根が損壊した建物が数多くあった。


 崩れた屋根が散らばる通りでは、人々が復旧に追われていた。誰もが疲労に包まれながらも、それぞれの手に道具を持ち、汗だくで働いている。


 国王は騎士団にも指示を出し、王都の復旧に尽力した。第3騎士団所属の第10機動部隊の面々も駆り出される。


「風よ……、私に力を貸して。廃材を一か所に集めたいの」


 第10機動部隊のマリー隊長は両手を合わせ、祈りをおこなう。祈りを聞き届けた風の精霊が廃材を魔法の力で移動させているヨンの手助けをする。


「あんがとさん、マリーちゃん」


 ヨンが魔法で廃材を浮かす。浮かした廃材を優しげな風が運ぶ。マリーとヨンが力を合わせることでお互いの魔力の消耗を抑えあった。


「うおっ。クロード、バカちからっすね! 軽々と廃材を持ち上げてるッス」


 そう言うはレオンであった。レオンも廃材を運んでいたが、それは1本1本である。それに対してクロードは一度に3本以上の廃材を軽々と持ち上げて、廃材置き場へと運んでいく。


 元々、こういう単純な力仕事はクロードのお得意分野である。だが、今のクロードは明らかに異常とも言える筋力と体力をレオンに見せつけてくる。


(すごいっすけど、なんか薄気味悪さもあるッスね……)


 レオンは感心するが、同時に心に薄ら寒さを感じる。その感情をレオンの表情から読み取ったクロードが一度、手を止める。


「ああ、お察しの通り、昨日の戦いとそのあとの焼肉大会のおかげで、俺の身体に新たな力が宿ったみたいだ」


「そ、そうッスか。もしかして、俺、顔に出てたッスか?」


 レオンは両手で頬を撫でる。それによって強張っていた表情筋をほぐす。仲間に対して、不気味がっていることを知られてしまったレオンは罪悪感を感じる。


「誰だって気味悪がるさ。俺がレオンと同じ立場なら、そういう表情になる」


「すまないッス。俺っちがもっと頑張ってれば、クロードはそういう身体になっていなかったもしれなかったのに」


「まあ、気にするな。俺もなるべく気にしないようにしたい」


 レオンは昨日の戦いでクロードと共に戦った。だが最初は災厄王に震えあがっていた。レオンが身を縮こませている間、クロードとマリーは災厄王と対峙し続けた。


 その姿勢に勇気をもらい、レオンはクロードに加勢した。もっと早くクロードと共に戦っていれば、クロードはマスク・ド・タイラーの呪いに浸食されなかったかもしれないという後悔の念が沸き起こる。


(申し訳ねえッス。おれっち、ハジュン団長が現れたあと、威勢よくかっこつけたっていうのに……)


 そんなレオンに対して、クロードは静かに首を振って見せる。そして、レオンに向かってどこか寂しげさも混じった笑顔をする。クロードの目はどこか遠くを見つめていた。


「災厄王が現れたあの時、俺は変わった。何かが……俺の中に宿った気がする」


 レオンはそんなクロードを見て、自分がしょげていてどうすると両手で頬を叩き喝を入れる。


「1番つらいのはクロードなんッス。それを支えるのがクロードの周りにいる俺たちッス。俺たちが申し訳ない顔しててどうするッスか」


「おう、その通りだ」


「俺っち、いつも通りひょうひょうとしているッス」


「ぜひそうしていてくれ。レオンのそういうところ、俺は好きだぞ」


 レオンは「へへへ!」と明るく笑ってみせる。それにつられてクロードの寂しげな雰囲気も消えていく。


◆ ◆ ◆


 廃材運びを再開したクロードたちは昼すぎには担当している区画の廃材運びを終えることになる。ここでやっと遅めのお昼休憩となる。


「今日は昨夜残ったお肉で焼肉弁当を作ったの」


「うお、すげえええ! これ、全部食っていいのか?」


「もちろん! クロードのために作ったんだもん!」


 マリーは花が咲いたような笑顔で隣に座るクロードに弁当箱を渡す。クロードの弁当箱はマリーのそれよりも5倍大きい。


――桶。弁当箱とはもう言えまい。丸い桶。ずっしりと重い。


 クロードが蓋を開ける。桶の半分はごはんで埋め尽くされていた。そのごはんの上には焼いた肉が敷き詰められていた。


 焼いた肉にはこれまた香ばしい匂いがするタレが掛けられていた。クロードの鼻をくすぐり、彼の食欲をおおいに増幅させる。


「うわあ、うまそうだ……」


 クロードの弁当箱の重さは2キュログラムあった。マリーの愛情がそのままの重さになっているとでも言いたげな弁当の量であった。


「いただきます!」


 クロードはその弁当箱の中へと箸を思いっ切りぶっさす。


 箸でごはんと肉を一緒にすくいあげ、それを一気に口の中へと運ぶ。


 昨夜の焼肉のタレは甘辛かった。だが今日の弁当のタレは柑橘類系の酸味も利いている。


「うめえ! 昨日と同じ肉を食っているとは思えねえ!」


「5月と言えば柚子。というわけで早めに起きて朝市に行ってきたの!」


 エーリカは早起きしてひとり朝市で柚子を仕入れてきていた。それを搾り器を使い、柚子から汁を抽出したのだ。


 その汁と余っていた焼肉のタレをちょうどよく調合し、甘辛くもさっぱり感を感じる美味いタレを作り上げていた。


「朝から食堂で柑橘類の良い匂いがすると思ってたんやけど、マリーちゃんがそうさせてたんか」


「うん! おかげで手がぷるぷるだったのよ。本当は皆の分も用意しようとしたけど」


「皆まで言わんでええで。柚子を搾るのって、かなり力がいりますからな。頑張ったマリーちゃんにはわいが焼いた卵焼きをひとつプレゼントや!」


 ヨンはそう言うと自分の弁当箱にある出汁巻きタマゴをひとつ、マリーの弁当箱の中へと入れる。マリーから「ありがとう!」と気持ちいい声でお礼を言われる。ヨンはデレデレの表情となってしまう。


「本当、不思議ッスよね。最近はお料理男子が女子たちに人気って言われているのにヨンに彼女のかの字も無いなんて」


「ほんと、なんでなんだろうね? 女のあたしですら、ヨンさんに料理の腕で負けてるかもって心配になる時があるくらいなのに」


 ヨンは自分で食べる分の弁当を自分の手で作っている。独身男の手料理というものは女性のそれと比べると明らかに繊細さが欠けている場合が多い。


 だが、ヨンの料理の腕は女性でも感心してしまうほどだ。


 第10機動部隊で鍋をつつく時はヨンとマリーの2人で用意する。そんな時もマリーはヨンに対して、一切不満を持ったことが無い。マリーと隣に並んで鍋に入れる材料を手際良く切る。


 材料のサイズをマリーに聞いてくることはあるが、基本、ヨンに任せて大丈夫だ。そんな、お料理男子であるというのに、ヨンが女性にモテている現場を見たことが無い第10機動部隊の面々であった。


「彼女持ちのクロードに聞くッス。ヨンに足りないものってなんッスか?」


 桶のような弁当箱の中身をすでに半分平らげていたクロードにレオンが尋ねる。するとクロードの手がぴたりと止まる。


「うっ。俺の方を見るな……」


 さらにはクロードの額からは冷や汗がだらだらと流れてくる。そんなクロードを見て、レオンは聞いてはいけないことを聞いたのでは……と恐れおののくことになる。


 クロードは平静を装いながら、いったん、弁当箱の隅に箸を置く。そしてゆっくりと口を開き、ヨンに何故、彼女が出来ないのかの原因のひとつを言う。


「それはだな……。ヨンの守備範囲が特殊すぎるからだ!」


「そ、それってどういうことッスか!?」


 レオンとマリーは固唾を飲む。次に続くクロードの言葉を緊張感をもってして待ち構える。


「ヨンは夫を亡くしたばかりの未亡人が大好きなんだ!」


「えええ!? それ、特殊性癖すぎやしないッスか!?」


「なによ、それ。そんな性癖ってあるの!? クロードのロリコンよりもたちが悪いじゃない!」


「いや待て。俺はロリコンじゃない。たまたまだ。たまたま、俺が好きになったマリーが……だ」


「あ、ごめん」


 話の腰を折られたことで、クロードはわざとらしく咳払いをし、空気を改める。再度、声に力を入れて、ヨンの性癖を暴露した。


「さらにはその未亡人のおっぱいがでかければでかいほど良い!」


「あーーー……」


「それはなんというか……」


 ヨンの衝撃の性癖を聞かされたレオンとマリーは恐る恐るヨンの方へと顔を向ける。ひとというのは性癖を暴露されると怒り狂う者もいる。それほどまでにナイーブでセンシティブなのだ、ひとの性癖を暴露するというのは。


 レオンとマリーはヨンが暴れ出しても大丈夫なようにヨンをいつでも押さえつける気構えを作る。しかし、ヨンは暴れ出すこともなく、平然とした顔つきであった。


「やっぱ未亡人やろ。あと、クロードくん。間違っとるで」


「あれ? そうだったっけ」


「そうや。未亡人言うても貴族の未亡人がええんや、わいは」


「悪い。俺は間違ったことをレオンたちに言ってしまった。いやしかし、それにしてもヨンの好みは変わってるな!」


 2人のやりとりを見て、椅子代わりの丸太から身体がずり落ちていくレオンとマリーであった。


「身構えて損したッス」


「レオンさんと同じく」


 どうでも言いわけではないが、無駄に緊張感で身体を固めていた自分たちが間抜けだったと思えてしまう。緊張感から解放されたと同時に身体から一気に力が抜けてしまう2人であった……。

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