「えーーー。では、これから災厄王をぶっとばした記念といたしまして祝勝会を開きたいと思うッス! 皆様、杯を手にお持ちくださいッス!」
第10機動部隊の詰め所に戻ってきたクロードたちは詰め所となっている屋敷の庭へと集まっていた。
5人でひとつのグループとなる。ふたつの鉄板にふたつのグループ。熱く焼けた鉄板に第2騎士団長のアリス・アンジェラが持ってきてくれた大量の肉を一気に焼いていく。
庭に漂う肉の焼ける香ばしい匂いと鉄板から立ち上る煙が、夜の冷たい空気に溶け込んでいく。
仲間たちの笑い声が響き渡り、まるで戦場の疲れが一瞬、遠ざかったかのように感じられた。美味しそうな焼肉に箸をつけようと隊員たちがごくりと生唾を喉の奥へと押下する。
それに待ったをかけたのがマリー隊長の補佐官のひとり、レオン・ハイマートであった。彼はこういう宴会ごとになれば、仕切り役を買って出てくれる。
レオンが杯を胸の高さに持ってきた後、「乾杯!」と告げ、その杯を天へと突きあげる。それを合図に隊員たちが手に持っていた杯に軽く口をつけると、熱々の焼肉に次々と箸をつけていく。
「よっしゃ! 腹いっぱい食うぞ!」
「俺が育てた肉食ってんじゃねーよ!」
「うるせえ! 野菜でも食ってろ、てめーは!」
奪い合うように鉄板の上で焼けている肉を平らげていく隊員たちであった。この隊はマリー隊長を含めて9人で構成されている。
そのなかにひとり、この第10機動部隊とは全然関係ない人物がいた。その人物の名はアリスである。アリスは焼肉をタレに潜らせると、その肉をクロードの口へと近づける。
「クロード……。浮気は絶対に許さない」
「ちょっと待ってくれ、マリー。別にアリスは悪気があるわけじゃあっちい!!」
マリーはこめかみに青筋を立てながら、クロードの左頬にトングを押し付けた。トングの先端で挟んだ焼肉は十分な熱量を持っており、クロードの左頬に赤い火傷を作ったのである。
「はい、クロード。先にあたしが焼いた分を食べてね? その次がアリス様のだったらぎりぎり許すっ」
「は、はい……。俺が間違ってました」
こればかりはクロードが全面的に悪い。いくら肉を持ち込んできてくれたアリスがその手で焼いてくれた肉だとしても、先に口に入れなければならないのはマリーが焼いた肉だ。
クロードは左頬がひりひり痛むのを堪えながら、マリーが口に運んでくれた焼肉を頬張る。その途端、クロードはほろりと涙がこぼれてしまう。
クロードは頬の痛みを感じながら、口の中でじゅわっと広がる肉汁の熱を飲み込んだ。生きている。確かに、ここに。
焼けた肉がこんなにも美味しいと感じるのは、生き延びたからだと、彼は胸の奥で静かに喜んだ。
「ごめん! やりすぎた?」
クロードの左目から一筋の涙が頬を伝って流れるのを見て、驚きの表情になってしまうマリーであった。
だが、クロードはその涙を拭いもせずにしっかりと肉を味わう。これを感じ取れることが幸せで堪らなかった、クロードは。
「うまい、うまいよ、マリー。マリーが焼いてくれた肉が1番うまい!」
「ごめん、クロード。あたし、焼きもちを焼きすぎたみたい」
クロードが流したのは嬉し涙であった。そんなクロードを見ていると、マリーは自分がいかにお子様なのかと自分を責めてしまいたくなる。
だが、そんなマリーに対して、今度はクロードがマリーの口元へと熱々の焼肉を運んでくる。
「ほら、マリー。あーん」
「へっ!?」
マリーは一瞬、身体を強張せる。
「ん? どうしたんだ?」
クロードはマリーに何かしてしまったのだろうかと悩む顔になっている。マリーはクロードの顔を見て、不安にさせてはいけないと思った。
「ううん、何でもない!」
クロードの心配をよそにマリーはパクッと勢いよく焼肉を口の中へと入れる。そして、ゆっくりと咀嚼して喉の奥へと流し込む。
(おちついて、あたし……。大人の女性になるのっ)
それと同時に焼きもちを焼いた自分をも飲み込んだ。
「おいしい! アリス様、ありがとうございます! こんなに美味しいお肉を提供してくれて!」
「ははは。気にするな。きみたちに無礼を働いたせめてもの詫びだ。あとだ。焼きもちを焼くマリー殿の姿を見てみたくなってな?」
アリスの言葉を受けて、顔を真っ赤にするしかなかったマリーであった。先ほどのアリスの行為はわざとであったことが判明した。
それにひっかかったのがマリーである。穴があれば入りたいとはまさにこのことであった。
「アリス様、クロードとマリ―ちゃんをからかっていいのは第10機動部隊の特権なんッスよ」
「すまんすまん。マリー殿を見ているとういういしくてな。ついからかってしまいたくなる」
「その気持ちはわかるんやで」
ヨンがおっさん臭くしみじみとそう言って見せる。しかしそんなヨンに対して、レオンが無粋なツッコミを入れる。
「えっ? ヨンさんって彼女いない歴イコール年齢ッスよね? わかるんすか?」
レオンのこれは天然の部分が半分混ざっていた。わざとこういう挑発めいたことを言うこともあるが、その全てが悪意から来るものではない。
ただ単純に聞きたいからこう聞いただけである。だが、受け取る側から見れば、これは完全な悪意である。ヨンはトングをガチガチと鳴らす。
「口は災いのもとやで? ひっこぬいたろか?」
「ちょっと勘弁してくれッス!」
周りの皆はヨンとレオンのやり取りを見て、笑顔になっていた。この時ばかりは災厄王の残した言葉を完全に忘れていたと言っていいだろう。
◆ ◆ ◆
だが、ひとしきり腹が膨れ、話題も付きかけてくると、自然と今日の出来事と災厄王のことへと話がスライドしていく。
「なあ、クロードくん。わいらが災厄王に勝てると思うんか?」
今まで明るい雰囲気であったが、災厄王の名前が出た途端、皆の箸の動きが止まる。
庭に漂っていた楽しげな空気が一気に冷え込んだ。
静かな風だけが庭を通り抜けていった。
だが、クロードはふてぶてしくも箸の動きを止めずに焼肉を口の中に放り込んでいく。そんなクロードに対して、わなわなと身体を震えさせるヨンであった。そして、口調も荒々しい感じに変わる。
「真面目に聞いてくれや!」
「聞いてるよ。だからこそ、俺は焼肉を腹が破裂するまで食う」
ほんまかいなというのがヨンの素直な反応であった。だが、ヨンはクロードに興味が湧いてくる。
何を言われようが傍若無人の色を強めるクロードだ。彼には彼なりの考えがあるのだとそう思うようになった。
「災厄王がとんでもないやつだってことは今日、はっきりとわかった。だからこそ、俺はそれに対抗するための力がいる。今、俺が出来ることをしっかりやっているだけだ」
「こりゃまいったんやで! わいも腹八分でやめとこうおもったけど、残り二分に災厄王がはいりこんできてしゃーないわ!」
クロードの決意は固かった。そして考えは至ってシンプルであった。
「災厄王に今は届かぬ力しか持っていない。ならば、あの災厄王に届く力を手にいれれば良い」
クロードはまずエネルギー補充に努めた。それだけではなく、明日を乗り越えるための力を手に入れるために口を通して腹にエネルギーの塊を送り込んでいる真っ最中だったのだ。
クロードの考えに納得した第10機動部隊たちは止まってしまった箸を再び動かす。実のところ、第2騎士団長が提供してくれた肉を半分ほどしか消費してなかった。
心が満たされれば腹も満たされるという言葉がある。彼らの心の半分を占めていたのは災厄王に対する恐怖であった。その恐怖が肉の消費量を減らしていたのだ。
しかし、その恐怖心も食べてしまわんとばかりに焼肉を食べ続ける男がいた。それはクロードだ。
クロードから勇気をもらった面々は一斉に箸を動かす。焼けた鉄板の上にはまた肉が敷き詰められていく。
「よっしゃ食うぞ!」
「おうよ! 災厄王なんざ、俺様がぶっとばしてやる!」
順々に焼けていく肉を箸でとり、口の中へと入れる。歯で噛み砕いた後、杯に満たされた酒で胃へと流し込む。
それを何度も繰り返し、ついに持ち込まれた肉は残り2割となる。
「おえっぷ。いくらなんでもこれ、持ち込みすぎじゃないッスか……?」
「ん? そうか? おまえたちは若い。だから、これくらいならぺろりと平らげるとおもったんだが」
レオンがもう食べれませんとばかりに小皿に乗せられた焼肉をつんつんと箸の先でつつく。
レオンの隣に座るアリスはひょいひょいと焼肉を口の中へと放り投げるように入れていく。
彼女の凛とした姿からは想像できないほどの豪快さに、レオンは驚きを隠せなかった。
(さすがはこの国の騎士団のひとつを任されている女傑ッス……)
優男のレオンから見れば、アリスは女の顔をしたゴリラである。
騎士団長の制服の下には女性にしては立派すぎる筋肉があるのだろうと容易に想像できた。
それに対して、レオンの身体は無駄の無さ過ぎる筋肉を纏っている。筋肉量で言わせてもらえば、食べ負けるのは当然と思えて仕方がないレオンであった……。