「目が、目があああ!」
災厄王が作り出した青い巨人は、戦場の中心で苦しげにのけぞった。
魔法使いヨンの強力な火球が胸元で炸裂し、その衝撃により巨人は一瞬、無防備な状態に陥った。
すかさずレオンが跳び上がり、巨人の一つ目を狙って短剣を投げ放つ。6本の短剣が真っ直ぐに飛び、巨人の目に向かって一直線に吸い込まれていった。
「やったッス! 俺っちの推測通り、目が弱点だったッス!」
巨人は首をひねって回避しようと試みたが、その動きは遅かった。短剣が巨人の目に深々と突き刺さり、鋼鉄の肉体を誇る巨人でさえ、その一撃に悲鳴を上げた。
雄叫びが響き渡り、地面が揺れ、砂塵が再び舞い上がる。巨人は赤く染まる目を左手で抑えながら、無造作に右手で棍棒を振り回す。
「潰す! 潰す! 全部潰す!」
その様はまさに悪あがきであった。でたらめに振り回された棍棒が地面を穿つ。それによって大小の岩が戦場へとまき散らされる。
レオンがその岩群に巻き込まれ、宙に吹き飛ばされる。
だが、その岩群の中を一陣の風のように駆ける人物がいた。赤く染まる視界の中、その人物を見つけた巨人はありったけの力を込めて、棍棒を振り下ろす。
棍棒が地面を穿つや否や、衝撃が走る。亀裂が縦横無尽に走る。巨人に向かって走ってきた人物の速度は目に見えて遅くなる。
「バカが! マスク・ド・タイラー!」
今度こそ、叩き潰してやろうと巨人はまたしても大きく右腕を振りかぶる。
「イダイいいいいい!?」
巨人は素っ頓狂な声をあげた。左のくるぶしにとんでもない痛みを感じたからだ。
巨人は左側に倒れ込みながら、その人物を見た。
そこには獅子を象ったマスクを被り、パンツ一丁でマントを纏った男であった。
そいつは息も絶え絶えであったが、ひとりの女の子に身体を支えられていた。そんな状態でありながらも男の放った一撃は巨人のくるぶしを完全に破壊しきっていた。
「バカな。バカな。バカなー!」
ならば先ほど、自分の右側を風のように駆けていた人物は誰なのかと赤く染まる視界でその人物を見た。
先ほどの衝撃をまともに喰らったことでボロボロになっていた『女』であった。
巨人は目をやられたことで視界がぼやけていた。そのせいで本当に危険視しなければならない『男』と見誤ったのだ。
巨人は左足を破壊された。それにより身体は待ち構えている男のほうへと倒れ込んでいく。
巨人は悔しさのあまりにかの男の名を叫ぶ。
「マスク・ド・タイラー!」
巨人の身体はみるみると左側に倒れ込んでいく。
「俺はマスク・ド・タイラーじゃねえ!」
その中で怒声が耳に入る。怒声が聞こえる方へと赤い目で睨みつける巨人。その巨人の頭が落ちていく先で待ち構えている女に支えられた男。
「俺の名はクロード・サインだ!」
クロード・サインと名乗った男の右手が
「水よ、風よ……」
その女性が再び目を見開くや否や、クロードの右手に渦巻く水と風の力が宿る。
「クロードに力を貸して!」
クロードの右手にはマスク・ド・タイラーとマリーの力が宿っていた。クロードはその全てを叩きこむ。
「この名を刻んであの世に帰りやがれ!」
巨人は大きな左手で自分の目を守る行動を取る。
クロードはその大きな左手の甲に自分の右手を当てる。
右手に宿る渦巻く水と風の力が巨人の左手を散々に食い破る。
骨と化した巨人の左手を潜り抜け、クロードは右手を巨人の目の中へと強引に突っ込んでいく。
そして爆ぜた。
巨人の脳内にまで
「災厄王サマアアアアアアアア!」
それが巨人の最後の言葉であった……。
巨人の頭は上から半分が黄金の砂と化していた。身体に命令を送る中枢である脳を吹き飛ばされたことで巨人の身体はピクリとも動かなくなる。
「マリー。俺はマリーを守り……きっ……た」
それを為したクロードもまた黄金の砂山の上へと頭から倒れ込む。そんなクロードを回復させようと今まで彼の身体を支えていたマリーがクロードの剥き出しの背中へ両手を当てる。
「クロード、死なないで!」
マリーが懸命に治療にあたる中、クロードの身体にまとわれた筋肉がその量をみるみると減らしていく。
そんな状態のクロードを見て、マリーは大粒の涙をボロボロと流す。クロードに宿る力がどんどん抜けていくのをマリーは両手を通じて感じ取れてしまう。
「クロード、返事して!」
クロードの体温がみるみるうちに冷たくなっていく。マリーは涙を右腕で強引に拭い、再び、クロードの背中に両手を当てる。火の精霊の力を借りて、熱をクロードの身体へと送り続けた。
「クロードくん、大丈夫ですかいな。わいもお手伝いさせてもらいますわ」
ヨンは
マリーの隣に座ると、
淡い緑色のオーラがクロードの身体全体を覆う。クロードは少しだけ熱が身体に伝わったのかぴくりとまぶたを動かす。
「クロード……」
その様子を見ていたマリーの目にまたもや涙が溢れてくる。マリーは涙を拭うことなく、懸命にクロードへと熱を注ぎ込む。
ヨンは額から流れる汗をぬぐうこともせずに、マリーの回復術を自分の残り少ない魔力で増幅する。
「悪あがきがひどかったッスね。お互いボロボロッス」
「自分たちのことはどうでもいい! 私たちでもクロードに何かできないのか!?」
懸命に治療にあたるマリーたちに近づく人物がいた。その者たちも身体のあちこちに打撲や擦り傷があることを見るだけでわかるほどに怪我を負っていた。
レオンと第2騎士団長のアリスだ。彼らはお互いの身体を支えあいながら、マリーたちの下へとやってきていた。
「何か直接的にクロードの身体を温める物がほしい!」
マリーにそう言われるや否や、レオンとアリスは周囲に何かないかと顔をあちこちへと向ける。
するとだ、散乱とした戦場の片隅に1枚の厚手の毛布が見つかった。レオンは急いでその毛布へと駆け寄り、それを丸めてアリスへと放り投げる。
アリスはそれを両腕で受け取るが、マリアは倒れ込みそうになる。マリアはなんとか体勢を立て直し、その毛布でクロードを包み込む。
皆が懸命にクロードの治療にあたっていた。そうしている間に血の色をした空はいつもの青空へと変わる。さらには太陽はいつもの軌道を取り戻し、ゆっくりと王都の城壁の向こう側へと沈んでいく。
王都に住まう人々は静寂を望んでいた……。
そんな中、またしても皆が震えあがる声が王都中に響き渡ることになる。
「さすがはマスク・ド・タイラー。いや、クロード・サイン。その名、しかと覚えた」
その声の
災厄王の声はだんだんと遠くなっていく。そうであったとしてもこの王都に住まう全員の耳にはっきりと聞こえる声で宣言する。
「
まるで老王のようなしわがれた声であった。そうでありながらも災厄王の威厳は衰えることはなかった。
むしろ老王のようなその声がますます災厄王の威厳を高めていた。腹の底にずしりとのしかかってくる声であった。
災厄王は完全にその気配を消す前にさらにこう告げる。
「この世界に生きる全ての者に告げる……。
災厄王がそこまで言うと、奴の存在感は全て消えていく。それと共に夕暮れがやってくる。王都に住まう全員が固唾を飲んで、その夕日が城壁の向こうに完全に消えていくのを見ていることしか出来なかった。
災厄王の残した言葉の意味を理解できなかったからだ。この時点では。
戦場と化した王都の一角であったが、静寂がようやく訪れる。人々は今日、生きていられたことに感謝を述べる。創造主:Y.O.N.Nに祈りを捧げる……。
◆ ◆ ◆
「あーーー、腹減った……。腹が破裂するくらい肉が食いたい……」
マリーたちの懸命な治療によって、クロードは一命を取りとめる。冷たくなっていた身体は厚手の毛布とマリーとヨンの力によって、すっかり温まっていた。そんなクロードは彼女らに感謝をしつつも、即物的な欲を皆の前に晒してしまう。
「のんきなもんやで。わいの魔力がすっからかんだというのに。こいつ、どつきまわしたくなるんやで」
「腹が減るのは元気な証拠ッス! クロードが生きててほんと良かったッス!」
「うむ。肉がほしいのなら、第2騎士団から提供しよう。クロードがこうなってしまった原因のひとつはきっと私にあるはずだからな」
今、クロードの身体を支えていたのはレオンとアリスであった。魔力がすっからかんになってしまったマリーとヨンに代わりである。
マリーは面白くないといった顔つきになっていたが、ヨンはまあまあとマリーを宥める。
災厄王を退け、いつもの日常を取り戻したクロードであった。
だが、災厄王は告げた。
――この何気ない日常は残り7日間であると……。
奴の残した不気味な言葉は気になるが、奴に立ち向かうためにも今は身体を癒し、さらには力を蓄えようと第10機動部隊の詰め所へとクロードたちは向かう……。