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第17話:突破口

 災厄王がもたらした血の色の夜が明けようとしていた。


 だが戦場に新たな砂塵が舞う。


 災厄王が新たな巨人を作り出す。


 クロード・サインはローズマリー・オベールと共にその圧倒的な存在に立ち向かおうとしていた。


(こんな巨大な敵が出てきたのか……けど、俺は負けない! マリーが俺を支えてくれる!)


 災厄王の作り出した巨人は青く、鋼鉄のような身体を持ち、地を踏みしめるたびに大地が震えるほどの力を誇っている。


 クロードは一瞬、恐怖に飲まれそうになるが、すぐにその気持ちを振り払った。背後に控えるマリーの支えを感じ、彼は再びその身に力を膨れ上がらせた。


「どんな敵だろうと、俺たちはあきらめない!」


 クロードはマントを翻し、存在が希薄になっていく災厄王とその一つ目の巨人を睨みつける。


 一つ目の巨人がゆっくりと動き出す。巨人が一歩踏み出すたびに、大地が震え、空気が押しつぶされるような圧力を感じる。


 その巨大な腕に持つ、これまた巨大な棍棒がクロードに向かって振り下ろされる。空気が引き裂かれる音が響き、まさに大地を割る一撃が迫っていた。


「マントよ、守れ!」


 クロードはマントを盾のように掲げると、巨人の棍棒がその上に激しく叩きつけられた。大地が揺れ、衝撃波が周囲に広がるが、クロードは寸前のところで防ぎきった。


 マントがマリーの意思を引き継ぐ。全力でクロードを守る。


 衝撃波がクロードを中心に走り、彼を中心にして地面へ縦横無尽に亀裂が走る。だが彼の体にはほとんどダメージがなかった。


「次は俺の番……だ」


 クロードは一瞬の隙をつき、地面を蹴って巨人の胸元に飛びかかろうとした。


 しかし、足に力が入らない。黄金に輝く拳がその力を失う。螺旋状の風と水の力が拳からはがれていく。


 その様を見た消えゆく災厄王が不敵な笑みを零す。


「くそっ! 身体から力が……抜けてい……く」


 クロードの意思に逆らって、右足が沈んでいく。呼吸が荒くなり、その場でへたり込む。


「動け、動いてくれ。俺の身体ああああ!」


 クロードは絶叫する。だが彼の身体は動かない。片膝をつき、さらには片手で地面を触る。呼吸は荒いままだ。


 そんな満身創痍の彼に向かって、一つ目の巨人は無常にも巨大な棍棒を振り下ろす。クロードは空いた手でマントを翻す。


「頼む、マントよ!」


 動けぬ身となったクロードをマントが守り切る。


 満身創痍のクロードを潰し切れぬことにやきもきした巨人は「ブオラアア!」と一度、雄叫びを上げる。


 雄叫びによって空気が震え、砂塵が舞い上がる。全身全霊を込めて、次の1撃でクロードを必ず屠ると決意する。


 巨人は巨大な棍棒を両手に持つ。それを大きく振りかぶる。


「んあああ?」


 それが今から振り下ろそうかと思われた時、巨人は右腕に違和感を覚える。


「クロードにだけ良い恰好をさせないッスよ! さあ、こっちを見やがれッス!」


 巨人の右腕には6本の短剣ダガーが深々と刺さっていた。自分の青い肉体は鋼鉄の固さを誇っている。こんなおもちゃのような刃がこの身に突き刺さっていることに違和感を覚える。


「んんんああああ?」


 戸惑いを隠せぬ巨人に対して、レオンはさらに攻撃を仕掛ける。レオンは右手で3本の短剣ダガーを持っていた。


 それを同時に投げる。その3本の短剣ダガーは巨人の鋼鉄の肌をやすやすと突き抜ける。レオンの技術力の高さがそうさせた。


 さらにレオンは左手に持っていた3本の短剣ダガーを巨人の大きな一つ目へと投げつける。目を潰されてしまうと思った巨人は左手を大きく広げる。短剣ダガーは左手の手のひら部分に突き刺さる。


「うるさいハエ。潰す!」


 巨人は左手を握りしめる。それによって左手に刺さっていた短剣ダガーはあっさりと砕け散る。


 青い鋼の肉体を持つ巨人は右腕に力を込めて、棍棒を大きく振りかぶる。肉が締まり、右腕に差し込まれていた短剣ダガーが粉々に砕け散る。


 その様を見せつけられたレオンの額から鈍い汗がにじみ出る。


(蚊に刺された程度にしか思ってないッスね。とんでもねえ怪物ッスわ……)


 レオンは振り下ろされた巨大な棍棒を軽やかな動きで躱す。棍棒は大地のみを砕く。大地は砕かれたことにより多数の岩をそこから生じさせる。


「うおっと!」


宙に舞う岩を次々と足場にしながらレオンは巨人から距離を離す。


(こちらに気を引くことには成功したッス!)


 レオンはそうしながらも懐から短剣ダガーを取り出し、右手で3本、左手で3本、それを巨人に向かって投げつける。今度は巨人の両胸に突き刺さる。


 だが巨人が大きく息を吸い込み胸を膨らませるとその短剣ダガーは粉々になってしまう。


 巨人の鋼鉄の肌に短剣ダガーを突き刺せることができるレオンの技術力は素晴らしかった。だが、巨人にはほとんどダメージが入っていなかった。


(身体に刺さるのはさほど気にしていない。でも目は守った。そこに突破口があるッスね!)


 巨人の鋼鉄のような体にレオンがダメージを与えることは難しい。しかし、レオンはかの巨人の動きを見逃さなかった。そこにこの巨人攻略への糸口があるに違いない。


 巨人は大きく息を吸い込んだ後、その大きな口から衝撃波として吐き出す。空中を未だに舞っている岩々を砕きながらその衝撃波はレオンへと近づいていく。


「クッソ!」


レオンは唸りながら身構える。だが、レオンの身には衝撃波は届かなった。


「レオンくんにばかり良い恰好をさせられませんからなぁ!」


 レオンを衝撃波から守ったのはヨンであった。


「ありがてえッス!」


 ヨンは魔法の杖マジック・ステッキを両手で握り込み、それに魔力を送っていた。魔力は魔法へと変換される。レオンを包み込む緑色の球を作り出す。


 緑色の球は見事、レオンを衝撃波から守って見せた。しかしながらガラスが割れたような音と共に緑色の球は砕ける。レオンはヨンの近くへと着地する。


「ヨンさん!」


「あいよ!」


 レオンとヨンは一瞬だけ視線を交わす。攻撃のタイミングを合わせろと合図した。レオンがヨンの詠唱時間を稼ぐため、巨人の足元へと駆ける。


 巨人はレオンの方を注視した。それは計算された動きであり、巨人の隙を作るための絶妙なコンビネーションだった。


 ヨンは再び魔法の杖マジック・ステッキに魔力を送る。


「さあ、大魔法使いヨン・ウェンリー様の出番やで!」


 今度は5つの赤色の球が宙に現れる。それは炎の球であった。5つの火球が自転しながらゆっくりと巨人へと近づいていく。そのひとつが急にスピードを上げて巨人に肉薄する。


「ブモアアアア!」


 巨人は左の裏拳で自分の身に寄ってきた火球をぶん殴る。甲と火球がぶつかるや否や閃光が広がる。割ったはずの火球は広がりを見せ、さらに巨人の左手全体を包み込む。


 巨人の視線はレオンから無理やりに剥される。


「うっとおしい!」


 巨人の言う通りであった。この程度の熱量の火で焼けるほど、巨人の鋼の肉体はやわではない。大方、目くらましの類であることは簡単に理解できた。


 ひとつ火球を払うとまたひとつ、巨人へと一気に火球が近寄ってくる。巨人は右手に棍棒を握ったまま、その右手で火球を上から粉砕してみせる。またしても閃光が広がる。巨人は目を細めるが、完全には閉じない。


(どこにいる、あのハエ!)


 先ほどのハエが自分の目を潰す機会を狩人のようにじっくりと待っているはずだからだ。火球への対処をしながらも巨人は戦場全体を見据えた。先ほどのハエがどこにいるのかを、こちらも狩人のように待ち構えていた。


「ぶもぉぉぉ!?」


 そんな巨人が後ろに大きくのけぞった。火球のたった1発にだ。巨人は驚きの表情を見せる。


「全部、目くらましだと思ったやろ! 1つだけ威力が桁違いなのを混ぜておいたんや!」


 巨人は過ちを犯していた。1発、2発、3発と火球を両腕を用いて振り払っていた。そのたびに閃光がこの戦場に飛び散った。魔法使いが放った火球全てが目くらましだと思い込まされていた。


「ちょこざいなあああ」


 自分の身体に損害を与えるほどにはまったく至らない火球から目を逸らした。その時、本命である魔力が多分に注ぎ込まれていた火球が自分の胸元で爆ぜた。それは閃光を放つのではなく、岩にでも当たったような衝撃を巨人に与えたのだ。


 火球から注意を逸らしていた巨人はまともに魔法使いの罠にはまってしまう。後ろへとのけぞった巨人に向かってハエと称した男が跳躍してくる。


「ぐぬうううう!」


 先ほどと同様に右手に3本、左手に3本、短剣ダガーを構えている。次の瞬間には計6本の短剣ダガーが自分の目の中へと吸い込まれてくる。


 巨人は首をひねって回避しようとしたがそれは間に合いそうにもなかった。

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