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第16話:支え合う

 砂塵が舞う。


 赤い空からは怨嗟が降りてくる。


 重苦しい空気の中で人々は地面に伏す。


 誰もが災厄王の前では無力であった。


 しかし、その中でたったひとり、災厄王に向かってこぶしを突き出していた人物がいた。


 その名はクロード・サイン。


(立っているだけで肺が押しつぶされそうだ……)


 クロードの体内にはマスク・ド・タイラーの力が溢れ出ていた。それでもなお、災厄王を目の当たりにしている今、マスク・ド・タイラーの力などちっぽけだと思えてしまう。


 クロードはゆっくりと呼吸をする。


 吸う。


 吐く。


 それを何度も繰り返し、自分の体内にあるエネルギーを高めていく。


 呼吸をするごとに肺が熱くなる。肺が熱くなった次は腹が熱くなる。災厄王からのプレッシャーを受けて、冷えていく身体に熱が伝わっていく。


 肺を中心に熱が体中へと伝播していく。身体が温まっていくほどにマスク・ド・タイラーの力も高まるのを感じる。


「俺と勝負しろ、災厄王!」


 クロードは身体の準備が整った後、災厄王に決闘を申し込む。


「ぶはーーーはっはっは!」


 災厄王は高らかに笑う。


 その笑い声がそのまま狂風に変り、クロードの身体をすり抜ける。クロードは全身から一気に血の気が引いていく思いだった。


 いや、実際には災厄王が起こした狂風は無数の風の凶刃カマイタチとなって、クロードの皮膚を裂き、クロードの全身に痛みを走らせる。


 クロードの身体にはあちらこちらに赤い切り傷が浮かぶ。その切り傷から血が何本も筋となり流れ出した。


 血が流れれば自然と体温も下がる。クロードは温めたはずの自分の肉体から急速に熱が奪われることに驚きの表情となってしまう。


(どうなってやがる! これほどまでに彼我の戦力差が違うって言いたいのか、奴は!)


 クロードは歯ぎしりした。歯茎から血が出そうなほどに噛みしめる。


 災厄王の前に立つ自分が、いかに小さく無力であるかを思い知らされる。


 それほどまでに屈辱的な心の傷を負わされたがゆえだ。災厄王の笑い声ひとつでだ。


 クロードは災厄王の力に抗うためにも、もっと力を欲した。危険な力と知りつつもクロードはマスク・ド・タイラーに願った。


「マスク・ド・タイラー。俺に力をよこせっ!」


 すると、ドクン! とひとつ心臓が大きな鼓動を立てる。


「うがぁぁぁ……」


 クロードはその途端、眩暈を感じる。心臓が大きな鼓動を立てるたびにクロードは言い知れぬ恐怖に心が染まりそうになる。


「くっそぉぉぉ……」


 前へと突き立てていた右のこぶしを心臓の位置へと移動させてしまう。


「ばっかやろう……。俺は絶対に負けを認める気なんかねえんだよっ!」


 クロードはそう言うや否や、ドスンと自分の左胸を右手で叩いて見せる。恐怖に押しつぶされそうになっている自分のハートを自分の手で物理的に鼓舞する。


 彼は何度も左胸を叩く。両の目から涙が溢れそうになる。災厄王が放つまがまがしいオーラに屈しようとしている自分が情けなくなってしまう。


「クロード。ひとりで戦っちゃダメ……。あたしたちがついてる」


「マリー。だけど、俺は!」


「あたしの声を聞いてほしい……」


「俺は……自分が情けないっ!」


 クロードはマリーに呼び掛けられるがマリーの方へとは振り向かなかった。いや、振り向けなかったのだ。


 泣きそうになっている情けない顔をマリーに見せたくなかったからだ。絶対に守ってやると誓ったというのに、自分はまともに見動きが出来ないのだ。


 そんな自分が何故、マリーの顔を見れるというのだ。


「風よ、火よ、水よ、大地よ……。あたしの声に答えて」


 マリーは両膝を地面につき、手を合わせる。意識を自然へと向ける。


 風は災厄王に操られ絶叫している。


 火は災厄王を恐れ、その姿を消そうとしている。


 水は災厄王によりけがれが広がっている。


 大地は災厄王に踏まれ、その部分が腐っている。


 精霊たちも災厄王によって苦しめられていた。だが、マリーの声を聞いた精霊たちはどうにかしてマリーを助けたいと思った。


 大地は振動した。それにより建物の一部が崩壊する。


 樽がひとりでに倒れ、そこから水があふれ出る。


 その水に運ばれたマントを火が乾かす。


 火によって舞い上がったマントを風が運ぶ。


 マントはあるじの下へと飛んでいく。


 マントがマリーに代わって、クロードを優しく包み込む。


「あったけえ……。そうだ、俺にはマスク・ド・タイラーの遺物が足りなかったんだ」


 クロードは獅子を象るマスク、籠手、そしてブリーフ・パンツを装着していたが、ひとつ足りていないものがあった。


 それはマントである。クロードの下へとやってきたマントが優しくクロードを包み込む。クロードは再び、戦うための熱を得ることに成功する。


「マリー。俺は強がってた。俺ひとりで全部どうにかしようとしてた。マリー。これからも俺を支えてほしい」


「当然よ。だってあたしはクロードの花嫁になる予定だもん。災厄王の花嫁になんて絶対にならないから!」


「おう! 絶対にマリーを災厄王に渡しはしねえ!」


 クロードはマリーにマントを渡されただけではなく、勇気ももらった。


「俺はひとりじゃない」


 自分は決してひとりではないという安心感も与えてもらった。


 マリーの声が、戦いに疲弊したクロードの心にそっと染み込んでいく。


「マリーと俺は一緒だ……」


 マリーがここにいてくれたからこそ、クロードは再び、災厄王に向かって、こぶしを突き出すことが出来た。


 突き出したこぶし黄金こがね色に輝きだす。


 災厄王は「笑止!」とクロードを一笑に付す。


 それによりまたしても無数の風の凶刃カマイタチが巻き起こる。


「マントよ!」


 クロードは右手でマントをひるがえす。大きく広がったマントは彼の身を守る。風の凶刃カマイタチはマントによって弾かれる。災厄王はそれを見てわずかばかりたじろぐ。


 その動きをクロードは見逃さなかった。マントを翻しつつ、その場で360度回って見せる。回った勢いで右腕を引き絞る。


「俺はひとりじゃない!」


 力が右腕に集中する。その右腕には暖かな水がまとわりつく。水は風と混じり合い、螺旋を描く。クロードは左足を大きく踏み込む。


 クロードの力を全て右腕に集中させるためにも、大地は固くなった。クロードは確かな足場を手に入れる。


「俺にはマリーがいる!」


 左足で踏み込み、右足で大地を蹴る。蓄えられた力がクロードの突き出した右手から発射される。それはこぶしの形をした黄金こがね色の砲弾であった。


「マリーがいてくれるからこそだ!」


 黄金こがね色の砲弾は一直線に黒い太陽へと飛んでいく。砲弾と黒い太陽がぶつかり合う。王都全体に衝撃波が走る。その衝撃波は王都にある建物の屋根をいくつも吹き飛ばす。誰もが立っていられないほどの暴風が吹き荒れる。


 しかしその中でひとり、前へとこぶしを突き出しながら立っていた男がいた。


 その男の名はクロード・サイン。


 自分が持てる全てを出し切ったと思った。


 黒い太陽には大穴が空き、その穴からはいつもの太陽の温かい日光が溢れ出る。それと同時に災厄王が苦悶の声をあげる。


「ぐああああ……。マスク・ド・タイラー!」


 災厄王が苦しむほどに空の色が血の色が普段の青い空へと変わっていく。


「やったのか……、俺は?」


 クロードはそう呟いた。クロードの拳が輝き、黒い太陽を砕いた瞬間、全てが止まったかのような静寂が訪れた。


 しかし、その静けさは長くは続かなかった。災厄王が割れた顔でクロードを睨みつける。まるで視線だけで相手を殺せそうなほどの目力めぢからであった。


「さすがはマスク・ド・タイラー」


 クロードは無意識に両腕をクロスさせてしまう。そんなクロードに対して、災厄王は不敵な笑みを零す。災厄王の両腕を模していた黒い霧がある一点に凝固していく。


「過去、貴様だけがわれの肉体に傷をつけた」


 災厄王はどんどん黒い霧を凝縮させていく。空の血の色もその一点に飲み込まれていく。


「今はまだわれは不完全。それゆえ、われが貴様の遊び相手を用意してやろう」


 黒い霧と空の血の色が合わさり丸となる。大地が震え、空気が一瞬にして変わる。その丸から災厄王は何かを作り出す。


「今の貴様の力ならば、こやつが適任だ」


 それは肉を持つ身体であった。今の災厄王のような仮初の姿ではない。


 大地を踏み砕くには十分に大きな足が大地に大きな揺れを起こす。


 鉄の塊すら簡単に握りつぶしてしまいそうな太い腕を大きく振り回す。


 顔には大きな目がひとつ。青くて太い身体。背丈はクロードの軽く4倍はあろうかという巨人であった。

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