「あっれーーー? もう終わってしもうたんかいなー! 大魔法使いのわいがせっかく駆けつけてきたってのになぁ!」
「おっすおっす! 俺っちも可愛い子ちゃんに恋のレクチャーをしている真っ最中だったのを切り上げてやってきたのに終わってるッス!」
現場に新たな2人が登場した。第10機動部隊に所属するヨン・ウェンリーとレオン・ハイマートだ。
彼らは与えられた仕事をほっぽりだして、クロードの助勢に駆け付けた。しかしながらクロードと第2騎士団長であるアリス・アンジェラとの勝負はすでに決着がついていた。
ヨンとレオンは呼吸を整えながら、クロードへと歩いて近寄っていく。
ヨンたちから見れば、クロードとアリスの勝負は痛みわけのように見えた。クロードの制服があちらこちら破れてはいるが、クロードの身体に血のあとを見ることはほとんどなかった。
擦り傷程度の怪我といったところである。対するアリスもまた胸を両手で抑えているだけだ。
「なんや。この国の第2騎士団長様と言えば、棘薔薇の女騎士やろ? なんでこんなにしおらしくしているんや?」
「でっかいおっぱい大好きナンパ師の俺っちでも手を出そうとは決して思えない風体ッス。でも、今は普通の女の子みたいッス」
ヨンとレオンは不思議でたまらなかった。しかしながら、クロードと痛み分けで終わってしまったことが悔しいがゆえに、しおらしくなっているのだと予想する。
ヨンとレオンがアリスの表情がはっきりとわかる位置までクロードの隣にまで近づく。ヨンとレオンはそろって怪訝な表情となる。
アリスが少しばかり泣きそうな顔になっていたのだ。
いつものヨンとレオンであるならば、クロードが女の子を泣ーかした、泣ーかした! マリー隊長に報告やー! で騒ぎ立てるのだが、そんな空気でないことは明らかであり、ヨンとレオンはどうしたものかと困ることになる。
「私は国王の剣としての任務をまっとうできなかった」
アリスは情けなさそうな顔つきで心情を吐露する。
(なーるほどッス)
(真面目過ぎやんか)
ヨンたちが予想するに、国王から何かしらの命令を受けて、アリス殿はこの現場にやってきたはずだ。与えられた任務を忠実に実行するという国王の剣がそれを為せなかった。涙ぐむのもしょうがないと思ってしまう2人である。
「私はどうすればいいんだ、クロード!」
「それを俺に聞かれても……。あんた、少し真面目すぎやしないか?」
「う……。わ、私は国王様からクロードを試せと言われたのだ。だが、私は貴様と戦っている最中に貴様の筋肉が美しいと思ってしまった……」
アリスはそう言うとまたしてもうつむき加減になってしまう。もじもじと両手の指を絡めさせ、さらには頬を赤く染め始める。
(なんかおかしくないか? 棘薔薇の女騎士様やろ?)
ヨンは怪訝な表情になる。だがナンパ師のレオンには察するものがあった。
レオンは近くにいるマリー隊長を手招きする。マリーはきょとんとした顔つきでレオンに近寄る。レオンはクロードたちに聞こえぬようにひそひそとマリーに耳打ちする。
「マリーちゃん。クロードがアリス団長を落としたッス」
「!?」
マリーはレオンの言葉を耳に入れるや否や、怒髪天という表情に変わる。
「クロード! 浮気ダメ絶対!」
マリーは怒りの感情を右足に乗せて、クロードの左の太ももの裏を蹴り飛ばす。
それは1度では無かった。2度、3度とクロードの太ももの裏を蹴り飛ばす。クロードは驚きの表情となる。
「なんで俺が蹴られなきゃならないんだよ!」
「クロードの朴念仁! すけこまし! 天然ジゴロ!」
クロードはマリーに蹴られる理由がまったくもってしてわからなかった。
「おい、レオン、何がどうなってんだ?」
クロードは慌てふためきながらレオンに助けを求める。レオンは口笛を吹きながらクロードを助ける気はまったく無かった。
「なにしてますの、あんたら」
「クロードが悪い! あたしっていう彼女がいながら!」
「いや、ほんまよーわからん。クロードくん、とりあえず、あやまっとき?」
「え? 俺が悪いの?」
「クロードが全面的に悪い!」
事情がよくわかっていないヨンはクロードとマリーの間に割って入り、喧嘩を仲裁することになった……
◆ ◆ ◆
何がどうなったかわからないまま、ヨンはクロードとマリ―の仲を取り持った。その後、アリス騎士団長が非常に申し訳ないとばかりにマリーたちへと謝罪を開始した。
「私は国王の命令に背き、私情を挟んでしまった。クロードの相方であるマリー殿には頭があがらぬ」
「本当にそうよっ! なーにが美しい筋肉よっ! クロードはあたしのものなんだから、変な目でクロードを見ないでください!」
アリス騎士団長の弁明を聞き、それに怒りをもってして答えるマリーを見て、ようやくクロードとヨンはどういう状況になっているのかを理解し始める。
アリスはクロードに惚れてしまったのだ。シンプルに言えばそういうことになる。だからこそマリーは烈火のように怒ったのだ。
「まあまあ。事が丸く収まりそうなんや。ここは手打ちにしときましょうや」
「アリス様! あたしのクロードから10ミャートル以内に決して入らないでください! それで手打ちにします!」
アリスはそれでこの場は決着すると言い出す始末であった。なんとも甘い裁定を下したものだとレオンは思うが、要らぬことを言ってこの場を混乱させるほど、やぼではなかった。
なんとも言えぬ空気となっていた場であった。しかし、その空気を無理やり動かす声が5人の成り行きを見守っていた観衆たちからあがる。
観衆たちは5人から目を離し、空を見上げる。さらにはその空に向かって一斉に指を差し、さらには悲鳴を上げていく。
「おい、西を見ろ!」
「太陽が昇る!?」
「どういうことよ!」
現時刻的に太陽は王都を囲む城壁の向こう側に消えていくはずであった。
だが、その太陽が沈んでいくのではなく、みるみるうちに昇っていくではないか。夕暮れ時だったはずなのに太陽が昇ってきたことで周囲の明るさが増す。
この異常事態に先ほどまで衆目の中心にあった5人も空を見る。
クロードたちが太陽の方を見ると太陽に何かが重なっていき、太陽自体に大きな影ができあがる。クロードたちもまた観衆たちと同じく驚きの表情を見せる。
「あ、あれは何だ!?」
「ただの日食とは思えないわ!」
クロードは困惑しているマリーを両手で自分の身へと寄せる。マリーはクロードの身体に両腕を回す。
マリーがひどくおびえているのが彼女の両腕が震えていることでわかる。
「いや……。クロード、助けて……」
マリーは胸の奥から込み上げる恐怖を抑えきれなかった。
クロードにしがみつく手が震え、冷たい汗が背中を伝う。彼女はそれ以上、何も言えないまま、その感覚に飲み込まれていくのを感じていた。
「マリー、しっかりしろ! 俺はここにいる!」
クロードはマリーをギュッと抱きしめ、少しでもマリーを安心させようとした。だが、マリーが感じる恐怖は強まるばかりである。
「そ、空が暗くなっていくんやで! わい、怖いんやで!」
「ちょっとヨンさん! 俺っちにしがみつくんじゃ……うおおお! こりゃ俺っちも怖いッス! ヨンさん助けてくれッス!」
いつもはひょうひょうとして場を和ませる役目をしているレオンとヨンですら、体中から湧き上がってくる悪寒に耐えきれなくなっていた。
レオンとヨンが身体を温めようと互いに身体を抱き合っていた。大の大人がみっともないと言われてしまうかもしれないが、それほどに異様な光景が王都の空を覆っていたのである。
「ああ……。太陽が」
「この世の終わりなのか?」
大きな影に食べられていく太陽はその形をゆがめていく。歪んだ円は黒く染まっていく。それと共に空が暗くなっていく。太陽がその歪んだ縁を残して影に喰らいつくされる。太陽は高い位置にあるというのに王都は空だけでなく地上も暗くなる。
その時であった。クロードの制服のポケットが内側から震えたのは。
(なんだ!?)
クロードは何事かと空を見上げるのを止めて、震えるポケットの方を見る。その中にあるのは獅子を象ったマスクでる。獅子のマスクが自ずと震えていたのだ。
クロードの手は今、マリーの身体を支えている。それゆえにクロードは今、手を離せない状態であった。
しかしながらマスク自体が意思を持っているかのように制服のポケットから飛び出し、土の地面へと転がる。マリーたちが黒く歪んだ太陽を見ているいうのに、クロードひとりだけが地面に落ちてなお震えているマスクの方を見ていた。
(俺に何を伝えようとしてるんだ、マスク・ド・タイラー!)
空の変化はこれだけでは収まらない。
空は一度、黒く染まり切った後、地上と合わさるほうから赤い血の色が泡のように湧きだしてきたのだ。
その血の色をした泡は瞬く間に王都の空全てを赤く染めていく。クロードを除く全ての者が一斉に悲鳴を上げる。
そうであったとしても、クロードはまだ空のほうを見ることは出来なかった……。